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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

VRゲームのJK世界ランカーは異世界で華麗に舞う

作者: コレゼン

挿絵(By みてみん)


「美玲、今日の勉強はもう終わったの?」

「これからする」

「じゃあ、その手に持ってるのは何? 嘘ばっかり」


 バタンという音を立てて、洗濯物を取り込んでいた母親が部屋を出ていく。

 いつものことであるが、毎日部屋に洗濯物を取り込みに来られては、プライバシーを保てない。

 しかもなぜいつも、陽も沈んだ真夜中に取り込みに来るのか。

 こちらを監視したい口実なのではないかと邪智をしてしまう。


 美玲は机の引き戸から隠していたVRゴーグルを取り出す。

 母親の指摘通り、両手には待ちきれずにコントローラーが握られている。

 ゴーグルを被り、電源を入れるとVRの仮想現実の世界が立ち上がる。


 いつもこの瞬間はわくわくする。


 目の前に大きな画面が現れ、選択メニューが下に表示される。

 メニューからビートセイバーのアイコンを選んでゲームを始める。

 すぐにゲームは起動し、ステージの選択画面へと移動する。

 美玲は挑戦を続けている難易度Export+の難関ステージを選ぶ。


 コントローラーをくるくると回すと、サーベルは仮想世界で美しい軌跡を描く。


 最初は一つ二つとキューブ状のターゲットが飛んでくる。

 サーベルをターゲットが指し示す方法に振り下ろす。

 サーベルが当たると、手に心地よい振動が伝わる。


 まだらに飛んでくるターゲットを次々に斬り落としていく。

 集中力が高まっていくのを感じる。

 疲れもなく、ずっとこのままサーベルを振り続けられるという錯覚を感じる。


 途中、音楽の切れ目。


 音調が一変し、ターゲットが一気に押し寄せてくる。

 ここから先はの人間離れしたスピードでリズムを刻む。

 驚くべき速度で、思考をしている余裕は全くなくゲームに没頭していく。

 ほんの少しの迷いでも、コンボが途切れてミスが連鎖する。

 集中を超えた領域で、まるで何者かが憑依しているかのように、リズムに乗ってターゲットを次々と切り刻む。

 

 自分でも驚くほど、コンボは続いていく。

 超高難易度のステージだからこその連続コンボの高揚感を味わう。

 脳内で快感物質が分泌され、曲調に合わせて気分が上がっていく。

 

 美玲の口元に笑みが浮かぶ。

 これは彼女自身が気づいていない、ゲームに完全に没頭し成功している時の無意識的な笑みだった。


「ダン!」

 

 最後に、両サイドから一斉に飛んでくるターゲットを完璧に切り落とし、ステージが終わる。


 画面にステージクリアの証である"Complete"の文字が表示される。

 スコアは――


「やった!」

 

 美玲は思わずつぶやき、ガッツポーズをとる。

 今までのスコアの中で最高得点を叩き出すことができた。

 これでまた動画をアップロードできる。


 爽快な満足感の余韻に浸りながら、VRゴーグルを外し、PCの録画ファイルを確認する。

 無事に動画が録画されていた。メールも確認する。

 美玲の投稿動画への視聴者のコメント通知が届いていた。

 スマートフォンで動画ページを開くと、美玲に対する称賛のコメントが並んでいる。

 

『カッコ良すぎ、惚れた』

『あまりの動きの美しさに今、戸惑ってます』

『( ゜д゜ )彡はぁ!? 凄すぎワロタ』


 日本語のコメントだけでなく、英語のコメントや他の言語のコメントもある。

 ビートセイバーは実況が不要なため、プレイだけで魅せられる。

 そのおかげで、美玲の動画チャンネルは海外の視聴者も多かった。


 心地よい満足感を感じながら、スマートフォンを閉じる。

 次は録画した動画ファイルを編集しなければならない。


 ビートセイバーに出会う前までの美玲に未来の希望はなかった。


 特別な才能もなく、部活にも所属せず、勉強も得意ではない。

 内気で友達も少なく、クラスの中で目立たない存在だった。

 何の目的もなく、ただ周りに流され、言われるがままに生きていく。

 どこにでもいるような平凡なJK、それが美玲だった。


 ビートセイバーは美玲にとって、まさに救世主だった。

 

 何気なくはじめたビートセイバーだったが、すぐにその魅力に取りつかれる。

 次第に世界ランカーたちに匹敵するようなスコアが出せるようになり、記念に投稿した動画が大反響を呼ぶ。

 これがきっかけで動画投稿にも熱中し始める。


 今まで人生で褒められた経験は数えるほどしかなかったが、投稿した動画の視聴者たちは美玲に惜しみない称賛を送ってくれる。

 それがさらに美玲のビートセイバーへの情熱の燃料となる。

 動画チャンネルの視聴者数や閲覧数の伸びも順調で、まだ学生である美玲には、過ぎた金額が口座に毎月振り込まれてくる。

 

 今まで人生で褒められた経験など数えるほどしかなかったが、上げた動画の視聴者たちは忌憚のない称賛を惜しみなく美玲に送ってくれ、それがまた美玲のビートセイバーへの強い情熱の燃料となる。

 動画チャンネルの視聴者数と閲覧数の伸びも順調で、未成年でまだ学生の身である美玲には、過ぎた金額が口座に毎月振り込まれてくる。

 ビートセイバー界隈では、美玲のチャンネルは国内だけでなく、海外でも有名になり、世界大会にも招待されている。

 

