奇跡の瞬間……
反撃を・・・
さあ、池本のターンだ・・・
9ラウンド…………
池本は前に出て行く。
ホプキンスは足を使うのを辞め、前に出て来た。思いの他ボディへのダメージがあり、力で押し返す事が一番だと判断したのだ。
この判断は、池本にとって最悪である。余力からいえばホプキンスの方があるからである。
しかし、池本は全く怯まない。頭を突き付ける形で打ち合いが始まる。
お互いの頭が弾け飛び、鮮血が舞う。池本は貰う度に膝が揺れる。
それでも怯まずに打ち返す。池本はボディを中心に上にも打ち返す。
ホプキンスにも意地がある。ホプキンスも打ち返す。ホプキンスの顔も鮮血に染まる。ここに来て、お互いの顔が血で染まる。
お互い引かず、リング中央での激しい打ち合いを繰り広げる。
2人の頭が何度目かの相打ちで弾け飛んだ時、池本は無意識に左ボディを叩き込んでいた。
何千回·何万回と繰り返したパンチ、ずっと会長と石谷トレーナーと繰り返してきたパンチ、その無意識の時にでも打つくらい刷り込まれたパンチがホプキンスを捉えた。
ホプキンスが2歩·3歩と後退する。
池本は前に詰め、ホプキンスのガードの上から構わずにパンチを叩きつける。
ホプキンスは後退し、コーナーを背負った。
池本は攻撃の手を緩めない。ガードも構わず手を出し続ける。池本の攻撃にホプキンスはガードを固めるが、ガードの隙間から池本のパンチがホプキンスを何度か捉える。
ホプキンスもパンチを返して行くが、動きが鈍い。それでもホプキンスはガードを外し、打ち合いを決断する。ホプキンスにも余裕が無かった。またも打ち合いになる。
打ち合いの最中、ホプキンスがクリンチをする。
池本はこれを膝を落とし、左ボディで返す。
ホプキンスはボディを嫌がり、一瞬、体を起こして距離を取った。
池本とホプキンスは同時に右ストレートを出す。2人の頭が弾ける。次の瞬間、池本はフェイントを入れた。左ボディのフェイントである。
ホプキンスはこれに引っ掛かり、ボディを守ろうとする。その刹那、池本の左は、スリークォーターからの弧を描く。
池本のスマッシュである。
スマッシュがホプキンスを捉えた。ホプキンスが膝をキャンバスに着く。レフェリーが割って入る。
「ダウン、ニュートラルコーナー!」
池本はニュートラルコーナーに下がる。
「ワーン、ツー……」
カウントが始まる。
ホプキンスはゆっくりと立ち上がる。カウント8でホプキンスはファイティングポーズを取る。レフェリーが試合再開の合図を送る。
時間は1分を過ぎた所である。
池本は前に出て行く。前に詰めて行く。
ホプキンスも前に出て、手を出して行く。
両雄再び打ち合いになる。
池本の勝機は今であり、ホプキンス最大のピンチも今である。お互いが力を振り絞り、片やチャンスを掴みに、片やピンチを乗り切る為に、必死で手を出し続ける。
2人の打ち合いの中、池本の左ボディがホプキンスを捉えるとホプキンスは嫌がり、少し後退した。
その時、池本は右足を前に出し間合いを詰めた。
サウスポーになった池本、ホプキンスは一瞬戸惑った。その瞬間、池本は右手をスリークォーターから弧を描くように放った。池本の右ブローはホプキンスの顔面を捉えた。
利き腕のスマッシュである。
「ブラボー!」
ラリオスが声を出した。
ホプキンスがキャンバスに両手両膝を着いている。
レフェリーが入り、カウントが始まる。
ゆっくりとホプキンスは立ち上がるが振らついている。レフェリーがホプキンスの様子を除き込む。
レフェリーの手が交差される。
「ファイト!」
試合再開の合図である。
残り時間は30秒程、池本はありったけの体力と、その拳に勇気·その両足に責任·その背中にメッセージを乗せて前に出て行く。
ホプキンスはその場から動かない。
池本は手を出して行く。
ホプキンスも手を出して行く。
ホプキンスは池本とのパンチの交錯を何度か交わした後、手が出なくなる。
