「一万人の男と寝た」と豪語する令嬢と結婚した僕、生まれた娘が僕と血は繋がってないことはもちろん承知してるけど、鑑定魔法で「娘の本当の父親が誰かは明らかにしておこう」と言ったら妻が猛烈に焦り始めた
若き伯爵令息ラルフ・ドーソンは、伯爵令嬢であるエリーザ・ロウェルと結婚した。
エリーザは社交界において常に、
「私、一万人の男と寝ましたわ!」
と豪語しており、その美しい容姿にもかかわらず皆から敬遠されていたが、彼女に一目惚れしたラルフは猛烈にアタックした。
やがて――
「私は一万人の男と寝た女ですけど、それでもよろしいの?」
「よろしいです!」
こうして婚約が成立してしまった。
まもなく二人は結婚、エリーザは妊娠した。もちろん、二人は体を交えてはいたが、なにしろエリーザは一万人の男と寝たとされる令嬢である。
「この子はあなたの子ではない可能性が大ですけど、それでもよろしくて?」
「もちろんさ!」
ラルフとしては全く構わなかったので、愛娘である長女レナが生まれた。
「可愛いなぁ……」
「まあ、あなたの実の子ではないですけどね」
「そんなことは問題じゃないさ」
ラルフの言葉は心からの本音であり、父親としてたっぷりの愛情をレナに注いだ。
レナはすくすくと育っていった。
***
レナは可愛らしい少女に成長した。本をよく読み、年のわりに賢くはきはきと喋る。ラルフはそんな娘をとても誇らしく思っていた。
そんなある日、ラルフは屋敷内でレナと人形遊びをしていた。
レナが母子の人形を持ち、ラルフが父の人形を持ち、ままごとを楽しむ。
すると、レナが言った。
「ねえパパ、私の本当のパパっていったい誰なのかなぁ?」
「え……!?」
動揺を抑えつつ、ラルフは娘に問いかける。
「本当の、というのはどういう意味だい?」
「ママは結婚前、たくさんの男の人と遊んだんでしょ。だからパパが私の本当のパパとは限らないんでしょ」
どこからこんな情報を仕入れてしまったのか。
レナは続ける。
「もちろん私、パパが大好きだよ。血の繋がりなんてどうでもいい。でも……」
「本当のパパははっきりさせておきたいかい?」
「うん」
レナの言うことにショックは受けたものの、気持ちは分かる。自分のルーツをはっきりさせたいというのは人として当然の欲求である。
「分かった……はっきりさせよう!」
「うん!」
レナはニヤニヤしながらうなずいた。
……
「ダメよ、そんなの!」
ラルフが「レナの父親を誰かはっきりさせよう」と言うと、エリーザは猛反対した。
「なんでだい?」
「だって……私は一万人の男と寝たのよ!? その中から父親を特定するなんて不可能だわ!」
「それがいい方法があるんだよ」
ラルフは妻に話す前に情報を集めていた。
「実は教会のファゴン司教という方が、“子供の親を誰か当てる”という鑑定魔法を開発したようなんだ。的中率はなんと100%らしい」
「なんですってぇ!?」ヒステリックに叫ぶエリーザ。
「というわけで、ファゴン司教にレナを鑑定してもらえば、父親が誰か分かるはずさ!」
「ダメだってば! 世の中はっきりさせない方がいいことってあるでしょ!?」
「でもレナははっきりさせたいって言ってるよ。なあ、レナ?」
「うん!」レナはニヤニヤしている。
「で、でも……!」
あくまでも反対しようとするエリーザに、ラルフが頭を下げる。
「お願いだ、エリーザ。僕は君が何人の男と寝ていようと、誰と寝ていようと、絶対に愛し続けると誓う。だが……娘の願いは叶えてあげたいんだ」
「ぐっ……!」
夫にこうまで下手に出られては、エリーザもこれ以上反対することは難しかった。
ファゴン司教にレナの父親を鑑定してもらうことが決まった。
青ざめた妻の顔に、ラルフは決心する。
たとえどんな男がレナの父であろうと、絶対に妻を責めないと――
