表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

【4】

「もし!そこのうさぎのお嬢さん、聞いていらして?」

「は……はいっ!?」

 続きの記録を読もうとしてページった際、ぱらりと紙のれる音と共に、何やら凛として強く発せられた少女の声がティナの耳に響いた。刹那に彼女は現実に引っ張り戻され、反射的にびくりと声と身体を震わせる。ティナの声はやや裏返っていた。

 手元の本から視界をらせば、机上のすぐ傍に小さく可憐な小妖精がたたずんでおりティナを見上げている。それはリナリアと大差なく、体長は六インチ程だろうか。

「本に夢中になるのはご勝手ですけれど、少しは外界にも神経を忍ばせておいても良いのではなくって?」

 そのように気取った様子で言い放った彼女は、何処か呆れ顔だ。その容姿は色は違えどリナリアとも何となく似ており、察するに彼女と同じ妖精種族である事が察せられる。黄色を基調としたチュチュが、リナリアとはまた違った可憐さを更に際立たせていた。

「あれっ……シャルダイナさん!珍しいですね、ご無沙汰しております~」

 ティナがにこやかに挨拶をする様は、呑気で平和そうである。因みにティナはこのシャルダイナと呼んだ小妖精と、顔見知りではあるらしい。ただ、彼女が直々(じきじき)に第二司書室を訪ねて来る事は滅多にない、というだけである。

「ところでリナリアは何処ですの?折角私がここまで出向いたというのに……うさぎのお嬢さん、ご存知ぞんじ?」

 金髪の小妖精、シャルダイナは気怠そうに辺りを見渡しつつティナに問う。

「はあ……それがお昼時まではここに居たのですが、ふと目を離した隙に何処かに行ってしまわれたようで。恐らくはこの館内施設の何処かに居るとは思うのですが、残念ながら私もさっぱりで……。お答え出来ず、申し訳ない限りです……」

 ティナは素直に事情を伝えると、やや残念そうにしゅんとした。可能であればティナ自身がリナリアを探し出して、この小さな来訪者に引き合わせてやりたい気は山々である。しかし現状の所、ティナの力はリナリアを相手にしてそこまで及ばない。というよりも、リナリアに敵う魔力の持ち主など層々居ないと言った方が的確だろうか。

「あら、そうでしたの?なら勝手に館内を拝見させて頂きますわ。リナリアがここに居ないのなら、私からお探ししてやりましょうじゃないの♪かくれんぼくらい、どうって事ないのでしてよ」

 シャルダイナは気品よろしく、気取った様子でそのように述べた。

 この時ティナは彼女の様子から察するに、実は本日の午後にリナリアは彼女シャルダイナと会合をする約束でもしていたのではないかと、一つの仮説を立ててみた。次元の外れた妖精というものは、そうでない者から見た場合に、その様子は気紛きまぐれで掴み所がないものである。それはリナリアと共に過ごす時間の多かったティナ自身が実感している事であり、そうであるならこのような事態も想定の範囲内といった所か。

「集中のお邪魔をして、悪かったわね。もし入れ違いでここにリナリアが来ようものなら、きっと意図しての事でしょうから引き留めておいて下さいな?一先ひとまず御機嫌よう、兎のお嬢さん」

 潔いのか、シャルダイナはさっぱりとして言い放つと、背の羽根を震わせてくうに飛び立つ。途端に彼女の姿は消え失せて見えなくなってしまうのであった。

 しんと静まり返る第二司書室は、またもティナ一人だけになる。ティナは一つ息を付くと、今日は何だか突然の来訪者が多いなと回顧した。

「まあでも……リナリアさんがシャルダイナさんとのお約束を破るなんて在り得ないと言いますか、らしくないなと思うのですが……実は如何なのでしょう?」

 独り言として告げられた彼女の言葉は、空気が聴いている。考えすぎであるのはティナの方かもしれない。けれど彼女は、自身の引っかかった観点をそのまま流す事は出来なかったようだ。

 今更に告げたとて、返答は何もない。彼女は一度それを頭の端に追いやってから、再度記録の読書に身を浸すのであった。




//代替できるものできないもの

(6)



 結局の白金しろがねという、非協力的な男子生徒を抜きにしたクラス練習はそれから数日間続いた。けれどそれは思いも寄らぬ形で、また彼等からすれば信じられないような形で今日終止符を打つ事になる。

