【新一年生】入学準備をしていますが、王子の様子が変です
私がダイニングルームに行くと、公爵夫妻はディナーの席にもう着席していた。
お母様がさっそく制服に気づいて、ハグをしてくれた。
「あら、いいわね! ちょっと装飾が足りない気もするけれど」
「お母様、修道院系列の学校ですから」
「いやね、清貧なんて。わが家には一番似合わない単語だわ」
うちってなぜかすごく羽振りがいいよね。
ヴァルナツキー公国ってよその国に占領されたままもう二十年くらい経つらしいんだけど、お金ってどこから出てるのかな。お父様のご実家の方もそこそこお金持ちだったはずだけど、さすがに公爵家の散財に堪えるほどではないはずだし。いやだな、ふたを開けたら借金だらけでしたなんて、笑うに笑えない。
「あなたは由緒正しき公女の血筋なのですから、王妃になるのも当然のことなのですよ。誇りをお持ちなさいね」
「はぁい……」
お母様はちょっとプライドが高いけど、悪い人じゃあないんだよね。
お父様はにこにこ顔だった。
「そういえば、こないだのコンサート夜会で殿下にお会いしたよ」
「レニャード様に?」
レニャード様は未成年なので、基本的に夜会には出席しない。どうしてお父様と夜会で出くわしたんだろ?
「護衛の魔術師に連れられて、一曲だけ歌ってお帰りになったんだが、あれはすごいな。近頃の殿下は人にも化けられるそうじゃないか」
「化ける……というか……もとに戻ったというか……」
あれ? お父様、レニャード様は猫が本体だと思っていらっしゃる?
レニャード様は元から人間だよ。猫モードがしっくり似合いすぎて、忘れられがちだけど。
「それで殿下は、私のところにも挨拶に来たよ。人の姿にはあまり長くなれないとか、ルナちゃんとは健全な付き合いをしているとかも言っていたな」
うええ、そんなことわざわざ報告しちゃったの。レニャード様ったら真面目。
「いやあ、とても良い子だね。ルナちゃんが好きなことが伝わってきたよ」
「あはは……」
人から言われるとむずがゆいですね。
「そうそう、レニャード様が男の子に化けると、とっても素敵なのねえ。私も挨拶されて驚いたわ」
あれあれ? お母様、それは猫が男の子に化けてるんじゃなくて、本来の姿ですよ? もしかして皆さん、猫の姿が本体だと思っていらっしゃる?
「かっこよかったわぁ、レニャード様。ま、でも、お父様のお若いころが一番素敵だったのですけれど」
「よせよ、恥ずかしいな」
お父様とお母様はこの四年ですっかり仲良くなりました。
私が処刑されそうになったら、ちゃんと反対してくれそうなので、一安心です。
そして、今年度の入学予定者のリストに、リアさんの名前があったことで、ゲーム開始はいよいよ現実味を帯びたのでした。
「なあ、ルナ。俺は考えたんだが」
レニャード様が真剣な顔をして切り出したのは、いよいよ二週間後に聖女宮へ入る時期になってからでした。
「俺も、聖女宮に入学しようと思う」
私は思わず固まってしまいました。
「ずっと考えてたんだ。あそこは閉鎖空間で、外部からは何が起きているのか分かりにくい。お前が危ない目に遭っていても、助けてやることができないじゃないか。それなら、俺が一緒に通学したほうが安心だ」
「いえ……あの、待ってください」
それはおかしい。だって、レニャード様は聖女宮に入れないはず。
私はどうしても言わずにはいられなかったので、もうすっぱりとツッコミを入れることにした。
「……聖女宮、女子校なんですけど……」
ところがレニャード様は、まったく怯まなかった。
「母上に相談してみたら、『いいんじゃないか?』と言われた」
「王太后様……!!!」
甘すぎるにもほどがあります。息子が女子校に入学しようとしているのに何背中押してるんですか。さすがにそれは断ってください。
「聖女宮は女子教育の場だと書いてあるが、猫の入学を禁じるとはどこにも書いていない」
「それは書くまでもないからでは……」
私は頭を抱えてしまった。本当にどうしようね、レニャード様ったら。
「それに、俺が聖女宮に入ると、いいこともある。お前がずっとかわいい俺と一緒にいられるようになるのは、うれしいだろう?」
「う、うーん……うれしいかうれしくないかで言ったらうれしいですけど……」
でも、女子校だよ?
「でもそうすると、レニャード様は後世にも『レニャード王は女子校に通った』って書かれてしまうのでは……」
「後世のことなど知らん。お前が処刑されるかもしれないってときに、そんなこと気にしてる場合じゃないだろ」
「レニャード様……」
うれしいけど、いいのかなあ。
そもそもレニャード様、女子校がどんなところか分かってないのかも。学校行ったことないから、イメージしにくいのかもしれないけどさ。
「……とりあえず、見学にでも行ってみますか? 雰囲気を見て、宮長の先生とも話をして……」
「そうだな。さっそく明日行ってみよう」
***
私は聖女宮の宮長室で、途方に暮れることになった。
うそでしょ……なんで誰も反対しないの……?
「レニャード様が通った学校ともなれば、子々孫々まで語り継がれることでしょうねえ」
「先生の名前もきっと有名になる」
「まああ、わたくしが有名にだなんて、そんな……野望なんてほんの少ししかございませんが……」
あるの。野望。
「もちろんかわいいこの俺が通うからには、それにふさわしい環境を整えようと思っている! 母上も、五億くらいまでなら使ってもいいとおっしゃっていた!」
王太后様ー!!
この駆け引きベタの純真な猫ちゃんにそんな大金ぺろっと預けちゃいけませーん!!
「あらあらまあまあ、そんなにも、おほほほほ。大変光栄ですわあ」
「他でもないこの俺の学び舎となるのだからな、金は惜しまん! わはははは!」
「おほほほほほ」
……というわけで、レニャード様のご入学は簡単に認められてしまったのでした。
「いいのかなあ……本当にいいのかなあ……」
私が帰りがけ、庭を横切りながらぶつぶつと呟いていると、レニャード様は元気に笑い飛ばした。
「よかったな、ルナ! これで学校でもかわいい俺と一緒だぞ!」
「はい……でも、レニャード様は、何時間もじっと座って授業を受けることができますか……?」
「なんだ、それは?」
レニャード様は澄んだきれいなおめめで、私をじっと見つめました。
「学校では、そんなことをするのか?」
「え……あの……レニャード様は、聖女宮は何をするところだと思っていらっしゃったんですか……?」
「うわさで聞いたことあるぞ! 友達と一緒にタピオカミルクティーを飲んだりするところだ! 俺も一度やってみたいと思っていた!」
あっはい。なるほど。そういうことですね。
レニャード様、学園生活が何なのか、本当に全然知らないんだ……




