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ソロキャンプ

作者: 雪村 敦

 つまんない。

 お父さんに連れられてきたキャンプ。

 お父さんは楽しそうにしてるけど、私は全然楽しくない。

 家に帰って友達と遊びたい。

「ちょっと歩き回ってくる。」

「おう!きをつけろよ!」

 お父さんに一言言ってからキャンプ場を歩き回る。

 山の中の川辺のあるキャンプ場。自然の中で空気がおいしいとか気持ちがいいとかお父さんは言ってたけど、私にはまったくわかんない。

 岸辺を歩いて、川の水を眺めていると、やっぱり何かつまんない。

 こんな山の中のどこがいいんだろう。

 携帯を開いてメールを開く。友達から何件かメールが来てるからそれの返事をうってからお父さんの所に戻る。

望海(のぞみ)!おかえり。」

「…ただいま。」

 テントの前に置いてある椅子に腰かけて、また携帯を見ていると、お父さんが少しため息をついてるのが分かる。

 お父さんがテントの中に寝袋を広げていると、目の前を一台のバイクが通り過ぎ、私たちのテントが張られたサイトの隣に停まる。

 後ろは真っ黒な鉄製の箱が付いていて、その上にいろんなものが括りつけられている。金属の箱の下には、帆布でできたような鞄が提げられている。

 郵便屋さんとかが使ってるバイクに似ていて、何か他のバイク乗りの人達のバイクに比べて何か営業車みたいでかっこ悪いなぁ。

「……ふぅ。」

 バイクを停めると、つけていたゴーグルを外して、バイクのエンジンを止める。

 エンジン音に気づいたらしいお父さんが、テントの中から出てくる。

「あ、どうも!ソロキャンですか?」

「ええ。ソロです。そちらはファミリーですか。」

「はい!親子水入らずなんですけど、ど~にも娘が乗り気じゃないみたいでね~。」

「そうですか。冬にファミリーとは珍しいことをしますね。冬の自然を楽しんでくださいね。」

 自然を楽しむって何だろう。

 2月のキャンプ何て寒い以外何もないのに。

 ヘルメットを取りながら、バイクのサイドについていた鞄から、黒い野球帽を取り出してかぶる。帽子の前には翼のマークが書かれている。下にはローマ字で『ホンダ』って書いてある。

 バイクの人は、バイクの後ろに縛り付けられてたテントとかを素早くほどくと、すぐにテントを立て始める。どの手つきをとってもお父さんとは手つきも全然違う。キャンプになれてるみたい。

 すぐに建てられたテントに、組み立て式のベットが置かれる。コットとかっていうんだっけ。

 寝袋をベットの上に置いたら、手早く机や椅子を組み立て、お湯を沸かしだした。しばらくすると、コーヒーのいい匂いがしてくる。

 手際がいいなぁ。

 それに少なくともここより居心地がよさそう。

 なんとなくそんな気がしたから、なんとなく隣のキャンパーの所に顔を出す。

「ん?君はお隣の…。どうしたのかな?」

 何もしゃべらないでじっと彼の持つマグカップを見てると、それに気づいたのかすぐに予備の椅子を組み立てる。

「コーヒーでいいかな?まぁコーヒーしかないけど。砂糖かミルクはいるかい?」

「……両方で。コーヒー飲んだ事無いの。」

「そうか。そこに座ってちょっと待ってると良い。」

 すぐに別のマグカップでコーヒーを入れてくれる。

 この人、予備の物持ち歩いてるのかな。

「前に旅先でマグカップの取っ手が壊れたことがあってね。それから2個持ち歩いてるんだよ。椅子は偶然2個積んであっただけだよ。」

 この人、心が読めるの!?

