【新キャラ】美少女揃いの上級生のクラスを見学します
「あのね、レニャード様、それは『放課後』のことです」
「ほう……かご……?」
「学校が終わったあとの自由時間ですね。自由時間は楽しいかもしれないですけど、学校って、すごくつまんないところですよ……猫じゃらしタイムも、お昼寝タイムもないんです」
「なに!? そうなのか、ルナ!?」
レニャード様がびっくりして、背中の毛を少し逆立てた。尻尾の毛もがびがびになっている。そんなに驚くようなことかな、これ。
「一日中硬い木の椅子に座って、先生の講義を受けるところなんですよ、レニャード様……」
レニャード様は情けなく口を半開きにして、小さなおててを口元に添えた。
「……拷問じゃないか、それは?」
「いえ、これが学校の標準的な生活スタイルですね……」
レニャード様は、とてもきれいなおめめで、まっすぐに私を見つめました。
「……なあ、入学をやめないか? いくらなんでも過酷すぎる。ルナが死んでしまう」
「死……? いえ、さすがに私は死にませんが……レニャード様にはちょっと辛いかもしれないですね」
「ほ、本気か? みんな、猫じゃらしタイムもなしで一日中座って勉強などするのか?」
「するんですよね、残念ながら……」
レニャード様はぐったりとうなだれ、耳をぺたんと伏せました。しっぽもしおしおと足の間に消えていきます。
「そうか……ルナの行く聖女宮とやらは、牢獄のような場所なのだな……」
そこまで? 椅子に座って授業受けるのってそこまで過酷なこと?
レニャード様もそこそこ真面目に勉強はやってるみたいだけど、先生もカリキュラムを工夫して、合間におゆうぎタイムを入れたりしているっていうし、集団生活になじめるかどうかは大いに疑問だよね。のびのびと個性を育てる教育が裏目に出てしまったよ。
「俺は考えが甘かった。こんなことでは、ルナの処刑の危険など到底回避できないだろう。やはり、もっと覚悟して挑まねばならんな!」
「え、レニャード様……? 無理はなさらないでいいんですよ……? もともと、聖女宮には私一人で通う予定でしたし、レニャード様は入学しなくても大丈夫ですって」
「いいや! ルナを危険な場所に置いて、ひとりで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかん!」
危険……かなー? レニャード様の危険のイメージちょっとぬるすぎない?
まあ、普段はシルクのクッションの上で優雅に人に爪を切らせる生活をしているからなあ。私も、王太后様も、お付きの人も、かわいいかわいいって甘やかしてきたもんね。
「もしもお前が俺の知らないうちに処刑されるようなことになったら、俺は一生自分を許せないだろう。だから、せめて、お前がもう大丈夫だと思えるまでは、お前のそばから離れたくないんだ」
「レニャード様……」
なんて優しい猫ちゃん。私、ちょっと泣きそう。
……でも、本当にレニャード様を学校に入れていいのかなあ? 心配で、涙も引っ込んじゃうよね。
「見学しましょう。明日一日かけて。それで、大丈夫そうか考えてみましょう」
「分かった。明日は俺も万全の態勢で挑む!」
レニャード様は意気込んで、尻尾をピン! とまっすぐ上に伸ばした。
***
私たちは、上級生のクラスの授業を後ろで見学させてもらうことにした。
黒板にあれこれチョークで書きつける先生の後ろに、たくさんの生徒が机を並べて学んでいる。
女生徒たちはおおむね静かに授業を受けていたけれど、ちらちらと後ろを振り返ってみる人があとを絶たない。
それはそうだよね。
だって、教室の一番うしろに、机の上にシルクのクッションをしいて、ごろりと丸くなってしっぽをぱたぱたさせている猫ちゃんがいるんだもの。
しっぽのぱたぱたがちょっとせわしないので、たぶんレニャード様は退屈な授業にイラついている。でも、レニャード様の生態に詳しくない人から見たら、オレンジ色のかわいい猫ちゃんがクッションに寝そべってくつろいでるようにしか見えないよね。
『なんで猫がいるの?』
『知らないの? あれ、レニャード王子だよ』
『かわいい……』
『かわいいよね……』
はいはい皆さん、授業に集中してくださいねー。
私にしてみれば短い授業の時間はあっという間に終わり、レニャード様は休み時間に女生徒たちに囲まれることになった。
一番身分の高そうな女生徒が進み出て、挨拶をする。
「レニャード様、ルナ様、ご無沙汰しております、エディントン公爵が娘、パリス・サラでございます」
「ウェルスター伯爵が娘、コンスタンスにございます。再びお目にかかれて光栄ですわ」
続々と優雅なカーテシーをするご令嬢たち。
一通りの挨拶が終わると、彼女たちはきゃいきゃいと私とレニャード様を取り囲んで、雑談を始めた。
「ルナ様のご入学、もうまもなくですわね! わたくし楽しみにしておりますの!」
口火を切ったのは、サラサラのダークブルネットに利発そうな太い眉が特徴の、はきはきしたご令嬢。
レニャード様ファンクラブ会員にして、私のお茶飲み友達のパリス・サラ様です。
この四年間、うちでせっせとお茶会をしたもので、聖女宮関係者のお茶のみ友達がそこそこ増えたんですよね。パリス・サラ様もそのおひとりです。
「ありがとうございます、パリス・サラ様。よろしくご指導くださいませ」
「ところでレニャード様は、本日はいったいいかがなさいましたの?」
「ああ、こいつひとりでは心配だから、俺もここに通おうかと思ってな。今日はその下見だ」
私はひえーってなったよ。サラッと言ってるけど、けっこうな変態だと思われないかな?
「レニャード様は、心配性ですから……」
私はあわてて、おほほ笑いとともにフォローを入れた。
パリス・サラ様は、賢そうな瞳を、ぱあっと輝かせた。
「まあ、素敵! 小さなナイト様ですのね!」
「うらやましいですわ~!」
他のご令嬢たちも口々に賛同してくれる。
「レニャード様は昔からルナ様のことをとても大切にしていらっしゃいますものね!」
「片時も離れたくないなんてロマンチックですわー!」
口々にステキステキと唱え合うご令嬢たち。私は張り付けた微笑みで必死にニコニコ。
……好意的に受け止められちゃった。
ええ。本当にそれでいいの……?
レニャード様、見た目はかわいい猫ちゃんだけど、中身は結構普通の男の子だよ……?
「ルナはいいやつなんだが、誤解されやすいんだ。俺に免じて、どうか仲良くしてやってほしい」
レニャード様、婚約者風をぴゅーぴゅー吹かせているね。
今回は私の処刑回避が目的で来てるから、こうでも言っておいてもらわないといけないのは分かってるけど、いつもは私がレニャード様のお世話をしてあげているのになあ。
ご令嬢たちはぺこりと頭をさげた猫ちゃんの姿に感激、『かわいい』と『素敵』の大合唱。
「もしもご入学なさいましたら、ぜひ放課後をご一緒なさってくださいましね」
「きゃあ、ずるいですわ! わたくしもレニャード様とお散歩したい!」
「馬鹿ね、犬じゃないんだから、散歩なんてなさらないわよ!」
こうして、上級生のクラスでは、おおむね好意的に受け入れてもらえたのでした。




