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【7】

(15)



 翌日、登校日であり読書会当日を迎えたティナは、相変わらず元気に篠崎高校へと赴いていた。夏休みだっていうのに何故に登校日があるのかと、不満そうにだらしのない声を上げる生徒もいるが、それは夏バテや日々の疲労蓄積の証拠でもありそうだ。

 真夏の暑苦しく熱中症を心配しそうな体育館で全校集会は開かれ、校長や生徒会を筆頭として、野球部員は皆から祝福され声援を受けるのであった。挙句の果てこの日の為にも練習していたらしい、応援団とチアガールの演技も拝見する事ができ、ティナとしては思いの外楽しめたらしい。

 最後には伝達事項という事で、保健委員会より各自体調管理を呼びかける声と、加えて図書委員会よりこの後読書会を催す旨が報告された。全校生徒に呼び掛ける為に舞台檀上に立ったのは、委員長と副委員長――須々木と宿森であり、彼等の様子を見てティナ自身も何処か楽しみになる心地を噛み締めたのである。


 その後集会がお開きとなり解散となった生徒等一同は、用事のない者は帰り支度を行う。その際にクラスメイトである亜実つぐみが気になっていたのか、ティナに声を掛けていた。

「この後図書館で読書会があるって言っていたけど、図書委員のティナはこれからそっちでお仕事?」

「あ、はいそうです。でも大した事ないんですけどね。折角の開館日なので、私自身も許す限りそちらで楽しみたいなと思っていまして♪」

 にこりと応えるティナの様子は明るく、上機嫌である。その様に亜実つぐみも温かな気分に染められて、彼女につられて微笑んで言った。

「そっか。じゃあ私も行ってみようかな。夕方から店の手伝いしないといけないから、あんまり長居できないんだけど。偶にはそういうのも良いよね、ちょっとお邪魔しようかな。

 しゅんも来るよね?」

 そうして唐突に話題を振られた隣の彼は、やや気が乗らないのか、まるで泣き言のように力なく答える。

「つぐちゃん……僕が本読むの苦手だって知っててそういう事言う……」

「さっき図書委員の委員長さんも言っていたよね?空調は整っているから涼みに来るだけでも良いよって。だったらこの際、そっちを目的として気軽に覗いてみたら?」

 この二人の会話の遣り取りは、幼馴染であるせいかある種コントのようでティナも気に入っていた。見ていて面白く、飽きないのである。

「そういう生徒さん達でも気軽に楽しめる様に、図書館内は飾りつけして可愛くなってるんです。それに談話交流会イベントも催すので、読書会と言っても一概に読書するだけじゃないんですよ。まったりお喋りできるスペースもあるので、もしご興味あったら、是非楽しんで貰えたらなって思います♪」

 先程のアナウンスだけでなくティナのアピールもあり、亜実つぐみしゅんの二人は結局揃って図書館に行く事を決意したらしい。

 因みに読書会のアピールは校内に掲示していたポスターやチラシ等でも既に呼び掛けており、またティナのような口伝いの情報もあってか幾等かの生徒の耳や目に届いており、彼等を同じく楽しみにさせていた。


 三人が早速図書館に向かってみると、その出入り口付近にはまだ開館準備中だというのにそこそこの人集だかりが出来ていた。

「あれ……思いの外生徒が来ているんだね。良かったじゃない、ティナ」

「おお……どうやらそのようで……と思いましたが、その半数近くは図書委員という身内のようですけどね?」

 亜実つぐみの少々驚くような発言に続き、ティナが述べるその様は苦笑いをしている。けれど仕切り直して、彼女はこう続けた。

「あれれ……もしかしてまだ鍵が開いていないとかでしょうか?」

 じきに読書会開始時間だというのに、関係者である図書委員ですら館外にいてたむろしているという状況に、もしやとティナは不安になったらしい。

 ティナはその内の見知った図書委員の生徒等に尋ねてみると、どうやらその懸念は彼女の杞憂であったと判明する。とどのつまり、彼等は知り合いが遊びに来てくれたので一緒に立ち話をしている、との事らしい。因みに中の準備はもう整っており、三役等の主要メンバーは館内にスタンバイしているとの事でそれ以外は、後は時間待ちなのだそうだ。

「なんだ、そうだったんですね。それなら良かったです」

 これにはティナも安堵した様子でそのように述べると、図書委員であれば外で待っていなくとも中に入れるよと別の図書委員に誘われるのであった。そうしてティナは事情を二人に説明してから、一足先に館内入りを果たして共に支度を整える。

 一同が待つ事数分、目安となるチャイムの音と共に図書委員による読書会は開催された。

「お待たせしました、図書委員会主催の読書会にようこそ。案内のプリントを図書委員がお配りしてございますので、是非一部お受け取りになられましてからご参加下さい」

 図書館の扉を開きそのように第一声を放ったのは副委員長、宿森であった。幾等かの一般生徒はそれに従い、順にゆっくりと進んで入館していく。

「なんか、文化祭よりも文化祭の出し物っぽいね。静かだけど楽しそう」

 図書委員であるティナに渡されたタイムイベント表のプリントを見つつ、亜実つぐみは微笑ましそうにそれを見遣って言うのであった。

「はい、長谷川くんもどうぞ。今日の読書会のタイム表になります。それと、もし本の場所とか分からない事があれば、お気軽に図書委員の者にお尋ね下さいね。こちらが目印になりますので♪」

 ティナは至極楽しそうな様子で二人にプリントを配ると、左腕に付けられた目印とやらをちょいと示す。

「え……図書委員は腕章がついてるの?本格的で凄いなあ、何か格好良い!」

 しゅんが羨望の眼差しで言った通り、ティナ等図書委員の左腕には判別が分かり易いようにと腕章がつけられている。印刷された文字には直球に、“図書委員会”とあった。

「基本的に我々はカウンターの所におりますが、館内を巡回している図書委員もおりますので、何かございましたらどうぞお気兼ねなく」

 須々木委員長も他の一般生徒等に向けて、静かな声で伝えている様子だ。

 開館直後は人の出入りの流れで空気が慌ただしくなったがそれもつかの間、集団の入室を終えると図書館らしく辺りは静かになった。

「談話交流会イベントまではもう少し時間があるんだね。それまで私としゅんは館内を見て回る事にするよ。ティナも委員会のお仕事、頑張ってね」

 周囲を察して亜実つぐみが小声でティナに伝えれば、ティナも感謝を表してお辞儀をし、大きく言葉で伝えられない代わりに満面の笑顔で返すのであった。


「一通り入館は出来たみたいね。皆、どうも有難う」

「今年は例年よりちょっとばかり参加してくれる生徒が多いかな?まあ今年度は夏休みに入る前から色々告知に重点を置いていたから、やっぱその効果かね?ちなっちゃんもお疲れ様。すずっき~も一年生ちゃん達も、あんがとね♪」

 宿森に続き、裏委員長こと月島が付近に居た図書委員メンバー等にこっそりとねぎらいの言葉を贈る。図書委員の読書会と言えど、全校生徒の割合からしても当催しに興味を示して実際に参加をしてくれる数と言えば、実際の所はあまり多くないのが現実だ。しかしながらそうだとしても、どのクラスにも物好きはいるもので、各々に都合の良い時間帯を見つけてはここに足を運ばせる生徒もわずかにいるのであろう。

「入館組の人数はどう、木ノこのせくん?」

「ざっと十一人かな……うん、確かに開館直後でこの数は多いね」

「いつもは七~八人なんだけどねぇ~。気紛れな事もあるもんだわ、良き良き♪後はホームルームかなんかが長引いた、遅刻組の到着を待つくらいだな」

 現三役メンバーである宿森、木ノこのせ、須々木が順にそのように述べれば、二年生の他メンバーも一先ひとまず安堵した様子を見せる。因みに彼等の業界用語として、ここで言う“入館組”とは開館直後に読書会に訪れてくれた生徒の事を指し、“遅刻組”とは上記の通り、追々ここを訪れる生徒の事を指しているようだ。