「どうぞ。砂糖とミルクはこれね。」

 コーヒーの入ったマグカップを手渡されると、砂糖とミルクが入ったボトル、それにスプーンを差し出してくる。

 砂糖とコーヒーを入れて混ぜると、マグカップに口をつける。

 まだ少し苦い。

 これが大人の味なのかなぁ。

「君は、お父さんとキャンプするの嫌いなの?」

 マグカップに口をつけながら、彼が質問をしてくる。

「嫌いなわけじゃないよ。こんな山の中、何にも楽しいことなんてないから、来たくなかったの。」

 実際、こんな山の中楽しくもない。

 苦くておいしくないコーヒーを飲みながら、なんで自然なんかいいんだろうって考える。

「……君くらいの歳じゃぁ、多分分からないかもね。でも歳を重ねると、こういう自然を求めるようになるんだよ。」

「そうなんだ……。」

 私には分からない。

 なんで自然を求めるのか。

 なんでこんななんもない所にきたがるのか。

「お父さんとはよくキャンプに来るの?」

「最近来るようになった。」

「そっか。君、小学生かい?」

「うん。今4年生。」

「そっか。ってことは10歳かな?俺今高2、17歳なんだ。」

 高校生なんだ。

 もう大人なのかと思ってた。

 キャンプに来るなんて大人の人だけかと思ってた。

「歳の差なんて7年しかないけど、俺も君のお父さんの気持ちわかるよ。でも、君がその気持ちを分かるべきとかそう言うのは言う気はない。だって、こんなのは年を重ねないと分からないからね。」

 なんか馬鹿にされてるみたい。

 私が子供だからって、馬鹿にしてるみたいで何か腹が立つ。

「勘違いさせたならごめんだけど、これは年が若ければわかりようがない事なんだ。俺も、まだまだ分からない気持ちも感情も多いし、君に比べれば多少はわかるってだけ。俺もそんな事言われれば腹が立つけど、分からないもんは分からない。こればっかりは勉強で身につくものじゃないから。ただ一つ。経験でしか学べないから。」

「…何なの?その気持ちって。考えてることって。」

「…多分君のお父さんと俺が思って、ここにきてる理由も同じだと思うよ。」

 経験でしか分からない事って何なの?

 勉強してればなんでもできるって先生言ってたけど、勉強で身につかないものって何なの?

「それは、息苦しさかな。」

「……息苦しさ?」

「そう。社会…って言ってわかるかな。まぁこれに関しては色々あるけど、人間関係だったり体制だったり、色々あるけど、こうやって自然を求めてキャンプする人ってのは、そう言うものに対する息苦しさから逃げる為にいるんだと思う。もちろんそうじゃない人もいるけど、多分君のお父さんはそうなんじゃないかな。」

「そうなのかなぁ。」

 話を聞きながら、マグカップに口をつけて、マグカップを傾けるけど何も出てこない。

 気が付くと、貰ったコーヒーを飲み干していたみたい。

「すみません。望海来てませんか?」

「…お父さん。」

「あぁよかった。ここにいたのか。すみません迷惑かけちゃって。」

「いえいえ。彼女がいい話し相手になってくれました。ええっと…。」

「あぁ、里中(さとなか)です。ええっとそちらは?」

風見(かざみ)です。」

「風見さん。娘がお世話になりました。望海、行こう。」

「…わかった。」

 もうちょっとこの人と話してたいと思った。

 子供じゃなくて知らないことを聞いている人として接してくれた。

 子供だから分からないと言って答えを教えてくれない他の大人たちとは違って、しっかりと答えてくれる。

 彼の言ってたことは分からなかったけど、そのうち誰しもが感じることだって言ってたから、気長に待とうかな。もしかしたら来ないかもしれないし。

 お父さんが小さい鍋でカレーを作っているが、慣れないキャンプだから戸惑ってる。

 どんどん空が暗くなっていく中、なかなか火がつかなくてちょっとイライラしてきてるみたい。

 あ、隣の彼なら出来るんじゃない?

