【和解?】猫ちゃんに芸を仕込むのは大変です
「ねえ、レニャード様もお好きでしたよね? イリアス」
「ん? ああ。あれはいい話だ。特に英雄と神の一騎打ちのシーン!」
レニャード様がしゅばっと手を広げて、おててとおててを激しくぶつけ合わせ、何かが戦っている様子を表現した。
うーん、全然伝わってこない。ただ肉球打ち合わせてぱふぱふしてるだけ。でもかわいい。
「イリアスってそんな話でしたっけ。私が読んであげた話は、もうちょっと、団体戦の話だったような気がするんですが……」
「そうだったか?」
レニャード様はしばらく考え込んで、また、ああ、と声を出した。
「小さいころに、乳母に読んでもらったのだ! デラスという名の、朗読がうまい乳母がいて……」
「え、デラスさん?」
レニャード様、ナイスです。もうこれほぼイリアス王子ルートクリアですよ。
「イリアスさんって、デラスとおっしゃるんでしたっけ」
「……よくある名前ですよ」
ああっ、イリアスさんがそっけない。
「イリアスさんって、あんまり言葉にアイオニア訛りがないですよね。もしかしてお母さんも中央にいたことがあるのでは?」
レニャード様は、まだ話の流れがよく分かっていないようで、とても凛々しい顔をしている。まぶしいお外にいるからおめめはまっすぐ針のように細く、口元はきゅっとひきしまったω型。まっすぐ前を見つめる真面目な表情。この顔のときのレニャード様は、たいてい何も考えてないときのレニャード様だよ。成猫になって一段と凛々しさが増したね。
「乳母さんって子どもを産んだばかりの人がなることが多いと思うんですけど、もしかして、レニャード様の乳母さんにも、年の近いお子さんがいたのではないですか?」
「ああ、ひとり、チビがいたはずだ」
うふふふ。レニャード様はほんとに誘導尋問に乗せられやすくて助かる。
今のところパーフェクト回答ですよ。頭脳が冴えわたる猫ちゃんかわいい。
「……イリアスさんのネクタイ留めについている宝石、とっても素敵ですね。見事な猫目効果で。まるで王家の国宝みたいです」
これは、イリアスさんのお母さんがシンクレア元国王からもらった唯一の王家の血筋を証明する品だよ。
ここまで言えば、レニャード様も何か気づくかな?
レニャード様はイリアスさんのネクタイ留めをじっと見つめた。その顔にハッとした色が浮かぶ。瞳孔がガッと開いて、らんらんと光り出した。
「こ、これは……!」
お、レニャード様、気づきました?
宝石大好きなレニャード様には何か思うところがあるでしょう?
「父上が好きだった、緑色の宝石ではないか! 緑の猫目石はとても珍しいんだ! お前の家が持っているということは……!」
レニャード様、気づいたかな? すごいね、かしこいね、かわいいね。
「どうやらデラス家は、相当に王家に対する忠誠心が深いと見える! その志やよし! 俺からも直々に褒め言葉を賜わそう!」
あああー。分かってなかったー。
レニャード様は正義感が強いから、お父さんが浮気してるとはなかなか思わないよね。どうしよう、分からせるにはもっとはっきりしたヒントを出してあげないと。
「……忠誠が、深いだって?」
イリアスさんは、ぼそりとつぶやいた。
「ふざけるな! 母様は、お前たち親子のせいで……!」
イリアスさんは途中で言いかけてやめた。それからいきなり、その場から走って逃げだしてしまう。
足もとにたかっていた猫たちがにゃーにゃー言いながら後を追っていく。
「な、なんだ……?」
ああああ、怒らせちゃった。どうしよう。
「レニャード様、追いかけましょう。たぶん彼のお母さん、レニャード様の乳母だった人ですよ」
「ど、どうしてそんなことが分かる!?」
「あのですね、使用人が珍しい宝石なんて買えるわけないじゃないですか。しかもあれ、王家でも一等珍しいものなんですよね? なら、王家の誰かからもらったものなんじゃないですか?」
「なんで王家の人間が、乳母に宝石を……?」
ああー。私の口からははっきり言えないなー。お父さんが浮気したんだよなんて、とてもじゃないけど言えないよ。
「……王家の誰かと、密かに恋仲に陥ったけど、引き離されたんじゃないですか? それで、デラスさんの身元証明品としてもらった、とか」
レニャード様は釣り気味の大きなおめめをカッと見開いて、まん丸にした。
「そ、そうか……つまり、あいつは、俺の……!」
そう、弟です。
レニャード様は、何もかも分かったという顔で言う。
「俺の、乳母の息子……! だから苗字が同じ『デラス』なのか……!」
さっきもその話しましたよね!?
と言いそうになったのを呑み込み、私は勢いよく相槌を打つ。
「そうですよ! よく気づきましたね! さすがはレニャード様!」
「つまり、俺たちは乳兄弟ということになるな……!」
レニャード様の思考回路が平和!
もうそれでいいです。それで行きましょう。真実を暴くことが幸せとは限らないよね。
「追いかけましょう、レニャード様」
「分かった!」
レニャード様は華麗に地面を蹴った。
彼は普通の猫ちゃんの三倍早い。本気を出したときのトップスピードは馬をも超える。
レニャード様は、ひゅいんっ! と、F1のレーシングカーのようなうなりを残し、あっという間に繁みの向こうに消えた。
私はぞろぞろ続く猫ちゃんたちの大移動を目安に、一生懸命あとを追いました。
***
私がイリアスさんを見つけて、ようやっとそばに追いついてみると、レニャード様はイリアスさんに捕まって、高い高いをされているところでした。
「わはははは! わははははは!」
「そーら! もういっかーい!」
「うわーはははははは!」
……どういう状況、これ?
私が困惑していると、イリアスさんが私に気づいた。
「お迎えが来たよ、兄さん」
兄さん!?
「残念だが、今日はそろそろお別れだ、わが弟よ」
弟よ!?
えっ、えっ、どうなってるの?
「今度デラスも連れて城に遊びにくるといい。また読み聞かせしてほしいからな!」
「母様もきっと喜びます」
よく分かんないけど和解したのかな?
私はレニャード様を『ロイヤル・テール』号に収納して、下校することにした。
「あの……どうなったんですか? 私がいない間に何が……」
「ああ。なんだかよく分からんが、あいつがすごく怒ってたから、悩みがあるなら相談しろと言ってやった! だって、俺たちは乳兄弟じゃないか!」
まあ本当に兄弟なんですけどね。
「で、あいつが、だから本当に兄弟なんだよ! って怒るから、よく分からんが、そういうことにしておいた。というわけで、今日からあいつは俺の弟だ」
え……ええー。肝心なところでのかみ合ってなさ。
でもまあ、弟と認知するって課題はクリアしたから、これでいい……のかな。
とりあえず、今日のところはこれでオッケーにしとこう。
「ま……またイリアスさんと遊びましょうね」
「ああ! あいつと遊ぶと、小魚ももらえるからな!」
多少の不安を残しつつ、イリアスさんの攻略も進展したのでした。