「これ以降に生徒さんはいらっしゃるのでしょうか?」

 ふと疑問に思ったのか、先輩方に尋ねたのは一年生の嬉乃うれしのである。

「残念だけど、数は大体入館組で決まっちゃうのよね。遅刻組はあっても一人二人。まあその後に、午後から部活終わりのやからが遊びにくるっていう特例組も偶にあるんだけど。線は薄いかしらね。

 だからそこまで気負いせず、貴方達も適当に館内を楽しんでくれていいのよ。

 と言っても、いつもと違うのは装飾環境くらいしかないけど。館内巡回っていう業務もあるにはあるけど、特に本の在処を聞かれても標識案内に沿って案内すれば良いだけだし。こういう所に来る生徒は大方皆弁わきまえてるから、特に心配する要因も無いと思うわ。昨日配ったシフト表の時間以外は、普通に読書して貰って構わないし、何なら読書会に参加してくれても大歓迎よ」

 そのように述べた宿森も、分かりにくいが実は場の雰囲気に呑まれて同じく浮かれているらしい。

「三時の部の談話交流会なんか、一般参加者が誰も居なくて、図書委員の面子メンツのみっていう事態も過去にあったくらいだし。まあ……その際は逆に図書委員内の親睦を深めるって事で、良いのかもしれないという事で」

 また加えるようにして宿森がそのように続ければ、今度は須々木が声を上げる。

「その場合は談話交流会じゃなくて、最早完全に身内雑談会だけどな♪今回はテープレコーダー持って来たぞ?後で記録に書き起こして、次回の図書館広報に載っけよう♪」

京輔きょうすけやめ……一体どんな公開処刑が……(震え」

 館内ある為に小声ではあるが、それでも意気揚々と言っている様がその場のメンバーにも伝わる。察して突っ込んだのは書記担当の二年生、木ノこのせであり、過去に何があったのだろう、彼の反応はやや居たたまれない。

「ぶっちゃけちゃうとさ、読書会に参加するくらい本が好きな奴って、結局皆学年上がって各々図書委員になっちゃうのよね。だからまあ、これはこれで仕方がない摂理って言うか、法則って言うか♪」

「なるほど……ならそれはきっと楽しくて良いですね!」

 三年生の月島が補足するように言えば、ティナも笑ってそのように反応を示す。

「あとは注目するとすれば、談話交流会に来てくれる生徒数かねぇ?恒例の事そんな人数が来る訳ないし、大概皆本に興味が熱い子等だろうし、今回座長を頼まれている子は進行の方宜よろしくね~」

「はい、先輩も昨日からわざわざありがとうございます。凄く助かりました」

 月島と宿森等が話すその表情は、一安心といった所か。そんなこんなでひそひそ話ながらも、図書委員メンバーも心はお祭り気分のようである。

 するとその時だろうか、数名の生徒グループが何やら図書館に入館を果たしたではないか。すぐさま付近の図書委員数名が向かい、案内のプリント――タイムイベント表を手渡してはそっと彼等に挨拶をした。

「あら……珍しいわね。いっつも暇してる入口担当に仕事が来るなんて」

「折角だから、館内入口付近にタイムイベント表の手渡し用員として彼等を配置しておく?机に置いてご自由にお取り下さいじゃ味気ない上、過去に見逃しちゃう生徒も以前から居たみたいだからさ」

 等という宿森と木ノこのせの遣り取りの末、結局のところ入口担当メンバーの他に入館する生徒へのプリント配布の任を請け負う臨時要員までが交替で配置される事になる。

 また加えて、手が空いているメンバーは宣伝がてらタイムイベント表の案内を持って校内を闊歩してくる事になったのだ。目的は昇降口やら空き教室で暇を持て余し、時間を潰して居そうな生徒等を探しては宣伝として声を掛けてくる、という任務である。勿論それは任意参加であり、外に出払って館内の業務がおろそかになってもいけないので、希望した平委員の数名がそれに割り当てられる。

「まあ……勧誘はしてきても良いけど、あんまり迷惑にならない程度にお願いね。文化祭じゃないんだから」

「とは言っても、そんなに生徒が校舎内に残っているとも分からないけど」

 宿森の声に望寺達はそのように返答すれば、数人の平委員である彼等は揃ってプリント片手に出陣していくのであった。

「あれ、ティナちゃんは残りですか?」

 刹那、別のメンバー等と共に図書館を出ようとしていた嬉乃うれしのがティナに声を掛けた。

「はい♪私はやっぱり館内に居たいと思うので、適当に巡回業務に徹しておきます。まひるさんは配布組なんですね?是非是非いってらっしゃいませ」

「行ってきます。といっても私の担当は図書館を出てすぐの所で、タイムシフト表配りなんですけどね」

 つまり嬉乃うれしのは、入口担当の臨時助っ人要員という事らしい。ティナもそうかと頷き返せば、他の館内組と共に彼等を見送るのであった。




(16)



 さて、奥の会議室の方では着々と談話交流会開始時刻が近づいており、解放された其処には既に幾らかの生徒が着席している様子がうかがえた。一つの会議用テーブルを囲むように椅子が配置されている為、参加する者達はまるで円を囲む形となる。

「ところで談話交流会とは、どのような催しものなのでしょうか?」

 率直な所をティナが傾げれば、何時の間にやら彼女の隣に来ていたのか、上部がガラス張りで中の様子が垣間見える当該会議室を、同じく見守っていた司書の越塚教諭が応える。

「学年・性別・所属集団全てを問わず、何の因果か運命か知れず、その機会に偶然集まった若人わこうど達で語り合い、知り合い、互いの交流を深める……それが図書委員の談話交流会さ。本に関心が無くとも、逆に大好きだとて別に構わず差別はない。終わった後で参加してくれた生徒の少しでも多くが、嗚呼、参加してみて意外と楽しかったな、偶には図書館に来ようかな、と思ってくれれば諸所は構わないよ。何をするかも全て図書委員の彼等に任せているから、今回はどのような話題が飛び出し楽しませてくれるかと私もわくわくする」

「先生、そんな大層な事じゃありません。ある者は読んだ本の宣伝広告板の如く語るわ、どうでもいい阿呆話に盛り上がるわ、毎度の事、類は友を呼ぶで何故か妙な観点で意気投合し会話に花が咲いているだけです」

 越塚教諭の酔いれたような解説の隣で、館内の様子を見に来たのか会議室内より出て来た宿森が白けたようにぶっちゃける。

「前回なんか誰もが小学生の頃にやったような、妙な手遊びを高校生版だ~とか言って考案する会になっちゃったくらいだしね。よく分からないわ。ところで………」

 呆れたように言い放つ宿森であったが、今度はふとその視線を館内の一ヶ所へと移した。

 そこには遅刻組として入館していたらしい、数名の生徒集団があった。男子が三人と、女子が一人である。しかしその動きがどこかこそこそとしており、誰かに見つからぬようにとしているのか、こうして第三者からそれらを見るとやはり挙動不審として映ってしまう。

「何あの集団……?まあ……別にいいんけど。騒いでいるよりはマシだけど、もし変な事してる生徒だったら図書委員として注意しちゃって良いからね」

 かたわらにいたティナにことづけを残すと、宿森は気に留める間もなく素っ気なく言い、そのまま会議室の中に帰ってしまうのであった。それに対し、はぁ、と状況が解せずに間抜けな返事をティナは返すのみだ。

 越塚教諭も、雑談会が始まるまで私も待機していよう~、と言っては司書室へと帰って行く。因みにこの時、“談話交流会”の事を“雑談会”と彼女が言った事は、誤字であるが実質誤字ではなかった。

 とその時、残されたティナの肩を何かに軽く叩かれたような感覚を感じて、彼女は顧みる。

「あ、こんにちは青山さん……図書委員が読書会をやるって言っていたから、もしかしてと思ってお邪魔させて貰ったよ。えっと……もしかして仕事中で、邪魔しちゃった?」

 するとそこには、彼女の見知った男子生徒、納藤雅也のとうまさやの姿があった。

「納藤先輩ではないですか……、読書会にようこそおいで下さいました!是非ゆっくり楽しんで行って下さいな♪……って、先輩に私が図書委員だなんて、お伝えしていましたっけ?」

