藤沢と池本、そして決断!
藤沢と池本との出会い・・・
人には歴史あり・・・
実は、この2人が一番付き合いが長い!
そんな10月後半の日曜日、池本は呼び出しを受ける。藤沢からである。近くの公園で待ち合わせである。
「池本さん……忙しいのにすいません……」
藤沢が言う。
「大丈夫、何だ話って?」
「実は…………俺、実家を継ぐ事に決めました。どうするか迷ってましたけど、池本さんの覚悟を近くで見てて……実家に帰って親父の会社を継ぎます!」
「そうか、決めたか……お前が決めたんなら俺は何も言わねぇよ……」
「はい、池本さんならそう言うと思いました!今年いっぱいで実家の金沢に帰ります!」
「そうか……今年いっぱいか……」
「はい、今年いっぱいです……」
「なら……俺がしっかり勝つとこ見とけよ……いいか、後輩!」
「はい、しっかり見ます。先輩!」
2人は別れた。
……藤沢と池本……
池本がプロになり、デビュー戦をKOで勝利した後である。池本は休暇で4日休み、ジムワークを再開していた。
何の事はない出会いであった。
池本がバイトで花を届けに行く。その際に途中で場所を聞いたのが藤沢であった。最初の出会いは、お互い全く印象に無かった。
最初の出会いから1週間後、池本は夜のロードワークに出掛ける。
とある公園を通り掛かった時、揉めている人影が見えた。どうやら男が女に暴力を振るっているらしい。池本が止めに入る前に1人の男が割って入った。
それが藤沢である。
藤沢は男をボコボコにした。男は戦意喪失である。
しかし、藤沢は更に攻撃を加えている。池本は藤沢を後ろから羽交い締めにし、止めた。
「辞めろ!これ以上は、ただの暴力だ!」
「うるせぇ!こんな奴、生きてる価値がねぇ!」
「生きてる価値がねぇ奴の為に、お前の人生を台無しにするな!」
「俺の人生なんて、意味がねぇんだよ!」
「お前の人生は知らねぇけど、それを理由に暴れるな!」
「何なんだよ、テメェ!ムカつくな!」
藤沢は暴れるのを辞めて池本の方を向く。
「テメェもやっちまうぞ!」
「はぁ、弱い犬程よく吠えると言うけど……まさに、だな……」
池本は右手で頭を掻く。
「何が言いてぇんだよ!」
「弱い弱い僕ちゃんが、何勘違いしてると思ってな!」
「何だと?やってやるよ!おら、来いよ!」
「…………付いて来い」
池本は溜息混じりに藤沢を連れて歩き出した。
5分程歩いただろうか、池本のジムに着いた。
「すいません、トレーナーいますか?」
「何だ池本?」
「ちょっと用事があるんですけど……会長は?」
「用事があって帰ったよ。そろそろジム締めるぞ?」
「丁度良かった……だったら、少し付き合って貰えませんか?」
「別にいいぞ?」
トレーナーが池本の後ろを見ると、かなり不機嫌な藤沢がいた。
「後ろの奴、かなり不機嫌そうだな?」
「そうなんですよ……なので少し、発散させようと思って……」
「ああ、成る程ね……おいお前、こっち来い!ヘッドギアとグローブ付けてやる」
トレーナーに促され、藤沢は初めてグローブとヘッドギアを付ける。靴は辞めた練習生が置いていった物に履き替えている。池本は自分で付け、グローブの紐のみトレーナーに縛って貰う。
「よ~し、行くぞ!」
トレーナーから声が掛けられ、ゴングが鳴る。
藤沢は池本に向かって襲い掛かる。
しかし池本は難なくかわし、左を的確に当てていく。
2分を過ぎた頃には藤沢は、池本が左のみしか使っていないのにボロボロになっていた。それでもパンチを振るう藤沢、その大振りのパンチに合わせ、池本は強烈な左フックをカウンターで合わせる。藤沢は倒れ、意識を失った。
藤沢は意識を取り戻した。リング脇に横になっている。
「すまん、やり過ぎた……」
「……いいえ……」
藤沢は起き上がろうとした。
「ゆっくり起きろ、無理するな!」
トレーナーに声を掛けられる。
藤沢の体が起き上がったのを確認し、池本が話す。