 体育祭も近付いて、その週からはティナ達のクラスも早朝練習を行う予定になっていた。この日ティナ達のクラスは校庭を優先的に使う事の出来るタイムシフトで、その時間を無駄にしないようにと一同が早くから集まっていたのである。ティナも欠伸あくびを噛み締めつつ、ほとんど始発の電車に乗って登校を果たしていた。

「ティナ、街の方から遥々(はるばる)登校しにきてるんでしょう?お疲れっぽいけど大丈夫?」

 ティナを気遣う亜実つぐみに対し、彼女は心配させないようにとして問題ないと元気に返す。

 さてクラスメイトも次第に集まり出して、朝練開始時刻に差し掛かる頃、内一人がその言葉を発した。

「え……、白金しろがね!?」

 一瞬の困惑は、その場にいたクラスメイトであれば誰もが感じただろう。見遣れば、その先には他のクラスメイト等と同じように準備万端で集合を果たす、白金一樹しろがねかずきの姿があった。彼はいつものように不機嫌そうな顔且つふてぶてしい態度でやって来ると、特に何も言わずにぷいっと視線をらす。

 誰もが固まってしまう中、そんな彼の様子に駆け寄っていくクラスメイトの姿が幾つかあった。それらは男女二人の体育祭実行委員を筆頭としており、その他にもある。実行委員を務める男子が、何処か嬉しそうに彼に声を掛けた。

「お前、来てくれたんだな……ありがとう」

「……別に、お前等の意見に折れた訳でもなんでもない。気が向いただけだ。今でもこんな事に時間を割くなんて馬鹿馬鹿しいと思っているのは事実」

「うん、そうだね。だったらさっさとその無駄な時間を、早く終わるよう精一杯練習に費やそうじゃないの。折角白金しろがねが来てくれたんだからさ!」

 白金しろがねは実行委員の男女クラスメイトとそのような言葉を交わす。けれどその態度は、今までの刺々しいものとは何処か違うようであった。

「さあ皆!早いとこ準備運動済ませて、大縄から行くよ!」

 実行委員女子の合図と共に、クラスメイト一同は必要行動に移る。

 準備運動の為にある程度間隔を開けようとする中、白金しろがねの周囲には実行委員以外に幾つかの男子生徒数人が集まり、何やら楽しそうであった。勿論白金しろがねの表情は無関心に変わりなく、まるで面倒事に巻き込まれて参った、とでも言いたげである。しかしそれでも、彼等と関わりがなく部外者も同然のティナですら、彼の小さな変化を感じずにはいられなかった。


 時は移って、教室移動の休み時間最中である。次は化学だという事で、ティナ達は白衣やら必要教材を抱えて化学実験室に向かう途中の事だ。

「実は実行委員の二人とクラスの男子何人かで、白金しろがねの家に迷惑承知で頭を下げに行ったんだよ。どうなっても良いくらいの覚悟でね」

 淡々と告げる亜実つぐみも、その表情は僅かながら嬉しそうである。一方のティナは驚愕の事実を知って、

「私そんな事があったなんて、全然知りませんでした!」

 と、大袈裟に声を上げている。尤も、事情を一切知らない人物であればこのような反応を見せるのも無理もない。

「まあそうだろうよ、実行委員達もこの話は仲間内だけで進めてたみたいだし。ティナは外から来てるから、こう……近所を歩いていてクラスメイトにばったり出くわす~なんてあんまり経験ないんじゃない?地元住みの私達の間じゃ、それくらいよくある事だから。うっかり耳に入っちゃうんだよね、これが」

 そのように告げる亜実つぐみの話は、ざっと以下に続く。

 実行委員の二人を筆頭に、小学生時代から白金しろがねと付き合いのある者や近所の者など数名の男子を加えて集い、彼について話していたという。彼等はその後も白金しろがねと接触を図り、諦める事をしなかった。しかし白金しろがねは態度を変える事はなく、ならば何故彼がクラス練習に参加しないのか、参加できないのか、または少しでも参加できる時間や可能性はないのかと影で調査を進める事にしたらしい。

