【自称地獄の王】異世界でもお客さんの接待は大変です・パート4
私もレニャード様も、焼けた。
「わあああああ! あついあつい! 焦げるうううう!」
「落ち着け、実験動物ども! 夢の世界だから問題ないって先ほど懇切丁寧に説明してやったばかりだろうが!」
マグヌス様の声とともに、炎の海も消えた。
「だ……だって焦げたんですよ!? めっちゃ熱かったです!」
「うるさい。黙っていろ。息もするな」
ひどい! 息をしなかったら死んじゃうのに。
あ、夢の世界だから大丈夫なのかな?
私が試しに息を止めてみているうちに、暗闇からすうっと何かが浮かび上がった。
雄牛のような角に、真っ黒な瞳孔だけの目。獣の毛皮を半裸に生やした男は、ミツネさんが言っていた通りの見た目だった。
悪魔だ。
「まったく嫌になりますねえ! この私がこんなにも手こずらされるとは! どうしてどうして、下等生物と侮れない!」
悪魔は、高い声と低い声で両方一度に喋った。すごいな、どうなってるんだろ。
「多少は面白くもありましたが、いやはやまったく、そろそろうっとうしくなってまいりました」
うわ、喋りが丁寧だなあ。悪い悪魔には見えない。
「ふうむ。そろそろ損切りを考える時期かもしれませんねえ」
「出たな、悪魔め」
マグヌス様が宙に浮く悪魔をにらみつける。
「お前の目的はそこのレニャードだろう」
「ほう? どうしてそう思いました?」
悪魔が片眉をあげて、左右非対称な顔になった。
「お前は王の子を好んで捧げさせたがる、人身御供の王だからだ」
「おや、下等生物のくせによくそこまで推測できましたね。えらいえらい、褒めてさしあげましょう」
悪魔がゆっくりとした動作でぱちぱちと拍手をした。
……すごく余裕を感じるよね。
もしかして強い悪魔さんなのかな。
「当初はその予定だったんですがねえ。なにぶん私は、フレッシュな子どもが好きなもので。そちらの猫は少々育ちすぎました。もうまずくて食べられません」
ね、猫を食べるとか冗談でしょ!?
悪魔なのこの人!?
私は思わずレニャード様をぎゅっと抱きしめた。
「初めは『金の目』の母親。その次はそこの黒い髪の娘。心の隙間に付け込んで、どうにかこうにか自分の子を生け贄にするようそそのかしてきたのですが――手違いに手違いが重なりまして。まったく、私の力も堕ちたものですねえ」
やれやれと言わんばかりに悪魔が頭を振る。
「しかし、ちょうどいい機会です。私が呼びつけたかったのは、そこの金の髪の娘」
悪魔は急に動いて、私のすぐ目の前に来た。
う……うおおお。近すぎませんか。ちょっとびびりました。
「ルナに何の用だ!」
レニャード様が吠える。犬歯(猫だから猫歯?)をむき出しにしたレニャード様を見て、悪魔が薄く笑った。
「いさましいことだ。しかし、言葉に気を付けなさい。お前は地獄の王の前にいるのですよ、かわいい子猫ちゃん」
うわあああ。ちょっとぞわっとした。確かにかわいい子猫ちゃんだけど、事実だけど、悪魔に言われるとなんかやだね。
レニャード様は精神攻撃に弱いので、簡単に耳を伏せた。
「なに、ちょっとした取引ですよ、娘。もしもお前が、みずから産み落とした王の初子を私に捧げると約束するのなら、この場にいる全員を無事に解放してあげましょう。どうです? 悪い話ではないでしょう」
ふざけないで、と言いたかったし、腕の中のレニャード様もじたばた暴れていて何かしゃべりたそうにしていたけれど、私は一生懸命彼の口を押さえた。どうどう。落ち着いてね。
「どうせ人の子は産まれてもポロポロ死にます。お前が初子を捧げると約束するのなら、私の権能によって、子だくさんに恵まれるよう祝福してあげてもいい」
悪魔が祝福とかするんだ。へえ。
えっと、聞きたいことはいっぱいあるんだけど……
私は思わず、腕の中のレニャード様を見た。
「……猫と人じゃ、子どもはできなくないですか……?」
私が真っ先に気になったことを突っ込むと、悪魔はおかしそうに笑った。
「あっははは! なかなかいいところに気が付きますね、人の子よ。いいでしょう、お前が私と契約すれば、そのかわいい子猫を人間の姿にしてやることもやぶさかではありません」
「そ……そんなこと、できるんですか!?」
「もちろんです。そこな黒髪の人の子を、雄から雌に変えてやったのは私ですよ。さあ、遠慮なく私を称賛しなさい」
褒めろと言われるとつい脊髄反射で反応してしまうのが水商売の悲しいサガ。
「うそ、この悪魔、万能すぎ……? 実は神様なんじゃ……? サインもらっといたほうがいい?」
「あはははは、素直でよろしい」
悪魔はひとしきり上機嫌に笑うと、ゆがんだ笑みを見せた。
「ただし、代償は王の初子です。人の子よ、よく考え、よく選び、契約を望むのなら、私の手を取りなさい」
悪魔が私に向かって手を差し伸べる。
レニャード様、元に戻してもらえるのかー。そっかー。
それはすごくいいことだよねえ。
「おい、いい加減に……っ!」
「レニャード様、もうちょっと辛抱しててくださいね。私いま、無い知恵絞って一生懸命考えてますんで」
私はばたばたと暴れるレニャード様をぎゅっと拘束して、喋れないようにした。
「……もうひとつ質問なんですけど。レニャード様が王にならなかったり、もしくは私が結局レニャード様と結婚しなかったりすることもあると思うんですけど、そのへんはどうなんですか?」
「そうですね。王の初子でなければ、私にとっては塵にも等しい存在ですから、そのときはあらためて、妃の篭絡をするでしょう。その妃に、つけいるような心の隙間があれば、ですが」
悪魔は、芝居がかった動作でため息をついた。
「ただ、私も無駄手間を取らされるのは好きではありませんから、腹いせに、あなたを地獄に落としてしまうかもしれませんけどねえ!」
悪魔は大笑いしている。大爆笑。そんなに面白い?
「……もうひとつ。もしも、契約を断ったら?」
悪魔はぴたりと笑いやんだ。
「私は再三手間を取らされて、少々イラついています」
静かな声で言う悪魔さん。
このでたらめな感情の出方って、人間の真似をしているからなの? それとも悪魔ってみんなこう? ちょっと怖い。
「皆さんには遊び相手になっていただきましょうかねえ!」
悪魔の腕のひと振りで、炎がごうっと直線状に出た。
はりつけにされたまんまのミツネさんに炎が当たって、鋭い悲鳴があがる。
脅しじゃないぞ、ってことね。ミツネさん、挑発してごめん。謝ってすむ問題じゃないかもしれないけど、ほんとごめん。
「その火、やめてください。私が契約すればいいんですよね?」
とりあえず火あぶりの刑をやめさせないとと思い、私が言うと、悪魔は手を止めて、満足そうににっこりした。




