【外出】はじめてのおつかい? 街でお買い物をしてみましょう
「じゃあ、おなべ買いにいきましょうか。食料品店にも案内しますよ」
「近くにあるんですか!?」
「ありますよ」
「行きたいです!」
リアさんがもういますぐ行きたいと言うので、私たちは場所を変えることに。
王城を出て、アーケードのある通りをぶらぶら練り歩く。
すごい数の人出で、うっかりすると迷子が出そうです。
とはいえ私もこのあたりに住んで五年ですからね。庭みたいなものですよ。
私の案内で、三人は鋳物屋さんへ。
あれこれ比べた結果、リアさんはピッカピカのブリキの鍋をゲットしました。
そばで見ていたパリス・サラ様が、おずおずと手を伸ばしてつかんだのは、リアさんと似たような鍋。
「……わたくしも、お鍋、買ってみようかしら」
「いいんじゃないですか? お湯をわかして紅茶を飲むのにも便利ですしね」
それじゃあ、と、パリス・サラ様は、注ぎ口がついている小さなお鍋を買った。
「でも、わたくし、お料理なんてしたことがないわ」
「簡単ですよぉ。街でお豆とベーコンとウィンナー買ってきて、ざっくり茹でるだけでもおいしいですよ。レンズ豆とかがおすすめです!」
リアさんの話す簡単お料理講座を聞きながら、今度は食料品店へ。
「チーズだあ! チーズ! また会えてうれしいよー!」
リアさんが大はしゃぎしてる。
大小のチーズのブロックが積み上げられた机や、羊皮紙に包まれた乾物がたくさん積み重なっている戸棚を、リアさんは真剣な顔で検分した。
リアさんはツボに入った油や砂糖や塩コショウを山ほど買い込んで、パリス・サラ様にもいろいろと教えてあげていた。
「なールナ、まだ終わらんのか?」
レニャード様がひょこっとカゴから顔を出した。
店主がぎょっとした顔で、悲鳴をあげる。
「ね、猫がしゃべったあ!」
「なにい!? お前、この俺を知らないのか!?」
「わー、レニャード様、出てきちゃ駄目ですってば!」
私はあわててふたを閉めて、誤魔化し笑い。
「なんでもありませーん、あははは、あはははー……」
それから店の外にダッシュ。
「レニャード様、お忍びってこと忘れないでくださいよ!? ただでさえレニャード様はかわいすぎて目立ちまくりなんですから!」
「そうは言うが、ずっとカゴにいたら退屈なのだ! 俺だって買い物したいぞ! 店には何やらおいしそうなものもあった!」
「だめですー! 最近のレニャード様はおやつばっかり食べすぎですからね! 小魚とか小魚とか小魚とか! だいたい私以外の人からおやつもらうのがそんなに嬉しいんですか!? レニャード様の浮気者ー!」
「う、浮気なんてしてないだろ!? 誤解を招く言い方はよせ!」
店からだいぶ走ってから、私は立ち止まった。
後ろを確かめると、ちゃんとリアさんたちはついてきてくれていた。
リアさん……すごい手荷物の量で、行商人みたいになってる。お店でも開くのかな? ってくらい買い込んでたもんなあ。これ、寮のシスターさんに怒られないといいけど。
「ルナさん! 私、パンも欲しいです! パン屋いきましょう! パン屋!」
「お、おおう……なかなかがんばりますね」
そして到着したのはパン屋。
リアさんはジャックオーランタンより大きな丸パンを買うのだと言って聞かなかった。
「だ、大丈夫……? そんなに持てる……?」
「いけます! これがないと生きられないですもん!」
いや、どう見ても無理だよね。
パンだけで軽くレニャード様ぐらいの重さあるし。
その様子を見ていたパリス・サラ様も、きっと何かを決意した顏になった。
「で、では、わたくしも、パンを……!」
マジで。
パリス・サラ様、けっこう染まりやすいですね。
かくして、ここに見習い聖女の行商人が三人爆誕したのだった。
どう見ても持てないパンは、私がリアさんの荷物をいくつか持ってあげることで両手を開け、リアさんが無理やり抱え込んだ。大変そうだけど、リアさんはとっても楽しそうだった。
「やったあー! もうこれで寮に高い夕食代払わなくて済むー! 浮いたお金で何買おっかな~、貸し本屋さんとか覗いてみよっかな~?」
