【ロール判定】わがまま王子の説得なるか?2D6でダイスを振ってください
教室から出て、渡り廊下を進み、食堂を目指していたら、見習い聖女たちの華やかな声が後ろから近付いてきた。
彼女たちは私の横を通り過ぎざま、抱えているバスケットから顔をのぞかせているレニャード様に手を振った。
「レニャード様、ごきげんよう~!」
「きゃあ、廊下でもレニャード様にお会いしてしまいましたわ!」
「レニャード様おかわいい~!」
「ご入学なさったらまた遊びにいらしてくださいましね!」
私はつい首をひねってしまった。
あの……みなさん、レニャード様が入学することに、本当に何の疑問も抱かないんですか?
この猫、実は男の人なんですよ?
私はどうも納得がいかないです。
「……本当にみなさん、レニャード様を入学させていいと思ってるんでしょうか……」
「な? 俺の言った通り、大丈夫だったろ? 猫が入学してはいけないなんて決まりはないのだ」
「でも、レニャード様は猫である前に、ひとりの立派な男子ですよ? どうしてみんなおかしいと思わないんですか?」
「知れたこと」
レニャード様はふっと余裕の笑みを浮かべた。りりしい猫の瞳が妖艶に細められる。
「ここにいる女子たちよりも、断然俺のほうがかわいいだろうが」
「最低発言」
乙女ゲーの王子様が絶対に言っちゃいけない台詞ランキングの三位くらいに入りそうな迷言だよ。
レニャード様、これまでにいろいろあったから、原作のお馬鹿ナルシスト王子とはだいぶキャラが違ってきたなって思ってたのに、こうしてみるとあんまり変わってないかもね。
私の教育が悪かったのかなあ。甘やかしすぎたような気もするよね。
「なに、心配いらない。俺がこの聖女宮に来るのは、お前がバスケットを持ち込んだときだけだ。お前のそばからかたときも離れることはない。俺がお前の知らないところで勝手に他の女と仲良くすることもないだろう」
レニャード様は成猫の美しい瞳で私を見上げる。そうやって上目遣いになると小悪魔的なかわいさですね。犯罪です。
「お前も俺のそばにいられるんだから、嬉しいだろう?」
「はい。とってもうれしいです」
えへへと照れ笑いを浮かべたあとに、私はハッとする。
ああー。言ったそばから甘やかしてしまったー。
「あいつらは俺を猫としか見ていない。俺が男だから心配だなんて言うのは、ルナ、お前ぐらいじゃないか?」
「そ、そうでしょうか……」
「レニャード様はいいでしょう。問題なのは我々ですよ」
急に後ろから男の人の声がした。わあ、びっくり。
振り返った先には、護衛騎士のフルツさん。
聖女宮の中を影のように付き従っていたので、声をかけられるまで、正直に言って存在を忘れていました。
「俺たちは、クマの檻に閉じ込められたようでした……」
フルツさんの言葉に大きくうなずいたのは、レニャード様のお付きの人。
フルツさんたち、レニャード様が無理を言うから、聖女宮の中にまで踏み入って護衛しないといけなくなっちゃったんだよね。
すごい目が座ってるけど、たぶん内心で結構きてる。
そりゃそうだよね。若い女の子ばっかりの生活空間なんて気を使うし、おもに女子たちから『あのおじさんたち何なの……』って感じで見られるのフルツさんやお付きの人だから、精神的にしんどいでしょう。
「……勘弁していただきたい」
フルツさんがガチで頭を下げてきた。
「聖女宮はもともと警備が厳重なのだから、俺たちの出る幕ではないように思います」
そしてお付きの人もふかぶかと頭を下げてきた。勘弁してほしいってさ。
話し合った結果、今後聖女宮の中では、警備とお付きの人を連れて歩かない、ということで合意した。
「護衛をルナ様おひとりに背負わせてしまうのは、本当に心苦しいのですが……」
「まあ、大丈夫ですよ。建物内外にたくさんシスターさんたちがいますし、いざとなったら私が刺し違えてでもレニャード様をお守りしますので」
「刺し違えるな」
つっこみを入れたのはレニャード様。
「あ、そうですよね。どうせやるなら完全犯罪がいいですよね。間違えちゃった」
「危ないことはするなと言ってるんだが?」
「それはどうでしょうか……この身に流れる血は闘争を求めているのです」
「お前、俺のことになると見境なくなるもんな……」
レニャード様がやれやれというようにため息をついている。
「世話の焼けるやつだ」
「すみませ……、……?」
私は反射的に謝りかけて、思わず首をかしげてしまった。あれ、これ、レニャード様のお世話をどう焼くかって話だよね? なんで介護をされているレニャード様が苦労人ぶってるの?
私たちはフルツさんと別れて、聖女宮の中に作られた食堂で、皆さんと一緒にランチをいただくことになった。
内容はなんてことのないサンドイッチとサラダ。私はサラダの羽根レタス(この世界には鳥の羽根みたいな生え方をするレタスがあるんだよ)を細かくちぎってレニャード様に食べさせてあげながら、今日の感想を聞いてみることにした。
「……体験入学はどうでした? レニャード様。大変じゃありませんでした?」
レニャード様はレタスをしょりしょりするのをやめて、まじめな顔つきになった。
「うむ……学校とは本当に厳しいところなのだな。『座学』とやらが四回もあって、驚いた。まさか本当にずっと座って黒板を見ているだけとは……さすがの俺も、四回目ともなるとしっぽがそわそわして大変だった」
うそだー。レニャード様、ずっとかわいいしっぽがくねくねパタパタしてたじゃない。私見てましたからね。
「言っておきますけど、四時間の講義は全然ぬるいほうですからね……お昼を食べたら、また授業があるんですよ」
「なんだと……!? 学校とはなんと恐ろしいところなんだ……!」
レニャード様が背中の毛を逆立てている。耳はピンと前を向いているので、怖いけど、戦う気力は抜群って感じ。
レニャード様はきりっとした真顔で、私を見た。
「だが、俺はやるぞ! お前の命がかかっているのだから、座学などに負けていられるか! 俺は絶対にルナを守ると約束したのだからな!」
「レニャード様……」
私はうっかり感動してしまった。
そう。レニャード様が無茶苦茶を言うのも、全部私のためなんだよね。レニャード様に限っては、女の子がいっぱいの学校に通いたいなんて下心、あるわけないんだよ。優しいレニャード様、大好きです。
でも、私はなるべくきっぱりと冷たく言うことにした。
「……でも、女子校に入学するのはダメだと思います」
レニャード様は私の発言にも動じることなく、すんだおめめで私を見上げて言う。
「もう決めたんだ。俺は、お前を守るためなら何でもするって」
「でも……」
「席はお前の隣にしてもらおう。机の上に置くのにちょうどぴったりな、新しいカゴも作ってもらわなきゃな」
「うっ……」
「黒板が見やすいように、貝殻型がいいと思うんだ。もう名前も考えてある。『高貴なる肉球』号でどうだ?」
「このルナ・ヴァルナツキー、レニャード様のご入学を心より歓迎いたします」
どこまでも真剣なレニャード様の情熱に、最終的に、私は負けました。
決して、貝殻型のベッドですやすやしてるレニャード様の寝顔を見ながら授業を受ける誘惑に負けたとかではありません。本当です。信じてください。
レニャード様はこうして、聖女宮に通うことに決まりました。
入学式の一週間前に急に決まったので、お付きの人は準備が大変で、阿鼻叫喚の騒ぎになったとのことです。




