過去の原因……
さあ、試合に向けて練習だ!
勝つ事だけに集中だ!
やるだけだ!
池本は、今日も厳しい練習をしている。
ラリオスとのスパーリングは、熱量が上がってきている。激しいスパーリングを繰り広げている。
練習が終わり、池本はアパートに着くと着替えてトレーニングに出る。基本のメニューは今までと変わらないが、手首足首に重りが付いており、マスクもしている。
重りは負荷を掛け強い筋肉を作り、マスクを付ける事で肺に負荷を掛け、スタミナ強化をする。
理にかなっているが、この少しの変化がとても辛い。
しかし池本は、何事もなかった様にこなしていく。強くなる為なら当たり前、この姿勢こそが今の池本を支えている。
夕のトレーニングも終わり、池本はシャワーを浴び一息付く。携帯を取ると着信がある。
[院長]と出ている。10分置きに7度、着信が有った。
「すいません、池本です」
「純也君?今からこっちに来なさい!」
「??……何かありましたか?」
「重要な事なの……西界病院にすぐに来て!…あなたのお父さんお母さんの事よ!」
「!?」
池本は電話を切り、すぐにアパートを出て走り出した。何かは分からないが、院長から両親の事との話である。池本は急いで西界病院へ向かった。
病院の前に院長がいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……用事は何ですか?」
「……話はあちらの方から聞きなさい……純也君……落ち着いてね……」
院長が差し出した手の先には、見た事のない男が立っていた。池本より歳上の20代後半であろうか、池本は困惑した表情を浮かべる。
「純也さんですね、この度は本当に申し訳ない事をしました……」
男は池本に向かって土下座をする。
「????……とりあえず、説明して下さい……」
池本は男を立たせる。
「……私、北村俊幸と言いまして……北村俊夫の息子です……」
「????」
「あの……池本ご夫妻の…………原因といいますか……」
「あ…あ……北村さん?」
「はい……北村の息子です……」
「……それで本人は?」
「この病院に入院してまして……こちらの院長から連絡を貰いまして……私の知らなかった事とは言え、父が大変なご迷惑を……」
「土下座は辞めて下さい、本人と話がしたい……本人の所へ……」
「純也君……」
「大丈夫ですよ、安心して下さい……」
「どうぞ、こちらへ……」
池本は北村の息子と名乗る男に病室まで案内される。
病室の入口には、[北村俊夫]の文字があった。池本は病室に入っていく。池本の姿を見た男が、ベッドの上で動いている。70代くらいの男である。動揺している様だ。
「ああ、申し訳ない池本さん……許してくれ、騙すつもりはなかったんだ……許してくれ……」
男はベッドの下で土下座の様な姿勢で手を合わせている。
「純也さん……父は認知症で……もう、理解が殆ど出来ないんだ……許してくれとは言わない……責任は俺が取りますから、そっとして下さい……」
「ごめんなさい池本さん、本当にごめんなさい……」
「すいません、話を……どうして騙したのか、話をして下さい……分かる範囲でいいので……」
「…………父は、本当に池本ご夫妻と仲が良かったらしいんです……だから、会社が経営不振になり、連帯保証人をお願いした時も、必ず返すつもりだったと……でも、それでも会社が上手くいかず、借金は増えていくばかり……一家心中も考えたらしいんですけど……母親と一緒に俺の手を引いていたら……気が付いたら逃げていたと……酒を飲んだ時に教えてくれました……池本ご夫妻には本当に悪い事をした、本当に取り返しの付かない事をした……ずっと思っていたらしくて……」
「そうですか……それで、いつから認知症に?」
「ここ1年くらいでしょうか……アルツハイマー型だそうで……変わった事があると、いつもこんな感じで……でも、許される事ではない……父が取れないなら、俺が代わりに責任を取ります。純也さん、殺されても文句は言いません……どうぞ……」
「もう、あれから16年です……確かに俺は、あの時の事をまだ引きずっているかもしれない……でも、北村さんもこの16年間、辛かったんですね……そしてあなたも……事実を知ってから今日まで、辛かった筈だ……誰も幸せにならない結末はいらないな……」
「純也さん……」
池本は北村俊夫を抱きしめた。抱きしめて、耳元で話す。
「ずっと辛かったんですね……ずっと後悔してたんですね……もう大丈夫、父さんも母さんも怒ってないですよ……もう大丈夫、安心して下さい……」
優しい表情で、とても優しく池本は語り掛けた。
ベッドの上の男は、ただただ池本の手を握り締める。
「純也さん、いいんですか?」
「いいも何もないですよ……誰も悪くない、少しボタンを掛け違えて……たまたま最悪になってしまった……俊夫さんはもう充分、罪は償っています……」
「純也さんの気持ちは……」
「俺は大丈夫です……」
「しかし……純也さんのご両親が……」
「…………そんなに思うなら、これからの生き方で証明して下さい……」
「生き方で?」
「そうです……俺の両親の分まで、しっかり生きて下さい……」
「……ありがとうございます……純也さん……」
北村の息子は池本の手を握り締め、涙を流した。
池本だけが病院から出て来る。
「純也君、どうだったの?」
「……どうもしないですよ……」
「でも……」
「あの人達も、ずっと苦しんでたんです……もう充分でしょう……誰も幸せにならない結末はいらないかな……父さんも母さんも同じ考えでしょうし……誰も悪くない、誰もが被害者……それでいいじゃないですか……」
「……純也君、立派だわ……本当に立派よ……あなたは私の誇りだわ!」
「有難い言葉ですが、どうですかね……俺は昔も今も適当ですよ……」
池本は何かを企んでいる様な笑顔を見せた。
「いいのよそれで……無理に変わる必要はないわ!」
「ありがとうございます。明日も早いので帰ります。院長も気を付けて下さい」
「ありがとう、純也君も気を付けてね!」
「はい、それでは……」
池本は院長に頭を下げ、帰路に着いた。
(過去を振り返るつもりは無い……前に進むだけだ………………これで良かったんだよな……父さん、母さん……)
池本は立ち止まり空を見上げる。
少しの間空を見上げ、池本は再び歩き出した。
池本は過去を振り返り歩みを止める事は無い。
池本は過去にしがみつきはしない。
池本は未来に向かって、決して急ぐ事はない。
しかし、決して歩みを止めない。
きっとそれが明日に繋がる。
池本は本能でそれを知っている。
池本の人間としての大きさを感じます。
素晴らしい人間です。
試合にも勝って欲しいです。