「い、いいですけど、それはまた違う機会にしてくれません?」
もうすっかり日も暮れちゃったよ。
「そろそろ門限ね……戻りましょう、皆さん」
パリス・サラ様に促されて、私たちは聖女宮まで戻ることになった。
日が暮れて、街灯に明かりが灯る。
遠くで、夕暮れの鐘が鳴り響いた。
パリス・サラ様が、少し困ったように言う。
「……閉門の鐘だわ……もう閉まってしまったかも」
「閉まるとどうなるんですか?」
「ご存じありませんの?」
パリス・サラ様は、すっかり怯えた様子だった。
「きつい懲罰が待っておりますわ。寮の掃除、書き取り、薪当番……ああ、どうしましょう」
「それは困りましたね……」
聖女宮の正門で、私たちは立ち往生することになった。
「……こっそり塀をよじ登っちゃう、とかどうです?」
「この大荷物でですか? 無理ですよ」
「んーじゃあ、見張り番のシスターさんをレニャード様が誘惑して骨抜きにするとか……」
レニャード様がかごからちょこんと顔を出す。
あたりが暗いので、レニャード様の瞳孔もまっくろおめめになっていた。パリス・サラ様が、凛々しい眉を苦し気にひそめてうつむく。
「ううっ、なんておかわいらしい……」
「やはりレニャード様最強ということで。これで行きましょう」
私が呼び鈴をちりんちりんと鳴らそうとした、そのとき。
「今日のシスターさんは猫が嫌いだから、やめといたほうがいいですよ」
横手から、聞き覚えのある少年の声がした。
「僕も、聖女宮でむやみに餌付けするなって怒られちゃったんですよね」
頭の後ろで手を組みながら現れたのは、イリアスさんだった。
私はついむきになって反論する。
「まさか……レニャード様の魅力が通用しない人間がいるとは思えませんが」
「すごい信頼感だね」
「レニャード様はかわいいので」
レニャード様はイリアスさんを見るなり、カゴからぴょんと飛び降りた。
「イリアス! 会いたかったぞ!」
イリアスさんのズボンの裾に取りつき、一心に身体の側面をすりつけはじめる。
すりすり。にゃごにゃご。ごーろごろ。
……レニャード様の浮気者。
私がなんとなく面白くない気持ちでいると、イリアスさんが微妙に笑いをこらえきれないような顔つきで私を見た。
あ。何かな、今の。
不倫女が夫を寝取ってやった妻を見るときみたいな目つきしてたような気がするけど、考えすぎ?
「あははは。もう、兄さんはかわいいなあ。しょうがないから、ここは僕が誘惑されてあげようかな?」
イリアスさんが妙なことを言いながら、レニャード様を抱き上げた。レニャード様ののどをごろごろと撫でながら、私たちに向かって言う。
「今なら、使用人の使う通用口から通れますよ。僕が案内してあげます」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「お礼ならこの猫に言ってください」
ねー、とイリアスさんがやたらと親密なそぶりでレニャード様に同意を求める。
レニャード様も、なうーん、と、かわいらしい猫なで声で答えた。
レニャード様め。私が撫でてあげてもそんなに可愛い声はめったに出さないのに。ずるいやずるいや。
「私、ここの生徒で、リアって言います。あの、あなたは……?」
リアさんの問いかけに、イリアスさんはにっこり笑う。
「僕はイリアス。今は付き人をやってるよ」
――原作イリアス王子と主人公の出会いは、門限に遅れた主人公が、イリアスに裏口を案内されるというイベントで始まる。
あぁ、そうだ。ようやく思い出したよ。
導入はだいぶ違うし、イリアスさんのキャラなんて全然変わっちゃってるけど……これ、イリアスさんと主人公の出会いイベントだ。
とうとう、ふたりが出会ってしまったんだ。
両手いっぱいの荷物を抱えて楽しそうなリアさんとイリアスさんを見ているうちに、私は急に不安になってきた。
私、今日リアさんを外に案内したのは間違っていた?
本当にここでふたりを出会わせてよかったのかな。
不安は、何をしていてもつきまとっていて、しばらく私の心から晴れなかった。




