【強制力?】あのキャラがこんな行動を? 予定外のイベント発生です
「よくいらしてくださいました、ルナ様。あなたもぜひお聞きになってくださいましな。これなる不届き者に、ものの道理をお教えしてさしあげておりましたの」
びしっ! と、扇子の先で指し示したのは、へらへら笑いを浮かべるリアさん。
「この者はね、恐れ多くもレニャード様から賜ったサイン入りの色紙を、よりにもよって、えんぴつ書きのデッサンの下敷きに使用いたしましたのよ!」
私はピンときました。
あ、これ、原作ゲームのイベントだ。
リアさんは、ナルシストの馬鹿王子・レナードから無理やりサイン色紙を押しつけられたはいいものの、別にほしくないな……と思っていたので、つい美術の時間にちょうどいい大きさの下敷きとして使っちゃうんだよね。
で、ルナ(つまり私)に大目玉を食うんだよ。
本当なら私が取り巻きを連れてリアさんを取り囲む場面のはずだったんだけど、私が美術を選択しなかったことと、リアさん関連のイベントを避けていたのが巡り巡って、パリス・サラ様の正義感に火をつけちゃった、って感じかな。
「ま……まあまあ。きっとリアさんは自分のサイン色紙と間違えちゃったんですよ。そうですよね?」
「え……私、サインなんて書きませんけど……」
適当に話を合わせてくれればいいのに、なぜかリアさんは律儀に否定した。
あちゃー。リアさん、意外と原作の選択肢通りに喋る人だなー。これの原作、なんでか知らないけど漫才にすごく力入ってて、リアさんがかなりキレのいいツッコミかますんだよね。最終的にはどの王子よりも主人公が一番王子様じゃない? とか言われてたけど、なんとなく分かる気がするよ。お馬鹿王子のレナードにもびしばし突っ込むのが面白かったんだよね。
でも今は困るなあ。見てよ、パリス・サラ様のお顔。ただでさえきりりとしたお顔立ちなのに、怒りのせいできりりと研ぎ澄まされすぎて、般若みたいになっちゃってるじゃん。せっかくの美人がもったいないよ。
「えーとリアさん、下敷きが必要ならこちらを使ってください」
私が『ロイヤル・テール』号の隙間から、当たり障りなさそうな色紙を取り出して渡すと、リアさんは反射的に受け取った。
「あ、すみません」
そして、リアさんは、色紙に描かれたものに目を丸くした。
「……めっちゃ猫推してきますね、ルナさん」
「かわいいでしょう? 私の手づくりなんです!」
「あははー……」
この色紙、実は私の手書きなんだよね。レニャード様の似顔絵を描いてある。
私がレニャード様を愛する同志を見つけたとき、ルナポイントが高まると手渡すことにしている粗品です。ルナポイントって何かって? レニャード様のかわいい一面が見られたときに高まる数字のことですね。私の主観ですんで、数値は気分次第でかなり上下します。
リアさんはさすがに口には出さなかったけど、『どうしよう、この人たち変だ……』って顔をしていた。
「みなさんレニャード王子が好きなんですね」
「そうですよー。そしてリアさんも好きになるんですよ?」
「え……決定事項……? こわい……」
この子、ほんとにはっきり喋るね。このキレのいいツッコミの感じ、原作以来だよ。懐かしいなあ。
「でも、結婚するのはルナ様ですよね? パリス・サラ様がレニャード王子のために怒ってもしょうがなくないですか?」
その瞬間、水を打ったように周囲が静まり返った。取り巻きたちが、あちゃー、という顔をしている。
パリス・サラ様は確かにレニャード様のファンクラブ会員で、私たちにもよくしてくれてる人格者だけど、実は人間バージョンのレニャード様にときどき見とれてることがあるのは、誰もが知ってることだった。
でも、パリス・サラ様はこの通り、公平な性格の方だから、レニャード様に下心はないんだよね。だから私も、何も知らなかったふりをして接している。レニャード様、外見だけは本当にかっこいいからね。仕方ないね。
周囲のお取り巻きのご令嬢たちもみんな優しくて、人の恋心をニヤニヤ見物して楽しむような性格はしてないから、パリス・サラ様が隠そうとしている気持ちには見ないふりをしてあげている。こういうの、なんていうんだっけ? ちょっと違うかもしれないけど、当人が秘密にしておきたいと思ってる性的な秘密を勝手にバラすことを、アウティングって言うらしいよ。
で、今パリス・サラ様が怒ってくれてるのも、義憤にちょっとだけ恋心が混じってのことだから、『恋人でもないのに何マジになってんの?』って煽りはちょっと失礼すぎる。喧嘩を売ってると思われても仕方ないよ。
パリス・サラ様のお顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
「わ、わたくしはレニャード王子のことをそんな風に思っておりませんわ! わたくしはレニャード様とルナ様のおふたりを尊敬しておりますの! わたくしの尊敬する素晴らしい方々をないがしろにされたら、ひと言申し上げるのが筋でございましょう!」
「でも、レニャード様って、ちょっと変じゃありません? 普通、初対面の人にサイン色紙なんて配りませんよね……」
うわああああ、そんなところまで原作通りに喋らなくっても。
「それが愛らしいのですわ! もう、リア様の分からず屋さん! わたくしちょっと頭にきましてよ!」
パリス・サラ様がぷんぷんしている。お嬢様だからかわいい感じの言い方になってるけど、これは絶交レベルで怒ってるね。
なんだろう、リアさんの言ってることって、原作レナード王子相手のときとほとんど変わってないような。
ゲームプレイ時は、リアさんに感情移入してたから楽しく見てたけど、実際に言われてみるとなんか……変だなあ。だって、レニャード様を愛してしまうのは仕方なくない? あんなに健気でかわいくて優しい猫ちゃん、他にいる? レニャード様と接して愛しさや母性が芽生えない人類なんているの?
「まあ、待て、お前ら」
一触即発の空気に、『ロイヤル・テール』号からぴょこんと顔を見せたのは、人の世に降臨した大天使レニャードエル様だった。
「レニャード様……!」
きりりとしたお怒りモードもどこへやら。
急にあわあわとうろたえだすパリス・サラ様。
リアさんは、『やっちゃった……』という顔をしていた。
ふたりとも、このカゴの中にレニャード様が入ってるとは全然思ってなかったんだろうなあ。