 はて、と傾げるティナの一方で納藤はやや焦りつつも、彼自身のクラス図書委員にそれら情報を聞いたのだと打ち明ける。この時ティナはそうかと軽く流してしまったが、納藤の心情を知っている彼のクラス事情からすると、彼をはやし立てる意味も含めて周辺の水面下で賑わった話題となっていた。

「あ、良かったら読書会に参加していきませんか?じきに始まると思いますので♪私も時間があるので、少し覗いてみるつもりだったんです」

「えっ……そうなの?でも俺、あんまり本の話題とかにはうといんだけど……」

 ティナの誘いに納藤は照れ隠しながらもそのように応えれば、その心配は無用だと彼女は伝える。いで配布しているタイムイベント表を示せば、納藤の気にするような事象を否定する証拠が書かれてあった。つまりは誰でも気兼ねなく参加する事が出来るのだ。

 これには気の強くない性分の納藤も納得し、何だか面白そうだからという興味本位で参加する事を決めるのであった。

 しかしその言葉を彼が伝えた刹那、納藤等の背後の棚の影から、ヒソヒソと話し込むような男女の声がかすかに聴こえてきたではないか。それらは何故か溜息交じりで残念そうでもあり、期待を裏切られ落胆のような色が現れている。

「そこ参加OKしちゃうのかよー……」

「普通そこは一度断って、二人で館内見て歩こう?案内してって誘うんじゃないの~?」

「本棚の影とか人目に付かなくて、しかも静かで絶好のチャンスじゃんか。他の一般生徒は読書会に参加して、その分頭数がはけるっていうのに……あいつは先を読まない阿呆か」

 一人の男子だけでなく、続いた女子と男子の声に納藤は酷い言われようであった。無論この声は納藤の耳の届いており、

「……ごめん青山さん、ちょっと待っててくれる?」

 と、静かな調子で一言置いてから、彼は声の聴こえてきた棚の方へと回り込む。刹那に、

「お前等帰ったんじゃなかったのかよっ!?何時までついて来るんだよ……勘弁してくれって。何回追い払われれば気が済むんだ?」

 という、遺憾だというようなやや感情の込められた言葉が納藤より発せられた。言うまでも無く、声量は抑えられヒソヒソと小声である。

「だってデートに誘うんだろ?俺達も応援したい」

「それ“応援したい”じゃなくて、“見物したい”の間違いだろ!言葉は正しく使え。

 あと、別にそういうんじゃないから!!ここ図書館だぞ、本や読書会に興味がない奴はさっさと帰れ!折角の図書委員の方々に失礼だろう」

 等というコントが、コソコソと聴こえてきたのであった。

「あら……、先輩のご学友ですか?なら皆さんも是非、ご一緒に参加してみませんか?」

 納藤と愉快な仲間クラスメイト達はティナに見つかってしまい、結局そのように誘いを受ければ、流れでそのようになってしまうのであった。

 納藤を影から付きまとっていたこの集団とは、先程宿森が挙動不審として捉えていた生徒集団に他ならない。その中には以前にもティナと交流のあった、保坂美穂ほさかみほの姿も混じっているのであった。




 そうして本日初回を迎えた談話交流会は思いの外人数が集まり、幾等か用意された椅子は全て一般生徒の席として埋められた。ティナのように図書委員ではあるが様子を覗きたい者もおり、そうした彼等は壁や空き机等に身体を委ねつつあって、所謂いわゆる立見席である。

「何か結構多く集まったわね……。意外だわ」

 こっそりと会議室の様子をうかがった宿森が、友人であるらしい平委員メンバーの女子生徒に耳打ちするも、一方の彼女もどう返したら良いかと苦笑いをしていた。二人とも、まさかここまで参加人数が集まるとは思ってもみなかったらしい。

「談話交流会って、皆で一体何を話すんです?」

 興味があるのか、嬉乃うれしのがそのように上級生等に尋ねた。

 因みにこの頃には勧誘に出向いていた図書委員メンバー、つまりは出陣組も帰還しており、彼女嬉乃のような当番シフトの無い平メンバーの一部もちゃっかり立ち見する気であるようだ。

「取りえず大間かな話題は幾つか用意してある。

 けど元々は毎回テーマを事前に決めて告知して、それに沿った本の話題とか、相互に意見を述べ合う場だったらしいよ?でも今じゃ凝り固まった観念は撤廃して、その都度飛び出した話題からも気楽に意見交換しつつ、読書の魅力を伝えるかっていうPRも兼ねた交流の場として成り立つ事を目標としている。その方針は今回も変わりないよ」

「へー……この雑談会にそこまで本気なコンセプトがあったんだー…?」

 須々木委員長の稀有にも真面目な回答と補足に、とある二年生平委員の男子が突っ込みも兼ねてそのように感心していた。須々木委員長をよく知る二~三年生の彼等からすれば、その委員長らしき真面まともな言動が彼に似つかわしくないように感じたのか、幾等かが小さく吹き出している。

 しかし何はともあれ、開始時刻となれば須々木の号令によってそれは幕を切って落とされるのであった。

 初めはそれらしく委員長による開会の挨拶から始まり、参加する一般生徒等の顔触れの確認だ。その中にはティナのクラスメイト、亜実つぐみしゅんの他、納藤と愉快な仲間達の姿も見受けられた。その他にも幾等かティナの知らぬ顔触れがあり、しかしそれらは図書委員メンバーの誰かと交友関係にある者達である。

 ずは王道に、図書委員も一般参加生徒も各々に学年と所属クラス、氏名を述べるという軽い自己紹介を行う。かと思いきや異なり、須々木の開始を告げる挨拶云々(うんぬん)を終えて早々、その線路は脱線事故をかえりみる事無く急カーブを遂げる。

「で、早速話題に入るんだけど――……」

 と、足早に須々木が切り出そうとするも、それはよろけかけた他図書委員メンバー等に待ったを掛けられるのであった。

「いやいや、その流れはおかしいでしょ!え、普通は最初に自己紹介を振り進めるじゃろー!」

 失笑しつつも突っ込んでいるのは、望寺もちでらだ。しかし対する委員長はけろりとしており、不思議そうに傾げている。

「え、そう?今回は自己紹介を最後に持ってこようかと試してみたかったんだけど、駄目?」

「別に良いけど、それじゃあ意見を聞いてみたい時にその方の名前を呼べないじゃない。確かにこの篠崎町は小さいし何となく顔見知りの多い世界だけど、皆が皆そうとは限らないでしょう?」

 委員長に対する意見は、この宿森の仰る通りである。

「ふふん♪そんな心配もあるかと思ってだな、その件は既に対策済みな訳よ。という事で、今回発言権のバトンを担ってくれるのはこ・れ・だ★」

 これ秘策と言わんばかりに須々木がニヤリと口の端を吊り上げては、そうして皆の囲む会議机の上に何か円形の物体を置き滑らせた。それは平たい円の形をしたプラスチック製のもので、中心に当たる個所には小さな摘みがついて持ち上げる事が出来る。加えて底面がなめらかであり、それは凹凸の無い綺麗な机上を難なく滑っては、しばらくして停止した。それは見る者が見れば一目瞭然であり、子供用のテーブルホッケーのマレットである。

「駄菓子屋の玩具景品で先日当たったから、丁度良いのでは……という事で、その一部を世鳥羽せとば先輩よりお借りしました。これを滑らせるように投げて、発言してほしい方に合図したいと思います!」

「せばっち、感謝だ~」

 須々木の意気揚々とした様に、同じようにテンションの上がる者もあれば、三年女子、図書委員である世鳥羽桐子せとばとうこの事を綽名呼びした月島のように有難がる者もいる。そのようなコントらしき遣り取りは、一般生徒を含め見る者達を何処か微笑ましい心地にさせた。

「打ち合う為に使われる、パックの方を用いるんじゃないんだ……」

 マレットとはテーブルホッケーにおいて、パックという薄い円形の球を打ち返す為の、手に持つ道具の方である。半眼状態でそのように呆れて言ってみせた宿森であったが、須々木より、