 因みに風の噂で聞いた亜実つぐみ達は知らなかったが、当事者達の間ではどうにかして白金しろがねをクラス練習に参加させるべく子供染みた策を色々と考えたらしいが、全て没にしていた。

 話題を戻すと、結果的に白金しろがねが普段どのように過ごしているかを探るところから始まり、その多くは彼がアルバイトを掛け持ちしてして過ごしている事に行き当たる。彼の家は小さな商店を営んではいたが、あまり裕福ではなく生活が苦しいらしい。加えて彼の家は、彼が中学生の頃に両親が離婚してしまい、その後ずっと片親という家庭環境にあった。因みに中学時代に彼が荒れたというのは、まさにこの時期の頃であったという。尚、当時彼とも一クラスメイトであった亜実つぐみしゅんでさえ、その事情は知らなかったというのが現状だ。

「と言いますか、よくそこまでの情報を掴みましたね……田舎の顔見知りの範囲は恐るべし、です……」

「知り合いの小学生や弟、妹とか……まあつまりは近所の小学生共に頼んで一部調査して貰ったんだってさ。彼等曰く、外部委託なんだと。この篠崎町もその辺りは凄いんだか、何て言うのか……」

 ティナも、この町を地元とする亜実つぐみですら、この様子である。

 さてそれらの情報を掴んだ実行委員等一同は、彼が丁度自宅に帰宅する夜の頃合いを見計らって、交渉の為に彼の家へ押しかけたという。実行委員等一同の主張は彼のクラス練習への参加を求めるものではあるが、以前の時のように一方的に告げる事はしなかった。ただ冷静に、参加しない理由と参加できない理由―――つまり能動的な物と受動的な物を区別し明らかにしていったのである。尚、この件に関する記述については『白金一樹しろがねかずき』の記録が大きく担われている為に、詳細情景を求めるならそちらの参照を勧めるとこちらにも重ねて記載する。

 結果として、彼がクラス練習に参加をしない理由は過去の経験により精神を摩耗した事と、現実的な家庭経済環境が原因であった。それらが自明になった所で、実行委員等はある提案をしたのだ。即ち、彼がクラス練習に参加する事で本来ならその時間をアルバイト労働に費やし、金銭を得られる機会であったにも拘らずそれでは機会損失チャンス・ロスをしてしまう、というなら、その損失分を実行委員等が補うというのはどうか、というある種合理的且つ誠実過ぎて阿呆と思える事を提案したのである。所謂、バイトシフトの肩代わりというものだ。クラス練習参加により彼が稼げなくなる金額同等を、実行委員等が代わりにアルバイトをして稼ぎ、その分を後に白金しろがねに渡す、というものである。代金は白金しろがねがクラス練習に参加した後に、実行委員が誠心誠意を込め引き換えに渡すのだと主張する。

 白金はこの話を聞いた時、そんな阿呆な話があるかと笑った。クラス練習に俺を参加させる為に、汚くも金銭で解決しようとするのかと、一度は拒絶する。けれど実行委員の男子は言った、これは合理的で理に適った、現実的な取引であると。そうするまでに、彼等実行委員等にとって白金がクラス練習に参加する事がいかに価値があり、意味があるかを主張するのであった。加えて告げる、金を稼ぐ事は多くの場合手段を代替できるけど、その時を生きる実経験というものは代替できないのだと。だからこそその近く今の時間を、白金の今の時を、俺達は金銭で買い取るのだと。買い取られた白金の時間は、その時一度しか訪れない高校生活の体育祭クラス練習に当ててほしいのだと、続けて言った。そうして彼等は、白金とも同じ時を共有したいのだと言ったのだ。

 結果、朝の状況になったという訳である。そこまで都合の良い話があるかとして信じ難いとしても、実際というのは何の気紛れか、どういう訳かまれにそのような事態が引き起こされるらしい。

 それらの情報を亜実つぐみから聞かされたティナも、成程と思う心地にさらされる。

「実行委員も凄いよね……そうやって人を動かすんだなって思った。まあ、今回は結果良い方に向かってくれたようで良かったけどさ?言うなれば奇跡が起こったってやつ?」

「上に立って人をまとめるって、そう簡単な事じゃないんですね。一方的に押し付ければ下の者から反発されるし、かといって各々が好き勝手言う下の意見を聞き過ぎれば、その舵取りは頼りない。人の事情も其々(それぞれ)だし、何がどう転ぶかなんて分からないものですね」

