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塵は積もれど関の山  作者: 月影
2/2

召喚の儀


「こちらの不手際で申し訳ないんですけど、貴方はこの世界に不要なんですよね。」



最後にもう一度だけ頑張ろうと決めて、ついに試験へと向かうはずだった日

大学から大学院へと進む間にずっと一人暮らしをし、それから試験に集中するために住み続けた、住み慣れたマンションの一室を後にしようとした瞬間、目を開けていられない程の強い光が下から溢れてきた。

頭の中で何度も覚えた規範を暗誦しながら、緊張と不安で眠れないまま今日を迎えた人間にとっては、それはあまりにも眩しすぎた。

強い光が目から直接頭へと響き、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。

目の奥の鈍痛が頭全体へと波紋を呼び、やっとそれが収まったと目を開ければ、目の前にあるのは、真っ白い部屋にそれと同じくらい真っ白い人影、そのあまりの白さに光が乱反射する錯覚すら感じる。

見知らぬ部屋に、見知らぬ人物、まるで思考が追いつかない。

ここは、病室か何かか?まさか、あのまま倒れたのか?

いや、それどころではない。今は何月何日で、何時何分だ?試験は?どうなった?今からでも間に合うか?覚えたことを忘れていないか?受験票は手元にあるか?筆記具は?

慌てて左腕に付けていた時計を確認する。

文字盤は今日の日付を表示しており、針は先程部屋を出るべく扉に手を掛けた時を指している。

大丈夫だ。間に合う。これは白昼夢か?はやく駅に行って試験会場に向かわなくては。気をしっかりもたねば。目を、覚まさなくては。

そう思って左手を大きく振り上げた瞬間、目の前にいた人物がそう話しかけてきた。

混乱したまま、声の主へと視線を上げれば、目が合った女は、まるで悪びれた様子もなく、世間話でもするかのように一方的に話を続ける。


「いやね、こちらの世界で【聖女】が必要だっていうものですから、その素質がありそうなお嬢さんをわざわざ『地球』からこちらに召喚したんです。ちゃんと不純物が混じらないように座標軸を指定したんですけどね、X軸とY軸で特定したものですから、Z軸までは指定していなくて。残念ながらあなたも対象軸に入ってしまったんですよね。よく運が悪いって言われません?それとも悪運が強いのかな?」


「聞いてます?」


女はにこやかな笑みを向けたままそう問いかけてくる。


「まあ、いいですけど。それで本題なんですけどね、貴方は【聖女】の召喚に付いてきたんです。でも、貴方は要らないんです。この意味、分かります?」


何を言っているのだろうか。何も分からない。分かりたくない。


「端的に言いますとね、『神様』って、『失敗しない』んです。」


「失敗なんて間違ってもあってはならないんです。」


「私が直接言葉にしなくとも、勿論、分かりますよね?」


そう言って、先程と変わらない雰囲気で、口調で、朗らかに話す女の目は一つも笑っていなかった。


「元の場所に帰していただけるのなら、何も望みません。ここでの記憶も一切放棄します。」


何もない。何も特別なことを望まない。ただ、元の場所に戻してくれるなら。


「もう元の場所には還れませんよ?あなたの命はあの時あの場所で召喚と同時に一度消えています。肉体も、精神も、魂も、全て消失しています。ここが特別な場所だから貴方は実体できているにすぎません。」


「…え?」


分からない。言葉の意味が分からない。理解できない。

死んだのか?いや、消失したということは死んですらいないのか?

