プロローグ
ボクシングに全てを掛け、最強を目指す男。
そんな男に憧れ、一緒に頑張る仲間達。
そして、それを取り巻く人間達・・・
時に笑い、時に泣き、それでも前を向く。
そんな人達の人間模様・・・
しばしの間、お付き合い下さい。
「うわー!」
男は勢いよく起きる。
「なんだ、夢か」
男はつぶやく。
(あー、まともにパンチを貰う夢って……あんまり気持ちよくねぇな…………)
時間を確認すると、朝の5時である。
(ちょっと早いけど、まっいいか)
男は着替えアパートから出て行く。
男は走っていた。薄暗い景色がだんだんと明るくなっていく。この時間が男は好きであった。
いつもと同じように、その日の朝も始まった。
「はっはっはっは」
息遣いが大きくなっていく。朝早く薄暗い道を男は走っている。上下黒のウィンドブレーカーを着ており、時折パンチを出す素振りをしながら走っていく。時々ダッシュを混ぜたりしながら走っている。
男の名前は「池本 純也」、22歳プロボクサーである。
日課となっている朝のロードワークである。いつもの道をいつも通り走り、いつも通りにアパートに帰る…………筈だった。
走っている途中、不意に声を掛けられる。
「時々見かけますけど、楽しいですか?」
声の方を見ると女性が立っていた。池本はきょろきょろする。
「あなたですよ、そんなに走って楽しいですか?」
(俺に言ってるらしい……無視だな……)
気が付くと、その女性はすぐ目の前に立っていた。
「楽しいですか?」
なおも聞いてくる。
「……息をするのは楽しいですか?……当たり前にやっている事だから、楽しいとかではないですね。辛いとも思わないでしょうけどね……」
「何でやってるんですか?」
「何でだろうね?……でも、続ける事が当たり前だからやっているかな。強いて言えば……まっ、分からないだろうからいいや」
「教えて下さい。……何でそんなに一生懸命なんですか?」
「一生懸命な事が見つかれば分かるんじゃないかな!」
池本は答えると、右手を軽く上げて走り出した。
朝から変な事を聞かれたと池本は思ったが、変な人に会ったという気持ちではなかった。
「何でやっている……か……」
池本は呟き立ち止まると、空を見上げた。
「人それぞれだな…」
池本は少し強く言ってまた走り出した
池本はアルバイト先にいた。9時からアルバイトをしている。池本の職場は花屋とコンビニである。今日は花屋で15時までアルバイトである。
「池本君、新しいアルバイトの子が入ったから色々教えてやって」
店長に言われて目をやると、朝声を掛けてきた女性であった。
「よろしく頼むよ」
店長は店の奥に行ってしまった。
「お願いします。渡辺 裕子っていいます」
「池本 純也です」
(気付いていないかな?)
仕事を教えていった。渡辺さんは仕事を覚えるのが早く、レジ等すぐにできた。
「池本君、仕入れをしてきて」
「ごめんね、腰痛が酷くて私が難しいから」
店長と奥さんに言われた。
夫婦でやっているその花屋には大変世話になっている。池本がアルバイトに入ったのは今から約4年前、ここの花屋がオープンして半年の事であった。
奥さんが花屋をしたいとの事で貯金を貯めてオープンしたのだ。池本は決して口のうまい方ではない。だから、お客から何か言われて思っている事をそのまま答え、結果、クレームとなった事も1度や2度ではない。その都度ご夫婦はお客に謝り頭を下げる。
池本は申し訳ない思いがあり、辞める事を伝えたが2人は
「真面目にやっているだろう。たまにはクレームもあるさ」
池本を暖かく見守ってくれている。本当に頭の上がらない2人である。
「わかりました、行ってきます」
「渡辺さんも連れてってよ」
店長に言われ、渡辺さんと2人で行く事になった。
仕入れ先に向かう車内。
「朝の事覚えていますか?」
「あ、やっぱり気付いてた?」
「はい、分かりました。……一生懸命な事が見つかれば分かるって言ってましたけど……どうすれば見つかるんですか?」
「それは自分で考える事でしょう。何でも教えてもらえると思っていたら甘いんじゃないかな?」
「学校の友達から冷めてるとか冷静だとか言われるんですけど……自分では分からなくて。何か一つの事に集中する事もなくて……他のみんなが一生懸命な姿を見ると羨ましいんですけど、私には分からなくて……」
「分かる時が来るよ、嫌でも分かる時が来る。そんなに悩む事じゃないよ、今はそれより仕入れの仕方を覚えてね!」
仕入れ先に着いて、受付で店の名前と本日の担当の欄に自分の名前を書く。半分名前の欄を開け、渡辺さんにも名前を書いてもらった。受付の女性より
「今日は彼女さんと一緒ですか、羨ましい!」
と言われた。
「新人です。からかわないで下さい!」
受付の女性は池本より少し年上のようだった。一言二言交わし池本は奥に進んだ。
仕入れの物を持ち込んだ車に積む。結構な量があり3~4回往復し、渡辺さんにも手伝てもらった。帰りに受付にもう一度挨拶をした。
「彼女と帰るの?」
「新人ですって!」
池本は答え出ていった。帰りの車内で、
「受付の方は池本さんの彼女ですか?」
渡辺さんが突然言い出した。
「はい?なんでそうなるの?」
「え、違うんですか?仲が良かったから?」
「違うよ、確かに仕入れに行くと話をするけどそれだけ。特に何もないよ。第一名前を聞いた事もないよ!」
「本田さんって書いてありましたよ、名札に!」
「そういえば・・・気にした事がないから見た事ないや・・・」
池本の話に思わず笑ってしまった。
「お、笑ったね!今日初だね。笑顔がいいよ接客業だからね!」
「はい、頑張ります!」
(以外にいい娘だな)
池本は思った。
お店に帰り仕入れた物を並べる。並べ終わると昼であった。基本、交代制でお昼は取る。店長より
「池本君、渡辺さんと休憩を取っちゃってよ」
「分かりました、渡辺さん休憩ね。1時間だから1時間したら戻って来てね。外出てもいいし、ロッカー室で休んでてもいいから」
「分かりました。後ろで休んでます」
2人で休憩に入った。池本は基本外出をする。昼食は取らないからである。
プロボクサーと言っても世界チャンピオンにならないと収入は厳しい物であり、体重を管理する事も踏まえ昼食は取らないのだ。渡辺さんに、
「どこか出かけるんですか?」
と言われたが、
「ちょっとね……」
と答え、池本はお店を出た。
今後、池本がどんな生活をしていくのか。
どんな仲間が出てくるのか。
どんな練習をして、どんな戦いが待っているのか。
どんな結末が待っているのか。
しばしお付き合いをお願い致します。