 そう思って隣のテントを覗くと、これから食事の支度をしようとしている彼の姿があった。

「ん?望海ちゃん?どうしたの?」

「ちょっと来て。」

 そう言って彼の服の裾を引っ張ってお父さんの所に連れていく。

 そして彼は少しお父さんが頑張ってたところを見て、一言言い放った。

「ファイヤースターターで直接炭に火をつけるのは無理ですよ。じっくり燃える炭に素早く燃える着火剤を使っても燃え移る前に火が消えちゃいます。」

 そのまま彼は、自分のキャンプ道具と新聞紙に木の枝を持って来る。

「最初は新聞紙につけて次に木の枝に火をつける。安定してきたら炭に火を移してください。そうしないと安定しないし火も付きませんよ。」

 そう言って彼は新聞紙の上でお父さんの使ってたファイヤースターターをこすって、削った粉の上で器用に火花を起こして着火させる。

 そのまま新聞紙が引火して火が大きくなり、木の枝に火が移ってもっと大きくなる。

 素直にこの人凄いと思った。

 火が大きくなったら、その上に炭を置いてゆっくり煽ぎながら火が燃え移るのを待つ。

「よし。これで問題ないと思いますよ。では楽しんでくださいね。」

 そのまま彼は自分のテントに戻って料理の続きをし始めた。

「かっこいいね。風見さん。」

「お父さんはそのままでいいんじゃない?できないことはしなくて。」

 その一言の時のお父さんはひどく驚いた様な顔をしていた。

 そのままお父さんは何をしたかったのか、なんのためにここに来たのか。それを聞けないまま夕ご飯が終わってそのまま寝てしまった。

 翌朝、朝ご飯を食べた後、少しは手伝いをしようと思ってテントをたたむのを手伝ってると、隣のサイトからエンジン音が聞こえてくる。

「中里さん、またどこかで!」

 バイクで目の前に停まる彼のバイクの後ろには、昨日来た時と同じような状態で括りつけられたキャンプ道具があった。

「もう帰るんですか?早いですね!」

「いえ、この後別のキャンプ場に移動するんで、ちょっと早めに出ようかと思ったんですよ!」

 バイクに跨ったまま顔だけこっちに向けてしゃべってる。

 お父さんと話してる彼の前に立つと、何を言おうか考えた末にこんな言葉が出た。

「あの…、私と写真を撮ってくれませんか?」

「え?写真?いいけど、カメラあるかい?」

「あぁ、それなら自分が持ってますよ!」

 お父さんは、持ってたデジカメを取り出してこっちに向けてくる。

「はい並んで~!撮るよ~!」

 それと同時に、彼はバイクに跨ったまま私を引き寄せて両肩に手を置く。

 最初は少し驚いたけど、すぐにカメラの方を向く。それを見てたお父さんがすぐにシャッターを押す。

「では自分はこれで。望海ちゃん、またどこかでね。」

 その言葉を言いながら、彼は足元のペダルを踏み込んでから走り去っていった。

 私は、彼から昨日言われた話を思い出しながら、走り去る黄色いナンバープレートを見つめていた。


―――――――――――

 あれから7年がたった。

 あの時は小学生だった私も、気が付けばもう高校生だ。

 高校生になった私の中で、今でも彼の言葉がずっとぐるぐる回ってる。

 彼と会ったキャンプの後も、お父さんとキャンプに行くことは少なく、年に1回もいかないくらいだったし、中学後半になってからは1回も行ってない。

 お父さんと行くことは無くなったけど、あれから1人でキャンプに行くことも増えて今ではオールシーズン1人で行くようになった。

 高校に入ってからすぐにお父さんにお願いして通わせてもらった中型二輪の教習所。

 身長が低くてCBのシートに座るのがやっとだった教習所を卒業して、試験に合格して最初になんのバイクが欲しいか聞かれて、真っ先に思い浮かんだのは彼の乗ってたバイクだった。

 郵便屋さんや新聞屋さんとかそう言う所でよく見かけるバイクで、黄色いナンバープレートのバイク。

 ネットで調べればすぐにヒットした。

 バイクの名前は、『ホンダ スーパーカブ』。

 そして黄色いナンバープレートは原付二種と言われる部類で、90cc以下の排気量に対して使われている物だと言う事も分かった。

 すぐにお父さんにそのことを話してみると、すごく驚いたけど、探してみると言ってくれて、数か月くらいしてから見つかったと言われ見に行くと、そこには、7年前彼が乗っていたバイクと同じ緑色のバイクが停まっていた。

 すぐに納車されて、彼と同じように前と後ろに純正の金属ボックスとかごをつけて、彼の使ってた鞄、サイドバックとかパニアケースって言うらしい。

 どうにかつけて、キャンプ道具を乗せてキャンプに向かう。

 いつも通りのソロキャンプ。

 この年になってから気づいたけど、多分私が今キャンプしてるのは、あの時の彼と同じ理由なんだろう。

 小学生の時は確かに何にも感じなかったけど、中学の頃クラスの子たちと仲が悪くなって、結果クラスで話せる人が居なくなった。

 その頃からだった。

 私がソロキャンプにのめり込むことになった。

 今思うと、あの時彼が言ってたのは、社会の息苦しさってのはこう言う事だったのかな。

 今日もバイクでキャンプに行くため、バイクにキャンプ道具を載せていく。

 最初の頃は見送りでお父さんとお母さんが居たけど、今ではもう誰も居ない。それもそうだ。年間で言えば何十回もキャンプ行ってるうちにかなり手慣れたキャンパーになれたと思う。