まさか、ずっと行方不明のまま?何も成し遂げられずに、親孝行もできずに、何も返すことができずに?いや、仇は返したのか、親不孝のクズ野郎として


「…存在そのものが消滅したのか?自分にまつわる物も、記憶も…?」


もしかして、と希望的観測を口にすれば、返ってくるのは絶望の返答。


「まさか、この優しい私がそんなことするわけないじゃないですか。ちゃんと、記憶も、思い出の品も、かかったお金も、労力も、喪失感も、ちゃんと残してあげています。そうじゃなかったら、可哀想でしょ?」


何が、何が、どの口がそんなことを言うのか。

恨みがましく目を向ければ、【聖女】の子にまつわるあらゆる一切は最初からなかったことにしたんですけど、それって結構手間もかかるし、何より可哀想でしょ?なんて歌うように言う。

何だ、そうか、つまり、失敗作には何もしないということか。あちらの世界で自分から失踪したことにでもなれば万々歳ということか。


「『神様』である私が、ただの人間でしかない貴方に最初に謝ってあげた時点で、破格の待遇なんですよ?とても、光栄でしょ?」


「でもね、私は慈悲深いから、貴方にもう一つだけ選択肢をあげる。」


「一つは、【聖女】が召喚された世界にその世界の人間として転生をする権利。【聖女】は異世界人として、『地球』での経験や趣味や特技なんかを【スキル】化して転移することになるけど、貴方にも元異世界人特典として同じく【スキル】化してあげるし、【収納】【言語】【鑑定】【生活魔法】もプレゼントする大盤振る舞いよ。貴方たちはこういうの好きなんでしょ?

もう一つは、『地球』に1分間だけ実体化させる権利。本来なら消失しているから死体も何も残らないけど、1分だけ元の場所に実体化させてあげる。」


「さあ、どちらを選ぶ?」


どちらを選ぶか?考えるまでもない。


「一分でもいい。『地球』での時間が欲しい!!」


試験にはもう行けそうもない。

でも一分でもあれば、電話をかけたら声を聴けるかもしれない。一言でも伝えられるかもしれない。たとえ繋がらなくても、コール音が鳴っている間にメッセージアプリで伝えられるだろう。感謝と、謝罪の言葉を。

嗚呼、どうせこんなことになるなら、もっと実家に帰ればよかった、一緒に出掛けて、一緒に食事をして、もっと、もっと、謝るだけじゃなく、感謝の言葉を伝えておけばよかった。もっと、もっと、たくさんのありがとうを伝えておけばよかった。

でも、一分でも時間がもらえるなら、親不孝はもうどうしようもないけど、感謝の言葉を伝えられる。

そして、この世には、もう、いないことを、伝えられる。

せめて、あの心配性で優しい家族が、生きているのか死んでいるのかも分からない子を心配し続けることがないように。待ち続けることがないように。


「そうですか。おめでとうございます!!それでは、貴方をこちらの世界に【聖女】と同じ条件で転移させますね。」


「…は?」


そのときの自分はきっと相当の間抜け面をしていたに違いない。

自分は間違いなく後者を選んだはずなのに。

心からそう願ったはずなのに。


「罪を犯した子どもの目の前に金貨と林檎を差し出したとき、その子供が林檎を選んだのなら、その子供を赦すのが神々の暗黙の掟なんです。」


「おめでとうございます。林檎を選んだ貴方は異世界転移の褒美を与えましょう。今まで、何度もこの問をしてきましたが、何の打算もなく林檎を選んだのは貴方が初めてです。」


この女は何と言った?

何も、望んでいない。それ以上は何も望んでいない。

27年生きてきて、あとたったの一分の時間を、60秒間を、一言伝える時間を望んだだけ。

それ以外はいらなかったのに。それ以外は何の意味も持たないのに。

これは、親不孝に対する罰なのか。

ずっと「良い人間」を演じようとしてきた罰なのか。


「待って!!いらない、いらないから、どうか、」


「どうか、私を愉しませてくださいね?貴方の旅路に祝福を。」


最後に見たのは、最初から変わらない女の朗らかな笑顔。

笑っている。

目の奥まで、心底楽しそうに。

女のその言葉を最後に意識が暗転した。




「今回は、『地球』の『東洋』の『日本』でしたか。今までの『西洋』の人間とは価値観も宗教観も姿形も全く異なりますね。確か、前来た人間が言っていたのは、「神は乗り越えられない試練をお与えにならないのです。」でしたっけ?…ふふふ、乗り越えられない、ねぇ?まあ私は、そういうの、大好きですけど。」





女神は普通に確信犯です


初めてなので2話連続で投稿してみましたが、これから先は不定期です。

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