 今ではビートセイバーのために生きているといっても過言ではない。

 ビートセイバー以外のすべては美玲にとって些事にすぎなかった。


「ふう」


 動画編集が一段落したので、美玲はため息をつくと、なんだかコーラが飲みたくなった。

 コーラは好き嫌いのあまりない美玲の数少ない趣向品の一つだ。

 確か今、冷蔵庫にはコーラのストックがなかったはずだ。

 美玲は席をたち、気分転換も兼ねて近くのコンビニにコーラを買いにいくことに決めた。

 

 家を出て、民家が立ち並ぶ住宅街へと続く道に出た。

 電柱に取り付けられた街灯に虫が集まっていたが、それ以外の生物の気配はなく、静かな夜道を歩く。

 前方に気を配りながら、スマホでニュースサイトをめくっていた。

 

 しばらく歩くと大通りに出る。

 スマホをいじりながら信号を待っていると後方から人の声が聞こえた。

 夜の警戒感もあって、美玲は後ろを振り返った。

 すると、小さな子供とその母親が立っていた。

 彼らも夜の散歩をしていたのか、あるいは美玲と同じようにコンビニへ買い物に行く途中だったのかもしれない。

 美玲は警戒心を解いて、再びスマホに目を落とした。


 その時、目の端に小さな子供が横切った。


 同時に、後方から母親の悲鳴にも似た叫び声が響いた。

 耳をつんざくようなトラックのクラクションが鳴り響く

 まるでビートセイバーに没頭した時のように、世界がゆっくりと動き始めた。

 

 無意識の行動だった。

 

 美玲は道路に飛び出し、子供を強く後ろに引っ張った。

 驚いた表情を浮かべた子供が道路から歩道へと尻もちをついて転がるのを確認した直後、美玲の目にはクラクションを鳴らしながら、眩しいヘッドライトを点けて迫るトラックが映し出された。

 その後、激しい衝撃と共に、美玲の意識は一瞬のうちに完全に途えた。




「さっさと歩け」


 小石に躓いた美玲に対して、男は鞭を振りかぶる。

 鞭で打たれたくはない。彼女は急いで立ち上がり、他の奴隷たちと一緒に指示された方向へと進む。

 暫く進むと壁を背に一列に並べられた奴隷たちの姿が目に飛び込んでくる。その一角、列の端に美玲も加わる。


 目の前に銀色の鎧を身につけた兵士たちと、その横で揉み手をしている商人の姿があった。


「レナード様、こちらが現在、用意できる商品の一覧になります。ご要望の通り、怪我や病気などはなく健康な個体のみを集めております」

「ふむ」


 鋭い眼光をこちらに向けて、兵士たちの中央で一人だけ椅子に座り、鞘に収められた大剣を目の前で地面に突き刺すようにして両手で支えている男。

 商人が揉み手で話しかけているレナードと呼ばれる男が、眼の前で立ち並ぶ兵士たちの長なのであろう。

 白の上着に黒のパンツ。それに天を衝くような、真っ赤で燃えるような色をした髪が特徴的だ。

 鋭い眼光をしたレナードは立ち上がり、奴隷たちに近寄り、間近で睨みつけるようにして眺めていく。


 レナードたちのような人種は、美玲が前世でほとんど出会うことがなかった人種だ。

 美玲の前にもレナードは訪れ、射抜くような鋭い眼光を美玲に向ける。

 美玲は震える手を握りしめ、視線を逸らす。


 レナードは何も言わず、他の奴隷の観察に移る。その後、彼は元の椅子に戻った。


「体つき、面構え、あんまりパッとしたのはいねえなあ」

「なにぶん急なご依頼でしたから」

「まあしょうがねえか、この中で何人使い物になるか……おい、お前ら! これから俺たちは急に発生した、ゴブリンの集団の討伐を行う! たかがゴブリンと侮ることなかれ、すでに100体以上の個体が確認されていて集団で統制されている所から、知能と戦闘能力の高い上位種によって率いられている可能性が非常に高い。稀に発生するスタンビートの一種だと思われ、ここでゴブリンを止められないと近隣の村々は壊滅し、多くの人命と資源とが失われる。判明したのはつい数日前で、近隣の防衛を任されているパンゲア王国東向面軍の小隊の我々に、白羽の矢が立ったという状況だ。奴隷から解放され、戦士として生きたいというものは挙手をしろ! この戦いで戦功を上げたものはすべからく奴隷の身分から解放してやる!」


 最初は互いに信じられないという表情で顔を見合わせる奴隷たちだったが、一人が手を挙げた後、次々と手が挙がった。

 レナードは満足そうにうなずき、


「よおし、手を挙げたものたちはすぐに戦いの準備をしろ。おい、装備品の案内をしてやれ」

「承知しました。おい、お前らこっちに来い!」


 奴隷たちは一人の兵士に引き連れられていく。

 その場に残った、挙手をしていない奴隷は美玲を含めて三名のみであった。

 レナードは再び椅子から立ち上がり、一人の奴隷の男に向かって歩み寄る。

 その男は奴隷の中でも異質な雰囲気を持った男であった。


「お前は手を挙げると思っていたんだがな。その鍛え上げられた体に鋭い目つき。そして体中に残る傷跡。お前、元戦士か何かだろ?」

「如何にも、俺は祖国エルバ王国の騎士だ。パンゲア王国は我が祖国を滅ぼした敵国。お前たちに直接の恨みがあるわけではないが、祖国への忠義のため、敵国のために戦うことはできない」

