【MAD】改造後の変更点早見表・2019年11月最新版
というわけでやってきましたマグヌス様の研究室。
マグヌス様、すっかり王城の離れを自分専用に改造しちゃって。どこのマッドサイエンティストのラボかと思いましたよ。
私がマグヌス様お気に入りのはちみつを持っていくと、「もう十分ある」と言って、ずらりと並んだツボをうれしそうに見せてくれた。
「しかし、すぐになくなるからありがたい」
「すぐになくなっちゃうんですか……この量が?」
「朝昼晩パンにかけたらなくなるだろう?」
かけすぎじゃないですか? と言いかけたけど、やめた。マグヌス様は気難し屋だから、機嫌が悪くなったら手を貸してくれなさそう。
「私は、バターの方が好きなので……」
「そうか……まずしい味覚をしているんだな」
憐れまれてしまいました。
「レニャードのほうはどうだ? 最近は何を食べているんだ? 味覚に変化はあったか?」
「基本的なお好みは変わってないようですけど……」
「食べても食べても腹が減る」
レニャード様がちょっとしょんぼりしながら言った。
「ふむ……燃費が悪いのかな。君の身体は精霊からの贈り物だから、身体を維持するのに必要な魔力は勝手に周囲から汲み出しているはずなんだが、うまく行ってないのかもしれん」
彼は、ちょいちょいと指先を振って、火を出したり、水を出したりした。
「……環境に問題はないな。なぜうまく行かないのだろう。抗魔力値が高すぎるといっても精霊であればこのくらいは許容範囲のはず……」
後半はぶつぶつとした独り言になっちゃったので、私には聞こえなかった。
精霊かあ。そもそも精霊って何だっけ。
何回か教えてもらったんだけど忘れちゃった。
「……あの、基本的なことかもしれないんですけど……精霊ってなんでしたっけ?」
私の質問に、マグヌス様は目をしばたたかせた。
***
精霊について、マグヌス様の説明はこうだった。
まず、この世界は天界、人間界、精霊界、冥界……といくつかの世界に別れている。
世界の大本を担う根っこが、神様のいる混沌界。
神様が楽をするために、より簡単な作業を任せているのが、精霊界や冥界など。
それぞれの界には天使や悪魔、精霊などなど、幻想的な種族がたくさんいるけれど、強い力を持つ存在ほど人間とは縁がないみたい。
「本来なら、精霊も人間とは無縁なのだがね。たまに精霊に好かれる人間というのもいるんだよ。私は何人かこの目で見たことがある」
「どんな人たちだったんですか?」
「タイプは違うが、いずれも強力な魔術師だった。精霊の加護があれば当然だな」
精霊ってそんなにすごいんだ。
うまく想像できないから、どう聞いたらいいのかも分からないよ。
私がぼんやりしていると、マグヌス様は私の感想を読み取ったかのように、続きを話してくれた。
「精霊は人間界でいったら小さな虫のような働きをする。土の中の虫が木の葉を食べて土を耕すように、彼らは他の界から人間界に魔力を循環させて潤す役目を果たしている。本当にまれにだが、生きている人間に取りつく精霊というのもいる」
私はちょっと寒くなった。
「それって、寄生虫……」
「毛嫌いするのはよくないぞ。善玉の精霊は、宿主にすばらしい贈り物をしてくれる。そのひとつが、レニャードの、猫の身体だ」
え、そうなの。あれって、善玉の精霊の贈り物なの。なんでもいいけど善玉っていうとビフィズス菌を思い出すね。
「シンクレアの始祖王は、おそらく精霊が寄り集まって、獣ないし人型を取ったものだったのだろう。レニャードは土地の精霊の強い影響下にある」
マグヌス様がうれしそうだから、きっといいことなんだよね。
「おそらく精霊に願えば、身体も元通りにしてもらえるだろう。しかしそれには、レニャードが精霊との対話を果たさなければな」
「お話をするんですか?」
「いや。会話はまず成立しない。身体の内側に住む精霊を働かせるには、魔力のやり取りが不可欠だ。私が教えようとしているのは、そのための魔術なんだよ」
マグヌス様がにこやかにレニャード様を振り返る。
「さて、レニャード。君は、魔術教練のテキストをどこまでやっている?」
「……理論は一通り知っている。だが、まったく思い通りにならん。急に爆発したり、発動しなかったりする」
マグヌス様は少し考えるようなそぶりを見せて、うなった。
「精霊は、まだ君を主人と認めていないのかな」
「どうすればいいんですか、先生」
「魔術制御の精度を高めるしかないだろう。精密動作ができるぐらいになれば自然と精霊も君の意図を読み取るようになるはずだ」
マグヌス様はにっこりした。
「正直気は進まないが。これもさらなる実験のため、ひいてはボーナスのためだ」
「お金ですか」
「北で採れるとかいうメープルシロップが気になっている」
「ええ、意外。蜂蜜以外にも興味あったんですね」
「いや、蜂蜜だが? メープル蜂は寒い地方でしか活動しない蜂だ。甘くないのが特徴で、あとから砂糖を足して煮る。生産者によって味が大きく変わるらしくてな。一つ味見をしてやろうかと……」
いやまあ、なんでもいいのですが。
「スコーンとかにつけて食べたらおいしそうですね」
私が適当に打った相槌に、マグヌス様が食いついた。
「スコーン……? なんだそれは」
あれ、この世界スコーンなかったっけ?
元の乙女ゲーでも料理は地球のやつと同じだったから、たぶんあると思うんだけど、名前が違うのかな。たまに予期せぬ名称バグが起きてるんだよね、この世界。こないだレストランに行ったときもさ、フライドエッグプラントって名前の料理があったから、てっきり卵と野菜の料理だと思って注文したら全然違って、マーボーナスが出てきたことある。西洋風世界なのにマーボーナスって。面白いよね。
「ほらあの、バターをたっぷり入れて焼いた小麦粉のやわらかいビスケットですよ。サクサクで、ちょっと水分がなくてもそもそして食べにくいんですけど、こう、はちみつとかをどばーってかけて食べると、いい感じにしっとり、おいしい、みたいな……」
私の怪しい説明に、マグヌス様は真剣な顔で黙り込んでしまった。
もしかして、食べたいのかな。
「……スコーンって名前じゃ通じないかもしれないですけど、やわらかいビスケット、バター多めで、とにかくバター! って注文したら、たぶんコックさんも分かってくれて、いい感じに作ってくれると思いますよ?」
私がそう言い添えると、マグヌス様はすっと立ち上がった。
「厨房に行ってくる」
「えっ、修業は……」
「そんなのは後回しだ!」
横暴ー。
「ボーナス出なくなってもいいんですか?」
「うるさい! だいたいレニャードがドン引きするほど才能ないのはこないだ明らかになっただろう! 一日二日練習したぐらいじゃどうにもならんから大人しくしてろ!」
マグヌス様、そんなにはっきり言わなくても。
マグヌス様がさっさと出ていってしまったので、あとには暗い顔のレニャード様と私が残されました。
「……俺は、もしかして、ずっとこのままなのか……?」




