【遭遇戦】レイドボス・虎の攻略方法~スタン効果のホルンに注意~
レニャード様は、やわらかい体を駆使して、ちょっとだけ頭を持ち上げた。レニャード様が私の頬に額をぴたっと押しつける。
ふわふわの虎の毛の感触がした。
「俺は、お前が好きだ」
「レニャード様……」
大きな虎の爪や牙が、私の顔のすぐそばにある。でも、もうちっとも怖くなかった。
好きだと言ってもらえて、胸いっぱいに広がる甘い気持ちが、怖さをかき消してしまったみたいだった。
初めてレニャード様に会ったときに感じた、ルナさんの恋心によく似ている。でも、これは、私の心だという感じがした。
ルナさんからの影響でもなくて、前世のゲームをプレイした記憶でもなくて。
私が、猫のレニャード様と毎日触れ合っていたから、少しずつ生まれてきた感情。
「……私も、レニャード様のことが――」
そのとき、遠くから、激しく吠えたてる犬の声がした。
レニャード様がすばやく耳を動かして、あたりをうかがう。
「しまった。見つかった……!」
犬は一目散にこちらに走ってくる。もっと遠くで、狩猟用のホルンが鳴る音もした。
「応援を呼ばれた。早く逃げないと、集まってくる!」
「分かりました。レニャード様は、行ってください。こう言ったらなんですけど、私一人の方が安全です」
激しく吠えたてる犬がすぐそばまで迫ってくる。
レニャード様は立ちあがって、にらみつけた。
「ダメだ、犬の匂いが多い! いくらお前でも興奮した犬によってたかって襲われたら危険だ!」
レニャード様の発言通り、あとからあとから犬が集まってくる。
目の前の大きなグレートデーンは、レニャード様が短く吠えたら大げさなぐらい怯んだ。でも、応援の犬が増えるにつれて、また勇気を取り戻したみたいで、激しく吠え始めた。
こういう、犬に獲物を囲ませて、大勢でいじめて殺す猟ってなんていうんだっけ。何回か見たことあるのに忘れちゃった。
猟犬に囲ませている間は、そばで見守ってる人間が銃で撃つことはあんまりなかったはず。だって、自分の犬にも当たっちゃうからね。
あとは、獲物を囲んで興奮している犬をどれだけ制御してくれるかなんだけど……
犬はあっという間に増えて、二、三十頭くらいになった。
うわあ。狩りで連れてた犬全部解き放ったのかな? やりすぎじゃないかな。こんなにたくさんの犬相手じゃ警備兵たちも収拾つけるの苦労しただろうね。人間の言葉が通じるわけでもないし、力づくで押さえ込むのだって大変。
犬といえども、殺意と犬歯をむき出しにして、集団でぎゃんぎゃん吠えていると、そこそこ威圧感がある。けっこう怖いかも。
レニャード様が負けじと大きなうなり声を発すると、犬の群れに怯えたような悲鳴がまじった。
まあね。どう見てもレニャード様の方が強そうだもんね。
にらみ合っているところに、ホルンを吹いていた人たちもどんどんかけつけてくる。
バーベキュー帰りのパリピ……じゃなくて、名もなき富裕市民の男性たちが三人ほど合流した。
「お嬢さん、虎を刺激しないように、ゆっくりこっちに来るんだ」
中の一人、最新流行に身を固めた男性が話しかけてきた。
「この子は暴れたりしません。人間の言葉が分かりますし、話せます」
ね、レニャード様。
私が目配せをすると、彼はうなり声を発するのをやめた。
「……おい、はやく犬を退かせろ。怪我をさせたくない」
男の人たちは顔を見合わせて、どよめいた。喋ったぞ、とか、なんだあれ、とか、言い合っている。
「さっさと撤収して、犬を一頭残らず檻に入れ直せ。そうすれば、今回は見逃してやらなくもない」
かっこいい声でびしっと命令するレニャード様は、迫力抜群だった。気の弱い人なら、これで従うはず。
でも、パリピ(推定)はこんなことで怯んだりしなかった。
