社交界は生き馬の目を抜く世界とは本当らしい
痛い、と叫びそうなところを唇を噛んで耐えた。
私は今後の為の服の採寸をされているのだが、バスティアンが呼んだ服屋、マダムパニシエという名の有名どころらしいが、彼女は私が気に入らないのか、まち針で刺したり、今のように定規で叩いたりと細々と嫌がらせを仕向けて来る。
下着姿になりたくないと服を着たままなので、本気で痛くないのが救いだ。
だけど、少しだけ服屋の気持ちが分かる、かも。
有名店なのに若すぎる女主人の服屋や帽子屋は、パトロンという名の貴族の愛人を持っているのが習わしだからだ。
つまり、この美しい服屋は、もしかしたらバスティアンの愛人かもしれないのであり、自分の恋しい人が別の女性に服を大盤振る舞いすればイラつくのも当たり前だろうと推測できるのだ。
「お嬢様?」
「あ、ごめんなさい。」
ばしっと今度はこれ見よがしに大きく叩かれた。
「痛い!」
「違いますって。それじゃあ貴族の男は落とせません!」
「はい?」
私は叱りつけて来たマダムパニシエを唖然として見つめるしかなかった。
彼女は私に諦めた様にして大きく溜息をついてみせると、右手を大きく掲げてグルグルと振った。
「なあに、マダムパニシエ。プリンがどうかなさった?」
「どうにもなさいませんから、お見本を見せてさし上げてください!このひな鳥では社交の海を泳ぐ前に溺れてしまわれますよ!」
何のことだと私は首を傾げるしかない。
あ、バスティアンも首を傾げている。
そんな私達の注目を浴びるなか、シャンタルは優雅にソファを立ち上がると、帆船が海を横切るようにして優雅に私の方へとやって来た。
すると、マダムパニシエは私にしたようにして、定規でパシリとシャンタルの背を叩いた。
私はシャンタルに脅えた。
彼女はふいっと振り向いて、無表情のまま左眉だけあげて見せたのだ。
――何をなさったのか理解していらっしゃるのかしら?
シャンタルが何も言わなくとも、私の頭の中ではそんな言葉が木霊していた。
「わかりましたか?お嬢様。社交界を結婚市場と言うからには、獲物の殿方以外は全て敵だという認識が必要なのです。」
「うわああ。私は修道女を目指していいかしら。寄付金さえあれば修道院で終生当たり障りなく生きていけると思うのよ。」
「まああ!プリンったら。あなたは冗談が過ぎますわよ。学院でいじめっ子に虐め返しもしたでしょう?あの日を思い出すのよ!」
いじめっ子に虐め返しはしていないし、あなたを虐められるいじめっ子など学園には誰一人いなかったじゃ無いの!
これもシャンタルの冗談でしかないのだろうが、騙された人間はいた。
私は父親に守られるようにしてバスティアンの背に隠されたのだ。
大きな背中は私を守るように聳え立つ。
こんなに大きな男なのに、彼が出す声は深く低くて甘くもあり、私は心が少しだけよろめいた。
言葉には内容が無いようだったが。
「ごめん。俺が目を光らせて守るから、俺のプリンをそんな恐ろしい生き物に仕立てるのは止めてくれ。」
「嫌だ!恥ずかしい!」
俺の、だなんて!
そんな言い方は馴れ馴れしすぎると、私は両手で彼の背中をぱしぱし叩いた。




