【牢屋イベ】契約内容を話すのはコンプライアンス違反って本当? 調べてみました!
シスル様を修道院に送り出して、一夜明けたあと。
私たちは捕まえたリアさん(自称)の様子を見にきていた。
メンバーは私、レニャード様、そして護衛のフルツさん。
彼女は地下牢に入れられていて、ベッドの上に放心状態で座っていた。
「……体調はどうですか、リアさん?」
私が話しかけても、彼女はうんともすんとも言わない。
「捕まえてからずっとこの調子なんですよ」
後ろからひそひそとささやいたのは、フルツさん。
ショックを受けてるのかなあ。
「……ええと、リアさん」
やっぱり返事なし。
「あなたは、公爵令嬢の、クレア・マリア・ジルドールですよね?」
私の質問に、彼女は初めて反応を見せた。
「違う……! 私は公爵令嬢なんかじゃない……! ヒロインのはずなの……!」
「でも、ジルドールの方のクレア・マリアさんもそう言ってたみたいなんですけど……ヒロインって、何ですか? ふたりが言ってるヒロインって、同じもの?」
私は知ってるけど、一応とぼけて聞いてみる。
レニャード様はこういう尋問とか、引っかけ合いみたいなのが極度に苦手なので、黙って聞いている。猫ちゃんだからね!
「私はヒロインになって……シスル様を救ってあげたかった……」
これだよ。ゲームのNPC並みに同じことしか言わないんだよね。
私はとりあえず、責め方を変えることにした。
北風と太陽のように、温めてあげたら効果があることもあるからね。
「あの、悪いことは言いませんから、すべてを話してしまったほうがいいですよ」
私はできるだけ、優しく言った。
「もしかしたら知らないかもしれないので一応……心から生まれる闇の濃度って、罪の大きさに応じているらしいんですよ」
これ、乙女ゲーの時点では存在しなかった裏設定なので、リアさんが知らない可能性は高い。
私もマグヌス様とかに魔術理論を教えてもらって初めて知ったんだよ。
「いまさらやってしまったことは変えられないですけど、全部を告白して、きちんと罪を償ったら、だんだん消えてくものらしいんです。だからね、償いましょう、リアさん。ちゃんと償ったら、今度こそシスル様のヒロインになれるかもしれませんよ」
リアさんは、放心状態からやや抜け出したようだった。
「……本当……?」
リアさんは、すがるような口調でそうつぶやいた。
「レニャード様はお兄さん想いの方ですから、クレア・マリアさんがしたことも、きちんと事情を話して、本当にお兄さんのためにしたことなんだって分かったら、許してくれるかもしれませんよ。リアさんの力がシスル様のためになるのであれば、条件付きでそばに近寄らせてくれるかもしれないです……あ、もちろん、ちゃんと罪を償ってからですけど」
リアさんは狂気と正気のはざまのような表情で瞳をうるませていたけれど、やがてぎゅっと目をつぶった。
「でも、言えない。言えないの……」
リアさんが力なく首を振る。
「だって、契約したから……」
それを最後に、リアさんはまた、何も喋らなくなった。
***
私たちは昼過ぎに、レニャード様のお部屋に引きあげた。
「契約って、なんでしょうねえ……」
私がため息をついていると、レニャード様は目をぱちくりさせた。
「契約って、なんだ?」
「……もしかしてなんですけど、レニャード様、さっきの牢屋での面会中、『ロイヤル・テール』号で寝てました?」
「お、おおお起きてた! 起きてたに決まってるだろ!」
あ、これは完全に寝てたときの感じですねー。
難しいお話になると半分寝ちゃうの、猫ちゃんの習性なんでしょうかね。原作のレナード様もそんな感じだった気がしますけど。
「リアさんは、契約をしたから何も話せないそうなんです」
「何の契約だ?」
「それが分からないんですよね……秘密保持の念書でも書かされたんでしょうか」
「誰にだ?」
「分からないですけど、コンプライアンスの厳しい企業さんとかですかね……」
「こん? き……?」
「リアさん、意外と義理がたいですよね。最愛のシスル様よりも法律を守ることを優先するなんて。でも、そんなに遵法意識が高いならそもそも人を刺さないと思いますし、どうなんでしょうか……私はリアさんのキャラが分からなくなってきました」