「エルバ王国はもう滅亡してるのに、まだ忠義を誓うのか? 生真面目な野郎だ。だがそういう奴は嫌いじゃねえ……誇り高き戦士として死ぬことを望むなら、今ここで終わりにしてやろうか?」


 レナードがそう尋ねると現場の空気が変わる。

 しばらくの重苦しい沈黙の後、奴隷の男は黙ってうなずく。

 レナードは大剣を引き抜く。


「感謝する」


 奴隷の男が微笑みながらそう言った後、悲鳴のような商人の制止の声を無視して、レナードは剣を横薙ぎに振るった。


 鮮血が舞い上がり、男の頭が地面に転がる。

 表情は首を斬り落とされる前と同じで不気味だ。

 美玲は人の無惨な死をはじめて目の前で見て卒倒しそうになる。


「な、なんて事を! うちの商品ですぞ、レナード様!」

「心配するな、必要経費だ。金は上からちゃんと払われる。次ぃ!」


 レナードは大剣を鞘に収め、もう一人の奴隷の男に歩みよる。

 

 今度の男は先程の男とは打って変わって細身で色白く、とてもじゃないが荒事に向いているようには見えなかった。 

 男は地面に斬り落とされた頭に震え上がり、今にも泣きそうになっている。

 

「わ、私は……化け物と戦うなどとても……」


 目に涙を溜めながらブルブルと震えながら奴隷の男は答える。


「いいのか? 一度奴隷に落ちた後にこんな好条件は恐らく、二度とねえぞ?」

「か……勘弁してください!」

「まあ、命をかけるんだ。こちらも強制する訳じゃねえ。お前はいいぞ」


 渋い顔をしたレナードがそう言うと、商人の手下が奴隷の男を連れていく。


 最後、残った美玲にもレナードは歩み寄る。

 美玲に上下舐めるように視線を這わせる。

 美玲はその視線から、男のむき出しの欲望を感じて鳥肌がたつ。


「お前はまあ戦士じゃなくて、娼婦としての方が高く売れるだろうな。そっちの方がいいのか?」


 前世、女子高生だっと時と同じ容姿と年齢の女性として転生した美玲。

 戦うことを拒否すれば、女として体を売ることになるのは少し予想すれば分かることだった。

 突如として巻き込まれた状況に飲まれ、その可能性をすっかり失念していた。


 

 

 転生して着の身着のままで森に放り出され、彷徨っている時にたまたま通りかかった馬車の一団。

 美玲はそれがまさか奴隷商人の一団とは露知らず、無警戒に助けを求めた。


 最初、商人は優しかった。

 どこの出身なのか? 仲間はいるのか? 平民か? 知り合いに有力者はいるのか? お金は持っているのか? 

 商人は美玲を奴隷にしても驚異にならないことを理解すると、態度を豹変させて美玲に手枷、足枷をつけて拘束した。



 

 娼婦という望まぬ未来に美玲はゾッとする。

 望まない転生をした上で奴隷の身に落ち、挙げ句の果てには男たちの慰めものになって好きにされる。

 そんな事になるなら死んだ方がましだった。


「絶対に嫌。私も戦う」

「その華奢な肉体でか?」

「ええ。ねえ、私が持ってたあれ、返して」  

「あれ?」


 レナードは首を傾げ、美玲の視線の先の商人の方へと視線を向ける。

 商人は最初はピンときていない様子だったが、ポンと手を叩き、そそくさと荷馬車の方へと走り、そして戻ってきた時には腰掛けに二つの筒がついたものを手にしていた。


「これのことだな?」


 美玲は商人からそれを無言で受け取り、腰にかける。

 そしてサーベルの筒を二本取り出し、感触などを確かめ始めた。


 その時、美玲の脳裏に転生する直前の出来事が浮かんだ。




 予想外の死亡。

 死後の案内人は、出会ったばかりの美玲にそう告げた。


 無機質な世界で、空も床も真っ白。唯一存在する椅子に案内人の女性が座っていた。

 二人が話さなければ音もなく、完全な無音が支配していた。

 

 美玲は当初、この世界が夢の中の出来事であると疑っていたが、すぐにその考えを修正した。

 頬をつねって痛みを確認したわけではないが、なぜか直感で現実だと理解した。

 

「こちらは普通の死者は、訪れない場所になります」

「普通の死者? じゃあ、私は普通の死者じゃないってこと?」


 案内人の女性は冷静で事務的な態度で、美玲に事情を説明する。

  

 どうやら美玲は子供を助けて死ぬことなく、ビートセイバーで成功を収め、最後は老衰で平穏な一生を送る運命だったという。

 魂のロードマップは予め定められており、美玲の死は極めて異例なケースだった。

 その為、魂が必要な経験を得ることができず、異世界への転生が提案されることになった。


「そんな、やっとビートセイバーの世界ランカーになれて、動画チャンネルの視聴者も増えて、世界大会にも誘われてってこれからだったのにっ!」

「残念でした。ただ私は魂の最善の成長について提案しているだけです」


 案内人の女は、空中に表示されたモニターを確認しながら、まるで残念に思っていなさそうに淡々と告げる。

 その様子は感情を持たない、まるでアンドロイドのように見える。

 実際、彼女は銀色の未知の素材でできた服を着ており、肌の色も不自然に白いほどだった。


 美玲は強い焦燥感に苛まれる。


 ビートセイバーに注ぎ込んだ無数の時間と努力で磨かれたスキル。

 右肩上がりに増え続けてきた動画チャンネルの登録者数。

 そして、美玲に訪れるはずだった輝かしい未来。

 それらが全て無に帰すという現実に苦悩した。

 