***
休日、三人は教会へ向かう。
ラルフは緊張の面持ち、エリーザは血色が悪く、レナはニヤニヤしている。
さっそくファゴン司教と面会する。
ファゴンは荘厳な僧衣を身につけた、立派な老紳士であった。
「……というわけなのです。娘の父親が誰か、鑑定をお願いします」
「分かりました」
ラルフの頼みを快く引き受けるファゴン。
「ちなみに鑑定魔法って時間はどのぐらいかかります? なるべく時間をかけてくれるとありがたいんですけど……」
エリーザの問いにファゴンはあっさりと「10秒ぐらいです」と答える。
「早すぎる! 10年ぐらいかけろ!」
彼女らしからぬ荒っぽい口調で抗議するエリーザ。そんな妻をラルフが窘める。
「まあまあいいじゃないか。誰が父親でも僕は君を愛するし、レナも気にしないって言ってるんだから」
「あぐぐ……」
震えるエリーザ。レナはニヤニヤしている。
ラルフは相手がどんな男でもエリーザを責めないと固く心に誓っていた。
「では娘さんの父親を鑑定しましょう」
レナの頭に手をかざし、呪文を唱え始めるファゴン。
まもなく答えが出たようだ。
「娘さん……レナ・ドーソン様の父親が分かりました」
「誰なんでしょう?」
努めて冷静に聞くラルフ。
エリーザは力なくうつむいている。
レナはニヤニヤしている。
「あなたですよ」
ファゴンはラルフを指さした。
「え、僕?」
予想外の答えに呆気に取られるラルフ。
両手で頭を抱えるエリーザ。
レナはニヤニヤしている。
「レナ様は正真正銘ラルフ伯、あなたの子です」
「そうだったんですか……!」
一万人の男と寝た妻と結婚し、生まれた子供は自分の子供だった。単純計算で確率は一万分の一だ。
レナに血の繋がりがあろうとなかろうと注ぐ愛に変わりはなかっただろうが、ラルフとしてはやはり嬉しい。
「レナは僕の子だってさ! エリーザ、こういうのを奇跡っていうんだね!」
「そ、そうね……」
ガチガチ歯を鳴らしているエリーザ。
一方のレナはニヤニヤしている。
「嬉しくないのかい?」
「も、もちろん嬉しいわ……」
すると、レナがニヤニヤしながら言った。
「ファゴンさんは確か、もっとすごい魔法も使えるんだよね?」
「ああ、私は人の“経験人数”を当てる魔法を生み出したんだよ」
「は!?」
大声を出すエリーザ。
「じゃあ、パパとママのことをその魔法で鑑定してくれない?」
「ああ、いいとも」ファゴンは快諾する。
「パパとママもいいよね?」
ラルフはうなずいた。
「経験人数か……。ちょっと恥ずかしいけど……僕はかまわないよ」
しかし、エリーザは――
「絶対ダメえええええええ!!!」
「え、なんで?」
「だって、“経験人数”なんて誰だって知られたくないでしょ。ほら私なんて一万人以上と寝てるし、恥ずかしくて……」
「いいじゃないか。一万人と寝たなんてむしろすごいことだよ」
「そうだよ、ママも鑑定してもらってよ!」
レナはニヤニヤしている。
「絶対イヤ!」
ラルフはエリーザのこの拒絶具合を見て、何かを察する。
「さては君……」
ギクリとするエリーザ。
「ひょっとして寝た男の数が、“一万”なんてもんじゃ済まないんじゃ?」
「やるぅ、ママ!」レナはニヤニヤしている。
「え……いや……」
「ファゴンさん、ママは一万人以上の男と寝てるんだよ!」
「そりゃすごい! ぜひ鑑定させてください!」ウキウキのファゴン。
夫と娘と司教が勝手に盛り上がり、エリーザは逃げ場がなくなってしまった。
大量に汗をかき、亡者のような形相になっている。
「じゃあ、まず僕から鑑定をお願いします」
「分かりました」
ファゴンが呪文を唱え“経験人数”を鑑定する。ラルフが過去に何人の異性と交わったかが明らかになる。
「えーと、一人ですね」
「一人? じゃあ相手はママだけってこと?」