「そう思うと、結構博打バクチだね。確率的にどうなの?」

 亜実つぐみの言葉にティナが相槌を打てば、その返球がまたも彼女に向かう。

「うーん……宝くじを当てるより期待値が低いような……?あ、因みにこれ、個人的な感想です」

 つまりあまり期待できない、という事だ。恐らくを言うと、それは体感だけでなく数値的にも有意と言えそうである。

 そんなこんなでガールズトークはよく分からない方向でティナが締め括り、彼女等は化学実験室に到着を果たすのであった。




//時は時なり金は金なり

(7)



「へえ……そんな事があったんだ。青山さんのクラス、その男子生徒が参加してくれるようになって良かったね」

 とある日の夕方、クラス練習を終えて気分転換に兎小屋を覗いてみれば、ティナは掃除に来ていた納藤と再会する。折角であるので、先日の一件をお騒がせした後の報告の意味も兼ねて当件を話していた所である。ティナもちょっとばかり納藤等の掃除を自主的に手伝いながら―――と言っても、彼女の仕事は小屋を掃除されている間に庭に放された兎達の相手をする事である―――、兎達を見遣りつつ嬉しそうに微笑んだ。対する納藤も嬉しそうで、そのような彼女を温かく見守る心地らしい。

 因みに今日の飼育当番は納藤以外に別の男子生徒が一人であるらしく、先日の女子生徒、保坂美穂は当番制により不在のようだ。とするなら、納藤はクラスの飼育委員という立場に当たる。聞く所兎の飼育は朝と夕に行われ、納藤は夕方の当番なのだとか。

「でも青山さんのクラスメイト、実行委員の子達は凄いね。普通はそこまでしようとは思わないよ」

「ホントなー……一つ学年違うと温度差も際立つ~」

 納藤に続き、もう一人の男子生徒も人見知りなどせず、感心したように述べる。そうして男子生徒は塵取りで塵を集めて、所定の位置にそれらを捨てに行った。

「時は金なりって、よく言いますもんね………あれ?」

 ティナも何となく言ってみてから、はたと何か違和感のような突っかかりを覚えた。

「本当に時はお金なんでしょうか?」

 白兎に囲まれた白兎の少女は、まるで自問自答するかのように疑問符を頭上に浮かべて夕暮れを見上げた。

「自給の概念もあるし、お金で取引はされるけど……でもやっぱり、時間は時間、だよね」

 静かに告げた納藤の言葉は、ティナにもはっきりと聞こえたものである。

「そうですね……時間はどうあっても時間で、お金はやっぱりお金ですね。一時的に時をお金に、お金を時間に交換する事は出来ますが、その実質を本当に取り換える事等きっと出来ませんね。そうなるとやっぱり……時間と金銭は本来、相容れない次元のものなのでしょう」

「それはそうだろうね。だって時間は万物平等自然に在る概念で、お金は人間社会が定めた人工物なんだから。はなから違うよ」

 ティナの独り言に納藤は笑って当然として返すが、その言葉には何処か不思議な、彼女の知らないかを感じさせた。それがティナには好奇心をくすぐって、またそれは不思議な煌めきのようで、ちょっぴり憧れる心地がする。

「俺にとってのこの時間も、当然ながらお金に代替するなんて不可能だよ。お金という人工物は、様々のものを得る為に代替する手段に他ならない。どうでも良い時間を差し出してお金を得る事は基本的にいつでも可能だけど、そのお金で何でも代替出来るかといったら、やっぱりそれも違うだろう?だから俺は、時間は時間だなって思ったんだ」

 彼の言葉を聞いて、彼女は何に思いを馳せただろう。この時に彼女は気が付かなかったかもしれないが、それでも先の件のように取引が成立する場合と、そうでない場合があるという事だけはあるように思えた。否若しくはそうではなくて、代替取引というのは成立しているかのように見えてその本質は、時にそうとは限らないというだけかもしれない。それ程までに、この世は簡潔化されて複雑であった。





//体育祭

(8)