「細かい事は気にするな♪」

 と、返される始末で絶賛通常運転である。

「でも、基本的には皆が好きなように意見して良い流れにしたいんだ。だからこのマレットを用いるのは、このままじゃどうしても発言機会に偏りが出てしまうとか、そう言った場合にするつもり。あ、これで遊びたい奴は遊んでて良いぞ☆」

 あまり深く考えない性質らしい須々木が言うと、それらセットの全てを机に置いた。この時、良いのかよ、とすぐさま突っ込んだのは望寺もちでらである。その一方で、書記担当である木ノこのせが察したのか、横方に立て掛けてあるホワイトボードに何やら文字を書き出していた。

「で、今日三回に分けて行われる談話交流会で話題にしたいテーマなんだけど、今そちらで木ノこのせ君が書いてくれているから、皆、そっちを参照してくれる?」

 須々木委員長はラフな形でそう促すと、そこには既に意図する文字が綴られてある。

「篠崎高校の七不思議考える会……?」

 皆に文字情報が渡るようと意図した訳ではないが、その文字を亜実つぐみが不思議そうに読み上げた。

「ざっつ、らいッ☆夏真っ盛りだからね、偶には直球にそういう話題も良いだろうって事で、図書委員主要メンバーからご用意させて頂きました。今日の談話交流会ではこれを取り上げます。といっても皆あんまり重く考えないで良いからね?他の学校でもありそうな話題が、篠崎うちの高校にもあっても良いと思うんだ!」

 楽しそうに力説する須々木委員長の一方、それを見て呆れ顔な宿森の他、楽しそうに瞳を煌めかせる月島&世鳥羽せとば嬉乃うれしの、またそれどころではなく無表情で書記業務に徹する木ノこのせ等、反応は様々だ。司書の越塚教諭や一般参加生徒の一部は面白いと思ったらしく、その顔はにこやかであり、少々驚いているらしい。

「そういえばよく怪談話であるもんね、小学校の七不思議とか。篠崎高校うちにもあったっけ?」

 二年生の保坂美穂ほさかみほが投げかけるも、その場にいた者達は誰も首を縦に振らない。それらを確認した様子でうなずき、須々木委員長がバトンを引き継ぐ。

「この場を見ても自明な事に、それが誰も聞いた事がない。もしかしたら昭和の時代より実は存在していたのかもしれないが、先輩より代々伝承されたものや不可思議な話すら、全くの皆無!

 ……という訳で、本日に我々の頭で“篠崎高校七不思議”を創り上げます」

「いや、創っちゃうんかーいっ!?」

 意を決したような須々木の発言に対して別の男子生徒が突っ込みを入れる中、その遣り取りや発想が可笑しくて、吹き出し笑っている姿もちらほら見受けられた。

「図書委員の談話交流会っていうから、てっきり本の話題を話すかと思ったけど、え……七不思議を考えるの?」

 面喰らったように独り言として言ったのは、亜実つぐみの隣に座っていたしゅんだ。

「ええそうよ、意外でしょう?でもうちの図書委員はそういう思考回路してるのが多くて。ほんと、よく分からないやからばっかりで参っちゃうわ。ごめんね、もし合わないなと思ったら無理せず途中退室して貰って構わないからね?」

 しゅんに対してフォローに回ったのは、やはり気配りの出来る宿森である。この図書委員主要メンバーの中で唯一、正常人だ。

「いいえ、折角なので私等共々ご一緒させて下さい。と言っても、あんまり面白い意見とか出せないと思うけど」

「つぐちゃん、強引な……。まあでも、ちょっとは拍子抜けして気楽になったかも。先輩、ありがとうございます」

 宿森の言葉に亜実つぐみが穏やかに応えれば、その隣でしゅんがそのように述べるのであった。因みに彼等が宿森の事を上級生であると判別がついたのは、上履きの学年カラーを見ればなんという事はない。

「で早速なんだけど。七不思議を創るに当たって、どういうものが欲しい!とかあります?まずは各々、好き勝手言っちゃって良いよ!」

 進行役である委員長、須々木がそのように投げ掛ければ、まずは身内の男子生徒がそれとなく回顧しつつ提案をする。

「基本トイレになんか出るよね。何だっけ……花太郎さんとか!」

「何でトイレ?小学生じゃないんだから、そういう人によっては不快感を覚えさせるようなネタはそろそろ卒業しなさいよ~。これだから男子は~」

 提案をした図書委員の男子と言うのは、二年生の親見亨ちかみとおるであり、また突っ込みを入れたのは別の三年生の女子生徒であった。

「ふむ、じゃあ出現場所を変えよう。いっその事校庭?それとも水場って雰囲気を引き継いでプールにしとく?」

「じゃあプールで夜な夜なずーっとクロールしてるのが花太郎さんって事で、どう?」

 親見ちかみの先程の発言に対し、須々木が他の生徒等にも投げ明けるように見渡す。とすれば親見ちかみは思い直してか、今度はそのように訂正をした。またそれを、

「了解~っと」

 としてホワイトボードに書き込んでいく木ノこのせの姿もあるのだから、なんとも不思議な光景である。

「じゃあ、よくある二宮金二郎像はあれでしょう?校庭でマラソン練習してるんでしょう。近代化して生き抜く為に差別化して、持久力が必要になったとか」

「なら世界オリンピック出場へも夢じゃないですね、それ。応援したいです」

 今度はとある女子生徒と嬉乃うれしのが意見を述べた。

 そうして次々と挙げられていった、妙な観点による七不思議候補は順にホワイトボードに書き留められていくのであった。

「意味が分からない、このカオス……」

 テープレコーダーの管理をしつつ、宿森がこのように一人でぼやく。ところでその声はしっかりと音声記録に残っていたのであるが、それを確認したのは、書き起こし要員としてこのテープを次に改めて聴いた、当該図書委員生徒であった。

 さて、そうして彼等のよく分からない七不思議候補は幾つも列挙され、木ノこのせに書き留められていく。

 しかしその途中で彼は書き留め疲れたのか、否真意は何かを思うところがあったのか、その役を宿森へとたくすに至る。けれどその際彼は、ちょっと疲れたから交代して、と言い出していたので、宿森に

「相変わらず体力無いわねぇ……」

 と、言われてしまったようだ。この後木ノこのせは一度会議室を退室しており、その行方まで見送って知った者はいなかった。

 その後を宿森が引き継ぎ、それらを改めて見遣れば候補案とやらは何とも言いがたい発想で溢れている。冷めた表情をしてはいるが、宿森はこれでもある種それらしいと思って楽しんではいた。

 意見の提案が一段落つけば、残りを綺麗な字で書き終えた宿森はホワイトボードの隅に身を寄せ、それらが皆に見えるようにとする。

 深夜のプールでクロールする花太郎にマラソン練習をする二宮金二郎像の他、夜な夜な稼働する給湯室、無人音楽室でのピアノ演奏やバイオリン演奏。廊下の天井を地上として走る生徒達の影や、顔無し教諭の存在、化学室の黒い白衣、何処かにあるという秘密の教室、開かずの倉庫やロッカー、異世界と交信できる謎の本、無いはずのものが見える階段踊場の鏡、最上階まで至る事が無い階段、動かない人体模型、出席簿に名前の無い生徒、しゃべる飼育小屋のうさぎ、小人が棲み付く天文学室などなど。見遣ればそのような単語ワードが、幾つもホワイトボードに連なっている。

「化学室の黒い白衣って……それ単純に実験で失敗して焦がしただけでは?」

「ま、そうとも言うよね」

 望寺もちでらいぶかしがる言葉に、何故か今回に限って素面しらふの様子で月島が同意を示す。

「っていか、うちの高校に二宮金二郎像とかそもそも設置されて無くね?物理的に無理じゃん。一体何処から湧いてくるん?」

「篠崎小学校の方から走って来るん。出張サービスやて」

「あ、なるほど。それはお疲れ様ですなぁ」

 そのように言い合ったのは図書委員の男女生徒等であり、その発想は何とも言いがたい。

「夜な夜な稼働する給湯室……当直の先生の仕業じゃんか」

「何か深夜系多くない?昼間にももう少し、七不思議を割り振ろうよ~!」

 等という生徒等の意見も飛び交い、彼等はそれらを七不思議として相応しいか吟味した。

「動かない人体模型って……そりゃあ当たり前じゃん!動く方がおかしいでしょうに」

 この突っ込みのような発言は、望寺もちでらのものだ。

「え、去年のロボット研究部が文化祭での発表の時、人体模型に配線回路引いて動かす事に成功してたよ?だからうちの篠崎高校ではその辺り、もう実証済みな訳。で、もしこれが昨日まで動いていたのに動かないってなったら、それこそロボット研究部にとっての恐怖でしょう。うわああ~~、何も変化なく正常なのに一体何処がバグったんだ~~……ってなるに違いない!」

