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エグバード家に忘れ去られた孤児はここにいる

 世に名だたるエグバード家は、世間に名だたる以上大金持ちの侯爵家である。

 けれど、両親が亡くなってからそこの当主様の恩情を受けて生きている私には、エグバードという名前は人でなしな上に、ケチ、しみったれ、吝嗇家、でしかない。


 だって、いくら駆け落ち婚で一文無し夫婦だったからって、両親と一緒に住んだ家だってあったし、両親には小金持ちな両親だってそれぞれいたのに、私は両親が亡くなるや寄宿舎に放り込まれてお終いだったのだ。

 それも、一番安いランクっぽい所だ。


 その上、私は卒業する16歳になっても結婚市場に並ばされるどころか迎えも来ないので、寄宿舎の下働きをすることで卒業後は学園に居候させてもらっている。

 学園長のマグノリア様には、エグバード家の人間は絶対に足を向けて寝られないであろう。


 そんな人生の私も19歳になる頃、というか、一年前、エグバード家の当主交代を新聞で知った。

 私の知らない間に、私の後見人である当主様が亡くなっていたらしい。


「あら、プリン様。あなたはエグバードさんのお身内じゃ無かったかしら?エグバード家の喪が開けたと聞き及んでいますのに、あら、あなたはなぜまだこんな場所にいらっしゃるの?」


 いつものように学園を訪問したシャンタル・ミレイ伯爵夫人が、寄宿生徒のお世話中の私を呼び出すのもいつもの事だが、今朝に限っては久しぶりの憎まれ口を叩いた。


「まああ、ミレイさんたら。わたくしのファミリーネームはルルですのよ!それに、エグバードのけちん坊が私を迎えに来るなんて無いと、しっかりとご存じなくせに!」


「まあ、まあ、そうでしたわね。それはそれはお可哀想に!」


「思い出してくださったようで良うございましたわ!」


 私達は学生時代と同じようにして口元に手を当てておほほと笑い、しかしその数秒後にはシャンタルはいつものように大声を出した。


「笑い事じゃなくてよ!いい加減にあなたも目を覚ましなさいな。あなたが本当はお迎えを待っているって知っていますわよ!でもそろそろあきらめましょうよ!迎えなんて来ないのよ!いい加減に私の申し出を受けて頂戴!友人の家で友人の大叔母のコンパニオンをするなんて嫌かもしれないけれど、夜泣きする子供の世話だけのこんな場所にいるよりも、ずっと出会いもあるしあなたは幸せだと思うわ!私達だって、昔みたいに夜通しのお喋りもできるでしょう!」


 いつもと違ってシャンタルは大声だけでなく涙目で、私は気の強い彼女がここまで自分の為に心を痛めていたのだと今日こそ思い知った。


「ええと、シャンタル。ええ、私はあなたの申し出を。」


 この先は言えなかった。

 私とシャンタルがいた使用人用の応接間に、なんと、次代、いや、現侯爵様がドアをぶち破る勢いで乗り込んで来たのである。


 黒に近い灰色のスーツをピシッと着こなしたその男は、女学院しか知らない私にもこの上ないハンサムであると目を丸くするしか無かった。

 いや、私とシャンタル、彼女は新婚なくせに、彼の姿に呼吸が止まったのだ。

 艶やかな焦げ茶色の短髪はオールバックに撫でつけられ、真っ直ぐな鼻梁に広い額と意志の強そうな顎、そして宝石そのものの輝きを持つダークグリーンの瞳が煌いている。


 しかし、悲しいかな。

 彼のその美しくきらめく緑の瞳は、孤児で身内のはずの私を素通りして、美しきシャンタルにだけ向けられていた。

 その上、部屋に入って来た時は真一文字だった唇が、なんとどんどんと気さくそうに綻んでいき、終には、バスティアン・エグバード侯爵様は、私の名前を呼びながらシャンタルの右手を両手で掴んでみせたのである。


「会いたかったよ、プリンシア・ルル。親父から後見を引き継いだ時はどうしようと思ったが、これならすぐに嫁に出せる。安心して俺について来い。」

20202/12/20 変な文を修正しました。

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