「何があったんだよ?」
「……何にもねぇよ……」
「拳を交えた仲だろ、話せよ!」
「つまんねぇ事だよ……」
「あっはっは、つまんねぇ事に拘って荒れてんだろ?……話せよ、聞いてやるぜ?」
トレーナーも無言で頷く。
「…………俺さ、何をやりたいか分からねぇんだよ……父親の仕事を継ぐ様に言われ生きてきたけど、本当にそれでいいのか……周りは俺に気を使うし……父親は会社を経営してるけど、それで周りが俺にペコペコするのは違うし、だから東京に出てきたんだけど……何にも見つからない……何をどうしたいのか……」
「だから暴れた……理由を付けてストレス発散ってとこかな?」
藤沢は頷いた。
「何というか……迷惑だな……」
「何だよ、その言い方!」
「みんな、自分の人生で大変な訳よ。それを手前勝手な理由に付き合わされれば、それは迷惑だ……時間は十分にあるんだろ?色々やりながら答え出せばいいだろ?……例え、死の直前にやり直したって、誰も文句は言わねぇよ……」
「池本、そろそろ帰れ!明日も練習だからな!……片付けは俺とコイツがやる……」
トレーナーが池本に声を掛け、池本を帰らせた。
「小せえ小せえ、お前小せえよ!」
「何が言いたいんすか?」
「池本に比べたら、本当に小せえ!お前本当に男か?」
「はぁ?」
「情けねぇな……他人に迷惑かけて、謝れねぇで、世界で一番の不幸でも背負ってんのか?」
「そんなつもりは……」
「……池本はな……」
トレーナーより池本の話を聞く。藤沢は愕然とした。池本の過去に言葉を失った。
翌日、藤沢の姿がジムにあった。
「あ、あの、い、池本、さん、き、き、昨日はありがとうございました……」
「お、成長したかな?……結構結構!」
「お、俺、ボクシングしながら……何をやるか良く考えて決めます。しっかり考えて……」
「そうか、なら俺は見届けるよ。せっかくだからね!」
「はい、お願いします!」
藤沢は頭を下げた。そして藤沢との関係が始まった。
……現在……
「そうか、決めたか……藤沢……」
池本は呟き、帰路に着く。
11月に入り練習もかなり厳しくなる。
池本の顔にも疲労が見えてくる。寒い時期の為、体重が落ちない事も辛い理由の一つである。
11月より減量を開始する。いつもより早い開始であるが、体重はそこまで落ちてこない。11月も後半になったというのにウェートは77kgあった。
11月27日、本当ならメニューを減らしていく時期であるがウェートは75kg、落ち切っていない為、メニューを減らせない。
寒さも厳しくなり、辛い日々が続く。
しかし、池本は黙って黙々と練習をこなしていく。自分の目標に向かい、毎日の厳しい練習を行っていく。
12月5日、練習後のウェート73.5kg。
もう少しのように感じるが、なかなか減っていかない。
後1kgというのは、それ程大変には聞こえないかもしれない。実際に普通の人が1kg落とすのは、それ程大変ではないのかもしれない。
しかし、ボクサーの減量の最後の1kgはそうはいかない。
身体を絞り切った所からの1kgである。まさに、骨身を削る作業である。
結局、ウェートが落ちたのは、試合の2日前の12月12日であった。
12月13日、計量。
池本は1発でクリアし、チャンピオンもクリアした。
後楽園ホールのメインイベントとして組まれる。2人で向き合った写真を撮られ、池本は足早にその場を後にした。池本はショートメールを送る。
(明日、しっかり見ておけ!)
藤沢はそのメールをしっかり確認した。
12月14日、池本は控え室に居た。いつもの通り集中力を高めている。立ち上がり、アップを開始する。いつも以上に体の切れを感じる。
(後はやるだけ……)
池本は思った。池本は静かに集中力を高めていく。
見送る事になった池本・・・
きっと、藤沢の気持ちがわかるんでしょうね!
藤沢もそんな池本を・・・
とてもいい関係の2人ですよね。