 今日のキャンプは、7年前のあのキャンプ場に行ってみようと思う。

 あのキャンプ場はあの日から1回も行ってないし、7年前、彼は高校2年生だと言った。

 そして今、私もあの頃の彼と同じ高校2年生になった。

 今になってあの場所でキャンプすれば、何か違ったものが見えるかな。そんな事を考えながら、あの山に囲まれた川辺のキャンプ場に向かってバイクを走らせる。

 今跨ってるスーパーカブ。

 昔彼に出会って、彼に成長するという息苦しさを予習してから、このカブが何だかその息苦しさから解放してくれるアイテムのように感じるようになっていた。

 小学生の頃は、仕事用の、労働者のバイクだと思っていたこのスーパーカブだが、今では、なんでも運べる世界の働くバイクで、かっこいい人が乗るかっこいいバイクという認識だ。

 こんなことを言うと、私が彼に惹かれているように聞こえるかもしれないが、その答えは分からない。

 今まで生きてきて、彼以外でしっかりとした回答をしてくれた人が居なかったから、自然とこの答えも原因となる彼に聞くしかないと思っている。

 でもまぁ、あの時取った1枚の写真を大事にアクリルホルダーに入れて持ち歩いているあたり、意識している自覚はある。

 だけど、あれから7年間何度もキャンプをしたけど一度も出会えていない彼の事を今でもこんな風に思っているのも何か変な感じだ。

 山道をゆったりと走りながら、川辺のキャンプ場に到着する。

 受付近くの駐車場にバイクを停めると、ヘルメットを脱ぐ。すると、すぐ隣に私のカブと同じカブが停まっている。

 鉄製の純正リアボックスにフロントのかごは新聞配達とかの大きなものが取り付けられ、サイドバックもついてる。ロゴを見る限りコミネらしい。

 テイストは彼のカブに似ているし、彼のカブも確か本体はほぼ純正の90で後付けパーツも基本純正と言うテイストだったと思う。

 ヘルメットを置いて黒い野球帽をかぶって、受付の扉を開けると、受付では男性が1人受付をしている。

「テントは何人用?1人用じゃないんだろ?」

「はい。3人用です。」

「じゃぁ2人用ってことにしとくよ。600円も違うからさ。」

「あ、ありがとうございます。」

 ソロキャンか。私と一緒だ。

 ふと受付をしていた男性の顔を見ると、顎と鼻下の髭に、広い肩幅。赤い翼にホンダと書かれた黒い野球帽。

 どれもあの時の彼にそっくりだ。

 1つ違う所を上げるとしたら、それは煙草の匂いだ。

 あの時とは違って煙草の匂いがする。

「じゃぁこれ駐車証明書ね。サイトの場所はわかる?」

「大丈夫です。前にも来た事ありますから。何年も前ですけど。」

「何年前?」

「7年前ですかね。改装でもしちゃいました?」

 7年前…。

 もしかして、この人さっきのカブの人?

 なら彼の可能性もある…!

「7年なら改装したのはバンガローだけだ。オートサイトは変わってないけど、川の近くは気を付けてね。」

「ありがとうございます。」

 そのまま男の人は外に出ていく。

 とりあえず私も受付をして受付のロッジを出る。外にはさっきのカブはもういなく、砂利と土の地面には、カブのタイヤのわだちが残っている。野球帽をしまうと、ヘルメットをかぶってカブに跨り、そのわだちを辿ってオートサイトに向かう。

 オートサイトは日帰りのデイキャンプ勢と泊りのキャンパーが混ざり合ってるけど、そのほとんどがデイキャンプ勢だと思う。

 だいたいそうなんだ。

 冬のこんな時期にキャンプ場に来ているキャンパーはそのほとんどが泊まらずに帰るデイキャンプ勢で、実際に冬キャンプをするのはほんの一握りだ。

 前にもキャンプをしに行ったとき、サイトが満杯でテントを張るところに悩みながらテントを張ったら、夕方になってデイキャンプが帰り始めると、残った冬キャン勢は私だけでみんな帰っちゃってサイトで私だけ泊だったなんてこともあった。

