山のむこう海のかなた
おれの住む町は島だ。
私が住む町は山の中にある。
高校時代の仲間は、卒業したらみんな海の向こうに行ってしまった。おれが残ったのは特別この町が好きだからってわけじゃない。
なにもない町。
このまま死んでいく町。
ただ生まれて育っただけの町だ。だけどとりあえずおれのすべてがある。
私は高校二年になった。来年は三年だ。
高校を出たらどうするのだろう。
都会の大学にいくのかな。あの山を越えて。だってなにもない町だもの。
おれ、バイクが好きだから、バイクに関わって生きていけたらいいなって思っている。今の整備工場で技術を覚え、金を貯めて、自分の店を開きたい。
なにもない島だから、むしろワンチャンあるんじゃないかって。
仲間を増やしてさ。
島を巡るバイカー増やしてさ。イベントやってさ。
そんなこと考えるようになっている。
私はどうやらのんびりしすぎているようだ。
みんなはもう、卒業したあとのことを考えているみたい。当たり前だよね、こんな山の中の小さな町。進学するにも就職するにももう準備はじめなきゃ。
なのに私はまだ実感できていない。
こののんびりした毎日がずっと続くような気がして。
今日、先輩に怒鳴られた。
今日、先輩に叱られた。
手にしたパークリをいきなり横から取り上げられ、すごい勢いで肩を押された。殴られるかと思った。
みんなが見てる前で、やる気がないなら帰りなって言われた。竹刀で打たれるかと思った。
工場を燃やすつもりか!
そんなこと言われた。いや、そうなんだ。おれはコードリークしているのに気づいてなかった。あのままパークリ撒いてたら火事を起こすところだった。確認しなかったおれのミスだ。でもさ。
だらだらやってたのはそうだけど。
私を叱られ役にしたんだろうけど。でも私でなくたっていいじゃない。ほかのみんなもだらだらしてたんだしさ。どうしていつも私ばかり。
海辺の道でバイクを停め、自販機でいつものジュースを買う。
町を見下ろせる坂の途中で、自販機でいつものジュースを買う。
さみしい。
さみしい。
対岸の灯りがきらきらときれいだ。
おれも行っちまうかな。あの灯りの中に。あんなちっちゃな整備工場やめて。こんな島捨てて。
星がきらきらときれいだ。
剣道部なんてやめちゃうおうか。ブドーカとかケンドーカとかになりたいわけじゃないし。はやくあの山を越えてどこかにいきたい。
おおい。
海のかなたにいる君。まだ見たことも話したこともない君。そっちは楽しいか!
おおい。
山のむこうにいる君。一生会う事もないかもしれない君。そこにいけば私は私らしくできるのかな!
あっと思った。
なにかが触れた気がした。伸ばした手の先で、だれかの手が触れた気がした。
誰かいるのか!
誰かいるの!
おれは声にならない声で叫ぶ。
私は声にならない声で叫ぶ。
海のかなたの君!
山のむこうの君!
知らないところにいる君。君は今どうしたい。おれは逃げたいんだ。こんな所から逃げだしたいんだ!
知らないところにいる君。君もそこから逃げたいって思うことがあるの。今の私のように!
手を握ろうと思った。
だけどもう感触なんてどこにもなくて。ほんの一瞬で消えていって。
握れていたのなら、どうしたのだろう。
引き寄せていたのかな。
あっちに飛び込んでいたのかな。
おれは飲み干したジュース缶をゴミ入れに投げ入れた。
私は飲み干したジュース缶をゴミ入れに捨てた。
ときどき押しつぶされそうになるけど。
だけど、おれはこの島で生きている。
だけど、私はこの山の町で生きている。
海のかなたの見知らぬ君。いつか会えるなら、こんな凹んだおれじゃなく、うるさいくらい前向きでやってるおれをみてくれ。
山のむこうの見知らぬ君。いつか会えるなら、こんないじけた私じゃなく、笑顔で会いたいね。
そしておれは走りだす。
そして私は走りだす。
さあ、負けるもんか。
これは小説としてではなく、アニメによる90秒長尺CM、もしくはMVとして考えました。イメージとしては大成建設さんのアニメCMですね。途中「ジュース」と表記されていますが、カルピスソーダを想定しています(なぜだ)。
舞台は、島は佐渡。山の町の方は特に(飛騨高山を想定)。
また、パークリなどの専門用語が説明なしにでてきますが、演出です。