 美玲は何とか元の世界に戻れるよう懇願したが、その願いは叶わなかった。

 肉体的は回復不可能な損傷を負っており、案内人の女性にはそれを改善できる力はないと断られた。

 何度頼んでも首が縦に振られることはなく、それならばと半ば自棄になって美玲は一つの条件を出した。


「それじゃあ転生先でビートセイバーのサーベルを使えるようにして。無制限に。それが認められないなら私は転生を拒否します」 


 美玲は真剣な眼差しで案内人の目を見据えて宣言した。


 案内人は最初は難色を示す。

 前例のないことであり、サーベルを異世界に持ち込むことで、どのような影響があるか予測することができないとのことだった。

 それに対して美玲は強硬な姿勢を示し、何度かの押し問答の後、最終的に案内人は折れた。


 だが同時に条件も提示される。


「サーベルは異世界の構造上、魔力を消費して行使することなります。つまり時間などの制限をなしに、サーベルを使い続けたいということになると、甚大な魔力量が必要になるのです」


 美玲は無言で頷く。


「通常、転生する際には異世界で生き抜くために、お金や魔法、他の有用な能力を授けます。魂の成長のために転生するのですから、すぐに死んでは意味がありません。しかし今回は美玲さんに授ける魔力量が非常に大きく、サーベルがユニークな能力ということもあります。そのため、規定上、お金や魔法、サーベル以外の能力は授けることができません」

「かまわないわ」


 きっぱりと答える。


 だがきっぱり答えたからといって、美怜自身がサーベルに、何か異世界での活路を見出していたわけではなかった。

 ただ美玲はサーベルに妄執に近い執着を抱いていたし、サーベルが自分の矜持にもなっていたので、それだけは譲る訳にはいかなかったのである。


「分かりました。それではそちらで手続きを進めます」


 案内人は深いため息を一つ吐いた後、仕方ないというふうに述べる。

 その時、案内人と対峙してはじめて彼女の感情に触れた気がした。


 しばらくして、空中に浮かんだ画面に何やら入力していた案内人が立ち上がる。


「それではこれで手続きは終了となります。良い人生を」


 そういって案内人は美玲に頭を下げる。


「あ、ありがとう。それじゃあ」


 戸惑いながらも片手を上げて別れの挨拶をした美玲は、突如現れた光の粒に包まれる。

 光の粒はどんどん増えていき、辺りは眩い光に包まれ、そのまま彼女の意識と体とが光に溶けていくこととなった。




 美玲は商人から取り戻したサーベルのグリップを確認している。

 傷も特になく、奪われた時のままの状態だと分かって少し安心する。

 これなら問題なく使えそうだ。

 

「なんだその筒は?」

「私の武器」

「武器だと、そんな短い筒がか? それじゃあ短すぎて防御にも使えないだろ。 ……お前、戦闘で死ぬつもりか?」

「…………」


 美玲は答えられない。

 初戦でいきなり化け物の集団との戦いなど、死ぬ可能性が高いと思っているからだ。

 慰めものになるくらいならと、半ば自殺のつもりで戦うことを選んだというのは、間違いではなかった。


「……まあいい。武器はちゃんとしたのを支給してやる。向こうでさっきの奴が装備品の支給をしてるから行ってこい」


 美玲は無言で頷くとそちら向かう。


「お前、名前は?」


 少し歩いて離れた所で、レナードに呼び止められる。


「ミレイ」

「ミレイ……そうか、行っていいぞ」


 ミレイは一瞬、怪訝な顔した後、踵を返してそのままその場を去った。


 

 *

 

 

「なんでわざわざ名前を聞くんですか? あの娘は死ぬでしょ。名前を聞いても無駄じゃないですか?」


 レナードのそばにいた兵士が疑問を投げかけた。

 彼は薄い水色の髪をしており、色白でどこか気の抜けたような雰囲気がある、兵士らしからぬ男だった。

 レナードはいつもの癖で顎を撫でながら答える。


「んー、なんでかなあ。あの小娘が戦力になると思ったわけじゃねえ。ただ……勘というか、まあ気まぐれだ。少なくとも、ゴブリンどもの囮にはなってくれるだろう。若い女は奴らの好物でもあるからな」

「口説こうと思った訳ではないんすね?」

「馬鹿言え、ここは戦場だぞ。それにあんなションベン臭いガキ、俺の好みじゃねえ」

「そうっすか? 俺はいけますけどね、さっきの娘」

「ロリコン趣味のお前とは違うんだよ俺は。水をくれ、ランス」


 ランスは不本意そうな顔をしながら、別の兵士から受け取った水筒を渡す。

 レナードは手渡された水筒から、美味しそうにごくごくと水を飲む。

 

「それよりさっきの奴ら、何人が使い物になりますかね?」

「所詮、奴隷の寄せ集めだ。元騎士のあいつは使えそうだったから惜しいが、それ以外だと一人ぐらい使い物になれば儲けものだろうな」

「期待はできないっすね」

「お前らに頑張ってもらうしかねえな」

「ゴブリンは三百体以上だから、少なく見積もっても兵士一人辺り5〜6体くらいですか。同時にかかってこられないように、陣形をしっかり組んだ状態ならなんとかなると思います。だけど問題は上位種です。こいつは隊長になんとかして貰わないと」


