初日の出
なにも正月から早起きなどすることもなかろうに、と我ながら思う。
昨晩は昨晩で、大晦日だと言って呑んでいた。その前は仕事納めだと言って呑んでいた。
きっと今日は正月だと言って呑むのだろう。
寝不足と呑みすぎで重くなった身体を布団から引き剥がす。
窓の外はまだ暗い。
早朝独特の静まり返った空気。空にはまだ昨年の名残が瞬いている。
カバンに愛機のZ6を入れ、三脚を手に持つ。アルミの三脚は凍るように冷たい。
あちこちにカイロを貼り、寝巻きの上にズボンとダウンを羽織って外に出る。
刺さるような寒さ。吐き出す白い息、しんと静まり返った街。
だが、何となく新しい朝、新しい1年に心が踊る。
こんな日に、自転車に乗ってサッサと目的地に行くのは無粋である。
普段は渋滞する道の真ん中を、我が物顔で歩く。
歩道も無いような片側一車線の細道だが、バスが通る上に昼間はひっきりなしに電車が通る。
地元では有名な開かずの踏切だ。
その通りを真っ直ぐ歩き、区役所前の大通りを横切ると、程なく立派な堤防が見えてくる。
その頃にはだんだんと東の空が、まるで濃い藍色に水を落としたかのように白み始めていた。
堤防上の歩道に陣取り、三脚を立てる。
雲台にカメラをセットし、電源を入れる。
チルト式のディスプレイに映るのは、次第に明るくなりゆく空と、次第に明確になる山々の稜線。
空の星も次第に、その輝きが空に溶けてゆく。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
声を掛けられ、振り向く。
年老いたご夫婦だった。冷えますね、と短く言葉を交わす。
そう、まだ「おはようございます」なのだ。
気が付けば、堤防にはそれなりの人が集まっていた。
ファインダーを覗き、構図を決める。
空に雲はない。
やがて、山の向こうから今年最初の太陽が顔を覗かせる。
ファインダーから顔を上げたのは、眩しいからではない。
やはり、この瞬間。この日の日の出だけは、どんな光学機器よりも秀でた、自らの肉眼で拝みたいのだ。
シャッターを切る。
新しい朝、新しい1年を告げる日の出が、イメージセンサーに焼き付けられる。
シャッターを切る。切りながら思う。
今年はどんな年になるだろうか。楽しく健やかに過ごせるだろうか。あるいは、何がしかの試練があるだろうか。
シャッターを切る。切りながら思う。
願わくば、1年後にまたこの場所で撮りたいと。
周りから「あけましておめでとう」と声が聞こえる。
そう言えば、あの山の麓のあたりに実家がある。
今年は可愛い姪にお年玉でもあげに帰ろうか。