徳井の試合!
いよいよ徳井のデビュー戦!
頑張れ徳井!
徳井も頑張ってるよね?
練習は試合に向け、少しずつ熱を帯びていった。
池本・徳井共にスパーリングが始まり、2人の緊張感と練習の姿勢が他の選手や練習生にも伝わり、引き締まった雰囲気が漂っていた。
減量が始まる。
池本はいつも通りだが、徳井は初めてである。徳井はライト級リミット61.2kg、普段が65〜67kgとの事なので池本程ではないが、それでも大変な作業になる。
食事を減らし、水分を減らす。言葉にすると僅かな事がどれだけ大変であるか、徳井は身を持って体験している。自分よりも落とす池本の大変さと、しかしそれでも弱音を吐かない池本の凄さを改めて確認する。
試合5日前、2人共リミットまで体重が落ちた。徳井はホッとした表情をした。
「徳井、気ぃ抜くなよ!……後5日、ここが大切だ!」
「池本の言う通りだ。引き締めて行けよ!」
トレーナー・池本に声を掛けられる。
疲れを残さない様にしながら練習の質を落とさない、それでいてウェートをキープする。この難しさを徳井は身を持って体験している。
疲労を抜きながら練習の質を落とさない事は、バランスが難しい。やり過ぎれば疲れは残るし、甘い練習をすれば試合に影響が出る。更には、スタミナについても考えていかなければいけない。ナーバスになる選手がいる事も頷ける。
試合前日、計量に向かう。
電車での移動中、駅から後楽園ホールまでの移動と池本も徳井も共無言であった。
徳井・池本共に計量は一発でパスした。
翌日の試合に向け、エネルギーの摂取に向かう。池本は対戦相手と向かい合った写真を撮られ、その後徳井に合流し食事に向かった。
試合当日、池本と徳井は一緒に控え室に入った。徳井は着替えをし、アップを開始した。池本は着替えをしたが、まだ休んでいる。徳井は少しずつ動きを早めていく。表情も締まって来た。
……徳井という男……
徳井は特に何もない男であった。
成績は平均よりやや上、友達もあり楽しい毎日を過ごしていた。何か熱中する事もなく、何となく毎日を楽しく過ごす。そんな男であった。
高校生になってもそれは変わらなかった。友達と過ごす日々は楽しく、恋愛は上手く行かなくても青春であった。
そんな生活に変化が訪れる。高校3年の時である。
徳井は放課後、屋上に呼び出される。隣のクラスの女子である。なかなか可愛い容姿をしており、呼び出された事から期待をしていた。
「徳井さん、付き合って下さい!」
徳井はすぐにOKし、付き合う事になった。付き合いは順調だと徳井は思っていた。
3ヵ月が過ぎた頃であっただろうか、徳井は彼女から呼び出しを受ける。夜、近くの公園に着くと突然徳井の周りを4人の男が囲む。その男達の中の1人、徳井の正面の男が話し出す。
「おい!俺の彼女にちょっかい出してるんだってな!……何してんだよお前!」
「??……何か勘違いしてませんか?」
徳井が返すと、徳井の彼女が今話した男の隣に立った。
「しつこいんだから、無理やり付き合わされそうになってるの!お願い助けて!」
そう言って男に抱き付き、徳井を蔑むように笑った。
「迷惑料10万円払うか、痛い目見るか……どっちがいい?」
「この人達ボクシングやってるから、逆らわない方がいいよ!ストーカー君!」
「????」
徳井は訳が分からなかった。
「君から告白したんだよね?」
「はい?……何言ってんの?この状況が分かってんの?」
「おい、どうでもいいよそんな事!金払うか痛い思いするかどっちにするんだよ!」
男が怒鳴った。
ここで徳井は嵌められた事にやっと気付いた。そして状況を理解し、どうしようか考えたその時、
「参ったな~…どうしようもねぇクズを見付けちゃったよ……関係者として掃除しないとな~……」
そう言って上下黒のウィンドブレーカーに身を包んだ180cmを超える男が近付いて来た。
「何だよてめぇ?こいつの知り合いかよ?」