「そういうことだね」赤面するラルフ。「なにしろエリーザと出会うまで、女性と手を繋いだことすらなかったし」
エリーザ以外の三人が笑う。
「じゃあ、次はママを鑑定しよう!」
「ひいいっ!」
ついに悲鳴を上げるエリーザ。
「ちょ、ちょっと待って! やっぱりやめましょ! 悪趣味よ、こんなの!」
「いいじゃないか、僕だって鑑定したんだから」
「そうだよ。パパがやったのにママだけ鑑定しないのはずるいよ」レナはニヤニヤしている。
「では、エリーザ様の経験人数を鑑定いたします」
ファゴンが近づいてくる。
「やめてぇぇぇぇぇ! いやぁぁぁぁぁ!」
絶叫するエリーザ。
よほど経験人数を知られたくないようだ。
まさか10万人単位なのか……いいさ、それでも僕は妻を愛する。と覚悟を決めるラルフ。
レナはニヤニヤしている。
まもなく答えは出た。
「一人です」
ファゴンが述べた。
エリーザは魂が抜けたような表情をしている。
「え、一人?」ラルフが言う。
「はい、一人です。間違いありません」
「一人ってことは相手は……?」
「あなたしかいないでしょうな」
一万人の男と寝たはずの妻の経験人数はたった一人だった。
これはどういうことなのか。
いくら考えても分からず混乱するラルフ。絶望しているエリーザ。ニヤニヤするレナ。
「エリーザ……つまり、これは……どういうことだい?」
エリーザは観念したように叫んだ。
「ごめんなさいいいいいいい!」
「え」
「嘘ついてましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
驚くラルフとファゴン。
一方、レナは最初から全て分かっていたかのようにニヤニヤしていた。
……
優しく問いかけるラルフ。
「“一万人の男と寝た”というのは嘘だったの?」
「はい、嘘でした」なぜか敬語のエリーザ。
「どうしてそんな嘘を……」
「私は内気で奥手で、社交界にもまるで馴染めず、男性と交際したことなんて一度もなかったわ。そんな自分にも嫌気がさしてた。そんなある日、私は週刊誌で『男性1000人と寝た遊び人女』ってインタビュー記事を読んだの」
「……」
「彼女の派手な生活が私にはとても輝いて見えて……私は自分を『一万人の男と寝た』と自称し始めたのよ。一度自称したらとても楽しくて、やめられなくなっちゃったの」
「そうだったのか……」
見栄を張ったら、自分で作った設定に自分で酔ってしまい、エスカレートしてしまった。
そのうち社交界でも変な女だと噂され浮いた存在になってしまったが、そこへラルフが現れてくれた。自分の無茶な設定を信じ、受け入れ、愛してくれた。
それにもかかわらず、エリーザは自分の“設定”を捨てることができなかった。
「ごめんなさい……!」
泣き出すエリーザを、ラルフはそっと抱きしめる。
「いや、いいんだ……」
「え」
「僕だって友人に『お前は女と付き合ったこともないだろ』と言われた時に『ある』と嘘ついたことあるし、その気持ちよく分かる」
「あなた……」
そして、妻に力強く宣言する。
「君が一万人の男と寝たという言葉、僕が真実にしてやる!」
「ど、どういうこと?」
「僕が“一万人分の価値のある男”になればいいんだ!」
「あなたぁ!」
強く抱きしめ合う二人。
ファゴンはきょとんとしてレナに言った。
「なんだか……とても変わったご両親だね」
「うん。だけど私、二人とも大好きよ」
レナはこれにて一件落着とでも言いたげな、明るい笑顔を見せた。
この後、気弱な貴族だったラルフは生まれ変わったように領地経営に力を入れ、心身ともに成長していく。
やがて、一万人分の価値がある男『万人伯』などと称されるようになるのだが、彼が変わるきっかけになった出来事を知る者はほとんどいない。
おわり
お読み下さりありがとうございました。