 パンゲア王国東向面軍小隊長。

 貴族であれば男爵程度でも階級だけでつける役職である。

 しかしレナードは小隊長に相応しい実力を備えていた。


「ゴブリンが一団を形成しているんだ。知能の高い、形態進化を遂げた上位種がいるのは間違いねえ。そいつをぶっ殺して功を挙げるぞ。いつまでも田舎の小隊なんかで燻ってたまるか。不謹慎かもしれねえが、正直言って今回の襲来はチャンスだ」

「はい、豪剣の名を王国に知らしめるチャンスっすね。隊長の実力があればいずれ軍を率いる将軍になってもおかしくないと思っています。是非とも出世してください」

「そうすれば部下のお前たちも自動的に昇進していくもんな」

「おっしゃる通りっす」


 一同に笑いが起こる。


 レナードは豪快に大剣を操り、敵を複数人一気に葬る様から、豪剣のレナードという異名で呼ばれている。


 笑いが収まった後、一人の兵士が口を開く。


「それにしてもゴブリンが三百体以上っていうのは気になりますね」

「まあな。三百体以上とかは聞いたことがないレベルだ」

「自分も聞いたことがあるのは、せいぜい二十体くらいの集団っす。三百体ともなると一体、どんな上位種がいるのか、それともまさか……」


 レナードたち一行に沈鬱な無言の時が流れる。


「そのまさかは今、考えても仕方がねえ、実際に戦ってみるまでだ。安心しろ、豪剣の名は伊達じゃあねえってことを見せてやる。今回の討伐をさっさと終わらせたら、たんまり報奨を頂くぞ」


 レナードは勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「よし、そろそろ斥候がゴブリン共を引き付けてくる頃だ。俺たちも行くぞ」

 


 兵士たちが去った後、賑やかだったその場は一転して寂しくなり、隙間風が通り抜けていく。

 そこには先程首を斬り落とされた一人の奴隷が放置されていた。


 胴体から斬り離された頭部の瞬き一つしない目は、天を向いて虚空を睨んでいる。

 太陽の光は暗雲によって遮られ、辺りは宵の口のようなとても日中とは思えない明るさで、今すぐにでも雨粒が地面に落ちてきそうだった。

 

 それはまるでこれから起こる戦場の行く末を、暗示しているかのような光景であった。




「何よあんた結局戦うことにしたの? どうせ身体売るとかなんとか脅されたんでしょ」


 同じ奴隷として道中一緒に過ごした、同年代のカミラが話しかけてくる。


 美しい色白の肌と黒髪の長髪を後ろにまとめたミレイとは対照的、カミラは日焼けした肌と金髪のショートカットが特徴的だ。

 整った顔立ちながら、勝気な表情と全体的な外見から、彼女が女性だと知らなければ男性と勘違いされてしまいそうだ。


「うるさいな、脳筋のあんたと同じように戦うことなんて、私にはすぐには選べないのよ」


 ミレイは言い返すものの、言われたことは確かに真実であるため、強くは言い返せない。

 

 戦闘前の緊張で手が震えるのを必死に抑えながら、ミレイは簡素な皮の鎧を身につける。


「カミラ、あんた武器は?」


 ミレイが尋ねると、

 

「私はこれで十分」


 カミラは目の前で拳を固めて答える。


「正気?」

「私が頑丈なのは知ってるでしょ。ほら拳当てもちゃんとあるし」


 不自然に曲がった金属がカミラの手を覆っている。


「そんなのあったの?」

「自作よ。ほらこうやって」


 カミラはまるで粘土細工かのように金属を手で曲げて形を整える。

 力が強いことは聞いていたが、想定を遥かに超える怪力を目の辺りにしたミレイは目を丸くする。

 カミラはそうは見えないがドワーフの血を引いているらしく、身体は頑丈で力も強い。

 

「で、でも、いくら頑丈だといっても武器は別にあったほうがいいでしょ」

「いいのよ私はこれで」

「……もういい、好きにして」


 ミレイは呆れたようにため息をついた。


 奴隷商人は気性が荒く狂ったように逆らう彼女を、途中から狂女と呼んでいた。

 ミレイがいくら言った所で言うことを聞くわけもないので、すぐに説得を諦める。

 

「そういうあんたは武器は?」

「私はこれを使う」


 ミレイはサーベルのグリップを取り出す。


「なにかの冗談? 笑えないんだけど。それとも私に対抗してんの?」

「誰があんたなんかに対抗するのよ。いいのよ、私はこれで」


 例え死ぬにしても、サーベルを武器に死ぬなら本望だった。


「まあ、自殺したいならそうすれば。そうだ、あんた私の後ろの隠れてなさいよ。奴隷で道中一緒に過ごしたよしみで、守って上げてもいいわよ」

 

 カミラのその提案は魅力的だったが、ちょうどその時、兵士の集合の掛け声がかかる。

 

「集合!」

 

