なんだこの異世界
朝礼で校長先生を見た回数より聞いたことがある出だし。
どうも、転生者です。
かの有名なチキチキ転生先決定ガチャに見事敗北した負け組転生者。また来世に期待したい。
転生先がファンタジー世界だったのはまだ良い。
仲間を作って、魔物を倒して、楽しく過ごせそうだ。
チート、ハーレム、スローライフ、一歩未知の領域へ踏み込んだ逆ハーレムだろうと、ハピハピなお花畑な設定のストーリーは大好物だ。
僕の主食はハピエンのぼんやり読める小説である。
ファンタジーっていわれたら、勇者や魔王の西洋風ファンタジーだと思うじゃないか。
こんな新手の拷問みたいなホラーゲームの世界だとわかったやつが何人いる?
少なくとも僕は気がつかなかった。
生まれて一番に見たのは、生の鶏肉を少し腐らせたようなグチャグチャが人型になった謎の生物。
何お前、体ごと軽めにレンチンされたの?
顔膨張してない?
よく見たら目玉が肉に埋もれている。
昔、ファンシーな目玉をバックに飾る女子高生を見たことがあるが、彼女はきっとこんなに気色悪い目玉を知らなかったんだろうな。
ぴゃらぴゃらと気色の悪い声で笑ったソレはどう見てもクリーチャーだった。
さらに驚くことに、隣にもう一体のクリーチャーが立っており、僕は逃げ出したくなって暴れた。
黒い瘴気を垂れ流す揺り籠が軽く揺れただけで逃げられなかった。
ボス戦で背は向けられないってことか……。
ただの悪夢から始まった今世の記憶。
どうやらそれらは両親らしいと気がついたのは、少し後。
クリーチャーの一体、どちらかというと背が低い方が、僕に何か瓶のようなものを差し出してきた。
ベイビーな僕に差し出される覚えのあるものは、哺乳瓶だ。
僕に飲めと寄越してきていると思われるのだが、その哺乳瓶は咥えたくなかった。
悪臭こそしないものの、内臓の一部のようなつるっとしたピンク色、グニュグニュしてそうな見目の咥え口、薄黒いガラス瓶の中身は赤黒い液体に見える。
絶対に飲まないと口を閉ざしたが、クリーチャーは、グイグイと無理矢理押し付けてきた。
いやだってば、と口を閉ざすが、空腹に負けて、仕方なく口に入れる。見目より柔らかくなかった。
味は普通に美味しいミルクだった。少し薄味な気もするが、赤子用なのだろうか。想定外すぎてしばらくフリーズした。
どうやら僕の目がバグっているだけかもしれないと気がついたのは、動き回れるようになってからのこと。
クリーチャーの両親の他に、近所の人だか親戚の人だかもみんな揃って皮の剥げた人型の肉塊の姿をしていると知った。
喋っている内容は聞き取れず、いつもノイズ混じりの奇声に聞こえる。
攻撃してくるなら反撃して化け物キラーになるけど、特に変わったこともなく、時折頭を撫でられたり、何か声をかけられたりするだけだった。
食べ物はどれもこれも気味の悪い見目だが、味は肉や野菜の普通の味がする。
見分けがつかないので、これは何味かなと考えながら食べるのがマイブーム。
そもそも食べ物かそうじゃないかの判別もあまりできない。
動かなくて、両親が差し出してくるやつが食べ物ってことにしている。
同じくらいの背丈のチビクリーチャーは、おそらく同年代の子供。彼らの行動は普通のクリーチャーどもよりもわかりづらく、正直いって苦手だ。
何か一生懸命喋りかけてくる奴もいるし、手を差し出してくる奴もいる。何をして欲しいのか全くわからない。
いつも無言で眺めて過ごしている。
