【本編】主人公を逆攻略しちゃいますがレニャード様はその辺に座っててください
私がイリアス王子の対策で手いっぱいだったころ、聖女宮内でもちょっと動きがありました。
リアさんが新入生の能力テストで、かなりの好成績を出したのです。
これは原作通りだけど、ここで因縁をつけてくるのが、悪役令嬢のルナ・ヴァルナツキー。
でも私はそんなことしません。
逆に褒めちぎっておきました。
「すごいですね、未来は伝説の聖女かも?」
「いえ、そんな……」
お昼休みにカフェテリアでぼんやりしているリアさんを捕まえて、私が思いつく限りの褒め言葉を並べると、リアさんはまんざらでもなさそうだった。
「まだまだです。聖女になるなら、もっとがんばらないと……」
「素敵! 頑張り屋さん!」
ううむ、この調子でいけば、この子、将来本当に徴が発現するかも。そうするとレニャード様がピンチだよ。レニャード様は賢くてかわいい猫ちゃんだけど、シスル様も思慮深くて優秀な方だからね。ふたりが争いになったらきっとレニャード様も悲しむよ。
今のうちに関係を調整しておかなきゃね。
私はひとまず当たり障りのなさそうなところから探りを入れてみることにした。
「知ってます? この国だと、伝説の聖女は『金の目』持ちの王子様と結婚する決まりになってるんですよ」
「え、そうなんですか?」
「そして金の目持ちの王子様は、この国のどこかに身を隠しているとか……」
「……」
「どうします、急にすごくかっこいい白馬の王子様がやってきて、私と結婚してくれ、なんて言われちゃったら!」
私は、きゃー! と、浮かれた感じで言ってみた。
でも、リアさんはノッてくれなかった。困ったように笑うだけ。
「いやあー……私は、そういうのは、ちょっと……」
あれ、コイバナにご興味がおありでない?
あなた、本当に原作リアさん? リアさんといえばコイバナ大好きでアグレッシブで、王子様であろうとガンガン誘いに行く肉食系だと思ってたんだけどな。
「どうしてですか、王子様ですよ? ちょっとは憧れません? 私も『金の目』持ちの王子様にはお会いしたことがありますけど、すっごい美形でしたよ! 今ごろかっこよくなってるかも?」
シスル様のうわさでさんざんリアさんをたきつけたけど、彼女は全然話に乗ってきてくれません。
「……ひょっとして、あんまり興味がないんですか?」
「えっと……はい、そうですね」
「ど……どうしてですか?」
私ははっとして、足元でぽかーんとしているレニャード様を見た。レニャード様は全然話を聞いてないみたいで、窓の外に止まってるスズメの鳴き声に耳を傾けてる。お耳が手旗信号みたいに、前を向いたり、横を向いたり、パタパタ動くのがめちゃエモい。
「もしかして、レニャード様の可愛らしさにやられてしまったとか……!? だめですよリアさん、レニャード様は私の婚約者なので、絶対譲りませんからね!?」
そして私はさらに、自分の処刑発動条件も思い出した。レニャード様とリアさんの恋路を邪魔したら、私、処刑されちゃうじゃん。
しまったー、だめでしょ、それ。
「あ……で、でも、恋する気持ちは止められないものだと思うので、もしも好きになっちゃったら、早めに相談してほしいです……うちとしても、婚約破棄の示談金とか決めないといけないので……」
私が消極的になると、リアさんはちょっと笑った。
「大丈夫ですよ。レニャード様にも興味はないので」
「な、なんですって……!?」
猫ちゃんなのに?
レニャード様、こんなにかわいい猫ちゃんなのに? 興味がない……?
そんなことってありえるの……? こんな神様に最大級愛されボディのかわいい猫ちゃんに興味を持てないのって人類としてアリ……?
私は思わずレニャード様を振り返った。
レニャード様は窓枠に飛び乗って、ガラス窓の向こうにいる小鳥に向かって、カカカ! と変な鳴き声をあげていた。レニャード様的にはこれ、鳥の鳴きまねなんだって。ヘタクソすぎていっそ愛おしいよ。
私がカルチャーショックを受けていると、リアさんは苦笑しながら口を開いた。
「私の目標は、聖クレア様なんです! 聖クレア様のように、たくさんの人を救ってあげられるような聖女になりたいんです」
あ、ああ、そうだった。
そういえば、そんな設定もあったね。ゲーム内では始終王子様といちゃついてたから、すっかり忘れてた。でも、そもそもいちゃつかせていたのはプレイヤーである私自身の意思なわけだし、誰にも操られてない今は、王子様に興味なんか持たないよね。
「聖女の修行はがんばりたいですけど、王妃様になったら、それどころじゃなさそうで……それに私、平民ですよ? 私なんかが王妃になったら、いろんな人から反感買って、聖女活動もまともにできなくなっちゃいそう」
「まったくの正論ですね」
この先を見据えた思考力、私の周囲にはいなかったタイプですね。恐ろしい子だわ。
「というわけで、もしもルナさんが王妃になって、私の聖女活動を支援してくれるなら、その方がいいなって思っちゃいます」
にっこり笑うリアさん。
なんてことなの。この子、五年後十年後を見据えて、ちゃっかり慈善夫人探しまでしてるじゃない。さすがは数百年に一度の伝説の聖女に選ばれるだけはありますね。着眼点が普通の女の子のそれじゃないですよ。恐ろしい子!
――と、私がリアさんの主人公属性の片鱗に触れて恐れおののいているとき。
物陰からリアさんを厳しい目で見つめる、意思の強そうな太眉のご令嬢がひとり、いたのです。
あれ、パリス・サラ様?
私が視線に気づいて顔をそっちに向けると、彼女はレニャード様に挨拶をすることもなく、取り巻きを引き連れて、悠々とどこかに行ってしまった。
あららら。どうしたんだろう。
***
事件は数日後に勃発しました。
穏やかな昼下がり、お昼休憩になった聖女宮の一角で。
廊下にまで響く、凛としたご令嬢の声があったのです。
「誰か、喧嘩してるみたいですね」
私が『高貴なる肉球』号の上のレニャード様に話しかけると、レニャード様は耳を動かしました。
「……パリス・サラの声だな。相手はリアだ」
「えっ……大変。何があったんでしょう?」
レニャード様はだるそうにクッションから起き上がると、後ろ脚をのびーんとさせながら、尻尾をぷるぷるさせた。猫って、起き上がるとこのポーズでアキレス腱を伸ばすよね。
準備運動は一瞬で終わって、私はレニャード様の案内で、現場に直行することに。
「信じられませんわ!」
パリス・サラ様が大声を張り上げている。いやあ、いい発声だね。乙女ゲーのキャラだからかな? レニャード様もすっごい発声いいけど、パリス・サラ様もオペラ向きの強靭な声帯をしているよね。レニャード様とデュエットさせたら上手そう。
「どうしたんですか?」
私は大きな声が苦手なレニャード様のために、カゴのふたを閉めながらそう声をかけると、パリス・サラ様はきっと私に気の強そうな目を向けた。




