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【超可愛い】王子様と婚約してみた


 乙女ゲー『ガチ恋王子』の登場キャラクター、レナード王子と、公爵令嬢ルナ・ヴァルナツキーの婚約は、無事に成立した。


 ただ、なぜか王子の姿は猫に変わっていて、本人がレニャードと名乗っているという不具合バグは発生していたんだけどね。


 気が付いたらルナさんになってしまっていた私は、前世から猫好きだったのもあり、レニャード王子にひと目惚れ。初めは、「一度目の人生も投げやりだった私が異世界転生とか……勘弁してよねホント」と思っていたが、あんまりにも猫王子がかわいかったので、ちょっとだけやる気を出した。


 せめてルナさんが戻ってくるまでは、細々とルナさんのふりを続けようと思ってます。


 できれば、シナリオ通りに処刑される前に帰ってきてくれるとありがたいんだけどな。


 いつでも無傷でアパートを明け渡す準備はできていますんで。敷金は全額返済でよろしくお願いしますね。


***


 レナード王子は、ゲーム本編に、俺様でマイペースな王子様として登場する。


 その幼少期――の、猫に変化した姿(もう訳が分からない)に当たるレニャード様も、まるで甘やかされて育ったワガママ猫ちゃんのような性格をしていた。


 いつも思いつきで行動し、王子教育や授業をサボって街に遊びに行くなど日常茶飯事。


 ヴァルナツキー公爵令嬢との婚約が成立して以来、彼は頻繁に私の部屋へと遊びに来るようになっていた。


 彼が来ると、廊下が騒がしくなるので私にはすぐに分かる。


「なんだ、この俺が来てやったというのにドアが閉まってるじゃないか! すぐにここを開けろ!」

「レニャード様。はい、ただいま」


 私がいそいそと、侍女のようにドアを開くと、ぬるりと滑らかにオレンジ色の小動物が侵入してきた。


「ははははは! 俺だ、レニャード様だ! お前が俺に会えなくて寂しがっているだろうと思って来てやったぞ!」


 結構大人っぽい男の声を発するのは、ちんまりとしたかわいい猫ちゃん。どこから声が出てるのか、どうやって人語を解しているのか、謎が謎を呼ぶ未確認王子状生物だ。


 元気いっぱいに響き渡るレニャード王子の声を聴くなり、私は胸が熱くなった。


 レニャード様、今日もうるさくてかわいいね。


 毛並みもつやつやでお鼻もうるうるだね。


 かわいい、素敵、かっこいい。


 いろんな気持ちが胸の中でごちゃまぜになって、私は阿呆のようにうっとりとレニャード王子を見つめた。


「さてはお前、俺に会えて感激しているな?」


 そんなことを言いながらレニャード様が私の脛に頭突きをかましたので、私はあやうく変な声が出るところだった。


 つんつん。ごすごす。すーりすり。


 頬から身体から尻尾から、全部を私のドレスに擦りつけてうにゃうにゃするレニャード様がかわいすぎて、私はとうとう声を我慢できなくなった。


「あーっ、困ります、レニャード様、ああーっ」


 ああっ、一着推定数十万の豪華なドレスが猫の毛だらけに。ああっ、でも、か、かわいい。


 猫には、縄張りに自分の匂いをすりつける習性があるんだって。


 私が昔飼っていた猫ちゃんも、よくこうやって私にすりすりしてきたよ。


 私は死んでしまった飼い猫のことを思い出して、鼻の奥がつーんとした。あの子はまだ、たったの四歳だった。子猫のときから一生懸命お世話して、ようやく落ち着いた大人の猫になってきたころだった。まだまだたくさん遊んであげたかったし、大好きな煮干しや缶詰もあげたかった。


 泣いたりしたらみんなに怪しまれるので、しばらく手で口を覆って、我慢した。


 ひとしきり私に匂いをすりつけて満足したのか、自分の前足をぺろぺろしはじめたレニャードのそばに、私はそっとしゃがみこんだ。


「レニャード様にすりすりをしていただけて、私感激です……」

「ああ。お前は俺の婚約者! だからな。今日は特別に、頭を撫でることも許可してやろう」

「ああっ、ありがとうございます……!」


 私はぷるぷるする手で、そっとレニャード様の小さな額に触れた。人差し指と中指で、山なりになっている頭をなぞる。


 ち……ちっちゃ! 子猫! この感じは子猫ですよ!! まだ大きくなりきってないんですね、レニャード様!


