第三十四話 譲れぬ恋慕、えっ、でも♂だよね?
ケタケタ笑いながら、黒づくめの魔法使いが、剣を抜き再び皇子を刺す。
「――――ガハッ、やめ····ろ。き、きず····をな――――」
傷を治すのが仕事、そう言いたかったみたい。
「貴方が、悪いんだよ。僕の気持ちを知りながら、異界の人間にまで手を出すなんて」
崩れるように倒れた皇子にもう一度剣を突き立て、黒づくめの魔法使いは笑いながら言う。
あたしは狂気じみた光景に、ただ構えることしか出来なかった。
「ははは――――帝国の未来を思えば、そこの娘だろうが、たくさんの娘と子を成せばいいさ。だけどね、聖女は駄目だ。その席に座るのは、愛し合っている僕しか許さない!」
もう一度、剣を持ち上げて深く突き刺す病んだ魔法使い。体力がないのか、剣が重いのか、突き刺す剣に縋るようにへたり込む。
信吾により倒れた聖奈が痛めつけられたように、黒の魔法使いに刺され皇子は虫の息になった。
「······僕を殺すのだろう? この人は僕のものだ。僕が殺すことで愛する最後を看取るんだ」
狂ってるみたい。もう敵意はなく、ただ異様に聖奈を憎み、皇子を恨み、愛する。
[ふむ、あの錬生術師が昔仕掛けたままの怨霊君とやらが、歪な形で残ったままなのだな]
ヘンじいが急に何かを理解したみたい。わかるように言ってよ。
{呪いの術のようなものじゃよ。こやつも呪いの術師ながら、自分のかけた呪いを利用されて気づいておらんようだ}
(お主ではなく、聖奈に反応しとったからな。それで、丸出しにしろと言っておったのか)
なんかよくわからないけれど、あの女が呪いの術師に何かしていて、聖奈の丸出しの下半身が引き金になったみたい。
(詳しく知りたければ生け捕りにせい)
その方が良さそうだ。皇子はもう一度、剣を首に突き立てられて息絶えた。
あたしは満足気な呪いの術師ホロンに当て身を加え捕縛した。
「やばいのが出てくるみたいだから、一度戦車まで引くよ」
黒い灰のように消えてゆく皇子。あたしはおじじに教わり、ホロンを縛り付けた。
浮揚式陸戦車型では、アストリア女王様が指揮をとっていた。
「皇子を倒してくれたのだな。感謝するよ。少し時間を作る。話したいことを話しておきたまえ」
このアストリア様という人は、あたしの事情を良く知っていて、見知らぬ二人を見て察してくれた。
大変な状況だとわかっているからこそ、話しておきたい。
「あっ、闇術師君じゃない。これは預かっておくわね」
うぅ、やっぱあの女頭がおかしい。
「まあ気にするこっちゃないさ。それよりレーナからあんたの事は無事って聞いていたけど、親としては心配だったよ」
「俺も行方不明の話しを聞いた時は愕然としたもんだ」
ようやく親子三人で輪になって、再会を喜び抱き合う。
「お父さん達の身体とかどうなってるの?」
クサじいが召喚って言っていたけど、あっちの世界からこっちに来たの?
「正確には少し違うようさね。咲夜のために用意されたあたしやガウツの意識を宿した別の身体が呼ばれるんだとさ」
魔法の理屈は難しい。
{魂の一部だけが呼ばれて遊びに来てるようなものじゃよ。役目が終わると、本体の夢で記憶を融合し戻るのじゃ}
言ってるクサじいも、あの女とレーナって人の話から推測しただけみたいだね。
あたしも何があったのか、事情を説明しておいた。
「悪しきもの······レガトが言っていたね。強くはないが厄介だと言っていたっけ」
お母さんは上を見上げた。大きな木が横たわったような、生き物か何かが浮かんでいる。
「あんなものを口先一つで丸め込んで、ぶつけて来るんだ。面倒なこったよ」
デカゴブよりもっと大きな蛇がいっぱいいるのに、あれは学校の校舎より大きいんじゃないかな。
あんなものをどうやって倒すんだろう。それになんで飛んでるのかわからない。
{ああいった巨大な魔物は魔力で浮くものと、初めから大地と干渉せぬものとあるんじゃよ}
冒険者達が飛んでいるのは魔力らしい。
「咲夜、この戦いが終わればあんたは選択することになる。どちらにしても、あたしもガウツもいつでも側にこうしているの忘れるんじゃないよ」
時間が来たみたいだ。お父さんとお母さんが、もう一度ギュッてしてくれた。
「わかったら戦車内に入れてもらって休みな」
あたしに魔力が残されてなくて、フラフラなのがわかったみたいだ。
クサじいも召喚維持する魔力がないので、あたしが自分の意思で魔力を消費していたからだ。
「ほら、行きなさいな。あたしとガウツはあの粋な女王さんのために、あれを片付けて帰るからさ」
そう言ってお母さんは大きな蛇に向かって魔法の雷槍を投げつけた。
「あとで、レガトによろしくと伝えといて」
あたしのために、お母さんは残された時間と力を使って全力で敵の排除に向かった。
「咲夜、お父さんもいつでもいる。だから無理はするな」
ぐしぐしっとあたしの頭をなでて、お父さんも行ってしまった。
実戦は初めてなのに、お父さんも凄い。
(ほれ、はやく戻れ。二人の奮闘が無駄になるぞ)
エラじいに促されあたしは二人の勇姿を見届けることなく、寂しい気持ちを抑えて戦車内へ戻った。