 サイトの中からさっき見かけたカブを探して走っていると、川辺の少し空いたところにそのカブを見つける。

 黄色いナンバーにホンダの鉄箱、コミネのサイドバック。あの時とは左右の鞄が違うけど、横でテントを組み立てるその手つきは、あの時の彼そのものだった。

 彼の隣にバイクを停めると、ヘルメットを脱いで声をかける。

「隣、いいですか?」

 自分でも驚くほどのきょどきょどした声。ちゃんと話せてるかな…。

「ああ、いいですよ。」

 お互いに一言ずつしか話さず、そのままテントを建てる。

 テントを建てて椅子やテーブルを用意すると、彼も向こうでコーヒーを飲んでいる。今は予備の椅子やカップを持ってないみたい。

 コーヒーを淹れながら、砂糖とミルクを入れてコーヒーを飲んでいると、あの時のコーヒーの味を思い出す。

 あのコーヒー、とても苦かったけど、ミルクと砂糖のおかげで普通に飲めたけど、今の私でもあの時のコーヒーをブラックで飲み切る自信はない。あの時の彼はあんなコーヒーをブラックで飲んでたけど、そう言う所を見ても、私からしたら大人に見えたのかな。

 苦くてコーヒーの香りはそこまで強くなく、甘みもなくすっきりもコクもない様なさっぱりとした無駄を取り除いたようなコーヒー。

 しばらくすると隣のテントからコーヒーの香りが香ってくる。この香りは間違いなく、あの時飲んだコーヒーの香りだ。

「あの、すみません。」

 気が付いたら、隣のテントの前に座る彼に声をかけていた。

「はい?どうかしましたか?」

「あの、そのコーヒーって、なんてコーヒーなんですか?」

「これですか?これネットでしか売ってないんですけど、昴珈琲店のコーヒーですよ。飲んでみますか?」

「いいんですか?」

「カップ持ってます?」

 そう言われると、自分のテントに戻って急いでコーヒーを飲み干すと、急いで彼の元に戻る。

 ドリッパーでコーヒーを淹れながら、私のテントから椅子を持ってきて彼のテーブルの前に置く。

 ゆっくりお湯をドリッパーに注ぎながら、彼のキャンプ道具を眺めていく。

 どれも昔見たのと同じものだ。

「ここのキャンプ場は何回も来てるんですか?」

「うーん。そんなに来るわけじゃないですけど、毎年この時期になるとここに来たくなるんですよ。」

「この時期に?ってことは他のシーズンでもキャンプするんですか?」

「夏以外なら割と。基本は秋冬ですけど、たまに春まで続けることもしばしばって感じですかね。夏も行きたくなったらバイクに跨るって感じです。」

 夏は行かないんだ。やっぱ暑いもんね。

 私も夏はあんまり行きたくない。まぁ行くけど。

「カブでキャンプして長いんですか?」

「そうですね…。もうすぐ10年目になるでしょうか。16の頃からソロキャンして、今では24になりますから今年で8年目ですかね。」

 そっか。手慣れた感じがしたけど、初めてあった時はまだキャンプ初めて1年だったんだ。でも1年もキャンプしてればそれなりには手慣れるもんね。

「私、中学の頃からソロキャンしてて、高校入学と同時に中型の免許取ってカブ買って、バイクでソロキャンし始めたんです。」

「そうなんですね。なんで最初にカブを選んだんですか?前もって何かないとカブなんて選ばないでしょう。自分も爺さんが大事に乗ってたカブを乗り継いでほしいって遺言を受けて受け継いだ形ですし。」

 あ、そうなんだ。

 この人もカブに乗る何かしらのエピソードがあるのだと思ってたけど、思っていた以上に凄い内容でちょっとびっくり。遺言で乗り継いでほしいなんて言われたら乗り継ぐしかないもんね。

「…わたしは、昔会ったキャンパーさんがカブ乗りで。その人に言われた言葉が今でも頭の中に残っててそれでカブに乗り始めたんです。中学の頃から人間関係で悩みだして、それで高校に入ってカブに乗ったらそれから、なんだかカブがそれを開放してくれるみたいに感じてそれでカブでキャンプしてます。」

 我ながら彼の事が中心になってる内容だけど、実際、これが一番の理由だからこれ以外の理由がない。

「そんな事があったんですね。煙草一本いいですか?」

「あ、どうぞどうぞ。キャンプですもん自由でいいですよ。」

「ありがとうございます。」

 ポケットから青と白のパッケージの煙草を取り出し、そこから一本の煙草を取り出すと、口にくわえてオイルライターで火をつける。

 テーブルに置かれた煙草には、『hi-lite』の文字が書かれている。

 私全然煙草知らないからどんな煙草か分かんないなぁ。

「実は僕も昔、ある女の子に会ったんですよ。このキャンプ場で、父親とキャンプに来て本人は全然乗り気じゃなくて。お父さんがこんな寒い山にキャンプするなんて意味が分かんないとでもいう様な小学生で。」

 あれ、それ私じゃない?