 結論としてティナ達の体育祭は、不思議な程、見事に大成功として幕を閉じた。

 白金がクラス練習に参加するようになってから、ティナのクラスは次第に団結するようになっており、最終的には円陣を組んで皆で気合を入れるまでの仲になっていた。誰がそうしたいと強く言い出した訳でもなく、実行委員が一つ希望として呼び掛ければそのような場の流れになって、何故か誰もがそうしてそれを楽しんでいただけに過ぎない。あの白金ですら顔は素っ気ないものの、特に悪態をつく事もなく、一クラスメイトの仲間としてそれに加わっていた程だ。

 またそれだけでなく、実行委員が率先して互いを気遣い、調子が悪かったり極稀ごくまれにどうしても予定が合わない場合の生徒への練習参加を無理強いしなかったのである。練習を欠席した場合のクラスメイトには、その時の情報を別のクラスメイトが伝える等して、共通情報を共有する事もしていた。そんな流れになってしまえばいつの間にやらそれが当然となり、結果だけ見ればクラスが一丸となって挑むようになっていた、というだけである。クラス担任も熱く応援しており、またそれが不思議な事にクラスの雰囲気を結果纏まとまる方向へと後押ししたのかも知れなかったがさて、如何だろう。

 ティナ等のクラスはあのようなスタートを切ったというのに、クラス対抗の大縄飛びもリレーも学年一位をもぎ取り、クラス優勝を勝ち取る事はいつの間にか造作もない域にまで達していたようだ。後は個人競技であったが、それを言及するには及びなかった。

 学年別クラス対抗にて優勝を果たした暁には、実行委員の二人を代表して優勝カップが贈られ、それを掲げた時の空間は色鮮やかに彼等に残るのであった。後にそれは、彼等の教室に進級するまで飾られる事になる。

 体育祭を終えたその日の夕方に、クラス担任も含めクラスメイトが全員集合する。幾つかの言葉と、優勝を祝う言葉と、互いをねぎらう感謝の言葉とがリレーのように繋がっていく。そうして最後に皆で祝福を分かち合って解散をしたかと思えば、実行委員の彼等と話していた白金が、突如誰かの名を呼んだ。その声は思いの外大きくて、ざわめいていたクラス中の誰もが一度彼を見遣った程だ。

 白金は当初の約束通り、クラス練習に参加する代わりに機会損失チャンス・ロス分の代金を実行委員等一同からその都度受け取っていたようであった。クラスメイトはその事情を知っていたし、優しい事に誰もそれを咎めるような事はしなかったのである。それどころか彼が練習に参加する事で、皆の雰囲気は一致団結し日々楽しさを増していったのが実際だ。

 白金に呼ばれた体育祭実行委員とは別の、二人の男女が白金達の元へ来る。すると白金は自身の鞄から封筒を一つ無造作に引っ張り出すと、呼び出した二人にそれを押し渡したではないか。

「こいつらから支払われた相当分の金額は、全て問題なく受け取った。不満も何もない。だが昨日の最終練習分の金額は……お前等文化祭実行委員にやる。次の行事で、どうせ予算が必要とか言ってクラスメイトから徴収するんだろ?だったらこれで、俺の分は先払いな。忘れんなよ」

 そのように白金は冷めた様子で言い放ち、かと思えば

「一同お疲れさん、クラス優勝がめでたい事で、良かったな」

 と、挨拶を一つ残して早々に教室を後にした。刹那にクラス中が何故か盛り上がり、一部は白金に挨拶を送り、またある一部は彼の後を追って帰宅路を共にするのであった。というのも、無駄口を叩きたがらない彼がクラスに対してこのように温かな言葉を放ったのは、初めてかも知れなかったからだ。

 さて、因みに実行委員等が白金に渡していた金銭であるが、彼等はわざわざ苦労しアルバイト先を見つけて工面したかと言えばそうでもなかった。知り合いや親戚の家の店を手伝うなどして、または知人に巻き添えを喰らう形で仕事を押し付けられて、各々が持ち寄ったのである。形態は立派なアルバイトではあったが、そのどれもが顔見知りの人伝いものであり、その感覚は小学生の小遣い稼ぎで楽しいものであったらしい。まさに純情で青い若葉だからこそ、成せる業であったというところか。

 このような流れでティナの体育祭は無事終焉を告げ、クラスの一悶着も何故か不思議な形で決着をつけてしまうのであった。実はそのような不思議なクラスに、ティナは居たのである。



続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