「……どうだった?」


 レニャード様が何か自信満々に聞いてくるので、私は「え?」と言ってしまった。


 レニャード様が怒って上唇のウィスカーパッドのあたりをまくりあげる。ちみっちゃい牙がそこからのぞいた。威嚇の表情だ。


「お前! この俺の頭を撫でておいて、何にも感想がないのか!? かわいいこの俺の頭だぞ!?」


 あ、はいはい。そうでした。

 レニャード王子、いちいち褒めてあげないと拗ねるんだよね。そういうとこ、お店に来てたお客さんたちとそっくり。褒めてよすよすするのがおもな私の仕事だった。


 でもまあ、レニャード様はお世辞でなくて本当にかわいいし、本当のことを言っているだけで褒めてることになるから、気楽でいいよね。もうレニャード様大好き。


「今日の毛並みは一段とつやつやですね」

「分かるか? 今日もたっぷりブラッシングしてきたからな! いい感じだろう!」


 胸を張るレニャード様。そこにうずまくやわらかい毛が、つやつやと光っていた。


 ああっ、か、かわいい。触ってみたい。


 でも、レニャード様は機嫌のいいときにいっぱいいっぱい褒めてあげないとなかなか触らせてくれないんだよね。


 今日は頭も触らせてもらったし、欲張るのはやめとこ。


「それにしても急なお越しですね、レニャード様。ご連絡くださいましたら、お迎えにあがりましたのに」


 私がさりげなく『来るなら事前に連絡してね』という苦情を告げると、彼はなぜか、鼻先をつーんと背けた。


「仕方がないだろう! 急にお前に会いたく……いや、お、お前が俺に会いたがってるような気がしたんだからな!」

「そ、そうですか」


 そうですか。会いたくなっちゃったんですか。


「それならまあ、いいんですけど」


 もうもう、かわいいなあ。もっとモフモフしたいなあ。


 骨抜きにされた私に、レニャード様はすっと前足を伸ばした。ぺちっと肉球が頬に当たる。


「ほら、こっちを向け。まずは、婚約者に会えたときの作法。つまり……」


 レニャード様が急に顔を近づけてきたので、私はちょっとドキリとした。


「つ……つまり……?」

「鼻と鼻をくっつけて挨拶だ!」


 当然だろう! と言わんばかりに言い切って、レニャード様はぷちゅっと濡れた鼻を私の鼻先に押しつけた。


「よし。……ん? どうした? お前、顔が真っ赤だぞ」

「ああああのいいいいええええその」


 ああああああ。あああああああ。

 レニャード様から『鼻ちゅー』をもらってしまった。


 猫のくせにときどきイケメン王子みたいなことしてくるのなんなの。いや、もともとイケメン王子なんだけど。


 私もそこそこ、ルナさんよりは長く生きてきたつもりでしたが、今までちっとも知りませんでした。


 イケメン王子の言動は、猫がやってもそれなりにイケメンだということを。


 鼻先を手で押さえてぷるぷるしている私に、レニャード様がニヤリとウィスカーパッドを持ち上げる。片方の牙だけが見えて、ワイルドな笑みになった。


「なんだ、涙ぐむほどうれしいか?」

「はい……」

「うわはははは! そうかそうか! よかったなぁ、このかわいいレニャード様がお前の婚約者で!」

「レニャード様は世界一おかわいいです……」


 喜び勇んで高笑いをしているレニャード様。


 それをうっとり見つめる私。


 奥の方では私の侍女のエミリーがニコニコしながら成り行きを見守っている。


「……あほくさ」


 レニャード王子のお付きの人がそっとつぶやいたのが聞こえたけど、そこから会話が発展することもなく、宙に消えた。


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