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【閲覧注意】かわいすぎる王子様の正体


 レナード王子は、音もなく私の足元に着地した。

 大きく凛とした釣り目で、私をまっすぐに見上げてくる。


 トラのようなオレンジの全身に、首には大きな緑色のリボン。


 体長は、およそ三十センチくらい、かな。


 そう……レナード王子は、とても、小さかった。


 ぱっちりとした大きな瞳は、神々しい金褐色。


 小さな顔はとても形がよく、大きな瞳をさらに引き立てている。


 思わず抱きしめてあげたくなるような、かわいらしいそれは――


 猫、だった。


「お前」


 猫が口をきいた。かわいらしい外見に反して、意外と張りのあるイケメン声だ。前世でプレイした乙女ゲーのレナード王子にそっくりのイケボ。


「この俺と婚約できることを、光栄に思うがいいぞ」


 自信たっぷりの鼻にかかった声でそう言い放つ、小さな生き物は、どこからどう見ても、オレンジ色のかわいい猫ちゃんだった。


「そう。俺こそが、シンクレア王国の王子、レニャード・バル・アッド・シンクレアだ!」


 自信満々に言い放つ猫ちゃんは、とどめとばかりに、尻尾をぴんと高く上げてみせた。


「れ……なーど……さま……?」

「違う。俺は、レニャード様だ!」

「れにゃーどさま……!」


 私はその場で崩れ落ちそうになった。


 れにゃーどさま。名前言えてないじゃん。かわいすぎか。


 愛らしくも自信たっぷりな表情でこちらをじっと見つめるかわいい生き物を前にして、私はいまだかつて感じたことのないほど激しく胸が高鳴るのを自覚していた。


 かっ……かっ……かっわいいー!


「ふん。俺に会えた感激で言葉もないか。いいぞ。その非礼、特別に許してやろう。誰でも俺に会うと初めはそうなるのだ」


 原作のレナード王子は、尊大でナルシストな、愛すべき馬鹿王子だった。


 私は乙女ゲーに限らず、そんなに深くゲームにハマったりする方じゃないので、レナードのことも一通り遊んで、そこそこ満足した。


 もちろん好きだけど、同担拒否の子のように、激しくグッズを集めたり、たくさん課金したりするようなことはなかった。


 ああ、でも、でも。現世では、どうでしょうか。この高鳴る胸は、いったいどうしたことでしょう。


 レナード王子は愛らしくも小生意気そうな瞳でじっと私を見上げている。私は思わず小さな額を撫でたくなったけど、我慢した。


 どうしよう。どうしたらいいの?


 次から次へと、猫ちゃんをモフりたい気持ちがあふれてきて止まらない。


「も……申し訳ありません。この世に、こんなに素敵な殿方がいらっしゃるだなんて思わず、つい言葉を失ってしまいました」


 口からするりと出たお嬢様言葉と、美辞麗句。


 これは、まぎれもなく私の本心だった。


 レナード王子は、得意げにヒゲをぴんと前につきだした。


「そうだろう、そうだろう! お前、なかなか分かっているじゃないか。褒美に、レニャード様のサインをくれてやろう」


 レナード王子のこの言動は、原作通りなんだよね。


 彼は出会う全員が超カッコいいレナード様のファンだと信じて疑わず、何かというとサインをくれる。


 レナード王子の取り巻きがすっと前に出て、私に小さな色紙をくれる。


 色紙の中央には、オレンジと赤のきれいなグラデーションインクで、ぺたりと肉球のハンコが押されていた。


 私はくらりと、その場でよろめいた。


 かっ……かっ……かっわいいいいいい!!!


 超絶かわいい猫ちゃんから超絶かわいいサイン色紙をもらってしまった。


 ふざけやがって。こんなの愛してしまうに決まってるじゃないか。


「ありがとうございます。家宝にいたしますね、レナード王子」

「レニャード様だ!」

「では、レニャード様……と呼ばせていただきますね」


 きゃわいい。本名がレナードとか、もうどうでもいい。本人がレニャードだと言ってるんだからレニャードでいいでしょう。


 ニヤニヤしそうになるのをなんとかこらえ、平静を装って私がそう言うと、レニャード様はしっぽを左右に揺らしてみせた。


「うむ。その色紙はインクの混ざり具合がとてもいい感じなのだ。気に入っているものだから、大事にするように」

「インクの混ざり具合ですか。そうですね、ちょうど半々くらいでとても美しいです。オレンジは活発なレニャード様のイメージを、赤は勇敢なレニャード様のイメージを表していて素敵です。レニャード様にぴったりの配色ですね」

「お前……」


 レニャード様はふんすふんすとかわいらしいお鼻を鳴らしてみせた。愛らしく吊り上がった瞳が喜びに細められる。


「なかなか見どころがあるじゃないか。その調子で俺に仕えるがいい。働きに応じて、もっといいものをくれてやらんでもないぞ」

「もっといいもの……ですか……!?」


 欲しい。


 私は、心からそう思った。


 前世でもやりたいことが見つからず、生きる気力を失っていた私に。


 初めて、心の底から、欲しいと思えるものができたのだ。


 ああ……ルナさん、ルナさん。


 私は、まだどこかにいるかもしれないルナさんに向かって呼びかける。


 この激しく恋い焦がれるような気持ちは、ルナさん、あなたのものですか?


 乙女ゲー原作内のルナ・ヴァルナツキーも、レナード王子に心酔する少女だった。とにかくレナード王子が大好きで、レナード一筋。主人公が、ナルシストでうざ絡みをするレナードにぞんざいな対応などしようものなら、激しく食ってかかるような子だった。モンスターペアレントならぬ、モンスター婚約者といったところかな。


『ちょっとあなた、レナード様に話しかけていただいているのに無視するなんて、無礼ではございませんこと!?』


 ルナのレナードへの入れ込みようはすさまじく、彼女が甘やかしたからレナードはますますダメになったのだろうな、と一部のファンから言われるほどだった。


 だから、ゲームシナリオには書かれていない過去の出会いで、ルナさんがレナード王子にひと目惚れしていたのだとしても、私は全然驚かないよ。


 ルナさん。


 この激しく甘い気持ちが、あなたのものだったとしても、私は全然オッケーです。


 いつあなたが帰ってきてもいいように、私もレナード推しになります。


 私はこのとき、原作ルナ・ヴァルナツキーと同じように、レナードのモンスター婚約者になろうと、そう思ったのでした。



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