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【おねだり】王子様の欲しいものって? 詳しく聞いてみました

「ん? ほしいか? だがダメだ。これは、字が全然かわいくない! もっと上達したら、そっちをくれてやるから待ってろ!」

「そんな! レニャード様がお書きになったものがかわいくないわけないです!! 私はこれを芸術品だと思います!!」


 だって猫ちゃんの尻尾の手書きだよ、手書きっていうか尻尾書き? とにかく尻尾で書いたんだよ。

 こんなん美術品じゃん。ちゃんと国宝として美術館に飾っておくべきだよ。


「お前……」


 レニャード様が目を丸くしている。瞳孔がきゅっと針のように細くなっていて、金褐色の瞳がよく見えた。


 レニャード様はおめめもきゃわゆいね。


「ふ、ふん! こんなものが芸術だなんて、お前のセンスは最悪だな!」


 ええー。せっかく褒めたのに。


 でも、レニャード様はそれなりに嬉しかったのか、言葉とは裏腹にしっぽがぴーんと天井まで高く伸びていた。


 あ、これ、しってる。ツンデレってやつだ。


「いいだろう! 俺がいつか、お前に芸術のなんたるかを教えてやる! だからそれまでサイン色紙はおあずけだ!」

「そんなあー……」

「安心しろ、こんなものはすぐだ! かわいい俺にかかれば、あっという間に習得できる!」


 悲しいけど、レニャード様がうれしそうだから、まあいいか。


「それより、お前に頼みたいものがある」


 レニャード様がちょっと改まってそう言うので、私はつい、椅子の上で居住まいを直した。


 なんでしょう?


***


「それでね、レニャード様の眉に生えてる長いひげは全体が白いんだけど、二本だけ黒いのが生えてて、はーもう何? マジ無理……かわいすぎてつら……って感じなの」

「そうですか、それはようございました」


 刺繍をしながらアホみたいなレニャード様の萌え語りを聞かせている相手は、侍女のエミリー。


「食べ物も好きなのしか手を付けなくて超絶ワガママなんだけど、それは猫ちゃんだから食べられないものがあるのもしょうがないよねって思うし、むしろ猫ちゃんなのにがんばって苦手な野菜とか食べてるのほんと愛しいし尊いし、無理しないでね……って思う」

「猫に野菜はよくないとも聞きますしねえ」


 私はレニャード様が一生懸命苦手な猫草を食べる姿を見るのが好きでもあり、辛くもある。


 猫なんだからありのまま自由にのびのびお昼寝をして暮らせばいいのに、レニャード様はとっても努力家なんだよ。


「しかもね、私なんかにもすっごくお優しくしてくださるの。外にデートにいくときはちゃんと馬車の方を歩いてくれるし、なんていうか、ちっちゃいのに男前? もー嬉しいけど猫ちゃんなんだからマジ無理しないでねって感じ」

「とっても仲睦まじいようで何よりです。エミリーもお話をお聞きしていて、いよいようれしくなってまいりました」


 エミリーはどんな話をしてもニコニコしながら聞いてくれる。いい人すぎるのできっと来世はお姫様とかになれると思う。


 ただ、いい人ならいい転生ができるっていうのなら、私が公爵令嬢になっている理由がちょっとよく分からないんだけど。


 でもまあ、そのうち処刑されるかもしれないから、順当なのかなあ。


 ルナ・ヴァルナツキーは乙女ゲーの悪役令嬢。


 どのルートに進んでも、死ぬことが決まっている。


 損と言えば損な役回りだけど、もとから生きる気力に欠ける私にはもったいないくらいのいい人生だ。


 せめてルナさんが戻ってくるまで、(あるいは処刑されるまで?)脇役らしく地味に細々と、レニャード様を愛でて生きたいと思う。


 エミリーは目頭を押さえて、しばし無言になった。


「ああ、みっともない真似をいたしまして申し訳ありません……でも、あんなに無表情で、いつも不機嫌だったルナ様が、こんなに生き生きとしていらっしゃるなんて……エミリーは感激でございます」


 エミリー、涙もろいね。


 ちょっと感動しやすい人なのかなあ。レニャード様との婚約を一緒に喜んでくれるのはうれしいけど、ちょっとくすぐったいね。


 そんなことを思いつつ、ちくちくと私が縫っているのは、先ほどレニャード様に依頼された品だった。


「実は、俺は……まだ、全部の文字が書けないのだ」


 さっき、レニャード様がそう打ち明けてくれたんだよ。


「しかし、そう悲観はしていない。俺の名前に使う字は覚えた。残りももうすぐ覚える。だが、それには見本が必要なのだ」

「文字の一覧表なら、ありますよ」


 私は本棚から、難易度やさしめの教本を持ってきた。


「こういうのがほしいってことですよね?」


 文字が並んだ表を見て、レニャード様はいくぶんかしょんぼりとした。


「そうだ。だが、紙の本では困るのだ。俺の手は、ページをめくるのに向いていない」

「あ……」


 言われて初めて気が付いて、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「すみません、私が浅はかでした……」

「いい、気にするな。とにかく、俺としても手のせいにしてはいられないと思ってな。恥をしのんで、何度か手本を紙に書き写してもらったんだが、どうも俺は、ヒラヒラするものに弱い。つい、好奇心に負けて、こう、ビリビリっと……」


 猫ですもんね。


 猫であれば、紙を破るのに理由などいらない。なぜ大切な紙と分かっていて、ビリビリに破ってしまったのか? そこに紙があり、この手に破れる爪が備わっていたからだ、ってなもんでしょう。


