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【復帰記念】四年ぶりの始動!近況のご報告です


 乙女ゲーの悪役令嬢、ルナ・ヴァルナツキーと、主役の王子様、レニャードが婚約してから、四年ほどが経ちました。


 初めて出会ったときは小さな子猫だったレニャード様も、この四年ほどですっかり成長し、大人の猫ちゃんに。丸くて小さかった頭部も身体の成長によってより丸く小さく見えるようになり、嬉しいことがあるとピンとあがりがちな尻尾もより長くなって高々とあがるように。


 うん、あんまり変わってないですね。身体の比率が若干変わったくらいで、中身は子猫です。ひとつも成長していない。でもいいんです。それがかわいいからね。


 そして私も、子ども子どもしていた手足が伸びきって、だいぶ原作乙女ゲーのスチルに近くなりました。


 テカテカした金髪のドリルロールに、徹夜明けかな? と思うような据わった目つきの三白眼。どこからどう見ても悪役顔な、ルナ・ヴァルナツキー。


 でもルナさんは素材のパーツは悪くないので、割と表情とか仕草でツリ目は誤魔化せる範囲なんだよね。


 いつも笑顔を忘れずに生活しよう、とは思っているよ。


 そう、たとえ、難解な外国語のテキストの翻訳作業をしていても。


 ……いやこれ、難しすぎません?


 私がため息をついて顔をあげると、そこには――


 すっかり飽きているレニャード様がいた。羽根ペンを、前足でちょいちょいして遊んでいる。


 ちょい、ちょい。ちょちょちょちょちょい。


 スクラッチをするDJみたいに、すごいビートを刻んでいる。


「レニャード様、ペンだってタダじゃないんですから、遊びで壊しちゃだめですよ」


 羽根ペンって天然のガチョウの羽根だから、ちょっと力を入れるとポキッと折れちゃうんだよね。


 最近のレニャード様はこれをおてての指に挟んで文字を書く技術を習得したので、しっぽでえんぴつを握っていたころに比べて、段違いに字が早く、上手に書けるようになった。


 それでも力加減がかなり難しいらしくて、レニャード様は日に2、3本のペースでポキポキ折ってる。猫的には、鳥の羽根ってやっぱり魅力的なおもちゃなんだってさ。よくこうやって楽しそうにつっついてるよ。


「知らん! お前が俺をほっとくのが悪い!」


 レニャード様はぷーいっと横を向いた。


「一緒にお勉強してるんですよね、今……」

「もう飽きた! なんなんだお前は!? せっかくかわいいこの俺が遊びに来てやっているのに、毎日毎日まいにちまいにち勉強勉強って……!」


 レニャード様がテーブルの上を横切って、私の目の前に来る。


 レニャード様が私のテキストを踏んづけて、後ろ脚で立つと、視界がレニャード様でいっぱいになった。


 大きくなったよね、レニャード様。


 小っちゃくて、それはそれはかわいらしかったレニャード様は、みるみる大きくなって尻尾も太くなり、見違えるような美猫に成長したのです。


 ……外側は。


「もっと構え! 遊べ! さもなきゃ暴れるぞ!」


 中身はあんまり……昔と変わってないかな?


 私はため息をつくしかなかった。


「だから、私はもうすぐ聖女宮に入るので、その準備があるんですってば」


 私もそろそろ社交界デビューの年齢になりつつある。


 その前に、聖女宮に入学して、二、三年くらい勉強するのがシンクレアの貴族のしきたりなんだって。


 聖女宮に入学すると、いよいよ乙女ゲー『ガチ恋王子』の本編が始まる。


 魔法の才能を見出されて入学した主人公は、貴族のご令嬢たちと一緒にレッスンをしたり、あるいは近くの王城や首都の施設でさまざまなイケメン貴族たちと交流を図ったりして、数年間を過ごす。


 私はゲーム本編だと、どのルートに進んでもそのうち処刑されてしまう。


 破滅する未来を回避するために、この四年間、レニャード様と一緒にいろんなことをした。


 まず、聖女宮の入学生を中心に、年の近いご令嬢はできる限りうちで催される音楽会に招いた。


 そこでご令嬢たちにはレニャード様の洗礼を受けてもらって、任意でレニャード様のファンクラブに入ってもらったんだよね。まあ、任意といっても、王子様相手だったらほぼ強制みたいなものだけど。