 ミレイたちは駆け足で集合場所に集まる。

 兵士たちはすでに横に綺麗に整列していた。


「奴隷のお前たちは前に出ろ」


 兵士たちの前にカミラたち奴隷は整列する。


 兵士たちの後方中央に用意された少し高い台に、隊長のグドルフが上がる。

 鋭い眼差しで兵士と奴隷たちを見渡し、一呼吸置いた後、戦い前の演説をぶちはじめた。


「諸君! もうすぐすると斥候におびき出されたゴブリンの大群が現れる。ここで奴らを叩かないと、ここら一体はゴブリン共に蹂躙され、地獄絵図が広がることになるだろう。男は嬲り殺しにされ、女は巣に連れ去られて、そこで何度も何度も死ぬまで犯される。今までゴブリンの巣の討伐を何度かしたことがあったが、囚われの人間の様子はそれは酷いもんだ。運良く生き残ったものも、ほとんどが発狂して正気を失っていた。罪のない善良な人々にそんな思いを絶対にさせてはならない! 例え生き残ったとしても、戦いに敗れれば、先に待っているのは地獄だ。命の限り戦え! 戦功をあげ、報酬を手にしろ! この戦いの後に我々に待っているのは栄光だ!」


 グドルフが大剣を掲げると兵士たちから、空気が震えるような咆哮が上がる。


 人々の高揚と戦いを前にした極限の緊張とが肌を通して伝わってくる。

 空気は重くひりついており、それはミレイにとってはじめての経験で、その雰囲気に完全に飲まれる。

 手足の震えが抑えられないものになってくる。


「後、奴隷のお前たちは先陣を切って敵に突っ込め! 躊躇したり、他の者の後ろに隠れたりするものは、後方に控える兵士によって、背中を斬られることになるから覚悟しろ!」


 グドルフのその言葉を聞いてミレイは頭が真っ白になる。


「残念。唯一の希望が崩れたね」


 隣りに立つカミラがいたずらっぽく小声でミレイに話す。

 彼女は好戦的な目をギラつかせ、いつもと変わらないように見える。

 なぜこんな雰囲気の中で、いつもと変わらぬ態度を保つことが可能なのか、ミレイには理解ができない。


「来たぞ!」


 一人の兵士の言葉によって全員の視線が前方に集まる。

 前方からゴブリンの大群が現れる。

 小柄の体躯に緑色の体皮で口からは牙を覗かせ、体には申し訳程度の最低限度の衣服を身に着けている。

 手には一様に石斧などの武器を手にしており、こちらに敵意のある視線を向けている。

 奴らは少しずつ歩きながら、こちらとの距離を徐々に狭めている。


 戦場に漂うピリついた空気。

 ゴブリンの大群から風が運んでくる独特の獣臭。

 異世界に来て今まで、どこか現実感がなかったがミレイはその光景を目の辺りにして、これが紛れもない現実なのだという実感をようやく得る。


 そしてそれと同時に彼女に訪れたのは。


 ――死


 その概念を否応なく、身近に感じる。 

 すると彼女の膝は抑えようもなくブルブルと震えだす。

 目には涙が浮び、歯も振るえてガチガチと音を鳴らす。

 ミレイがここまでの恐怖を感じたのは、前世も含めてはじめてのことだった。

 どんなホラーもジェットコースターも肝試しも、ここまでの恐怖をミレイにもたらしていない。

 余りの恐怖に思考は遮断され、一種のパニックに陥る。


 ――嫌だ嫌だ、死にたくない。


 頭の中は死への回避に一杯になる。


「突撃!」


 その号令とともにミレイは他の奴隷たちと一緒に地面を蹴り、ゴブリンたちに向かって駆け出す。


 進めば地獄、退けば地獄の、地獄に挟まれているような状況で、ミレイは無我夢中で必死に走る。

 口からは自分でもよくわからない悲鳴が無意識に漏れ出ている。


 ――嫌だ嫌だ。


 ゴブリンのその醜悪な顔がどんどん間近になっていく。

 ミレイたちを前に口からは涎を出している個体も目につく。

 ゴブリンたちと奴隷たちは急激に距離を狭めていく。


 ――嫌だ、戦いたくない。


 遂にゴブリンが目前に迫る。

 ミレイという華奢で御しやそうな人間を前に喜々として、飛びかかってくる複数体のゴブリンたち。

 極限の恐怖の中、ミレイは遂に死を覚悟する。


 ――あ、死んだ。


 飛びかかってくるゴブリンをまるで他人事にように、スローモーションで認識したミレイはそう思ったが、彼女がとった行動はそれとは全く逆のものであった。

 

 身体が無意識のうちに勝手に動く。


 気がつくとミレイは、ビートセイバーの標的のキューブを斬り落とすのと同じように、ゴブリンの頭を切り落としていた。 

 彼女の口元に無意識化の笑みが浮かぶ。

 

 一度その感触を味わった彼女が止まることはもうなかった。




 曇天が空を覆っている中、戦場は薄暗く、若干前方が視認しずらい。

 

 一人の兵士が、最初に彼女たちを眺めた時に抱いたのは不安だった。


 戦場には不釣り合いな華奢な体つき。

 兵士の中でも丸太のような腕を誇る兵士と比べると、女性の足の太さは兵士の腕の太さと同じくらいであった。

 

 どうせすぐに死ぬだろう。

 

 兵士の男は目の前で突撃の号令を待っている二人を眺めて、率直にそう思う。

 本能に忠実なゴブリンたちは戦場にも関わらず、女達と交尾を試みるかもしれない。

 我先へと彼女たちに群がるであろうゴブリンたちを、どうやって料理するかそれが問題だ。


 男に可愛そうだなという心が最初からなかった訳ではない。

 いくつもの戦場を潜り抜け、生き抜くことによって心をすり減らせ、いつしか無感覚でいることが普通となった。

 その為、確実に死ぬであろうまだ随分と若い年頃の女や、本来は望まないであろう戦闘に駆り出された奴隷たちを見ても、なにも感じる所がなかったのである。


 ひりつくような緊張感の中、奴隷たちに突撃の号令が下る。


 地面を蹴って、我先へとゴブリンに向かっていく奴隷たち。

 弓矢隊の弓矢はまずは奴隷へと向けられている。


 しばらくして二度目の突撃の号令がされる。


 兵士たちは地面を蹴って突撃をはじめる。

 先行した奴隷たちはかなり先を走っている。

 女たちも必死に走っているようで、少なくとも、自身の後方に控えている弓矢に射抜かれることはなさそうであった。


 ――奴隷たちとゴブリンが激突する瞬間。

 