たまに無理矢理手を繋いでくるやつがいる。
繋いだ感覚は、前世の人間そのもので、気色が悪くて振り払った。
なんだこの世界。
僕の世界はいつだってホラーゲーム世界観。
病み期に突入したのは、やっと疲れず動き回れるようになった頃。
この世界の建物は、デパフ『魔王の城風味』が当たり前についている。机もベッドも魔王風味。勇者、早くこの世界をなんとかしてくれ。
真っ黒な天蓋付きベッドに寝転がるのはもういやだ。
横にはクリーチャーが置いていったぬいぐるみがいる。のっぺらぼうの芋虫みたいな何か。
愛嬌のある触覚がチャームポイント。
僕の世界ではわりかしマシな見目なので側に置いている。
僕の癒し。心の回復アイテムでもある。
名前はのっぺら。
のっぺらぼうだからわかりやすいでしょ。
そんな心の安寧、のっぺらくんが見知らぬのチビクリーチャーにぶん取られた。
両親クリーチャーは見当たらない。
見知らぬチビクリーチャーに驚いていた最中のことで、僕は咄嗟に動けなかった。
そもそもクリーチャーの見目は出来るだけ特徴を捉えて見分けようとしているだけであり、もしかしたらこいつは会ったことがあるクリーチャーかもしれない。
僕が無意識のうちに喧嘩を売ったクリーチャーの可能性もある。僕はあいつらの怒りポイントがよくわからない。
この前は窓の外を覗こうと乗り出しただけでかなりうるさく奇声を上げていた。クリーチャーにとっては行儀の悪いことだったのかも。
そして、ぽかんとした僕の目の前で、のっぺらは死んだ。
そのぶん奪られたのっぺらは、チビクリーチャーによって無惨に真っ二つにされた。
あぁ、僕の癒し。死んでしまうとは何事だ。
……いや、人形だから、死んじゃあいないけど。
そういや、僕の死因はなんだったっけな。最後の記憶はけたたましくうるさい、カンカンカンという音だけ。
その日1日は、ベッドに引きこもった。
帰ってきたらしい両親が、繕ったのであろうのっぺらを持ってきてくれたのだが、繕われた部分が、小腸で縫いとめられたような見目で、似ても似つかぬそれに泣きたくなった。
泣かなかったのは、前世持ちで中身が成人しているから。
これが子供だったら、生まれた瞬間に絶望で泣いて舌噛み切ってる……というか、今の僕は絶賛そんな気分に襲われている。
今は、不気味に進化したのっぺらと共に、建物からダイブを計画している。
一回人生ガチャやり直してくるんだ。平凡だった前世を懐かしみ、ホラーゲームな今世にさよなら。待ってろハッピーな来世。
親クリーチャーがいない隙、誰も家の中にいないことを確認する。
この建物の感覚なら、この自室は校舎2階程度の高さ。
飛び降りするなら、もう少し高い方がいい。
もうだいぶ出ていなかった自室と簡単にバイバイする。
別にヒッキーじゃないから特に思うところもない。
自室から2、3階上。
窓の外に木も別のクリーチャーもいない部屋。
グッバイ今世。
のっぺらを抱えて、窓の外に踊り出た。
恐怖心なんぞ生まれてこの方ホラー世界でお空の彼方に吹っ飛んでいる。一度死んだから次の死だって怖くない。
今あるのは来世への期待のみ。
転生ガチャやり直しチャレンジはものの見事に失敗した。
窓の外にでた僕は、何故か空中で停止したのだ。
僕は、浮遊能力を持っていた……?
訳のわからぬまま空中で宇宙猫に顔面を真似する。
すると今度は、ふよふよと一階の、つまりは庭に着地させられる。無意識下で空中浮遊能力を使っていたのかな。
あれ、死ねなくない?
