【ポケモン?】進化のおすすめタイミングはここだ!・パート6
気が付くと、私たちは地下牢にいた。
床の魔法陣はめちゃくちゃで、みんなぐったりしていたけど、無事だ。フルツさんも、すぐ後ろに立っている。
「ルナ! ルナ!」
何か大きなオレンジ色の物体が体当たりしてきた。
「大丈夫か!? 目を覚ませ、しっかりしろ!」
よく見ると、トラだ、これ。夢の中ではキラキラ金色に光ってたけど、こうしてみるとただのオレンジのトラだ。
虎が、私のみぞおちあたりにぐりぐりと頭をすりつけている。
肺が、横隔膜が、胃が圧迫される。
気絶しそう。
「落ち着け、実験動物。デカい図体で突撃したら人間の小娘などひとたまりもないぞ」
マグヌス様がべちーんとオレンジ色の虎のひたいを叩いた。
はっとした虎が、なんとなく見覚えのある動きで一歩退く。
「……レニャード……様?」
「ルナ! 無事だったんだな!!」
感極まったレニャード様にもう一度頭突きをくらって、私はしばらく死んでいた。
「……本当にすまない、ルナ……俺にもなぜか分からないが、急に体が大きくなったんだ」
「いえ……」
「見てくれ、このでかい肉球を……俺は……俺の手は、どうしてしまったんだ……?」
うわあ、本当にすごい分厚い肉球。
ぷにっと押すと爪が飛び出て、凶悪な切れ味を主張するように、鋭く輝いた。
「前からそうじゃないかと思っていたんだが、やはりな」
マグヌス様だけ、なぜか満足そう。
「おめでとう、レニャード。君は進化したんだ」
進化、って。
そんな。人をポケモンみたいに。
「あの、進化って、そんなにすぐできるものじゃないと思うんですけど……」
「まあ、聞け、ご令嬢。ここしばらく、私は君から譲ってもらったシンクレアに残る古い言い伝えや古謡なんかを眺めていたんだが、その結果、面白いことが分かった」
種明かしをするマグヌス様、とっても楽しそう。
くまのできた目もいきいき輝いてるね。
「どうも、シンクレアの始祖王は『獣の王』とも呼ばれていたようなんだ。そしてシンクレアの各地に、獣の王の伝承が残っていた。それが、尾を持つ聖獣であり、エノコログサの里に住む精霊たちの主でもあった」
あ、その民謡、私も知ってるかも。
そういえば、シンクレアの民謡って、猫ちゃんの話がちょっと多いかもしれないね。
「つまり、レニャードは、精霊王の系譜ということになるな。その体を貸してくれたのも、おそらくシンクレアの土地に根付いた精霊王に違いない」
レニャード様は初耳みたいで、虎化してちょっとおっかなくなった顔に、明らかに戸惑ったような色を浮かべて、おろおろと私とマグヌス様を見比べている。
ああ、その表情。すごくレニャード様って感じ。めちゃくちゃかわいい。抱きしめたい。
「レニャード、身に覚えはないかい? 儀式のときに使う儀杖や宝冠には、いつもエノコログサの意匠が入っていなかったか?」
「そういえば……」
「シンクレア王家の家宝には、いつも猫目状の線条が入った宝石がどこかに使われていなかったか?」
「い、言われてみれば……!」
私も思わず、首元のチョーカーを押さえてしまった。レニャード様に昔いただいたムーンストーンは、今日もしっかり身に着けていた。
「しかし先生、俺は困っている! こんなにでかい体は、俺はいらんぞ! ルナを困らせるし、第一、全然かわいくない!」
レニャード様、アイデンティティのピンチ。
「自分の意思で小さくなれないか? 猫の姿になりたいと念じてみろ」
レニャード様は、両目をぎゅっとつぶって、ひたいにしわをよせた。
しばらくそうやって顔に力を入れてぷるぷるしていたけれど、やがて脱力した。
「……ならん! どうすればいいんだ!?」
「曲がりなりにも精霊の血を引くのなら、肉体は意思の力で変えられるはずだが……どれ」
マグヌス様がレニャード様の頭に手をかざした。
「精霊王よ。我が呼び声に応えるのならば目覚めよ」
ぴかっと手のひらが光った。でもそれだけだった。
マグヌス様が、『あれ?』っていう顔になった。
もう一度ぴかぴか光らせたけど、何も変化なし。
「……まあ、そのうち自在に大きさを変えられるようになるだろう」
「先生ええ!? 俺は今すぐ猫の姿に戻りたいんだが!?」
「焦ってもしょうがないだろう。魔術の修行をサボっていた君が悪い。この機会に精進したまえ」
レニャード様がショックを受けて、慟哭した。ぐおおおお、と、ものすごい音が鳴る。
さすがは虎だね。ちょっとうなるだけでもすごい声量。
「ともかく、モラクスが急に消えたのも、精霊王の加護によるものだろう。おめでとう、ミス・ミツネ。君はもう、悪魔との契約から解放された」
ミツネさんはびっくりしていたけれど、ともかくうなずいてくれた。
「は、はい。ありがとうございます」
「そしてレニャード。君にもおめでとうだ」
「は、はい……?」
「先ほど言った話を聞いていたろう? 精霊は、肉体をある程度自由に変えられる」
「つ……つまり……?」
「君の努力次第では、人間に戻ることも不可能ではないだろう」
レニャード様は、大きく目を見開いた。
「ただし、精霊であっても人間への変化は何万年もの修業が必要だからな。君が生きているうちに実現できるといいんだが」
「……それ、つまり無理ってことじゃありません?」
「やる! 俺は、やるぞ! 先生! 可能性があるのなら、俺はやる!」
レニャード様がいきなり元気になっちゃった。
「絶対に人間に戻って、ルナ、お前と……!」
「はい」
「お前と……!!」
「……私と?」
レニャード様は何か言いたそうにしていたけれど、やがて諦めてしまった。
「……とにかく、俺は、絶対にもとに戻ってみせる! 待ってろよ、ルナ!」
レニャード様の、嵐のような雄たけびが地下牢をぐらぐら言わせるほど強く鳴り響いたことで、上から警備兵が駆けおりてきた。
「なにごとです!?」
そして彼は、牢屋の中にいるトラを見て、硬直した。




