【第二章最終話】ガーデンパーティ・前編
十月の落葉がきれいな季節。ガーデンパーティをするには絶好のシーズンがやってきて、聖女宮の見習い聖女たちを私の家に招待することになった。
もちろん、ミツネさんも。
久しぶりに再会したミツネさんは、表情が少し明るくなっていた。昔のことはいくらか吹っ切れたみたい。
艶やかな黒髪をなびかせ、見習い聖女の白いケープを羽織った彼女は、器量のよさが引き立って、本物の聖女様みたいに見えた。
「あのときは、本当にごめんなさい……」
彼女が謝るのを、レニャード様は猫のしっぽをくるんと巻いて、軽くいなした。
「終わったことだ。いつまでも気に病むことはない。俺の友達だったクレア・マリアの分まで、楽しく愉快に生きろ」
レニャード様、元の女装子だったクレア・マリアと友達だったもんね。
「あのね……私、虫のいい話かもしれないけど……もしも、全部の償いが終わって、魂の穢れが取れたら、そのときは……」
ミツネさんが、祈るような調子で言う。
「……何年かかってもいい。いつかまた、シスル様に会いに行きたい」
え、ええ。ちょっとそれはどうかな。シスル様にもシスル様の人生があるだろうし。十年後も独り身とは限らないよね。
でも、野暮かな。たぶん、ミツネさんだってそんなことは分かってるよね。
私が戸惑っている間に、レニャード様は明るく弾んだ声を出した。
「そうしてやってくれ。シスルはいいやつなんだ。あいつのために祈ってくれる人間がいたら、俺も安心する」
善意の塊みたいなレニャード様の発言がまぶしすぎて、私は目をしぱしぱさせた。
ミツネさんは笑っているような、困っているような表情で、それと分からないくらいさりげなく、目じりの涙を人差し指でぬぐう。
「一生懸命、聖女宮でご奉仕させていただきます」
そして私は、ミツネさんの純粋そうな発言にもまた目がしぱしぱした。
当人同士がそれでいいと言ってるのなら、いっか。
私はレニャード様が元気ならそれでいいよ。
***
お庭に用意した特設のステージに、ピアノ、フルート、ヴァイオリン、タンバリンが用意されている。
私がピアノの前に座り、公爵夫妻がフルートとヴァイオリンをそれぞれ手に取る。
小さなレニャード様がしっぽで器用にタンバリンの持ち手をくるりと巻き、持ち上げたところで、見習い聖女たちから黄色い悲鳴が巻き起こった。
お静かに、というジェスチャーを受け、一応はおとなしくなったけれど、みんな、そわそわしている。
そうだよね。猫ちゃんがしっぽで物を持ちあげたら大ニュースだよね。SNSなら何万回もgood評価されちゃうよ。
曲目は有名オペラをコンチェルトに直したもので、メロディも比較的簡単だった。
楽器の三重奏が滑らかに滑り出し、ふいにレニャード様がタンバリンの鈴を鳴らす。
明らかに楽譜通りの、ごく無難な演奏なのに、見習い聖女たちは目を皿のようにしてレニャード様に見入っていた。
かわいいからね。
オペラの中でもとりわけ有名な一節が流れたところで、レニャード様がふいに歌い出す。
見習い聖女たちはまた黄色い悲鳴をあげた。
レニャード様、声がイケメンな上にやたらお歌がお上手なんだよね。
なんかね、腹式呼吸っていうの? 発声がいいからか、声を張り上げるオペラ曲とかに向いてる。
猫の声帯と腹筋で、どうやって? っていうのは永遠の謎だよね。
たぶん、精霊さんがなんとかしてくれてる。
「私のもとを去ろうというのか、美しい人。あなたは網にかかった小鳥」
かっこいい声と歌詞。ルナさんのパパとママのすばらしい演奏。
猫のおててが激しくタンバリンを叩く。
タァン!
「私の視線は稲妻のようにあなたを撃ちすえ、逃がしはしないだろう」
張りのあるかっこいい歌声と情熱的な歌詞。
公爵夫妻の超絶技巧をこらした演奏。
猫の尻尾が激しくタンバリンを揺らす。
シャララァン!
「ああ、私は理性を失っている。私の幸福はあなたの手の内にゆだねられているのだ」
切ないラブソングを歌いあげるレニャード様。
濡れ濡れのヴィヴラートをたっぷり効かせるヴァイオリンとフルート。
猫のおててがタンバリンを叩き、尻尾が鈴をかきならす。
タンタンタン、シャアン!
私は笑いがこらえきれずに、結構何回も鍵盤を押し間違った。
いやだって。絵面が卑怯じゃない? 真顔で演奏するの難しいよ、このシチュエーション。
ちらりと会場を見ると、見習い聖女たちも複雑そうな顔をしていた。『歌うまーい! すごーい!』という顔をしている子もいれば、『タンバリンて……』という感じで引いている子もいて、さらに情報量が多すぎて処理しきれなかったのか、ぽかーんとしている子もいた。
分かる。私は何を見せられてるんだ……? 実はものすごいのかもしれないが何が起きてるんだかよく分からないぞ……? って気分になるよね。つまりは情報量が多い。
タンバリンを叩き、美声で歌う猫ちゃんの雄姿は、きっと見習い聖女たちの脳に、一生消えないインパクトを与えたことでしょう。
私も一生忘れないと思う。
その後、伝説として語り継がれるセッションは、一時間ほど続いた。
***
レニャード様との楽しい楽しいコンチェルトはあっという間に終わった。
レニャード様は大人気だった。殺到する見習い聖女たちに器用な尻尾を褒めそやされ、いい気になって触らせてあげていた。
「うわっ、すっごーい! 力つよーい!」
「猫ちゃんとは思えませんね」
「かーわーいー!」
まあ、いいですけど。レニャード様はかわいいですからね。
後ろでぽつーんと立っていたら、ミツネさんが気を使って「あ、あの、何か飲みませんか? 取ってきますよ」と聞いてくれた。いい人だね、ミツネさん。
レニャード様から少し離れて、ふたりでレモネードを飲んだ。
「あのレナード王子の婚約者って、やっぱり大変そうですね」
ふいにミツネさんがそう切り出した。
「ええ、まあ……ルナさん、死亡フラグ満載ですからね」
「それもありますけど、レナード王子って、すっごいイライラしません? 偉そうで、押しつけがましくて、パワー系の勘違いナルシスト俺様王子で……」
「それがかわいいんですよ」
私がちょっとむっとしながら答えると、ミツネさんは慌て始めた。
「あ、そうですよね。ごめんなさい。ルナさんは、レナード様本命なんですもんね」
そうですよ。失礼しちゃいますね。
「レニャード様はゲームのレナード王子と全然違いますもん。偉そうだけどそれは場を和ませてくれるかわいい冗談ですし、全然押しつけがましくなくてむしろすっごい気配り上手で優しいですし、俺様といっても単にやたらとポジティブでナルシストなだけで、人に意地悪をしたりするような人じゃありませんし」
「わ、分かった、分かりました。本当にお好きなんですね」
ミツネさんがなぜか怯えた様子で私から目を逸らした。なに? 早口すぎた?