【正体回】リアさんの正体が涙なしで聞けない件について・パート1
食事休憩のあと、私たち一行はマグヌス様をパーティにくわえて、リアさんの牢屋に戻ってきた。
「ご令嬢、手伝ってもらえるか」
私はマグヌス様の言うとおり、床の中央に、水晶がついたきれいな長い杖を立てた。棒は不思議な力で光って、その場に直立した。すごい。魔法の品なんだね。
そうして立てた水晶の杖の先端に、新しく取り出した剣の柄尻をつけて置き、剣の切っ先が床に触れるようにした。杖を起点に、剣の切っ先を円状にちょっとずつ動かす。
ああ、なるほど。これってコンパスなんだね。たぶん、杖と剣で作ったコンパスだ。
マグヌス様が私の動かす剣に合わせて、黒っぽい粉を撒いていく。
「これ、なんですか?」
「夏至祭の枝を燃やしたものだな。夏至祭の日光と月光で清めた枝は、精霊の加護が最大限についてくる。悪魔に対抗するには、神由来の聖霊に頼る方法と、大地由来の精霊に頼る方法とあるが、今回は両方を重ねがけする」
マグヌス様の解説を聞きながら、私はあちこちにコンパスを突き立てて、たくさん円を描く手伝いをした。それから各陣に、いろんなものを置いた。
東に魚を持った天使像。西に剣と天秤を持った天使像。北と南にも、それぞれ天使像を配置。
レニャード様は危ないので、フルツさんが持っているかごの中で待機。たぶん、ふてくされて眠ってると思う。直前まで自分もルナを守るとかなんとか言って、籠から出たがっていたけれど、マグヌス様に一瞬でのされたあげく、『君は今回の私の秘密兵器なんだ。上級悪魔に勝てるかどうかは君にかかっている。それまで体力を温存していたまえ』とうまい具合に言いくるめられて、おとなしくなった。
マグヌス様が不思議なお香を焚いたところで、私が慌てた。
「ちょっと、レニャード様にお香とかはダメですよ」
「平気だろう。レニャードはただの猫じゃない。おそらく毒耐性も私たち以上だ」
「でも、万が一ということがあります!」
「仕方ないな……聖水に切り替えるか」
マグヌス様は部屋の四隅にじゃばじゃばと水をかけた。なんらかの植物が混ざっているのか、お花のような香りがする。
……猫ちゃんって、強い匂いがするお花も基本的にダメなんだけど、大丈夫かなあ。
一通りの準備が済むと、マグヌス様は、黒光りする宝石の数珠を取り出した。
「君にはこれを渡しておく」
リアさんは宝石を受け取って、不安そうな顔つきになった。
「これは……?」
「ただの宝石だよ。人間にとってはね。悪魔からは姿を見えなくし、話し声も聞こえなくさせる。つまり――これを付けている限り、君は何を話しても大丈夫だ」
そんな便利グッズがあったんだ。マグヌス様ったらやるぅ。
「ただし、ひとつだけ気を付けてくれ。悪魔は自分の名前を聞き漏らすことはない。君と契約した悪魔の名前だけは、決して話してはいけないよ。それは私が君の話から勝手に推測していく。だから、できる限り私の質問には誠実に答えてほしい。できるな?」
リアさんは、おずおずとうなずいた。
「まず初めの質問だ。君の名前はなんだ?」
「……クレア・マリア」
「それは君の、仮の名前だろう。君自身の核となっている人物の名前は? それを教えてくれ」
リアさんはかなり迷ったあと、蚊の鳴く様な小さな声で、こう言った。
「ヒガキ・ミツネ……」
「どういう字を書く?」
彼女は、氷垣三ツ音、と、きれいな日本語で書きつけた。
「ほう。これは面白い。君は、この辺りの出身じゃないと見える」
「……出身は、日本。えっと……異世界です」
「そうか。じゃあ、君と同じだな? ヴァルナツキーのご令嬢」
マグヌス様が私を振り返ったので、私は小さく「どうも」と頭を下げた。
リアさんは、それはそれは驚いたようだった。
「あなたも転生者……なの?」
「そういうことになりますか」
「ああ、そっか、……ときどき、なんか変だなって思ってた。転生者だから、ルナルナっぽくなかったんだね」
彼女は小さく笑う。
「さて、ミス・ミツネ。いや、ミス・ヒガキかな? 異世界の名前はややこしいな。君は、いつごろ前世の記憶が戻った? 時系列順に、できるだけ詳しく話してくれたまえ」
「私の記憶が戻ったのは……一年も前のこと」
ミツネさんは、ぽつぽつ語り出した。
***
あれは、私がトラックに轢かれたときだったと思う。ひどいけがを負って、意識を失って……ある日突然、目が覚めたら、クレア・マリア・ジルドールに……ううん、クレア・マリアの、意識の一部になっていた。
それより前の、クレア・マリアさんとしての記憶は、そのときに初めて知ったの。
クレア・マリアの夢に、不思議な男の人が出てきたのがすべての始まり。頭には雄牛のような角を生やして、獣のように白目のない真っ黒な瞳、身体の半分を獣の毛皮で覆われた人体……今思えば、あれが悪魔の姿だったんだと思う。
不思議な男の人は、クレア・マリアさんに向かって、こう言った。
『あなたは将来、誰とも結ばれずに終わる。
真相を知りたいのなら、これを飲みなさい』
そう言って、コップに入った水を手渡された。もちろん、夢の中でだよ。
でも、クレア・マリアが目覚めたとき、コップは手に握られていた。
公爵令嬢クレア・マリアは、元々女装をして暮らしていたから、将来に不安があったみたい。
いつかは男の人と結婚をしなくちゃいけないけれど、本当にそんなことできるのかな、って……悩んでいるみたいだった。
でも、だったら女の人となら結婚できるのかって言われたら、それもよく分からなかったのね。
クレア・マリアさんは、自分のことを男だと思っているのに、どうして女装なんてさせられているんだろうって……不満にも思っていた。
それで、将来を知ることができるのなら、と、コップの水を飲んだ。
そしたらその日の朝、膨大な量の前世の記憶が――
前世の私は、女の子だった。
その前の人生では、男だった。
そのまた前の人生では――
たくさんの記憶を順繰りに思い出しているうちに、強く心を支配するようになったのは、前世の女の子の記憶だった。つまり、私、氷垣三ツ音だね。
女装に悩んでいた男の私は、記憶の一部になってしまっていた。