 悪戯いたずらなのか、ロボット研究部に何か仕返しをしたいという作為を薄っすらと感じる須々木の意見に、一同は失笑を隠せない。それに加えて事情を解したティナが、

「それは確かに恐ろしい……」

 等と、相槌あいづちまで示してしまったのだから、その説得力は高い事がうかがえる。

「これらは七不思議なんだか、怪談話なんだか……はぁ」

 そのように宿森は肩を落とすも、図書委員であれ参加生徒であれ、一同はそれなりに談話交流を楽しみつつあるらしい。何時の間にやら皆笑顔であり、それが何よりの証拠であった。

「七不思議っていうけど、なんていうの……出来れば聞いて、確かに道理が通っていてありえそう!って思えるくらいリアルな方が、説得力あって良いと思うー!現実味がある方が、もっと身近に感じて笑い飛ばされたりしなさそう」

 この月島の意見も加わって、一同は考慮して更に別の視点をも広げさせる。

 そうして七不思議を考える会こと、つまりは妄想劇紛まがいをあれやこれやと夢中で意見交流を繰り広げてから、はや時間は一時間以上を経過しただろうか。時は昼時となれば、名残惜しくもタイムスケジュールに従い一度締める運びだ。

「まさか今回、こんなに盛り上がるとは思ってもみなかった♪

 談話交流会は三部構成の予定だから、これら第一の部を踏まえて、続きは昼食時間を終えた後から再開する事にします。第二部・第三部への参加は任意ですので、もしお時間ある方、もう少し吟味に参加したいという方は、良かったら引き続きご参加頂き楽しんで貰えたらと思います。

 またこの後予定があって参加できない~という方でも、ご心配なく。今回の談話交流会の内容は図書委員の方で記録しておりますので、夏休み明けの図書委員会が発行している広報にその議事録を載せるつもりです。ですからそれを見て頂けたら、この議題の内容や結末は分かるかと。

 それ以外にも我々図書委員は日頃から図書館業務を手伝っており、休み時間には常に誰かしら常駐していると思いますので、もし何か気になる事とかあれば、いつでも遊びに来て貰えると嬉しい限りです。メンバーの皆はそれぞれ独自の個性を持って本が好きな性質なんで、初心者向けのお勧めの本とか、さっきの話題みたいに面白い感じの読み物とかないの~って気軽に聞いてくれたら、皆気軽に答えてくれます、きっと!」

 上手い具合の須々木委員長の締め言葉に、

「まあ本の話題に限らず、何かしら吹っ掛けたら打ち返すよね。ただ狂人具合のレベルというか、そういうのは個人差があるけど。真面まともな答えが欲しい時は、一年生のように真面まともそうな図書委員を当たろうね~。そうじゃないと保障が出来ない……」

 と、月島が補足すれば、その場にわずかの笑いがこぼれる。

 最後にようやく自己紹介で皆其々(それぞれ)名乗りを上げてから、その場は一先ひとまず中断閉会し解散になるのであった。

「よく分かんないけどちゃっかり宣伝入ってるし。まあ、良いけどね」

 こっそりと放たれた宿森の独り言のような優し気な発言も、テープレコーダーは忘れずに記録して書き留めてくれるのであった。






(17)



 さて、解散と言えども、その姿の多くはそろって昼食の買い出しへと向かう流れであるらしい。

「館内は飲食禁止だけど、会議室は禁止していないからね。解放しておくから、昼食取る場所が無い場合は、ここで取っても問題ないわ」

 宿森がそのように伝えれば、一同は各々に会議室を後にしていく。

「そういえば木ノこのせは?あいつ帰ってきてないよね?」

 ふと思い出したように投げかけたのは、親友でもある望寺もちでらだ。それを聞いた別の男子生徒が、まさか何処かの変な世界に迷い込んでしまったか……、等という先の雰囲気を引きついた感想を放つも、

「そんな訳がないでしょう」

 と、夢から覚めさせるように宿森がぴしゃりと突っ込みを入れた。

 昼食時だとて図書委員の全てが買い出しに行くかというとそうでもなく、実家が近い者は一度帰宅したり、また別の者は仲の良い者におつかいを頼む等している。というのも後者の場合は、カウンター業務等で図書館に常駐する事を求められるからであろう。

 会議室には図書委員メンバーである某二人の居残り男子生徒がおり、彼等は買い出しが戻ってくるまで、会議室内の見張り役を請け負うらしかった。暇を持て余し、彼等は早速気になっていたらしい子供用テーブルホッケーの玩具で遊び出している。広い会議室用の机は、絶好の遊戯戦場のようだ。

 談話交流会第一部を終え、一方会議室のとある一郭ではティナと亜実つぐみ等の話し込む様子がうかがえた。

「なんか、思ったよりずっと楽しくて面白い人達なんだね、図書委員って。談話交流会も、聞いているだけで十分楽しかった♪」

 その思いは亜実つぐみだけでなく、当初あまり乗り気ではなかったしゅんも同様で、今では参加した事に満足しているらしい。

「まさか七不思議を考えようだなんて話題になるとは、僕も思ってなかったよ~。でもさぁ、七不思議って言い伝えられているから“七不思議”って言うんじゃないの?」

「その七不思議が存在しないから、創ろうって話だったじゃない」

「そうそうしたらそれって、つまりは“偽りもの”って事になるじゃん」

 唐突にしゅんがその疑問を投げ掛け、亜実つぐみが応えるもその結論は居心地が落ち着かない。するとそれを聞いていたらしい宿森が、ふわりと補足でもするように会話に交じる。

「伝承の言い伝えを、まこといつわりも証明する事なんて正確には出来ないでしょう?郷土のそれは最早文化。時が経つにつれて、言葉の言い回しや使い方が変化してしまうのと似ているわ。

 それに学校の七不思議なんて、あろうがなかろうがその真実は大方昔に誰かが話した事を装飾され誇張され、本来とは違う形になろうとも結果的に伝播されたような物に過ぎないでしょうし。だからその覚束無おぼつかない発祥地点が今であろうが昭和の初期だろうが、あんまり議論する余地もないと思うけどね。なんて、独り言を失礼♪」

 宿森はさらりとそのような一見解をのたまえば、楽しそうに笑うのである。そんな彼女を見ていたティナは、彼女に対しどこか羨望のようなものを感じた。

「こういうたぐいの話は真か偽かっていうより、もっとグレーで曖昧な範囲を、余興として楽しみ考察する対象にする方が味が出て良いんじゃないかいかしら?」

「なるほどー……やっぱ図書委員だとそういう物の捉え方も出来て、奥深いんですね」

 宿森に対し亜実つぐみもティナと同じく、感心の意を示す。

「でも火の無い所に煙は立たないって言うでしょ?よくある心霊現象の話題とかで、その地をよくよく調べてみると昔に多くの人が亡くなった戦場だったりとか、飢餓で苦しんで亡くなった農民の多い地域だったりとかって言うケースは意外とあるんだ。だから郷土資料とか、うちの高校の場合は昔の卒業生の文集とかをあさると、そのきっかけになりそうな種はちらほら見かけたりできそうだよ?」

 すると丁度その時か、会議室入口の方、つまりは宿森等の背後から男子生徒の声がしたかと思えば、彼はそのように見解を述べた。見るとそこには、何時の間にやら行方をくらませていた筈の図書委員書記、木ノ瀬喜代太このせきよたの姿があった。彼は古い冊子の数々やら古書を数冊抱え込んで、ここに帰還を果たしていたらしい。壁際に寄せた机の上にそれらを既に並べ置いてある所からすると、彼が到着して今がぐであるとは言い難い。つまりはティナ達が話し込んでいる間に彼がここに帰還して数秒くらいの時は経過し、というなら彼は素の場合、何処か気配の薄い存在であるのかもしれなかった。

