【第二章最終話】ガーデンパーティ・後編
「……でも、気をつけた方がいいかもしれませんよ。もしかしたら知ってるかもしれないですけど、レナード王子は、将来、ルナさんを見捨てて、処刑する立場ですもん」
ゲームとこの世界が大きく違うところ。
いくつかあるけど、最大は、これなんじゃないかなって思う。
だって、レニャード様は絶対に私を見捨てたりなんかしない。
「……どうして笑ってるんですか? ルナさん」
「え? ううん。何でもないです。心配してくれてありがとう、ミツネさん。でも、私たちは大丈夫です。死にフラグも、全部折っていく予定なので」
「そっか……」
ミツネさんは、なんだかさびしそうにつぶやく。
「……いいなあ」
そう、うらやましいでしょう? という気持ちで、私はにっこりした。
レニャード様は、私のかわいい王子様なんですからね。ゲームとは違うのですよ、ゲームとは。
ミツネさんと別れたあと、私とレニャード様は、初めて会う見習い聖女たちとお互いに自己紹介をしあった。実家に力のある貴族の娘と、すごく魔術の才能がある庶民の子が数人ずつで、聖女宮を出たあとはきっと宮廷の中枢で活躍するんだろうなって思うような子ばかりだった。
「ルナ・ヴァルナツキーです。私は、レニャード様の婚約者で――」
――婚約者で、いずれ処刑される運命の三下悪役令嬢。
でも、本来のルナさんはいなくなって、ゲームが始まるまでに、登場人物たちもずいぶん変わってしまった。
「ルナ」
レニャード様が私の名前を呼んだ。
私の足元に、とっておきの豪華な首輪をつけて、凛々しく顔を上げているオレンジ色の猫ちゃんがいる。
おすましをしたとびっきりかわいいレニャード様と目があっただけで、私はガーデンパーティの最中なのも忘れて、場違いなくらいのにこにこ笑顔になってしまう。
「なあルナ、少し疲れた。十分くらい眠りたい」
「分かりました。一度館に戻りましょう」
レニャード様をひょいっと拾い上げ、バスケットの中に入れて、私の部屋に行った。
部屋には誰もいなかった。
私はテーブルの上に、レニャード様が入ったバスケットを置いた。
「どうだ? あの中に、お前の知った顔はいたか?」
レニャード様は内緒話をするように、ちょっと声をひそめた。
「いえ、初めて見る子ばかりでした」
「どいつがお前の敵になるか分からないんだろう? 俺もよく匂いを覚えておかないとな!」
「それはいいですけど、匂いの話は、本人たちにはしちゃだめですよ……」
「な……なんでだ? 匂いを覚えるのは大事なことじゃないのか……?」
猫の生活に染まってしまったんですね。
「レニャード様だって、私に『レニャード様の匂いがする』って言われたらやじゃないですか?」
「失礼だな! 俺は毎日ブラッシングしてるから、くさくないぞ!」
「じゃあ、女の子たちも匂いがするって言われたらくさいのかもって不安になっちゃうかもしれないですよね……」
レニャード様は目からうろこが落ちたみたいな、変な顔になった。
それから急に何かを思いついたみたいに、あわあわとうろたえだした。
「お、お、俺は、お前のことくさいなんて思ってないぞ!?」
「えっ……急に何ですか?」
「俺はお前の匂いが好きだ!」
「うん……ありがとうございます?」
私って猫にはどんな匂いするの?
レニャード様が変なこと言うから不安になってきたよね。
「俺はお前の匂いが自分についてると嬉しいし、お前から俺の匂いがするともっと嬉しいんだ」
そんなことを言いながら、レニャード様があざとく尻尾の先を私の手首に巻き付けてくる。
私はなんとなく、自分の手首の内側を鼻に近づけて、すんすん匂いをかいでみた。全然、何も嗅ぎ取れない。
「だから、くさくないって言ってるだろ? 俺は、お前の匂いも、お前の一部だと思ってる。匂いが同じだってことは、お前も俺の一部だってことだ。分かるだろ?」
「うーん……」
猫式のコミュニケーションは複雑だね。
理屈では、マーキングのことなんだろうなって思うけど、なかなか感覚的には分かりにくい。
「ああもう。お前にも分かりやすく言うとだな……」
レニャード様はちょっともごもごと口ごもったあと、私をにらみあげた。
「お前が好きだってことだ!」
分かりやすくなりすぎちゃった。
照れるよね!
「好きだから、ずっとそばに置いておきたい。たとえ匂いだけでも、残っていたら幸せなんだ」
「はい……」
うひゃあ、はずかしい。
「だから、俺とお前の障害になりそうなものは排除する。俺もがんばるから、お前も一緒に努力してほしい。俺は、お前が処刑される未来をなくして、いつかは完全に人の姿でいられるようになりたいんだ」
レニャード様は、先日の猟犬がいっぱい襲ってきちゃった事件でちょっとだけ人に戻った。
でも、うまく行ったのはそのときだけ。
いまだに虎や人への変化は思い通りにならないんだって。
特に人間へは、狙ったときに変化しないし、予期せぬときに変化したと思ったらすぐに戻っちゃう。
「ほんの一瞬だが、俺は戻れた。なら、いつかは完全に人の姿で暮らせるようになるはずだ。俺はそう信じている。だからお前も、俺を信じろ。いつかふたりで、おとぎ話なんて本当は存在しなかったんだって、笑い飛ばしてやろう」
私の未来がどうなるかなんて、ゲームの結末を知っている私にも分からない。だって、ゲームとは違うことがあまりにもたくさん起きすぎた。
私やレニャード様が起こしたささやかな変化が影響して、いつかはゲームの未来なんてなかったことになってしまうのかもしれない。
あるいは、これからもっと予想外の揺り戻しが起きて、ゲーム通りに、私は極刑を迫られるのかもしれなかった。
それでも、私は、もう諦めたりしないって、約束したから。
レニャード様はたたたっと軽快にテーブルをよじ登ると、私のほっぺを鼻先でつついてくれた。
私も鼻の先をレニャード様の鼻にくっつけて、ご挨拶。
「いつかはこれも、台をよじ登らなくてもできるようになるはずなんだ」
「……」
私はちょっと想像してしまって、また照れた。
人間の男の子と鼻先をくっつけてちゅーは、結構戸惑うかも。
「よし。じゃあ戻るか」
「え、眠らなくていいんですか?」
「お前と話がしたかっただけなんだ」
レニャード様は、器用に片目でウインクした。
「あっ、あの!」
バスケットの中で無邪気な顔をしている猫ちゃん。
でもこの猫ちゃんは、ただの猫ちゃんじゃないんだよね。世界で一番優しくてかわいい、素敵な王子様だった。
私には一瞬、大人になった彼の幻が見えたような気がした。思わずまばたきすると、大人のレニャード様の幻は、小憎たらしい笑みを浮かべて、すうっと消えた。
「私も、レニャード様のことが好きです」
第二章はこれで終了です。
第三章が最終章となり、明日から続けて始まります。
土日は二回更新にアップグレードしますので、朝七時にものぞいてみてください。




