【聖獣】ボス戦1ターン撃破の動画です・パート5
「私が契約すれば、レニャード様を元に戻してくれて、子だくさんも約束してくれて、しかも、この場にいるみんなも無事に帰してくれる、って、信じていいんですよね?」
「もちろんです。お前はなかなか聡そうですから、これまでの無礼は帳消しにしてやってもいいですよ」
私はちょっと迷ってから、レニャード様を床におろした。
「お、おい、ルナ!? 冗談だろう!?」
レニャード様がじゃんじゃんバリバリ私の脛を引っかく。痛くないなと思ったら夢の中だった。
「こいつの話に耳を貸すな、ご令嬢!」
マグヌス様が話に割り込んだ。
「こいつの名は、モラクス! かつていくつもの国を滅ぼした、生け贄を求める血涙の王だ! しまいにはシンクレアごと食われるぞ!」
モラクスと呼ばれた悪魔は、にやりとして、マグヌス様にも炎を放った。
真っ赤な火柱が立ち、マグヌス様が飲まれて消える。
「あ、あの、手荒なことはやめてもらえますか。でないと私、契約しません」
私が手を引っ込めて、後ろで組むと、悪魔はようやく炎を止めてくれた。
マグヌス様は火に巻き込まれたわりに、五体満足で焦げ跡ひとつない状態で戻ってきた。
そういえばここ、夢の中だって言ってたね。
「ご令嬢、聞け! モラクスは勝てない相手じゃない! 君の婚約者を信じるんだ!」
マグヌス様がそう叫んだので、私は手を伸ばしかけて、もう一度止めた。
「……そうだ、もうひとつ聞きたいことがあるんですよ。たいしたことじゃないんですけど」
私はできる限り、へらへらと、アホっぽく笑った。
もともとアホだからか、悪魔モラクスも油断したように、静かな瞳で私を見ている。
「さっき、ミツネさんから聞いた話によると、レニャード様の心臓をナイフで刺すようにそそのかしたのは、あなただって話でしたよね」
「ええ。それが、なにか?」
「いえ、どうしてそんなことしたのかな、って」
モラクスさんは肩をすくめた。
「その子猫ちゃんは、どうも抗魔力値が高いようで。実においしそうな穢れなき魂をしていたので、ちょっとつまんでみたくなったんですよ」
私は、考える。
考えて考えて、これまでの会話で覚えたかすかな違和感を形にしようとする。
「でも、レニャード様、まだ生きてますよね」
レニャード様は、心臓をナイフで刺されていた。肉体的には、ほぼ死んでいたようなものだと思う。
モラクスが食べようと思えばいつでも食べれたはず。
無防備な状態のレニャード様を、なぜかモラクスは見逃した。
いったい、なぜ?
「ミツネさんのこと、初めは穏便に、記憶の消去だけで失踪させようとしていたのに、あなたはレニャード様をあわよくばつまもうとしたせいで、結局お屋敷を焼くはめになった。違いますか?」
モラクスがわずかに不快そうな表情をしたけど、無視して私は喋り続ける。
「リスクを犯してまでレニャード様を瀕死に追い込んだのに、あなたはレニャード様を食べなかった……手違いがあったっていう話ですが、それってつまり、モラクスさんがレニャード様を諦めなきゃいけなくなるような、とんでもないアクシデントがあった……ってことでしょうか?」
レニャード様の夢の中に出てきた、謎の存在。
その人は、レニャード様を猫にする代わりに、レニャード様の魂を生かしておいてくれた。
「たとえば、レニャード様に強力な加護があったから、手が出なかった……とか」
「小娘。口がすぎますよ。私は万能の神のような存在です。手が出ないのではなく、出さなかったのです」
モラクスは完全に腹を立てたようだった。
「確かにその子猫ちゃんはなかなかおいしそうでしたが、やはり生まれたての赤子にはかなわぬもの。次代まで、ほんのわずかなとき、待つのも一興かと思っただけです。われわれ悪魔にとって、人の一生などほんのまばたきの間に過ぎません」
モラクスさんの言い訳はもっともらしく聞こえた。
でも、マグヌス様はレニャード様を信じろ、って言ったんだよね。
「分かりました。私、やっぱり、レニャード様を信じることにします」
私は、にっこり笑ってやった。
「ていうかですね、全部あなたの仕業なんじゃないですか。私、レニャード様に危害をくわえようとしたことは絶対許しませんし、そんな人の言うことなんて絶対に聞きたくありません」
私のレニャード様にひどいことをしたんだから、怒られて当たり前です。
「だから、絶対絶対、契約なんて、しません――……!?」
言い終わらないうちに、私の喉にモラクスさんの手が巻き付いていた。
モラクスさんの手に力が入り、私の喉をぎりぎりと締め上げる。
「まったく、この娘の器はよくよく反抗的な魂に縁があるようですね。この私の契約を二度までも蹴るとは」
モラクスさんがいまいましそうに言う。
「やめろ、離せ!」
レニャード様がモラクスさんの腕に飛びついて噛んだ。
でも、次の瞬間には弾き飛ばされて、どこかに行った。
レニャード様になんてことを!
「覚えていますよ、その目つき。お前よりも先にその器に入っていた娘も、そうやって私を見ていました。まったく、私をイライラさせるのもいい加減にしてほしいものですねえ!」
いつの間にか、モラクスさんの髪の毛や腕の毛皮に火がついている。喉を握られている私も、熱くてたまらない。
「せっかく私がムネモシュネー川の水を恵んであげたというのに、あの娘、ためらわずにレテ川の水を飲んだんですよ。まったく、信じられませんね! 前世の記憶があれば、望み通りこのちっぽけな獣の伴侶に収まることもできたでしょうにねえ!」
ルナさん……
ああ、だめだ、ちょっと意識が遠くなってきた。でもこれ寝ちゃダメなやつ。
夢の中なのに、すごくリアル。
「其は精霊の王――」
マグヌス様の、うたうような声が聞こえてきた。
「尾を持つ聖獣、妖精の主、太陽の子よ!」
マグヌス様が突然ポエマーになった。
どうしたの、マグヌス様。まだレニャード様を愛でるティータイムには早いよ。
「我が呼び声に応えるならば目覚めよ!」
どこか遠くで、野太いライオンのような鳴き声がした。
大きな金色の獅子……トラ……ジャガー? とにかく猫科の大型獣が、モラクスさんに飛びかかった。
「おっ、おっ、お前はぁ!! なぜ、お前がここにいる!?」
モラクスさんがとても焦った声をあげている。同時に私の喉から手が離れて、苦しくなくなった。
軽く酸欠のような症状でぼーっとしながら、何が起きたのかを一生懸命、目を凝らして見つめる。
「やめろ! やめろ! うわぁーっ!」
高い声と低い声、両方まざった声で情けない悲鳴を上げているのは、先ほどまで余裕をぶちかましていたモラクス。
大きな金色の、トラのような生き物が、モラクスさんの喉笛にかじりついていた。グルルル……と、トラックのエンジンのような、すさまじい重低音のうなり声がする。
はて。この凶暴そうな生き物はいったい。
私が戸惑っていると、いきなり暗闇の空間にひびが入った。
甲高い破砕音がして、闇の空間ははじけ飛んだ。