「俺はお前が何を言ってるのかが分からないぞ……」
混乱している私たちのところに、ドアが激しく押し開かれる音が割り込んだ。
「おい、私の愛しい実験動物ども! 新しい実験動物が来たそうじゃないか!? 詳しく教えろ!」
テンション高く話しかけてきたのは、大魔術師にして亡国の王子、三百年を生きたマグヌス様だった。
マグヌス様、今日は元気いいなあ。いつもは寝不足みたいにクマを作って、険悪な目つきをしているのに。
「何の話だ、先生?」
「とぼけるな、王太后から聞いたぞ。黙秘している犯人が、『契約だから話せない』と言ったそうじゃないか!」
「それが何か……」
「はっ、分からないのか? まったく君たちは愚かだな! たった三百年の間に魔女のことも忘れ去ったとは!」
「魔女……?」
私がひたすら首をかしげていると、彼はあごに手を当てた。
「……ふむ。レニャードはともかく、ご令嬢にも分からんとはな」
「俺はともかくって、どういうことですか先生」
「魔女と言って分からないのなら、悪魔契約者、と言い換えようか? ご令嬢」
「――!」
そうか、だから『契約したから話せない』なんだね。
悪魔との契約だったんだ。
レニャード様はマグヌス様に無視されて、ふてくされたように、背を向けて丸くなった。すねたときの猫ちゃんってどうして丸くなるんだろうね。
ごめんね、レニャード様。お話についていけないときは寝ててね。
「最近は悪魔が人間界に介入するのも難しいらしいしな。愚かな君たちが忘れ去るのも仕方がないか。かくいう私も実物を見るのは百五十年ぶりだ! 腕が鳴る!」
マグヌス様は大はしゃぎだった。
手に抱えている大荷物を掲げて、やる気を示してくれる。
袋からは大きめの十字架とか、黒光りする宝石の数珠とかが見えていたので、たぶん悪魔退治のグッズなんだと思う。
「それでは愛しい実験動物諸君。悪魔祓いとしゃれこもうではないか」
「退治……できるのですか?」
「さあ? 悪魔はどれほど下級のものでも人間よりはるかに獰猛で強い。私でも中級を相手に倒せるかどうか、といったところだ。狡猾さを兼ね備えた上級悪魔なら瞬殺されるだろう」
「ダメじゃないですか!」
「大丈夫だ、心配はいらない。こういうこともあろうかと、新しい悪魔祓いの方法を考案しておいた。理論は完璧だから、実験で証明されればいいだけだ」
「理論値は再現できないから理論値って言うんじゃなかったでしたっけ……」
大丈夫かなあ。
不安そうな私を落ち着かせるように、マグヌス様は大げさに手を広げてみせた。余り気味の袖が指の先から垂れさがる。
「とりあえず初回は手を出さない。詳しい話を聞き出すだけと約束しよう。相手のことが分かれば分かるほど勝率も上がるからな」
「でも、契約だから話せないって……」
「平気だ、対策は考えてある。それに最悪、契約を破ってしまったとしても、死ぬのは契約対象だけだ」
「だから殺したらダメなんですって……」
「そうか? お優しいことだな。レニャードを暗殺しかけたと聞いたが」
「それはもちろん、私の個人的な感情では許せないなと思ってますけど、まだリアさんは罪を認めてないですからね……あくまでその疑いがあるだけです」
「自供が必須条件ということか。了解した。死なす前に、自供は絶対に取ってやるから安心したまえ」
「だから殺さないようにがんばってほしいんですってば!」
「努力はするさ。保証はしないがね」
本当に大丈夫なの、この人?
困った人だなあ。
でも、ほかに方法もないし、話を聞くことができるのなら、マグヌス様にお願いしてみるしかないかもね。
「……とにかく、人命最優先でお願いしますよ。リアさんを死なせたら、優しいレニャード様はショックを受けて、マグヌス様の実験に協力しなくなっちゃうかもしれないんですからね」
「それは困るな……」
「だから、人死には無しでお願いします」
「分かった。最大限、努力しよう」
約束したからね? 私はマグヌス様を信じてますよ。
私のぬぐいきれない不安をよそに、マグヌス様は堂々と言う。
「落としどころが決まったところで、案内よろしく、ご令嬢」
 