 最初に信じがたい光景を目撃したのは、金髪のショートカットの女の方からであった。

 ゴブリンの数体が弾けるように宙に飛んだ。


 それが一人の女性の攻撃によるものだと認識するのに、少しの時間を要した。


 どんどんゴブリンが宙を舞っていき、その女性が進む方向だけ、血しぶきとともにゴブリンどもが躯となって地面に積まれていく。

 

 驚愕の光景はまだ続く。


 突如として戦場に現れた光の双剣。

 それを一人の女性が華麗に操っている。

 光の双剣が空中で美しい放物線を描く度に、ゴブリンたちの首が鮮血とともに胴体から離れていく。


 美しい。


 男は感動にも似た思いを抱きながら、目の前の女性の一挙一投足に釘付けとなる。

 それはまるでは現実ではないような、ため息が出るような美しい光景であった。

 

 女性は信じられないスピードでゴブリンを躯に変えていく。

 二人の女性だけ、どんどん先に進軍していく。

 その異常な事態に、ゴブリンたちだけでなく、周りの兵士、奴隷たちも気づき、その信じがたい光景を目撃して一瞬動きが止まる。


 女性二人にすべてのゴブリンは阻まれ、後ろの兵士の男まで到達するゴブリンは一体もいない。

 それもあって男は戦闘をすることなく、光の双剣を操る、女性に完全に夢中になる。


 それはまるで一流の劇団の演舞を見せられているようでもあった。

 

 不自然に男の羨望の眼差しが一人の女性に注がれ続ける。


 男はこの日、この時、この瞬間に、この光景を目撃することによって、彼の人生は180度変わることとなった。


 

 *

 

 

 ミレイが一度振るいはじめたサーベルは止まることはなかった。

 

 生存本能とビートセイバーで培ったスキル。

 そして小さい頃に経験した剣道の習い事の経験が融合的に活かされたのだと思われる。


 戦場をすり足で移動しながら、自身の間合いに入ったゴブリンたちの首が次々と飛んでいく。


 醜い欲望を隠そうともせず、醜悪な表情で襲いかかってくるゴブリンたち。

 これは失敗すると実際に死ぬゲームだ。

 その漠然とした恐怖心が消えることはないが、ゴブリンに対する恐怖は、サーベルを振るう度に嘘のように霧散していく。

 

 ビートセイバーの最低難易度のHardモードよりもヌルい。

 それがミレイがゴブリンたちとの戦闘で抱いた印象である。

 鈍重な動きと攻撃。それはミレイからすれば止まっているようにも見え、捌くこともこちらから攻撃を加えることも、造作もないことであった。


 楽しい。


 右に左に、下から上に、上から下。

 両手に持ったサーベルを縦横無尽に操りながら次々にゴブリンを躯にかえていく。

 サーベルは、まるでゴブリンたちが豆腐であるかのような、凄まじい切れ味だ。


 楽しい。


 ミレイの口元に無意識に笑みが浮かぶ。

 すでにミレイの後方には山のような数の、ゴブリンの躯が地面に横たわっている。

 強烈な達成感と爽快感を感じながら、ビートを刻むようにゴブリンたちを葬っていく。


 その時であった。


 地鳴りのような咆哮とともに、ゴブリンとは違う魔物が前方から姿を現す。

 3メートルはあると思われる巨体の全身が筋肉に覆われ、真っ赤な肌に申し訳程度の布切れを纏って、手には巨大な棍棒を手にしている。

 口からは2本の牙と頭部には2本の角を生やし、黒い瞳をしている。

 

 オーガだあ、という兵士たちの声が上がる。


 オーガは手に持った棍棒を兵士とゴブリンが戦闘している所に横薙ぎに振るう。

 複数のゴブリンに兵士、両方ともが吹き飛び、その後はピクリともしない。


 オーガはもう一度咆哮を放つ。

 

 兵士たちは蜘蛛の子を散らすようにオーガから逃げていく。

 逃げる兵士たちをオーガは追撃する。

 オーガは巨体に見合わず、動きが早い。

 逃げていく一人の兵士にあっという間に追いつき、棍棒を兵士の真上から振り下ろす。

 兵士は棍棒を剣で防ごうとするが、グシャっという嫌な音とともに棍棒によって潰され、地響きが発生する。

 めり込んだ地面から棍棒を引き上げると、兵士だったものは全く原型をとどめておらず、潰れたトマトのようになっている。


 ゴブリンたちは勢いを得て形成が逆転する。

 