「それで気づいたんだが、お前、刺繍の腕はなかなかだな」

「一応、簡単なものなら、どうにか」

「俺も、布であればそう簡単に破くことはないのだ。だから、頼む! 文字の表入りのハンカチを縫ってくれ!」


 そういうわけで、今私はちくちくと刺繍をしているのだった。


 文字入りのハンカチといっても、この国の文字は数十文字少々しかない。漢字のような表意文字だったら何万も種類があるのでお手上げだったけど、表音文字の羅列なんて微々たる量だよね。


「よし。でーきたっと」

「お見事でございます。あっという間でしたね」

「あんまり難しいものじゃなかったからね」


 レニャード様、喜んでくれるかなあ。


 せっかく頼み事をしてもらえたんだから、喜んでもらいたいなあ。


 それって私のことを頼りにしてくれてるってことだもんね。うれしいなあ。何でもしちゃいますよ。


 そうだ、どうせだから、もうちょっとかわいく仕上げようかな。


 ついでに余ったスペースにオレンジの糸を刺し、レニャード様の小さな似顔絵を入れていく。


「へへ。もうレニャード様のマスコットならすぐに刺せるもんね」

「本当にお上手になって……」

「もう何百回も刺したからねえ」


 ハンカチの他にも、ティーコゼーやナプキン、タオルなど、いろんなものにレニャード様の刺繍がある。おかげでルナの部屋はすっかりレニャード様一色になってしまった。


 はた目にはただの猫ちゃんグッズ狂いにしか見えないけど、これが生身の人間(?)の似顔絵だと思うと、なかなかに危ないものがあるよね。


 でも、当のレニャード様がルナの部屋に来るたびにものすごく喜んでくれるから、つい調子に乗っちゃって。


 別にいいよね? 原作のルナさんもだいたいこんな感じだったような気がするし。ルナさんより私のほうがストーカーっぽくて気持ち悪いような気もするけど、誤差だよ、誤差誤差。


 ルナさんはモブ公爵令嬢だからゲームにもそんなにたくさん登場回数があったわけじゃないんだけど、レナード王子のグッズを集めているような話はちらりと出てきた覚えがある。


 それなら私がグッズを手づくりしてても問題ないよね。はい、誤差! 決まり! この議論おしまい!


「よーしよし。一週間あれば十枚くらい刺せるかな。特別にうまくできたハンカチはレニャード様にプレゼントするとして、惜しくもレニャード様へのプレゼント用にはできなかったけどいい感じにできたのは孤児院に寄付。いまいちなのは自分で使う」

「いまいちなのを孤児院に寄付したらいいのではありませんか?」

「そりゃあ私も変な顔のグッズを使うとテンション下がるけど、それが一般に流通して、なんだー、レニャード様って大してかわいくないなー、ってみんなに思われたら悲しいじゃないですか……」

「複雑なファン心なのですね」

「レニャード様は私の生きる希望。このかわいい姿に励まされて、今日もがんばろう、って思える同志が増えたら、素敵じゃない?」

「ルナお嬢様は下々のこともよくお考えで本当にすばらしい方です」


 エミリーがむせび泣いている。素晴らしいだなんて、ちょっと照れちゃうなあ。


 そんなこんなで、順調にレニャード様狂いになりつつある私だった。


***


「……『そして世界は、勇者様のおかげで平和を取り戻したのです』」


 私はレニャード様の部屋で、本を読み上げていた。


 レニャード様は冒険活劇本が大好きなんだけど、やっぱりまだ自分では思うように字が読めないみたい。


 そこで私が、一緒に本を覗き込みながら読む係をやらせてもらっている。


 私のお膝の上で、じっと本をにらんでいたレニャード様が、うるうると喉を鳴らすような鳴き声を立てた。


「……この話はそろそろ覚えてきた」


 キリッとしたにゃんこフェイスでそう言うレニャード様は、知性のきらめきが宇宙規模になって爆発していた。


 すごいね、レニャード様。猫ちゃんなのにとっても物覚えがいいね。天才猫ちゃんだね。


「次は我が国の歴史が知りたい。歴史の本を読んでくれ」

「うーん……いいですけど、あんまり難しい本は、私も読めないですよ」


 私の場合、ルナさんの身体を借りている状態なので、いなくなる前のルナさんが覚えていなかった言葉はまだ読めない。その先はレニャード様と一緒にコツコツ勉強中なんだ。


「しかし、俺は、こんな生ぬるいものでは満足できん!」

「なんて高いお志……! 素敵です、さすがです!」


 私は思わずレニャード様のつむじを見てしまう。このちっちゃい頭にちっちゃい脳みそが入っているんだろうに、どうしてこんなに立派なのかな。


 人間の私だって、なかなか自発的に勉強なんてしようとは思えないのにさ。すごいよね。


「レニャード様は、まじめで一生懸命で、とっても素敵な王子様ですね」


 まさに絵に書いたような理想の王子様――


 そこで私は、はたと重大な事実を見落としていたことに気がついた。


 ……あれ? レナード王子って、公式お馬鹿キャラだったよね……?


 授業をさぼるのは日常茶飯事。いつもお城の人の目を盗んでは外に遊びに行ってしまうので、お付きの人が胃を痛めているような、どうしようもない王子だったはず。


 それなのに、どうして優等生になってるの?


 本来なら、優等生になるのはもっと後。


 国家を揺るがすような大きな危機が発生して、今のままの自分ではダメだと一念発起するイベントがあってからのはず。


 こういうのって、あんまりよくないんじゃ……



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