【天才】文字を書くのに使ったあるモノとは……
レニャード様はお茶の用意ができたテーブルの上にどっかりと乗り、用意されたおやつの小皿をぺろぺろと舐めては、ああでもないこうでもないと文句を言っていた。
やがて満足したのか、ふーっと鼻息をつくレニャード様。すぴすぴと動くお鼻はちんまりとしていてとてもかわいく、濡れて光っている。
「……なあ、ルナ。お前、もう文字は書けるのか?」
おひげをひくひくと動かしながらのレニャード様の問いかけに、私はなんと答えたたらいいのか考えてしまった。
自国の文字はおろか、ルナさんはすでに三か国語くらいで手紙が書けていた。すごいよね。私が中学生のときってどんなだっただろ? たぶん、英語はおろか、まだ日本語も怪しかったと思う。私のメールは主語と述語がちゃんと繋がってなくて文がねじれてるって、いつも怒られてたもんね。
でも、ルナさん三か国語できますよ、とはちょっと言いにくいなあ。
この世界は中世ヨーロッパ風で、お姫様とドレスの世界で、つまりまあ、それなりに男尊女卑なんだよね。
うっかり『できます』などと言おうものなら、出しゃばりで嫌な女の子だと思われちゃうかも。
それに何より、レニャード王子の地雷を踏む可能性もある。
だってレニャード様、公式でお馬鹿キャラだったからね。
シナリオ本編でもお馬鹿なエピソードをたくさん披露していて、お勉強全般が苦手だったはず。
「……まだ、練習中の身です。なかなか難しいですよね」
私がそう答えると、レニャード様の瞳はぱっと輝いた。
「そう……だよな。できなくて当たり前、だよな?」
「そうかもしれません」
あいまいな私の返事に、レニャード様はいつもの自信を取り戻したようだった。
「実は、ワルイー男爵が来て、文字も書けないのかといって俺を馬鹿にしていったんだが」
おお、と私は感動してしまった。
ワルイー男爵、実在してたんだ。男爵といえば、レナードルートでの悪役なんだよね。
彼は馬鹿王子の廃嫡を画策し、失敗して処分される。
「馬鹿にするな、俺だって文字が書ける! と言って、やつの目の前で書いてやったんだ。そしたら……」
「そしたら?」
「ワルイー男爵のやつ、『んんー、全然書けてませんねえ! でもかわいい! 百点!』とか言って、俺をベタベタ撫でまわしていったんだ……ああ……屈辱だ! 賢くてかわいいこの俺が、あんなやつに馬鹿にされた上に、ベタベタと撫でまわされるなど……!」
「最低ですね。セクハラで訴えましょう。大丈夫です、絶対勝てますから」
「せく……はら? よく分からんが、とにかく俺は傷ついたのだ」
しょんぼりしているレニャード様には悪いけど、私にはワルイー男爵の気持ちも分かるような気がした。
だって、レニャード様は何しててもかわいいもん。目の前で一生懸命文字を書くところを披露されたら、私もかわいいかわいいしちゃうかも。
もちろん、そんなことは言わないけどね。
「あ……あの、ちなみに、レニャード様は、どうやって字をお書きになるのですか……?」
レニャード様がいつも私にくれるサイン色紙は、肉球スタンプ形式だ。肉球に、カラフルなインクをつけて、ペタリと押して作る。超絶かわいいので、ちゃんと一枚一枚日付を入れて大事にしまってある。
これもある意味サインだけど、文字を書けているとは言いがたい。
「どうって……普通だぞ。紙にペンで書く」
「ど……どうやって……?」
私は思わずレニャード様の手を見ながら言ってしまった。彼のおてては肉球つきのラブリー猫ハンド。
たいへんキュートな形をしていますが、ペンが握れるようにはできていませんよね、そのおてて。
「だから、紙に……ああもう、紙とペンをよこせ! 今すぐだ!」
レニャード様がお付きの人に向かって言うと、彼はそそくさと色紙と鉛筆を出した。
私はますます混乱した。
ど……どうやって?