 そこに大剣を携えた一人の男が駆け寄り、宙に高く飛びながら、オーガの死角から大剣を振り下ろす。

 男の剣は間一髪の所でオーガに防がれる。

 男はよく見ると豪剣のレナードであった。


「ちぃ! 殺れたと思ったがなあ。お前ら、サポートしろ! このデカブツの気を散らせ!」


 レナードのその指示で一部の兵士たちがオーガを取り囲む。


「グルルルル、愚かな弱族の人間どもよ。虚弱な貴様らが我を止められるとでも?」

「止めるんじゃねえ、討伐するんだよ!」

「グゥルオオオオオーーーー!!」


 オーガはまた横薙ぎに棍棒を振るう。

 レナードはそれを大剣で防ぐが、まるでボールを弾くように軽々とふっ飛ばされる。

 次にオーガは自身を取り囲んでいる兵士たちに襲いかかる。

 兵士たちは棍棒を防御することができず、嫌な音とともに鮮血を撒き散らしながら絶命していく。


 ふっ飛ばされたレナードが大剣を杖のようにしながら立ち上がる。

 負ったダメージは小さくないようであった。


「虚弱、虚弱、虚弱ぅ! やはり貴様らは人族は上位種たる我らの家畜となる存在よ!」


 レナードがそこまで話した所で、まるで鉄球が地面に落ちたかのような衝撃音とともにオーガがぶっ飛ばされる。


「デカブツが油断しすぎだ。おい、共闘してこいつをやるぞ!」


 拳撃によってオーガをぶっ飛ばしたのは、カミラであった。


 オーガは咆哮とともにカミラの真上から棍棒を振り下ろす。

 カミラはそれを交わしてオーガの懐に入り込み、腹部に強烈な拳撃を加える。

 そこに間髪入れずにレナードが大剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 オーガの肩から地面に向かって走る大剣。

 オーガはそれを防御できないが。


「馬鹿な今の一撃で無傷だと? くそっ、こいつただのオーガじゃねえ。おそらくオーガの中でも上位種並の……」

「虚弱な人族の攻撃などが我に通じるかあっ!」


 カミラは一撃目のオーガの横薙ぎの棍棒を交わすが、返す刀で放たれた二撃目のオーガの一撃は直撃する。

 嫌な音とともにカミラは棍棒によって横方向へふっ飛ばされる。

 地面に倒れたカミラはピクリともしない。


 オーガは今度はレナードに向かって棍棒を真上から振り下ろす。

 レナードはそれを大剣によって防ぐが、防御の後すぐに悲鳴を上げる。

 オーガの棍棒の衝撃によってレナードの足は変な方向へ曲がっている。

 

 動けなくなったレナードにオーガの横薙ぎの棍棒が迫る。

 もはや大剣で防ぐことも厳しく、レナードもぶっ飛ばされた後には、地面に倒れて突っ伏したままになる。


 兵士たちは恐慌に陥り、戦場から次々と逃げていく。

 その兵士に嬉々としてゴブリンは追撃をしていく。

 戦況は完全に逆転し、最早負け戦の様相である。


 死


 ミレイはその概念をまた強く意識させられる。

 いくらなんでもゴブリン全てと、あの化け物を一人で相手にするのは現実的でないと思える。

 

 でも、もし死ぬなら――戦って死のう。


 そう決めたミレイはオーガに向かって地面を蹴って駆け出す。

 ミレイ以外にも一部の勇敢な兵士たちがオーガに向かっていっているが、まるで木の葉のようにオーガに次々とふっ飛ばされていく。


 ミレイがビートセイバーの世界ランカーに短期間でなれたのは、ビートセイバーのセンスが高かっただけではない。

 ミレイには極限の集中状態であるゾーンに、自身が望む時に入れるという一種の特殊能力があった。


 ゾーンに入る。

 途端周囲の事象がゆっくりと進み出す。

 ミレイに気づいたオーガが棍棒を横薙ぎに振るう。

 ゆっくりとミレイに迫ってくる棍棒。

 それを一度バックステップで交わし、返す方でオーガの足をサーベルで斬りつける。

 ミレイは大剣の攻撃がオーガに通らなかった所から、攻撃が通ることを期待していなかった。


 ミレイが斬りつけた箇所からは鮮血が飛び散る。

 

 その様にオーガはその目を丸くし、予想外の自体にミレイも一瞬動きが止まる。

 攻撃が通ることが分かればミレイに躊躇はない。二撃、三撃とオーガの足に剣撃を加えていく。


 オーガはもぐらたたきのようにミレイに何度も狂ったように棍棒を振り下ろすが、スローモーションで見えるその攻撃を躱すのは造作もないことだ。


 遂に立っていられなくなったオーガにミレイはさらに追撃を加え、身体中を切り刻む。

 ミレイの耳にオーガの悲鳴が届くが、攻撃の手を弱めることはしない。

 ミレイは顔や腕や足、身体中にオーガの生温かい鮮血を浴びる。

 遂にオーガの悲鳴が止み、地面に巨体を落とした後、ミレイはようやくゾーンを解いて攻撃を手を止める。


 一時の静寂の後。

 

 ミレイとオーガの攻防を、固唾を呑んで注視していた兵士たちから、地鳴りのような歓声が上がる。

 兵士たちは喜びを爆発されると共に一転ゴブリンたちに反転攻勢をかけていく。


 戦況は完全に人間側に逆転した。

 ミレイはもう自身がゴブリンを倒す必要はないだろうと判断する。

 少し気を抜くとどっと疲れが押し寄せ、体が重い。

 ゾーンを使うと消耗が激しいのだ。

 故に短期間の限定的、ここぞという時にしか使用できない。


 気がつくとパラパラと暗雲から小雨が降り出していた。

 血まみれのミレイの体を洗い流すには物足りない雨量だ。


 異世界にもシャワーをあるのだろうか。

 ミレイはそんなことを考えながら、暗雲を見上げた。

 

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