【抱き枕】トラの体温は37.5℃もあるって本当!? 実験してみました!
フルツさんの特訓のかいあって、レニャード様はジャンプが上手になった。
高いところに吊るされた肉の塊めがけて、レニャード様が垂直に飛び上がる。
大きな肉の塊を悠々とゲットして、レニャード様は音もたてずに着地した。
「わー! すごーい! たかーい! レニャード様ジャンプが上手ー!」
私がスタンディングオベイションで出迎えると、レニャード様は得意げに鼻を鳴らした。
やっぱり虎ほどの大きな哺乳類にもなると肺活量がすごい。ブシューッと、すごい鼻息がした。
最近のレニャード様はすべって転ぶこともなくなって、物音も立てずにひたりと人の背後に立つ。
「すごい静音機能! レニャード様静か! 高級スポーツカー並みですね!」
「スポー……? よく分からんが、俺はかっこいいということだな!」
「レニャード様かっこいい!」
私が褒めちぎっている横に、そっとフルツさんも来た。
「殿下はもう、走る訓練の方は十分であると思います。すばらしい走行能力です」
「俺のすごい足があれば、馬とかけっこしても負ける気がしないな!」
わお。レニャード様、ノリノリですね。脂が乗って、調子にも乗っちゃってますね。
そしてフルツさんは、無数の野菜でどろどろになった地面を振り返った。
「あとは、手先の訓練がうまく行けば……」
レニャード様、まだ瑪瑙トマトにキズをつけずに掴む訓練できないんだよね。
レニャード様がちゃんとこれをクリアする前にうかつに近づくと、私の手足もあの透き通ったトマトのように梨汁ブシャーしてしまうので、はやくクリアしてほしいところ。
あ、落ちてる野菜はあとで洗って水炊きにしてレニャード様がおいしくいただきます。
「歩いたり、走ったりするときは爪をしまっておけるんだが、ものを手でつかむとなるとうまく行かん!」
「虎ハンドってやっぱり動かしづらいんですか」
「まったく自由がきかん。焦ると爪が出る」
レニャード様は大きなおめめをほんの少し寄り目にして、じっと手を見つめた。
分厚い肉球がくっついているおてて。
レニャード様の肉球はピンクでとってもかわいい。
私も触ってみたいんだけどね。今はまだ危ないからおあずけ。
「せっかくお前を抱っこしてやれるサイズになったのに、全然思い通りにならん。お前がかわいい猫の俺をひょいひょいつかまえて持ち上げていたように、俺もお前を抱っこしてみたいんだが……」
じゃきん、と、おてての先端から爪が出た。
カッターをいくつも並べたような、大きな爪だ。
「落としそうになるとつい爪が出て、輪切りにしてしまう」
「真っ赤なタマネギみたいになっちゃいますね」
絶対に大きいレニャード様には抱っこされないように気をつけよう。
「でも、俺が抱っこしてやれないと、お前にしてもらわなきゃいけなくなるだろう? 俺はでっかいから、非力なお前では持ちあがらない。お前の腕が抜けてしまう」
レニャード様が澄んだおめめで聞いてくる。
「抱っこは重要なのですか」
「……重要じゃないのか?」
レニャード様が小首をかしげた。
んんん、小首をかしげる虎さんめちゃめちゃエモい。
いい年して抱っこが好きな王子様って……と私は言いかけたけれど、やめました。いいじゃないですか。大きなお兄ちゃんが甘えたがりでもいいじゃない。差別よくない。
レニャード様がじっと私を見つめてる。虎になって、うかつに近寄ると危ないくらいごっつくなっても、おめめきれい。レニャード様のきれいな心がそのまま反映されてるみたいですね。
私がかわいいと思っているんだから正義じゃないですか。いいですよ。してあげますよ。
「えっと、レニャード様がじっとしていてくれたら、こう、後ろからぎゅーっとしてあげられそうなんですが」
レニャード様は、猫背をいくらか伸ばして座り直した。
「たとえ終末のラッパが鳴っても、俺はここから動かん!」
「そんなに重く行っちゃいますか」
私がレニャード様の後ろに立って、首輪の外側に腕を回したところで、レニャード様はそわそわ、きょろきょろとした。
うおーい。動かないって言ったのに。
若干の不安を残しつつ、私が抱きしめた首回りのリアルファーはふかふかで、快適だった。
「これはよい抱き枕ですね。冬場は手放せなくなりそうです」
「ば……馬鹿! どどど同衾なんて、破廉恥だぞ!」
レニャード様が急にしっぽをぴんと上に立てたので、私はしこたま顎を打った。
「す、すまん、ルナ……」
「いえ……」
うずくまって顎を押さえている私に、レニャード様がおろおろと前足を差し出し、考え直して、また降ろした。
うんうん、輪切りになっちゃいますからね。動かないでくださいね。
「くそ、歯がゆいな……全然身体が言うことを聞かん」
「焦っても仕方ないですよ。地道にやりましょ」
顎をさすりながら立ち上がる。
猫背をさらに縮めて小さくなっているレニャード様を見下ろして、私はふとあることが気になった。
「レニャード様って、猫になりたての頃もこうだったんですか?」
「いや……猫になったときは、特に苦労しなかった。思う通りに跳べたし、走れた」
レニャード様は大きな首をちょっと傾げた。
「……あのときは、どうやって身体を動かしてたんだ?」
天然でやってたんでしょうかね。うーむ。
「そろそろ、身体を動かす訓練よりも、魔術の制御訓練の方が重要になってくるかもしれませんね」
と、遠慮がちに口を挟んだのはフルツさん。
「熟練の騎士は、魔術で補強しながら剣をふるいます。レニャード様に必要なのは、そちらの方なのではないでしょうか」
マグヌス様からフルツさんに先生が代わってもう何か月もたった。
そろそろマグヌス様のところに会いにいかないとね。
 