 しかし宿森は構わず、まずは迎えの言葉を放つ。

「あら、木ノこのせ君お帰りなさい。もう一部は終わっちゃったけど……一体何処で何をしていたの?」

「よう、ただいま~。行方不明だった木ノこのせを連れてきたぜ~。なんか二階の奥の方の、郷土資料とか卒業生の文集コーナーに夢中になって座り込んでたわ。まあある意味、異世界に迷い込んでいたと言えばそう言えるかも」

 ひょっこりと彼の向こう側から現れたのは、望寺もちでらである。どうやらあの後、館内を探してみたら案の定という訳らしい。

「ふぅん、それはどうも。所で須々木委員長はどうしたの?」

「じゃんけんに負けたから、俺等の分の買い出しに行って来て貰った」

 木ノこのせの端的な反応に、宿森は浅く笑う他ない。

 戻して一方の木ノこのせはというと、その視線はここに持ち寄った古書や冊子達を眺め渡し、続いて例のそのままになっているホワイトボードを見遣る。内容は午後に引き継ぐ為、書き留められた七不思議候補は当然そのままだ。それら一覧を眺めて、木ノこのせは一人合点が行ったようにうなずく始末である。かと思えば彼は基本色として用いる黒のマジックではなく、目印になるような赤のマジックを手に取り、候補のうち幾つかに小さなチェックを加え入れた。

「あの……それはどういう事でしょう?」

 不思議に思ったティナが傾げれば、彼は解説をし出す。

「長きに渡る人の言伝ことづてっていうのは、時にその時のショッキングな出来事だったりとても印象的な事なんかがベースになっている事が多いんだ。それが不思議な話でも伝承話でも、そうして語り継いで残って行って、またその過程で尾鰭おひれだったり、場合によってはそのほとんどを脚色する形で変化して今に行き着き至る。

 勿論、これに全く当てはまらない真のゴシップ何かも確かにあるんだけど、そうじゃない場合もあるのではないか、という見解もまた一理ある」

 木ノこのせはそのように告げると一旦言葉を区切り、例えば、としてホワイトボードの文字を一つマジックペンで指し示す。それには先程彼が加えた赤いチェック印がある。

「この“顔無し教諭”も、実は在り得ててね?過去の地元新聞、昭和13年9月のものに載っていたんだけど、顔面マスクした不審者が当時仕之碕しのさきと呼ばれた寺子屋跡地―――つまり現篠崎小学校の校舎内に入り込んだ事があったらしいんだ。だからこれは七不思議として、あながち間違ってないと思うよ。事件の時は所謂いわゆる精神異常者って事だったんだけど、それ以降色々と気を付けましょうっていう警鐘が伝えられたんだと思われる。それの名残じゃないかな」

 彼は淡々と一つの可能性としての見解を告げる。

「これと同じような、過去の事象や記録に基づいて編み出されたのではないかと言えそうな候補は、他にもこの辺りかな。プールでクロールとか給湯室なんかのこの辺のギャグめいた候補はさて置き……何処かにあるという秘密の教室、無いはずのものが見える階段踊場の鏡、小人が棲み付く天文学室、出席簿に名前の無い生徒、かな。

 これらはやっぱりどれも戦時中の事項や、当時の差別概念を考慮されて派生したんじゃない?秘密の教室はきっと避難所としての機能だろうし、この鏡って言うのもその存在を誤魔化す為に設置したものとも取れる。鏡の向こうには部屋があるのに、そうとは見えないようにする工夫の一種だ。置く位置や入り込む光の加減を工夫すれば、プリズムなんていう不思議なものを映し出せるし。

 出席簿に名前の無い生徒っていうのは、富国強兵で男子が徴兵される事を拒んで、それらの名前を役場が除名した事が元ネタじゃないかな?当時はこんな小さな田舎町に戦力となる男子もあまりおらず、という事で扱われたらしいけど。

 小人が棲み付く天文学室というのは、やっぱり当時の差別概念から来てるようだ。例えばの話、あくまで客観視するから勘違いしないでほしいんだけど、今でこそ世間環境は変わり身体的障害者は physically challenged って言われてその人権を尊重されるようにはなったけど、昔は handicapped と言われていたし、皆何処の地域も人目に出さないで隠す傾向があったらしいから。天文学室なんて言って気取っているけど、本当は屋根裏部屋を指すんではないかな。加えてこの場合は身体的障害者に限らず、むしろ何らかの観点から差別迫害をされていた人達っていうくくりになると思われる」

 それは木ノこのせによる一つの見解に過ぎないのだが、それでも確かに考えられる事だろうとその場は感心するのであった。

「お前よくあんな短時間でそこまで調べたな」

「今日のあの短時間に調べ上げた訳ないだろう?そんなのどうあっても普通の高校生じゃ無理。元々この町の郷土事情に興味関心があって、昔から祖母から色々と聞かされていた身で、一年の頃からあそこ一帯の棚全部に順番に目を通していたからだよ。で、何か引っかかるなと思って記憶を引っ張り出しただけだ」

 望寺もちでらに対して述べられた木ノこのせのその言葉は、まるでマジックの種明かしのように至って素っ気ない。それを聞いていたティナ等も、彼の研究者気質というか、その熱心さに圧倒されるばかりだ。図書委員とは、このような変わり者のつどいらしいのだが全貌を知る者は数少ないのが現状である。

「ところでこれらの案を出した人に、その火元が何処か尋ねたいなと思ったんだけどな……もう解散しちゃったんじゃ、それも無理そうだな。これらが適当に空想で突発的に提案したものなのか、誰かから聞いたものがきっかけだったのか、とかさ?」

 木ノこのせの個人追究のうちなのか知らないが、それを求める所以を尋ねると次のように答える。

「人間の空想における発想って言うのは、基本的に過去の記憶や当時に得られた情報を元に再構築するようなものだと思うんだ。だって現実的に考えて、鷹は生物学的にカエルを産む事はないし、その逆もない。もしあるとすればそれは、過去に混じっていた遺伝が発生するという所謂いわゆる先祖返りの事に近い部類だよ」

「えーっと……つまりどういう意味ですか?」

 思考回路が及ばないらしいしゅんが、傾げて問うた。因みに常人であるなら、彼の思考回路についていく事の方がきっと困難と捉えるだろう。

「先祖代々知っている事や伝えられているものは知っていても、それ以外の聞いた事も経験した事もないものに関しては、やはり誰も知り得るはずのない事だ、という意味だよ。

 先程例に挙げたこれらの七不思議候補だって、俺が先ほど言った観点からすれば既にこの地に存在していたであろう事象だ。交流会の最中に吟味された内容だって、給湯室にしろ人体模型にしろ、その発想はよくよく考えればある種現実味があって納得が出来る。現に過去の実績が元ネタになっていたし、論理的に考えてその節は十分あり得る。

 他にも“最上階まで至る事が無い階段”って言うのは、篠崎高校うちの校舎そのままの造りの事だしね。“しゃべる飼育小屋のうさぎ”………つまりは兎小屋に関しても、その事情は同様だ」

 そうしてティナはふと思いを馳せて、入学当初にまんまと東階段のトリックにはまり迷んでしまった時を回顧した。東階段は三階までしか続いていない事例については、何時の間にやら木ノこのせの話を聞いていた納藤も同じ思いにあるようだ。

「兎小屋についてはそのままだとは言ったけど、恐らくはそこに空想的思考が入ったんだろうな。一年生達はあまり知らないかもしれないけど、うちは校舎裏に兎小屋があって二年次になると持ち回りで飼育当番になるんだ。あそこは人気も無くて静かだし、うっかり一人で飼育業務をしている間に途端誰かの声が聴こえた、なんて事になったら真っ先に自分の耳を疑うか、こういう発想に行き着きそうだ」

