【聖女?】礼拝堂に行ったらとんでもないことになりました・前編
こうしてシスル様のお母様のお墓参りは無事に済み、翌日には国王陛下の墓所にも行った。
レニャード様はいつもの天然ぶりを発揮して、シスル様にたくさんじゃれていた。
シスル様も別れを惜しむように、残りの日数も毎日押しかけてくるレニャード様の相手をしてあげていた。
いやー、いいよね、兄弟愛。
日曜日になり、シスル様はお祈りをするために、王城の外れにある、小さな礼拝堂に行った。
週末にはいつもそうしているんだって。
身体の弱いシスル様のために、専属の修道士さんが特別に用意してくれた場所で、そこにあるのは小さな聖クレア像と、小さな絵画と、祭壇の赤いろうそくだけだった。
私たちはお祈りとコインの献金を済ませ、パンとワインを受け取った。
うーん、日曜のお祈りは疲れるね。
修道士さんはもうすぐシスル様が移動してしまうからか、とても熱心に彼の幸せを祈っていた。
シスル様はミサが終わったあとも修道士さんと話し込んでいて、何の会話をしてるのかまでは聞こえなかったけれど、その修道士さんをとても信頼していたらしいことが伝わってきた。
シスル様としても、修道士さんも一緒に連れてってあげたいところだろうけど、身分を捨てて隠居しないといけないから、厳しいのかな。
そんなことをぼんやり考えているうちに、あっという間にお昼になった。レニャード様はその間、ずっと私が持参したお祈り用のクッションの上で丸くなって寝ていた。
レニャード様と一緒にお祈りにくるといつもクッション取られちゃうんだよね。足が痛くなるから返してほしいんだけど、かわいいからつい許しちゃう。
レニャード様を揺り起こしてから、礼拝堂の外に出る。
時刻はもうお昼になりかかっていた。外の光が眩しくて、私が目をしぱしぱさせていると、入り口付近に立っていた人が、急にこっちへ向かってきた。
うおっと。ぶつかるところだった。
私が思わず避けてしまったせいで、その人は真後ろにいたシスル様と、真正面から相対することになった。
「見つけた、シスル様……! 日曜だから、絶対こちらにいらっしゃると思ってた!」
脳みそを強火であぶったような、とろとろにとけた甘い声で、テンション高くまくしたてたのは、長い黒髪の女の子だった。
「……君は……?」
「私、新しく来た聖女宮の見習い聖女です。『金の王子様』が、体調を悪くして、治療できる人をほしがってるって聞いたので、思い切って来ちゃいました!」
黒い髪、赤い瞳、外国の女優さんのような美しい少女。
「私、光の魔法なら、大聖女様と同じ水準で使えます! 私にシスル殿下の治療をさせてください!」
リアさん(自称)は、そう言って、満面の笑みを浮かべた。
「お前……っ! クレア・マッ……!」
おっと。レニャード様、どうどう。落ち着いて。
私が途中でレニャード様が入ったバスケットのふたを閉めたせいで、レニャード様は最後まで言えずに中に閉じ込められてしまった。
「ルナ! 何をする! 出せ! この! この!」
「わわわ、暴れないでください、危ないですよ」
そう、二重の意味で危ない。
得意の絶頂にいるリアさん(自称)に水を差したら、逆上されてしまうかもしれないじゃないの。
それでなくても彼女、一度ちびレニャード様を刺してる(かもしれない)んだから、猫化したレニャード様なんて全然怖くないでしょう。
ここは冷静に、静観する場面ですよ。
「……どこで、その話を聞いたんだい?」
シスル様が戸惑っている。
そりゃそうだよね、シスル様が倒れたことなんて、私たちを含めて、ほんの数人しか知らないはずなんだから。
そうこうするうちに、レニャード様のお付きの人が、異変を察知してにじり寄ってきた。
私は、目立たないようにそっと、バスケットをお付きの人に手渡した。『絶対に出さないでください』と、口パクで示して。
お付きの人が、そろりそろりとその場を離れていく。
「『金の王子様』は、有名ですから。いろんな人が話してましたよ」
「いろんな人……ねえ。私は極力目立つようなことはしていないはずなんだけどな」
シスル様の表情がわずかに厳しくなる。
リアさん(自称)は、それを見て、「あれ?」と焦ったような顔つきになった。
主人公である私が、困っている攻略対象に声をかけているのに、どうして怒られているの? とでも言いたげな顔だった。
「ね……ねえ! よかったら、どこかで座ってお話しませんか? 私の力が本物だってこともお見せしたいですし」
リアさん(自称)は、すぐそばの芝生が生えた木陰を示した。
そして断りもなく、シスル様に寄り添い、腕に絡みつく。
その瞬間、黒いもやもやが大量にリアさんから噴き出た。
ああっ、あれは闇の力。
『金の目』がもやもやを引き寄せ、シスル様を直撃する。
彼はとても苦しそうにうめいて、その場にうずくまってしまった。
「シスル様!? 大変、今すぐ助けてあげますね! 其は天にあり、高き座の慈悲、光の者よ――」
リアさん(自称)が光の力らしきものを使い、周囲にキラキラした魔法の粒子があふれ出た。
しかし、リアさん(自称)がシスル様に触れたとたん、それ以上の黒いもやもやが噴き出て、シスル様にまとわりつく。
「な……なにこれ? 消しても消しても、どんどん出てくる……!」
リアさん(自称)はやっきになって力を使っていたけれど、やがて息が続かなくなったのか、魔法の行使をやめた。
シスル様の全身を、黒いもやもやが覆わんとしている。
「シスル様! シスル様……! どうしよう、シスル様が闇の力に呑まれちゃう!」
た……大変だー!
私は慌てて周囲を見回した。お付きの人は礼拝堂からかなり離れたところで私たちの動向を見守っている。
「レニャード様、出番です! ふたを開けてください! オープンザふたー!」
私が一生懸命大きな声で叫ぶと、お付きの人に伝わって、彼は少し吹き出していた。
緊張感も台無しの空気の中、レニャード様がバスケットから解き放たれる。




