【AV】虎さんのほのぼのアニマルビデオです(合法)
「ふむ。君の鼻筋の毛は短くとがっていて、まるでキウイの皮のようだな」
わしわしと鼻づらを撫でるマグヌス様。レニャード様がくすぐったそうにしているけれど、逆らったりはしない。
……いいなあ。私も虎のレニャード様をもふもふしてみたい。昔、さんざんびっくりしたレニャード様(虎)に事故死させられかけたから、今でもちょっと苦手なんだよね。虎のレニャード様。
「しかし背中の毛並みは艶やかだ。長い毛の合間に、金色に光る短い毛が生えているな。これがオレンジ色に見える秘密か」
マグヌス様は鼻づらを撫でるのをやめたかと思うと、今度は顎の下を撫でまわし始めた。
目を細めて、ごろごろと喉を鳴らすレニャード様。
最初は気持ちよさそうにしていたけど、だんだん嫌になってきたのか(猫ちゃんは気まぐれなんだよ)、そのうちにレニャード様は真顔になった。
「……あの、先生? 今日は何の検査ですか?」
「いや? 特に何も予定してないが」
「なら、なんで虎に……」
「たまには動物を撫でておくと健康にいいらしいからな。君の毛皮は触り心地がいい」
そんなことを言いつつ、背中に顔をうずめるマグヌス様。
あ、レニャード様、今ちょっとイラッとしたね。分厚い額の筋肉がぴくっと動いたよ。
ネコ科の動物は、狩りをするときに匂いで感づかれないよう、なるべく無臭に保つ習性があるんだって。
人にベタベタ触られると匂いがつくから嫌だって、レニャード様も言ってた。
だから私も、許可がないときはあんまり触らないようにしてるんだよね。マグヌス様とか、一部のえらい人くらいだよ、遠慮なくモフモフするのって。いいなあ。私もモフモフしたい。
レニャード様はしばらく好きなようにさせてあげていた。でも、三分と持たなかった。
「……なあ、先生、そろそろいいだろ!? 人間に戻るのを手伝ってくれ!」
マグヌス様はやれやれというように立ち上がった。
レニャード様は精霊王の末裔なので、身体に特別な精霊が棲んでいる。善玉の精霊って、なんだかビフィズス菌みたいに呼ばれてたやつね。
レニャード様の身体を提供しているのもこの精霊たちなので、変化させるときは精霊たちにお願いをしないといけない。
でも、精霊たちも人間への変化は大変らしくて、いくらお願いしてもしてくれなかったり、あとは単純に、レニャード様の魔術制御が下手過ぎて、お願いが通じなかったりするんだよ。
それで、いろいろと試した結果、マグヌス様がシンクレアの伝承に残る古い言葉をヒントに、精霊たちとの共通言語を発見。
それを使うと、彼の変化もサポートできるようになった。100%じゃないけど、元の姿で過ごせる時間は飛躍的に伸びた。
「其は精霊の王、金の尾の獣……」
マグヌス様の呪文、私もときどき唱えてみるんだけど、成功しないんだな、これが。
マグヌス様が言うには、『もう少し学べ、さもなければ念じろ』ってことらしいんだけど。
「我が呼び声に応えるなら目覚めよ」
ポンッと煙が上がって、次の瞬間には赤髪の青年が床に座っていた。
レニャード様、人型形態もだいぶご成長なさいました。
これぞ乙女ゲーな甘ったるい顔立ちに、意志の強そうな金褐色の瞳。快活な人柄を忍ばせるオレンジの髪。
ショタ時代のレニャード様もかわいかったけど、今ではもうすっかり美青年、という感じ。海外の人は成長が早いよね。海外というか、異世界なんだけどね。
「ルナ! 俺を見ろ!」
「見てますよー。戻れましたね」
「そうじゃない、もっとよく見ろ! 俺だ!」
「だから見てますって」
「感動が薄い! せっかくこのかっこいい俺に戻ったんだぞ!? もっと他に感想はないのか!?」
子猫時代から何も変わらないこのキャラ。
私はいつも夢いっぱい希望いっぱいに輝いている金褐色の瞳と見つめ合った。
レニャード様はいつも楽しそう。整ったお顔の造作もさることながら、このきらきら楽しそうな目が素敵だね。目は心の窓って言うけど、性格が朗らかで純粋だから、きっとこんなに目が綺麗なんだろうね。
