【猛獣使い】トラをテイムしちゃったあなたへ! 調教するときのポイントまとめ動画です
「首筋噛むのはやめてくださいね……」
「大丈夫だ、訓練が終わるまでは噛みつかない!」
「信じてますからね」
やめてね、それは本当に死んじゃうからね。
レニャード様の上機嫌はそれだけにとどまらなかった。
「うむ! やはり大きいことはいいことだな! 以前の俺もそれはかわいかったが、強くて大きいのは気分がいい!」
「なんならレニャード様、強くて大きい上に、今もめっちゃかわいいですしね」
「はははは! なら俺はかっこよくかわいい、最強生物ということになる!」
「異議なしです、レニャード様」
レニャード様が上機嫌に咆哮を上げる。ゼロ距離で聴く虎の鳴き声は、雷のようなすごみがあった。耳きーんってなったよ。
「ルナ……お前は、小さいな」
レニャード様がまた得意げに言うので、さすがの私もちょっとむっとしましたね。
「それ、もうさっき聞きました。大きくなったのがそんなに嬉しいんですか?」
私がちょっとすねてみせると、レニャード様はふっと、余裕しゃくしゃくで笑った。
「ああ、嬉しい」
「ちびっこじゃないんですから、大きければえらいってもんじゃないんですよ、レニャード様」
「分かっている。だが、ちびの猫だったころには分からなかったことが、たくさん分かるようになった」
レニャード様は、大きな舌で、べろりと私の首筋を舐めた。
「うひゃあああ!?」
ネコ科の舌、舐められると超痛い! ざらざらする!
「お前は小さくて、やわらかくて、いい匂いだ。思わずかじりつきたくなる……」
「食欲!? やめてくださいレニャード様、それは本当に死にますんで!」
訓練中、無残な死をとげた可哀想な野菜たち。もちろんあとでレニャード様が全部おいしくいただきました。
グシャー、ドロー、と、豪快につぶれて汁をまき散らす野菜たちの姿は、今も私のまぶたの裏に焼き付いています。
レニャード様に噛まれたら、私もそうなるからね。
「ルナ。ルナ……ああ、お前のことを思うと、胸が熱くなる。こんな気持ちは、知らなかったんだ。猫だったころには、お前がこんなにおいしそうだなんて、知らなかった……」
「しっかりしてくださいレニャード様、人間なんか食べてもおいしくないですからね!?」
やばいやばい。レニャード様、ちょっと興奮してないかな。まだ下敷きにされて、壁ドンならぬ地面ドンになってるけど、そろそろ離してほしいよ。
私がなんとかレニャード様の下から抜け出そうとわたわたしていたら、フルツさんがそっと近寄ってきて、レニャード様の後頭部をぺちっとはたいた。
「そのくらいにしてさしあげてください。いつまでイチャイチャしてらっしゃるんですか」
レニャード様が瞬時に起き上がり、二足歩行の虎に戻った。
「は、はあ!? いちゃいちゃなんてしてないだろ!?」
なにか後ろめたいことがあるのか、両手を上にするレニャード様の動きは、とても人間くさかった。
バンザイする虎、かわいいね。
「好きな女の子を押し倒して首筋を舐めるのは、一般的にはイチャイチャと言いますね」
フルツさんが淡々と顔色を変えずに言うので、私は思わず抗議したくなった。
ええ。あれ、そんなかわいらしいものだったかな。
この獲物おいしそうだな、ちょっと味見しようかな、みたいな感じじゃなかった?
物理的に食われそうな予感をひしひしと感じたよね。
「すっ、すすすす好きじゃないし、押し倒してないし、首筋だって……あれは、挨拶みたいなものだ!」
「あれが挨拶だとすれば、おふたりは普段どれほど仲良しな挨拶をしていらっしゃるのかと思いますね」
「ふ、普通だ、普通!」
「おふたりが仲良くしていらっしゃるのはいいことですが、そういうことは隠れてやるものなので、覚えておいてください。見かけ次第邪魔していきますんで」
フルツさん、ちょっと目がすわってる。
もしかして、結婚の話題がそろそろ地雷になるお年頃なのかな。この世界って女の子は結婚して初めて一人前だし、男の人も収入があったら女の子を追いかけるのが常識で、しない人はちょっと異常……みたいに言われるから、生きづらいのかも。フルツさんっていくつだっけ?
「ああ。猫のときは、あんなにかわいらしかったのに……」
ため息をつくフルツさん。
もしかして荒れ気味なのは、レニャード様が虎になったから嘆いているのかな。
「フルツさん、それは間違ってます。レニャード様は今もすごくかわいらしいです」
「そうでしょうか……」
「レニャード様、新しいサイン色紙はフルツさんにプレゼントしましたか?」
「ああ、そういえばまだだったな。いいだろう、これが俺の最新版の原寸大・肉球サインだ! ありがたく受け取れ!」
レニャード様が合図をすると、お付きの人がしずしずと近寄ってきて、大きな色紙を取り出した。
赤、オレンジ、黄色、茶色、黒。レニャード様らしいカラフルなインクで捺印されているのは、人間のヘッドくらい簡単に吹っ飛ばしそうな、巨大な虎の肉球だった。
フルツさんは口元を手で覆った。たぶん、ちょっとニヤケたんだと思う。
「でけぇ……!」
思わずといった感じで、素の口調に戻るフルツさん。
「ね? こんなにおっきいおててになっても、レニャード様のすることって変わらないんですよ。中身はレニャード様なんです。虎になっても、全然変わってません。あれはただの、大きい猫ちゃんです」
「大きい猫ちゃん……!」
フルツさんがそっと色紙を抱きしめる。うんうん、分かる分かる。かわいいよね、愛しいよね。
「今度猫じゃらしもしてあげてください。レニャード様、身体が大きくなりすぎて、もう私では一緒に遊んであげられないんです。フルツさんくらいですよ、レニャード様のスピードについていけるのは」
「そうですか……そういうことなら」
新しい下賜品を大切そうに小脇に抱え、フルツさんは優しい目つきでレニャード様を見た。
「やはり遊び相手がいないと、寂しいでしょうからね……」
フルツさんって面倒見いいよね。やさしいんだ。
まあ、単に猫が好きなだけかもしれないけどね。レニャード様、性格もけっこう猫だからね。原作のときと言動ほとんど変わらないのに、元がほがらかお馬鹿な俺様王子だったせいで、生まれつき野生の猫って言われても違和感ゼロだもん。
レニャード様は退屈そうにしっぽをぱたぱたさせながら空に浮かんでいる雲を見ていたけれど、お話が終わったのを見計らって、フルツさんのそばに寄った。
「フルツ、そろそろ戻ろう。また訓練をつけてくれ」
「了解しました」
「お前には面倒をかける。だが、俺は、人から受けた親切を忘れることはない。きっといつかお前の忠誠にも報いてみせる」
「レニャード様……」
訂正。
レニャード様のこういうところだけ、原作よりちょっと大人になった。
本来なら、レニャード様の真面目な王子モードが見られるのは、主人公と出会って、これまでの自分を見つめ直してから。
主人公がいなくても、ちゃんと自分を見つめ直せたレニャード様が、私はとてもかっこいいと思う。
ゲームをプレイしていたときも面白い子だなとは思ってたけど、私はこっちのレニャード様の方が好きだな。
こうして虎さんのほのぼのハプニング集改め、俊敏な野生の虎を養成するためのフィジカルトレーニングは進んでいったのでした。