「お前の関係者だよ……はぁ、情けねぇなぁ……」
ウィンドブレーカーの男は溜息をつきながら右手で頭を掻いた。
あっという間の出来事であった。男4人が気が付くと倒れている。ウィンドブレーカーの男は、
「お前、俺が殴ってない事を証明できるな!」
「は、はい!だ、大丈夫です!」
立ち尽くしている徳井の彼女と言って嵌めた女は、ウィンドブレーカーの男に近付き、
「ありがとうございます!この男にしつこくされて困ってたんです……こっちの人では解決出来なくて……」
そう言って倒れている男と徳井を順に指差す。
その刹那、ウィンドブレーカーの男は右ストレートを女の目の前を通過するように放つ。女は間近で見たそのパンチの迫力に動きを止める。
「ボクシングのパンチは凶器だ。それを悪用する奴も止めない奴も同罪だ……君は、考えを改めた方がいい」
「わ、私は、な、何も悪くない……」
「そうか……君のピンチの時は、誰も助けてくれないな……それもあんたの人生か……おい少年、俺も帰るからお前も帰れ!」
「はい、ありがとうございます!あの……名前は?」
「池本だ……じゃあ!」
そう言って池本は去っていった。
この出来事が徳井の胸に残った。
ほんの数分の出来事であったが、その強さもさる事ながら、考え方や仕草にも憧れた。自分も人間的に強くなりたいと思った。
徳井は翌日よりランニングを開始した。受験を控え、すぐにボクシングジムに通う訳にもいかない状況であった為、とりあえず出来る事をし、大学に入ったらボクシングをやろうと考えたのである。
そして大学に入学後、池本の所属するジムに入る。
「お、いつぞやの少年かい?……間違えがなければ?」
「はい、徳井って言います。よろしくお願いします!」
「はっはっは、よろしくな!」
池本は軽く右手を上げ、シャドーボクシングに移っていった。
……現在……
「あの徳井がね……」
池本は少し口元を緩めた。
徳井の試合である。入場しリングインする。
両選手の紹介があり、一旦別れる。徳井は赤コーナーである。
「カーン」
ゴングが鳴る。
1ラウンド…………
徳井は左ジャブを打ち自分の距離を保つ。
相手は前に出て来ようとするが、鋭い左ジャブが相手の前進を妨害する。
徳井は自分の距離をしっかりと保ち、試合をコントロールする。左ジャブを放ち、左に左にと回り自分のペースで試合をしている。
相手は徳井がデビュー戦とあって、多少強引でも詰めて行けば何とかなると思っていた様だが、その近付く事が出来ない。その間も徳井は左のリードブローを巧みに使いながら、試合を優勢に進めている。
相手は自分の思惑通りに行かす、痺れを切らし強引に相手が出てきた。
刹那、待ってましたと右のショートアッパーが決まり相手が振らついた所で終了のゴングが鳴る。
2ラウンド…………
相手はなかなか前に出られない。先程の徳井のショートアッパーが頭にあり、迂闊に飛び込めないでいた。
そんな相手に、徳井は構わずに試合を進める。
徳井は左ジャブをわざと避け易い様に打ち、かわした相手に自分のパンチを当てていく。そうする事で、相手の考えや行動までも支配していく。
徳井はわざと少し大振りに右のパンチを出した。相手を前に誘ったのである。
出て来た相手に、徳井は左フックを的確に当てる。
相手は1度距離を取り、ガードを固めて頭を振りながらリズムを作って行く。そのリズムから、相手は頭を振って飛び込んで来た所に、徳井は左アッパーからの右ストレートを被せる。相手はスローモーションの様に自身の右後ろに倒れていく。
レフェリーがすぐに両手を交差し、試合を止めた。
2ラウンド1分47秒KO、徳井の勝利である。
おめでとう徳井!
これも以前はカットした話なんです。
でも、池本の周りにも色々な物語があるんですよね。
色々描いていきますので、是非読んで下さい。
徳井は、やる時はやる男なんです。
多分ですけど・・・