「レニャード様がまぶしいです。きらきらです」
「そうかそうか、やはり俺は人型でも輝いてしまうか! わはははは!」
喜んでくれている。
レニャード様が機嫌よさそうだと私も嬉しいんだよね。
「ルナ」
レニャード様がとても優しい声で私を呼んだ。瞳が甘ったるく細まり、私は目が離せなくなった。
背も伸びて、本当にかっこよくなったよ、レニャード様。
傍らで見ているマグヌス様が面白くなさそうにつぶやく。
「……人の部屋でいちゃつくのはやめてもらえないか」
レニャード様は猫を思わせる動きで、即座にぴょーんと後ろに飛び退った。
「い、いちゃついてない! 指一本触れてないだろうが! 言いがかりはやめてくれ!」
レニャード様、声が裏返ってる。そんなに慌てなくても。
まだまだ純情でかわいい盛りなんだよね。子猫のころからちっとも成長してない。
「分かった分かった。もう研究はいいから、ふたりで散歩でもしてきてはどうかね? 積もる話もあるだろう」
「そうします。先生、ありがとう」
マグヌス様はなんとなくやさぐれた表情で、部屋から私たちを追い出した。
レニャード様がそれとなく手を握ってくれる。
「小さいほうの中庭に行くか。クレマチスがそろそろ咲くはずだ」
「いいですね」
私はレニャード様に手を引かれて歩きながら、ちょっとだけドキドキしていた。
だってレニャード様、すっごいぎこちないんだもん。視線は泳いでるし、会話もないし。手をつないだだけでそんなに照れないでほしい。私にも緊張がうつっちゃう。
並んで歩くと、やっぱり背が高いなーとか、手なんてつなぐと恋人みたいだなーとか、どうしても意識しちゃうんだよね。
恋人みたいどころか、婚約者なんだからいいんだけどさ。
ほどなくして中庭についた。
ここは外のお庭と違って、めったに人が入ってこない。王太后様の庭師がお部屋に飾るお花をお世話するほかは、レニャード様の専用狩猟場となっていた。狩猟といってもキジやウサギを狩るわけじゃなくて、主に虫取りなんだけどね。よくテントウムシとか見つけてきて、うれしそうにつっついて遊んでるよ。
『レニャード様専用狩猟場』の立て札がある薔薇のアーチを抜けて、奥の花壇に行く。
大きな楢の木の根元に芝生が広がるスペースで、レニャード様は腰を降ろした。
「あのな……ルナ」
やんちゃそうな瞳を微妙に恥ずかしそうにそらしつつ、レニャード様が私に右手を伸ばした。
「俺は、この姿に戻ったら、絶対にしたいことがあるんだ」
「はい……」
レニャード様、挙動不審。そんなに照れられると私もなんか調子が狂うよ。
「俺は……俺は」
レニャード様が何を言いたいのかはだいたい分かるんだけど、なかなか切り出してくれないから私もそわそわするんだよね。
レニャード様、だんたんお顔が赤くなってきたよ。
要するに、抱っこしたいって言いたいだけのはずなんだけど、それでこんなに照れる必要ある?
私から言ってあげてもいいんだけど、この世界はわりかし男尊女卑だから、女の子が積極的だとすごく嫌がられるんだよね。レニャード様はプライドが高いから、私がレニャード様より精神的に上手だと、余計に焦りや恥ずかしさを感じるみたい。だから、レニャード様が真剣だと、私も茶々を入れにくくて困る。
いや~~~~、早く言ってええええ。
私が緊張に耐え切れなくなりそうになっていたら、レニャード様がようやく口を開いた。
「俺は、お前を、この手で抱きしめたい」
言ってくれたー!
「はい」
私はいそいそとレニャード様の前に座った。すすす、とにじり寄り、肩にもたれかかる。
もう、あんなに緊張した空気なんて出さなくても、こっちに来いよって、気軽に誘ってくれたらいいのに。
レニャード様にぎゅーっと抱きしめられながら、私は、『この分だと今日は、変化の時間切れまでにちゅーまでたどり着けなさそうだなあ』と思っていた。
そう。
レニャード王子と公爵令嬢ルナの婚約は、何の進展もせずに四年が経過したのです。
レニャード様が純情すぎるからね!