池本は何も考えず、全てを打ち込んでいく。不意にレフェリーが池本を抱えるように割って入った。池本はレフェリーに止められ、その視界にタオルを捉える。電光掲示板は2分57秒で止まっていた。
ホプキンスはレフェリーが割って入った事で、前のめりに崩れ落ちる。
9ラウンド2分57秒TKO、池本はWBCの3回目の防衛とIBFの初防衛、そして、WBAとWBOのベルトを獲得した。
暫くしてホプキンスは立ち上がった。
ホプキンスは池本の近くまで歩き、池本の左手を上げ池本を讃えた。池本はホプキンスと握手をした。
ホプキンスはセコンドとリングを降り、花道を去って行った。会場の全員が拍手していた。
リング上では池本にベルトが巻かれる。
池本の腰にWBCのベルト、そのベルトの上にWBAのベルト、右肩にWBOのベルト、左肩にIBFのベルトが巻かれる。
ベルトを4本巻いた池本をトレーナーが肩車する。
会場は盛り上がる。
インタビュアーがリングに上がる。
「放送席、見事TKOで4団体統一したチャンピオン、池本純也さんに話しを聞きます。まずは、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます……」
「苦しかったですね!」
「……何かいつもそれですね……」
会場から笑い声が聞こえる。
「ううん……ホプキンス、どうでしたか?」
マイクを向けられた池本は暫く沈黙した。
そして、
「……疲れました、今は少し休みたいです……」
客席に一礼し、会長達とリングを降りる。
会場は池本に惜しみない拍手を送る。
控え室、池本は疲れ切っていた。
会長達と少し話し、シャワーを浴びに行った。
その間に会長達はラリオスと話しをした。
池本がシャワーから帰って来ると、会長·石谷トレーナーと会場の外に出た。記者会見はキャンセルした。篠原トレーナーが自ら記者達に伝えると言ってくれたらしい。
池本が外に出るとみんなが待っていたが、ラリオスが池本の前に渡辺さんを連れて来る。
「今夜、お前と話しをする権利があるのはこの娘だけだ!」
「ラリオス?」
「この娘以外、お前が勝つと最後まで信じられた者は居ない……俺も含め、今夜お前と話し出来るのは……この娘だけだ……」
ラリオスは苦笑いし、渡辺さんの肩を押し池本の方へ押し出した。
みんな解散して行った。
池本は渡辺さんと2人で歩き出した。
「池本さん、おめでとうございます!」
「……ありがとう……」
「約束、守ってくれてありがとうございます!」
「……まぁな……」
「池本さん……何か喋って下さい……」
「……疲れたんだよ……」
2人が無言で歩く。2人で電車に乗り、いつもの駅に着いた。2人で無言で歩く。いつもの公園に着いた。
「少し休んで行くか?」
「はい……」
2人で公園に入り、ジュースを買い、ベンチに座った。
「池本さん、何で頑張れるんですか?」
「さぁ、何でだろうね……」
「いつも答えてくれないですね……」
「自分で答えを出す……分かってるんでしょ?」
「はい……何となくですけど……」
「そうか……なら大丈夫だな……」
「はい……多分……」
「さて、帰ろう……疲れたよ……」
池本と渡辺さんは無言で歩くが、2人の顔は笑顔であった。
渡辺さんのマンションに着いた。
「ありがとうございます!」
「いや……」
「おやすみなさい!」
「おう…………」
「「あの!」」
「池本さんからどうぞ……」
「そうか……声聞こえたよ……ありがとう……本当に……」
「いいえ……」
「そっちは?」
「私……自分の道を決めました……ちゃんと前向いて歩いて行きます!」
「そうか……頑張れよ!」
「はい!」
「じゃあ、おやすみ……」
「はい、おやすみなさい!」
池本は右手を上げて去って行った。
渡辺さんは池本の背中が見えなくなるまで見送った。
遂に・・・
遂に・・・
遂に4団体統一チャンピオンに・・・
最後まで信じたのは渡辺さんだけ・・・
まあ、厳しい試合でしたかなね。