 ファンクラブの活動は年一回。レニャード様と私の音楽パーティに出席してもらって、希望者には直筆の肉球スタンプなどを配る。


 これが大ヒットしてしまい、入会希望者が殺到。あまりにも多いので、最近は新規の会員の入会を渋っているくらい。


 レニャード様のファンはとても増えた。


 今ではちょっと目を離すと、すぐに通りすがりの女の子たちに捕まってしまう。


 なんだかんだいってレニャード様は人間の言葉を理解する程度には賢いので、乱暴に抱っこされても逃げたり引っかいたりしない。


 そこがまた女の子たちに人気の秘密なんだよねえ。『私も猫ちゃんを可愛がりたいけど、道端の猫ちゃんに逃げられがち……』という子から、とくに熱く追い回されている。


 それはともかく。


 今私がこうして勉強をしているのも、準備の一環なんだよね。


 レニャード様はふてくされて、つーんと横を向いた。


「いやだ! 準備なんかどうでもいい! 俺と遊べ!」

「嫌じゃないでしょう、レニャード様も毎日の課題はやらないと……」

「お前、聖女宮に行ったらますます俺と会う時間がなくなるじゃないか! もうやだ! 勉強なんか知らん! 俺と遊べ! 今すぐ遊べ!」


 レニャード様はわがまま放題なことを喚いて、私のペンを持つ手首にうにゃうにゃと頬をこすりつけ始めた。


 ああっ、なんと卑怯な。


 おまけに手首を両手でがしっと拘束されてしまっては、もう書く作業を中断するしかない。


 レニャード様はぎゅーっと私の手首に抱き着いたまま、にゃーにゃー喚く。やめてください、その攻撃は私に効きすぎます。


「あーそーべ! あーそーべ!」

「わ……分かった、分かりましたから」


 レニャード様には勝てなかったよ……


 私は仕方なく、そばに置いてあった猫じゃらしを取り上げた。


***


 私やレニャード様が成長したように、みんなも四年間でちょっとずつ変化があった。


 マグヌス様は変人魔術師から、スコーンを愛する変人魔術師になった。


 ……この世界、ときどき英語が通じるから、バックボーンが昔の英国のイメージなんじゃないかなって思ってたんだけど、スコーンはなかったみたい。すこーんと抜け落ちてたのね、スコーンだけに。うん、ごめん、くだらないこと言って。


 マグヌス様は、レニャード様の人体実験で得たデータで、精霊に関する研究を進めて、今ではシンクレアの魔術師界でちょっとした権威になっている。


「久しぶりだな、レニャード。前回の実験から何か変化はあったか? 人間の姿に戻れるようになったか?」

「何とも言えないですね」


 レニャード様は四年間こつこつ魔術の勉強を続けてはいるんだけど、そっちの才能は本当にないみたいで、いまだにごく簡単な魔術の制御もしょっちゅう失敗している。


 人間への変化もへたっぴで、戻れたり戻れなかったり。百回に九十九回は失敗するし、しばらくすると小さな猫ちゃんに戻っちゃう。


 でも、猫から虎へ、虎から猫への変化はほぼ狙った通りにできるようになってきた。


「どれ。虎になってみろ」


 レニャード様が目を閉じて念じる。


 そのうちあたりが眩しくなってきて、レニャード様の身体がポンと大きくなった。


 ビロウドのようになめらかなオレンジの毛皮に、大きな身体、力強い顎。分厚い額の下にのぞく、鋭く輝く金褐色の瞳。筋肉でできた野太い首。しなやかな手足。


 レニャード様、虎としても成獣になったんだよね。四年前の時点でも十分大きかったけど、今ではすっかり森と草原の覇者って風格になった。お顔も猫モードに比べると、ちょっと厳めしい。


 怖いお顔の巨獣を前にしても、マグヌス様はまったくマイペースを崩さない。レニャード様の大きなお鼻を、ためらいなくわしっと手づかみにした。


「がる……」


 レニャード様が小さく唸る。四年前だったら、びっくりしたレニャード様が思わずマグヌス様の手を噛みちぎっていたところだけど、今はもう大丈夫。レニャード様が起きてる間は、人に怪我をさせたりする心配もなくなった。

土日は二回更新となります。

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