 念の為補足をすれば、木ノこのせしゅんの方を見遣りつつ続ける。

「君が先程七不思議創造に関して真か偽かって話していたけど、これらを総じてみると分かる通り、空想や発想として飛び出した候補案は大方、篠崎町の現実的情報に則した上で考案されたものだ。ここに通う生徒は基本的に篠崎町を地元として生活してきた人がほとんどだし、外の街の方からわざわざ通学してくる生徒なんて、確かにまれにいるけど、う居ない。だから一般的な生徒で代々地元住みとなると、それだけ郷土に根付いた発想をするのは当然だし、またそれは空想であってもあながち全て空想だとは言い切れない。

 その意味でこれら考え出された七不思議って言うのは、証拠付きで真と言い切れなくても必ずしも偽とは言えないものだと、俺は考えるよ?」

 彼が言いたいのは、それが例え想像上のものだとしてもやはり偽物ではない、という事らしい。それらを一身に耳を傾け拝聴していた一同は、何とも不思議な心地にさいなまれつつも納得できる見解だと理解しているのであった。何時の間にやら会議室の机でテーブルホッケーに興じていた男子生徒等も、この話には耳を傾けていたようだ。

「お前増々磨きかかってんじゃん~♪お前のそういう話聴くの、やっぱ面白いし好きだわ~」

「凄い……将来は学者さんになれそうです……!」

成程なるほど、研究者気質」

 親友である望寺もちでらの他、ティナと亜実つぐみの絶賛する声もある。

「単なる郷土お宅よ」

 と言った宿森ではあるが、その顔色は彼等と同じく温かだ。一方でしゅんが、図書委員って頭良すぎて逆に変人の集まり?と傾げたようであるが、これは私的な感想及び独り言である。

 いずれにせよ、不思議なネタとして挙げられたそれらには怪談ものであれそうでなかれ、過去の事件や情報とそれに根付いた上で編み出された空想とが入り混じる、という事に落ち着く。

「図書委員の方々って、凄い考え方をするんだね。同じ二年生とはとても思えないや……」

 静かに聞いている事しか出来なかった納藤は、圧倒されたままに関心を示す他ないようだ。

 因みに木ノこのせが先程持ち込んだ資料古書周辺は、これらの情報を確かめるべく集めて来たものである。また何かの参考になりそうなものをとして、幾等か選んで持ってきたという事情のようだ。

「ところで貴方達は午後は如何どうするの?もし参加するなら、お昼を済ませた方が良いと思うわよ」

 宿森が現実的な話題を一同に振ると、彼等は思い出したように揃って遅れた買い出しへと向かうのであった。その様子は、小学生の遠足の延長線上のようである。

 ところでこの時の宿森はというと、自身の鞄から弁当箱と飲み物を取り出していたので、その必要はないと見受けられるのであった。





(18)



 各々が昼休憩を済ませてからここ、会議室に再集結したのはそれからしばくしてからである。談話交流会第二部が始まろうとする中、家に帰っても暇だからという理由のせいか、第一部のみ参加して帰宅した生徒の数は意外と少なかった。またそれ以外にもどうやら遅れて参加しに来た者もおり、その現人数は総合的に見て大差ない。

「あれ……お前等まで参加するのかよ……」

 納藤は尾行してきた愉快な仲間達を再度追い返したはずだと思ったのだが、実際に帰宅したのはこの後に用事があるらしい男子生徒の一人のみであったらしい。残りの彼等は健在で、話が面白かったからという理由で参加を継続する事にしたようだ。それは図書委員等にとっては嬉しく有難ありがたい事ではあったが、納藤に限定すれば何だか複雑な心地である。

 参加を継続する生徒は他にもおり、亜実つぐみしゅんもその内に入っている。新たに参加し出すらしい某男子生徒は、委員長である須々木と知り合いのようで、推理パズル部の部長を務める者らしい。

「それじゃ、談話交流会第二部を始めようと思います。あ、用事があるとかで途中退室とかは、必要に応じして頂いて構いませんので」

 委員長が軽く開始の号令をかけると、まずは第一部で話された内容を総覧するのであった。因みにこの時休憩中に木ノこのせが話していた見解は、須々木を含めた図書委員等は既に確認済みである。

「こうして総覧すると結構案があるけど、七不思議として採用するに相応しいかという吟味や確認も踏まえて、一度整理しようか」

 須々木がそのように言えば、

「折角だから図書館ネタは最優先で採用しよう!この際広報も兼ねてね!」

「確かにそれは一理あります。できれば図書館に足を運びたくなるようなものがあれば、やはりベストかと」

 と、月島に続き望寺もちでらもそのように述べるのであった。

「となると、それに値しそうな候補は……“異世界と交信できる謎の本”か。単純に本絡みって意味合いだけれども」

 須々木委員長はそのように述べると、目星としてそれに印を入れる。そうして七不思議の内容を確認したり、他にも七不思議としていかにもそれらしいものはどれだとか、やはりこれは嘘っぽくて雰囲気を損なうのではないかと、その他参加している生徒の意見も加えつつ吟味を進めていく。万が一意見が滞ったり何とも言えないような場合は、例のマレットを用いて話題を無理やり吹っ掛けたりする事もあった。無論振られた方は一瞬戸惑うのであるが、しかし別の視点からの意見が飛び出したりで、その場は穏やかな笑いが噴き出したり新たな見地を見出したりと楽し気な時が流れ行く。

 時がある程度経過すれば七不思議候補案は整頓とんされ、ホワイトボードには改めてまとめ直されたそれらの文字がつづられている。結果的に篠崎高校の七不思議らしさを背負ったのは以下に記された程度だ。


【篠崎高校七不思議第一版】

壱、深夜のプール

弐、校庭を走る二宮金二郎像

参、廊下天井を地上として走る人影

肆、顔無し教諭

伍、秘密の教室

陸、異世界と交信できる謎の本

漆、七つ以上の七不思議


 これらを見た時、

「いや、そもそも第一版ってどういう事だよ!?」

 と突っ込みを入れた生徒の姿もあったが、それはそれである。ついでに言うならば、これに対して須々木が

「え?初版って意味だけども?」

 と、ボケたような事を真顔で返していたので、その男子生徒はそういう意味ではないと吹き出していた。

「んで、この最後の七番目の真相が、これら残った七不思議全部って事ね!」

 須々木の言葉によって指示されたそれらは、例えば“出席簿に名前の無い生徒”であったり“動かない人体模型”、“しゃべる飼育小屋のうさぎ”等と言った、上記の六つ以外の物である。どうやら結局の所、幾つかの候補案の中から厳選するのではなくて、全てを一理ある不思議な話として採用する事にしたらしい。

 今一度解説と補足をするなら、“深夜のプール”とは親見ちかみが提案した花太郎さんの事であり、金二郎像についても既述の為割愛する。

 “廊下天井を地上として走る人影”とは、深夜に限らず人気の少ない一階廊下突き当りに掛けられている鏡に映る、背後の廊下を映し出した景色を覗くと、そこは何故か天地逆様さかさまの情景が映っており、しばらくすると向こう側――つまり視点者の背後からこちら側に向かって廊下を駆けてくる人影が見えてくる、というものだ。

 既述した元ネタは別として、七不思議として取り上げる“顔無し教諭”とは、授業中だというのに何故か校内をふらつく白衣を着た大人の姿があり、それは顔がない先生であったという話らしい。教諭の白衣の裾は真っ黒に汚れており、失くしてしまった自分の顔を探して今も何処かで校内を彷徨さまよっている……との事だそうだ。

 “秘密の教室”とは、篠崎高校の校舎の何処かにあるらしい開かずの部屋を指すのだそうだ。それは一つではなく、幾つかの場所に各々点在しているのだとか。それらは基本的に倉庫扱いになっている教室であるのだが、まれにそうではない部屋がそれと入れ替わってしまうらしい。その際は正規の鍵だけでなくどの鍵を使っても開ける事が出来なくなり、生徒だけでなく教諭達や専用の業者の者でさえ不可能でお手上げ状態に陥ってしまう。この時、その教室は最早“秘密の教室”と化して、数日の時間を空けないと普通の教室には戻らず開く事が無い。つまりこうなってしまった場合は特に教室をどうこうしようとせず、ただ時間を空ける事だ、そうすれば開かずの教室はふいに思い出したように本来の教室としての姿を思い出し戻り行く、というものである。因みにこれを万が一開けてしまったり、うっかりその教室内に入り込んでしまった場合は、その者は次元の狭間に入り込んでしまいこちらの元の世界には一生戻って来る事が出来なくなるのだとか。開かずの教室が“秘密の教室”として存在している場合、その教室は必要があって何処か別の次元の世界と接続リンクしている期間であり、それを我々人間は見たり知ってしまったりしてはいけないのだ、というものである。