「その時その子と話したことでね。つい偉そうな事言っちゃったけど、あの時あの子に言ったあの言葉、今は僕の心に強く響いてるんだ。自分がいざ社会人になったら、こんなに自分の言葉が自分自身に響くとは思わなかったんだ。あ、ごめんね知らない子にこんなこと話しちゃって。」

「あ、いえいえ!大丈夫です!」

 そっか。この人も自分でずっと悩んでたんだ。

 私もずっとあの言葉で悩んで、気が付いたらあんなにしっかりとした言葉をくれた彼を求めていたけど、そんな彼も自分の言葉に救われていたんだ。

「…さっき言ってた女の子、その子とは一回も会ってないんですか?」

 これの答えは私が一番知っている。

 私が7年間、一度も会うことなく過ごしてきた。

 彼がもしも会ったと言えば、その子と私は別人だ。

 でも会ってないと言われた時、私はどうしたいんだろう…。

「あの子ですか。あの時のあの子とはあれ以降一回も会えてないんだ。まぁ名前も覚えていたないし、あの子の顔もおぼろげにしか覚えてないけど、もう一度会ってみたいなぁ。あの子がどんな風になってるのか、少し興味あるんだ。」

「そうなんですね。その子って何か特徴とかなかったんですか?」

 おぼろげにしか覚えてないんなら、まず覚えてないとは思うけど。

「そうだなぁ。あ、そう言えば最後の別れ際に写真を撮った。あの子と僕のツーショット。まだあの子がその写真を持ってれば、それが唯一覚えてる事かな。」

「……。」

 写真の事、覚えてたんだ…。

「その子今何歳くらいなんですかね?」

「どうかな。確か、あの時10歳って言ってたから、今頃は17歳くらいなんじゃないかな。女子高生かぁ。女子高生ならバイクの免許取ってキャンプしてたら、もしかしたらどっかで会えるかもね。」

「バイク乗ってたら、どんなバイク乗ってると思います?」

「そうだなぁ。できればカブに乗っててくれると、話が合うんだけどなぁ。そう言えば、あなたもカブなんですよね。」

 あ、そうだ。今の私には彼との共通の話題がいくつかある。

 バイクの事もキャンプの事も、どっちも彼に経験も知識も遠く及ばないけど、少なくとも彼と色々話すことはできるはず。

「はい。あこがれてたんで。」

 あ、ここだ!ここであの写真!

「私、この写真の人にあこがれてバイクの免許取ったんです。それでカブに乗ってキャンプするようになったんです。」

 そっと、ポケットの手帳に挟まった写真を彼に手渡す。

「…これって……。」

 彼もやっと気づいたみたい。

 でも、本当は自分の口から「あの時の人ですよね。」って言えるのが一番なんだろうけど、私にはそんな勇気はない。

「……君は、あの時の?」

 やっと、探し求めていた彼に会えたんだ。

 ちょっとぐらいわがままにしてもいいよね。

「久しぶりですお兄さん。キャンパーになってあなたに出会えました。」

 彼の驚く顔を見て、改めて理解できた。

 私は、あの頃から彼に惚れてたのかもしれない。

「……そっか。君もキャンパーになったのか。」

 彼は感慨ぶかそうな顔をしている。

「改めて、君の名前を聞いてもいいかな。」

 少しの申し訳なさが垣間見える彼の表情に、なぜか懐かしさを覚えると、気が付けば自分の名前を名乗っていた。

望海(のぞみ)です。里中望海(さとなかのぞみ)。お兄さんの名前は何ですか?」

「僕の名前?僕の名前は風見(かざみ)――――。」

 後付けになってしまって申し訳ないのですが、読まれて反応がよさげでなおかつ自分のやる気があったら、外伝としてこれの続き書きたいと思います。

 まぁ俗にいう気が向いたらってやつですかね。

 気が向いたら外伝書いてみようかなと思います。

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