「どうなってるんだ……?」
「この娘、魔女か? 口をきく化け物は使い魔かもしれん」
「違います! この子はれっきとした人間です! それも、シンクレア王家の!」
彼らは何がなんだか分からないという顔をしている。
「そうだ。お前ら、よく覚えておけ。俺が、俺こそが、シンクレアの王子! レナード・バル・アッド・シンクレアだ!」
レニャード様がいつもの口上を述べる。
すると――なぜか男たちは、大爆笑した。
「何を言っている! この化け物が王子殿下であるはずがない!」
ええー。そりゃ確かに『お前は我が友李徴ではないか?』ぐらい荒唐無稽だけどさあ。
「私はヴァルナツキー公爵の娘、ルナです。レニャード様の婚約者やってます」
一応名乗ってみたけれど、男たちはますます笑うばかりだった。
「公爵家の娘がこんなところをひとりでほっつき歩いているものか」
「きっと頭がおかしい娘に違いない」
いやまあ、それはそうなんだけどさ。
普通の公爵令嬢は供も連れずに徒歩で出歩いたりしないよ? 分かってるけど、釈然としないよね。
「気を付けろ、何かおかしな魔術をかけてくるかもしれないぞ」
「ああ、念には念を入れて、ここで仕留めておくか」
彼らはお互いに納得しあって、肩にかけていた猟銃を手に取った。
「いい加減にしてください、レニャード様に手を出せば極刑は免れませんよ?」
「おい、動くな小娘、手元が狂う」
「心配いらないよお嬢さん、こいつは銃の名手なんだ。一撃でしとめてくれるさ」
銃を構えた男とは、十歩も距離がない。
この距離で命中すれば、致命傷になりかねない。
「おい、ふざけるなよ、俺が飛びかかってお前を殺す方が早いぞ!」
レニャード様が吠えたけれど、彼は構わずに引き金に指をかけた。
その瞬間に、レニャード様が消えた。
銃声が至近距離で鳴り、耳をつんざく。
レニャード様は手近な建物の屋根にいた。外したと悟った男が頭上に向かってもう一発撃とうとするよりも早く、レニャード様が後ろ脚で力強く屋根を踏み切る。
レニャード様は正確に男を踏みつけた。地面にひっくり返って伸びている男を捨てて、隣にいた男の人にも爪をふるう。
銃は半ばから折れて、使い物にならなくなった。
「……くそっ!」
最新流行の服を着た男が必死に銃口を定め、引き金を引く。
レニャード様は反射的に噛みつこうとして、ためらった。
な、なんで? 今、倒せたはずなのに!
あ、手加減がまだ苦手だから? 殺してしまうと思ったの?
なんにせよ、痛いロスだった。レニャード様がワンテンポ遅れて男に向かって頭突きを繰り出した瞬間、男の銃口が火を噴いた。
男は押し倒され、銃をはるか向こうに蹴り飛ばされて、行動不能に。
荒い息をするレニャード様は、肩口が真っ赤に染まっていた。
その場に崩れ落ちるレニャード様。血の匂いに興奮したのか、犬の群れがざわめきたった。
オレンジの巨体めがけて、小さな犬たちが殺到する。
レニャード様は頭の一振りで、犬たちをまとめて払いのけた。でも、すぐにまた別の犬が飛びかかってくる。
「わあ、やめてください!」
いくらレニャード様でも、二十以上の犬からよってたかって噛まれたら死んでしまいかねない。
「あっちいって、もうやめてー! この! この!」
私がそのへんに生えてた木から枝を折り取って、犬たちに向かって殴りかかると、彼らは人間を噛まないように躾されているからか、反撃はせずにさっと退いた。でもそれも一瞬のことで、あとからあとからレニャード様にたかろうとする。
「ちょっと、犬を退かせてよ! はやく!」
伸びている男をゆすぶり起こすと、右肩にかけていた狩猟用のホルンが落ちた。
こ、これだー!
狩猟用ホルンの合図の仕方なんて知らない。でも、これを鳴らせば犬たちは何かしらの反応をするはず!