 “異世界と交信できる謎の本”があるのは、まさにこの読書会舞台の主人公と言える図書館であるらしい。図書館には、貴方の知らない文化や地域世界の書籍が沢山と棚に仕舞われてる。一つ手に取って開いて、そこから文字を通して認識する世界の見識は、時に何も知らぬ貴方からすれば未知であり謎めいたものだろう。それらは文字を通して貴方と交信する手段に他ならない。貴方はその本によって異世界を知り、言うなれば通信のように、本の向こう側の相手と交信できるのだ。それは一方通行かもしれない、けれどもそれは異世界である本の向こうと、貴方の居る世界が離れ過ぎているせいである。だとしてもそれは素晴らしい事であり、退屈した貴方の心に泉のうるおいをきっと与えてくれるであろう。この不思議な本で、貴方が異世界と交信する事は至って容易だ。貴方がまず図書館にふらっと気軽に訪れ、館内の棚を見て回り、ふと何か引っかかったものか何気ない思いでその本を手に取れば良いだけだ。手に取った本を開いて、そこに記された文字を見て、読んで、それが貴方に訴えかけ心を掴んで離さなければ交信成功だ。時に交信は上手く行かないかもしれない。しかしどこかの誰かは、きっと貴方と交信できる機会を楽しみに待っている事だろう。―――という、七不思議ネタもとい図書館の宣伝話である。

「今でも思ったけど、結構直球に訴えかけたねぇ~……。まあ、間違った事は言ってないわな。確かに夢中で読書するってそういう感じだしさ♪むしろ清々しいくらいに!」

 月島の率直な意見に、隣の世鳥羽せとばも納得した様子でうなずいている。図書委員であるなら誰しもそのような経験は持ち合わせているのか、異論は皆無だ。読書から距離の遠かった一般生徒等も、そんな雰囲気に呑まれてか興味が湧いたのか、もしそうであるなら試しに“交信”とやらを試みてみようかとさえ思えて来たらしい。

 そして最後をくくるようにして、須々木が述べる。

「そんで七つ目……“七つ以上の七不思議”。七不思議は七つあるから七不思議と言うけれど、篠崎高校のそれは七つではない。因みに七つ以上を知ったからと言って、どこぞの学校の怪談話みたいに、その知った人に不幸が訪れるなんて大袈裟おおげさ事もない。では七つ以上に不思議な話があるのに、何故“篠崎高校七不思議”と言うのか?七つ以外の不思議な話とは一体何なのか?その答えはきっと、七不思議以外の不思議の話も全て見つけた後、また別の不思議な話が飛び出して教えてくれるかもしれないし、そうでないかもしれない―――で、以上締め!」

 やや語尾を強め須々木が言い終えれば、じわりと感心したような歓声が幾等か零れ落ちる。

「よく分かんないままに七不思議を締め上げる……うーん……醍醐味だね~」

「またその余韻が良いんですよね♪」

 月島と嬉乃うれしのが意気投合するも、その思いは多かれ少なかれ一同同じ所であろう。

 そんなこんなで、不思議な談話交流会第二部は相変わらず軽い雰囲気で終わりを告げ、参加した者達に夏に良い思い出を土産として置き残すのであった。因みにまだ残り第三部があるというのに、この時点で本題を終えてしまって如何どうするのか、という懸念を覚えた者もいたのではあるが、それは彼等からすればやはり些末事なのである。





(19)



 その後解散となった後は各々自由行動となる。一部は会議室で細やかな雑談会を催しつつ、またある者は図書館内にて早速交信する為の旅に出たり、または用事の為に帰宅する者もあった。

 ティナも帰宅するらしい亜実つぐみしゅん等に別れを告げ、扉付近まで見送る事にしたようだ。二人共揃そろって思いの外楽しめたようで、固定観念と違って面白かった、議事録が載るという広報記事を楽しみにしていると、楽しそうに笑うのであった。

「さて、私もカウンター当番のシフトまでの大切な時間を有効活用したいですね」

 ティナはそのように思って、早速館内の飾り付け拝見も兼ね、ぐるりと館内見物へと赴こうとする。とその時、忘れかけていたその存在、納藤に呼び留められたようだ。

「あ、あの青山さん……!良かったらその、こ……今度のお盆休みの時に一緒に夏祭りに行かないっ?篠崎大夏祭りっていう……この町の神社で夏祭りがあって、さ……」

 普通の生徒であれば、唐突にこのような切り出し方はしなかったかもしれない。納藤は慣れていなかったせいか、彼女の肩に触れようと伸ばした手は彼女自身が唐突に動き出してしまったが為にくうかすってしまうし、また加えて本人としては相当の勇気を振り絞って伝えたからか、その意気込みが少々空回りしかけているようだ。

 その結果も残念ながら、集中しかけていたティナはうっかりこの言葉を聞き逃してしまって、

「……えっ?嗚呼、納藤先輩。先程さきほど何かお呼びしましたでしょうか?」

 等と、けろりとして納藤の事情など露知れず聞き返してしまう始末だ。その顔は当然、図書委員スタッフとしての趣である。

「え……っと、その………」

 その純粋な様子に、納藤も言い淀んでしまう。そして視線を幾等か迷わせてから、しかしぐに彼女を見据えたかと思うとこのように続けるのであった。結局の所これが、今の彼の精一杯であったようだ。

「青山さんって、図書委員なんでしょう?さっきの談話交流会の皆さんの物の考えには驚かされてばっかりで、とても楽しかった。その、良かったらで良いんだけど、俺は本とか図書館とは無縁に高校生活を送ってきた身だから、ここの事をあまりよく知らないんだ。だから……青山さんに色々、個人的なお勧めの本とかジャンルとか、館内を案内してもらえたらなって思うんだけど……。どうかな」

「あら、そうでしたか!それであれば私も図書委員として、先輩方に恥じぬよう立派に務め果たさねば、図書委員メンバーとしてのその名がすたってしまいますね!十分にお役に立てると保証は出来兼ねますが、それでも精一杯ご案内させて頂きます♪」

 幸か不幸か、納藤の言葉にティナは誠心誠意でって応えるのであった。しかしながら例え結果がこうであったとはいえ、納藤からすれば十分におんの字であった事は言うまでもない。

 その後は二人で静かに館内を巡りつつ、夏の涼やかな飾り付けに心癒されたり、とある本棚から些細な文学的話題を見つけたりして、共に小声でささやき合っては笑いを噛み締めるのであった。それはあまりにも繊細で透明で、風鈴の硝子がらすのように純情な一時ひとときであった。



 その後はティナもシフトで割り振られたカウンター当番に入り、納藤も細やかな思いを隠しつつ図書館を後にする。第三部の談話交流会が始まれば、本題が終了している為にその一般生徒参加者数は数を減少させたようだが、代わりに部活動を終えた図書委員平メンバーが合流する等し、結果雑談会になって、また違った話題等で楽しく盛り上がったようだ。

 一方、その間ティナはカウンター当番という名の読書会らしい読書タイムを堪能し、彼女なりに異世界との交信を楽しむのであった。彼女が手にして開いている本は、先日越塚教諭に勧められ貸出手続きをして貰った、かの謎めいた洋書である。本文は英文で理解は覚束無おぼつかないが、かの七不思議を知ってしまった以上、彼女は放り出してしまうなど出来なかったようだ。今日は小型の英和辞書も持参しており、どうしてもという場合はそれを片手に彼女は奮闘するのであった。



 The book told me that I'm looking forward to seeing YOU...


 本は告げた。

 私は貴女に会えるのを楽しみにしている、と。





**

続く

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