流石に痛そうだから首吊りは勘弁願いたいのだけど。
キョトン顔の僕に3体のクリーチャーが近づいてくる。
よく見ればそのうち2体は親クリーチャー。
帰ってきていたのか。
駆け寄ってきた彼らは、急いで僕を抱き上げた。
怖いから近づかないで欲しいと、いつも思っている。
大層優しく抱えた彼らは、僕に何かを言っているのだが、いかんせん、クリーチャー言語は何年経っても理解できない。
耳に痛い奇声が混ざっているから口を閉じて欲しい。
黙ってゆっくり近づいてきたもう一体のクリーチャーが、何か喋っている。やっぱり奇声に聞こえる。
いい加減鼓膜破れそうだなと考えていると、だんだん落ち着いてきた親クリーチャーが僕を地面に下ろしてくれる。
今の僕は靴を履いてない。今世では衣服すら気色悪くて、外に行くにも基本裸足だ。
裸はいやだから服は着るけど、家畜の内臓を巻き付けているような服なので、いつも嫌な思いをしている。
何かを3人で喋っていたクリーチャーたちだったが、不意に親ではない客人クリーチャーが、僕の頭に手を置いた。
手つきが優しいのが見目とのギャップで、気味悪ポイント増量を仕掛けてくる。
ぽんぽんとしばらく子供を愛撫するように僕を撫でていた彼もしくは彼女。
なんの前触れもなく、僕の手を取り何かを手渡す。
ぱっと見は、黒い飴。目玉がついているわけでも、喋り出すわけでもない。普通の黒い飴。
飴ちゃんくれるの?
手渡した後、客人クリーチャーは、手でそれを口に入れるような仕草をする。一呼吸置いて、僕の手を取り、真似をするよう示唆した。
お前さんを食べちまうよっなんて魔女風の仕草にも見えたが、これはおそらくそういうことじゃない。
要するに、食えと、この飴を。
少しためらったが、パクりと口に入れる。
とんでもなくまずかったので、ぺっと出しそうになったが、客人クリーチャーが僕の頭ごとホールドしてくる。
なんだ。毒だったのか?
それとも、一度口に入れたものは食べましょうって教育方針なの?
意図せずごくんと飲み込んだ。
口の中で、辛子とわさびと唐辛子が踊っている。うわ、砂糖が踊りに参加してきた。
あまりの不味さに、口を押さえる。
なんだこの飴。
ただ、口の中は地獄絵図だったが、どことなく頭がスッキリした気がする。目がぱっちりしたというか、目覚めのいい朝みたいな感覚。
クリーチャーは僕を離してくれたのか、どさりと地面に倒れ込む。
客人クリーチャーの足元が見えた。
平凡な革靴が見える。
ん?
「あぁ、あの、何を食べさせたんですか、一体!」
「ただの解除薬っすよ。いやぁ、生まれつき魔法にかけられているなんて、あんたらどんな恨み辛みを買ってるんで?」
「……魔法……じゃあ、この子の奇怪な行動は……」
「そうそう、魔法。元気にしているところを見るに、精神系か、認識阻害か、まっ、こんな強力な魔法かけられてここまで元気に育ってるってのはかなーり、珍しいね」
普通に話し声が聞こえる。
ママンクリーチャー、パパンクリーチャー、いつのまに日本語習得したん?
聞きたいがために顔を上げると、美男美女が困った顔して手を当てていて、僕の真横にはチャラ系美青年が立っていた。
あれ、ここいつから天国になったんだろ。
もしかしてさっき踏切飛び越えた?
ここは死後の世界?
「わかるか、ハヴィ。お父さんだぞ」
ダンディな髭を生やした美男が僕を抱き抱える。
えっ、誰。
お父さん?
あっ、やっぱり、親クリーチャーは親(仮)ではなく、親(真)だったってことですか?
いや、レンチン鶏肉ゾンビからイケメンに変わるのはどう考えてもおかしい。
「お母さんよ、ハヴィ。よく、生きてて……」
感極まって泣き出した美女。女の人はいつだって笑顔が似合うんだから泣かないでよ。
いや、それにしてもビフォーアフターが、巧みもビックリな仕上がりだな。
混乱極まって半パニックの僕に、美青年が声をかける。
「あれ、これ解除されてるよね? おーい、聞こえてる?」
ひらひらと僕の目の前で手を動かす美青年。今頭の整理時間取ってるから黙って。
落ち着こうと手元を見たら、可愛らしく繕われたぬいぐるみ。やっぱり顔はないが、鮮やかな青色で、綺麗なラインが入っている。キモかわ人形は今では可愛いぬいぐるみだ。
のっぺら……お前……。
「ウミウシだったの……」
僕の第一声に、美青年は一瞬キョトンとした後、大爆笑して地面を転げ回った。
恐らく、ここからよくあるファンタジーな話になるのだと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。