この鉛筆を口にでもくわえて書くのかなあと思っている私をよそに、レニャード様は、テーブルの上に色紙とペンを置かせてから、その前にすくっと立った。
それからにょろりと尻尾を巻き、ペンを取る。
し……しっぽでペンを握った……!?
驚愕する私。真剣な顔をしている、地上に降りた聖天使な猫ちゃん。
かたずをのんで見守る私の目の前で、レニャード様はしっぽをブルブルさせながら、ペン先を色紙の上に移動させた。
ぶるぶる……かきかき……ぶるぶる……
お……おお……おおおおお……!?
色紙の上に、ゆっくりゆっくり、ミミズののたくったような文字で、『レニャード』の名前が描かれていく。
「……ほら! できただろう!」
「す……すごいです! さすがです!!」
思わず椅子から立ち上がって拍手する私。
めちゃくちゃいびつな、五歳児ぐらいの筆跡だけど、かろうじてレニャードのフルネームが読める。何より、尻尾で書いたことを思えば、これはもうマーベラスな傑作と言わざるを得ませんよッ。
「レニャード様すごい! かっこいい! 天才猫ちゃん!」
おまけに色紙には、レニャードのフルネームと一緒に、ちいさな肉球をあらわす四つの丸マークも描かれていた。
レニャード様め、こんなところにもファンサービスを欠かさないなんて。にゃんこ王子の鑑ですね!
「もちろん俺は、字が書ける! だが、この技を使うと、すごく疲れるのだ……」
しょんぼりしているレニャード様がかわいすぎて、私は目頭が熱くなった。
「とても疲れる技を、私のために披露してくれて、ありがとうございます」
「いや……いい。だが……俺は、自分が情けない」
レニャード様は私の感激など目に入らないようで、とても落ち込んでいらっしゃる。
「どうも俺は、普通の人間よりも出来が悪い気がしてならない」
「そんな! 何をおっしゃるのですか!? レニャード様は天才ですよ!」
「だが、どこの世界に、十二にもなって自国の文字すら思うように書けない王子がいる?」
「それは……」
「俺のいとこは、五歳のころにはすらすら文字を書いていた。それだというのに、俺は……」
「何をおっしゃるのです、字なんか書けなくても、レニャード様は唯一無二の天才です!」
どこの世界に人語を解して字まで書く猫ちゃんがいるのか、ってことに気づいてほしい。世界最高の天才猫ちゃんなのに、レニャード様マジ自分の価値分かってなさすぎでつらい。
「レニャード様が字を書くと疲れてしまうのは、手や尻尾の形状のせいです! レニャード様は何も悪くありません! サインなんて、部下にでもさせればいいんですよ! いいえ、私がします! 私がレニャード様のためにお手紙を書く係をいたします!」
私、がんばるよ。
レニャード様のために、一生懸命勉強する。
いずれルナさんが引き継いだときに苦労しないように、いっぱいいっぱい詰め込んでおくね。
そんな私の決意あふれる申し出に、レニャードはきっとヒゲを上に持ち上げた。
「いや、いい。これは、俺の美学の問題だ。お前にばかり甘えてはいられない」
「なんという責任感……! ご立派です、レニャード様!」
「よせ。俺が立派なのは当然だが、この件に関しては本当に反省しているのだ」
私はレニャード様の発言で、また胸がジンとした。
レニャード王子、公式お馬鹿キャラだけど、根はすごくいい子なんだよね。
もとからお馬鹿かわいい設定ではあったけど、ソトヅラがイケメンからかわいい猫ちゃんに変わっているので、化学変化がすごい。性格と外見がぴったり合っているので、とにかくかわいい、守ってあげたい、って気持ちになってしまう。
私はテーブルの上に無造作に置かれたままのサイン色紙を取り上げた。
「こ……この、貴重なサインは私がいただいてもいいでしょうか……?」