【景勝地】お花畑と猫ちゃんと私の日帰りツアー
それとも、私が知らないだけで、イベントなんかで追加のシナリオがあったのかな?
混乱している私をよそに、シスル様はぽつぽつと、独り言のような会話を続ける。
「……私はね、本当に、王子であることに未練はないんだよ。けれど……」
シスル様は、遠い目つきになった。
「……レニャードがいなかったら、寂しくなりそうで、辛いよ。離れたくないから、宮廷にいたい、なんて……言える立場じゃないのは、分かっているけれど」
シスル様、ちょっとお喋りだね。
吐き出したい気分なのかな。
いいよ、黙って聞くよ。
「レニャードが、倒れていた私を見つけてくれただろう? あのとき、私は心底自分が恥ずかしいと思ったんだ。私は、彼のことを、後妻の子だというだけで遠ざけていたのに……あの子はそんなこと全然気にしていなかったんだよ。私のことを、純粋に心配してくれているようだった。……嬉しかったんだ」
あ、ああー。
ヒットしてしまいましたかー。
そういえばシスル様って、主人公に治療をしてもらったことがきっかけで好きになるんだっけ。
人の親切に飢えているところに、レニャード様がやってきて、心の隙間にするっと入り込んじゃった感じなのかな。
「私、北ディスギルに避暑に行きますよ。レニャード様と一緒に、また遊びましょう。レニャード様の猫じゃらし、それはもうすんごいんですからね。私はすぐについていけなくなって、誰かに代わってもらいます……」
シスル様が私の冗談に苦笑しているところに、ようやくレニャード様が帰ってきた。
お付きの人にいっぱい花束を持たせて、レニャード様は手ぶらだ。
「見ろ、一面の花畑だったから、こんなに取れたぞ!」
「わー、たくさんありますね。すごいすごい」
「えらいえらい」
私はシスル様とかわるがわるレニャード様を褒めてさしあげた。
得意げにしているレニャード様は、それはもうかわいかった。
「それから、これはお前にやる!」
レニャード様がドヤ顔で私に背中を見せつけにくる。
何かなと思ってよく見たら、おんぶヒモが巻かれていて、白い小さなお花がたくさんついているタイプの野草が束になって、乗っていた。
「お前の今日の服に似合うと思ったんだ!」
やだかわいい。どうしてレニャード様っていつもお花くれるの? こんなの好きになっちゃうじゃん……無理。お花を背負ってくるとか少女漫画なの? 無理。つらい。
私は大急ぎで髪を三つ編みにして、こめかみに花を一本挿した。
「どうですか、似合いますか?」
「ふ……ふん。まあまあだな!」
「……………………まあまあかぁ~……」
えへへ、でもうれしいな。残りのお花、どこにつけよう。
私が三つ編みのどこにお花を挿そうか迷っていると、横で見ていたシスル様がすっと手を伸ばした。
白いお花を一本拾い上げ、耳の下にある三つ編みの輪に、後ろから差し込んでくれる。それから前に回って、ほどよく下のあたりにもう一本挿してくれた。
「あ……なんかすみません」
私が思わずぺこりと頭を下げると、シスル様はおかしそうに笑った。
「君って、どうしてときどき喋り方が庶民の使用人みたいになるんだい?」
「え……どうしてでしょうね」
まだ前世気分が抜けきらないんだけど、そんなこと言えるわけない。
「せっかくかわいいのに、もったいないな。そういうときは、ありがとうって言えばいいんだよ」
シスル様ににこりとほほ笑みかけられて、不覚にもちょっと照れてしまった。
「あ……ありがとうございます」
「うん。とってもよく似合うよ。ルナ」
おまけにお世辞までもらってしまって、私は撃沈した。ひええ……美形だね、お兄ちゃん。
「レニャードは、何か言うことがあるんじゃないか?」
シスル様が足下のレニャード様のそばにしゃがみこんで、謎めいたことを言った。
何だろうと思っていたら、レニャード様はつーんと鼻先を背けて、拗ねてしまった。
……レニャード様、どうしたんだろう。
戸惑っていたら、シスル様が立ち上がって、また私に目を向けた。
「気にしなくていいよ。レニャードは照れてしまっているだけだから。本当は君のことをとってもかわいいと思っているんだよ」
「お、おお思ってない! ぜんっぜん、思ってないぞ! 勝手に俺の気持ちを代弁するのはやめろ!」
レニャード様は怒ってしまって、「もう知らん!」と言い残し、また繁みの奥に駆けだしてしまった。
ああっ、待ってー。
「……シスル様は行かないんですか?」
「どうして? ここは、私がお留守番をするところだと思うよ」
にこりと微笑むシスル様。
「いっておいで」
シスル様がそう言うので、私は仕方なくひとりで追いかけることにした。
***
レニャード様はゴールデンラッパ草のお花畑にいた。
お付きの人と一生懸命探したら、金色のお花の隙間にオレンジ色の耳がぴょこんと出ているのを見つけた。
どうも、お花の間に潜伏していたみたい。
難易度の高い間違い探しで、見つけるのが大変だった。
ともあれ、私はレニャード様のすぐそばにしゃがみ込んだ。お花から飛び出ている二つの三角耳に向かって、話しかける。
「見つけましたよ、レニャード様。いったいどうしたんですか?」
「……別に」
そう答えながら、レニャード様は小さなお耳もお花の間に隠してしまう。
これだよ。拗ねてるよね、どう見ても。
「あの……レニャード様がお花を持ってきてくれて、私、すごくうれしかったですよ」
とりあえずご機嫌を取ってみたけれど、レニャード様からの反応はなし。
「いつもお花をくれて、ありがとうございます。レニャード様がたくさんお花をくださるので、ルナは幸せ者です」
レニャード様は、ちょっとだけ頭を持ち上げた。お花の間から、三角のお耳と、大きな黒い瞳が現れる。
この、目だけ出してじっと見つめてくるのって猫の習性なのかな? これやられると、かわいいからついニヤケちゃう。
「……俺には、それくらいしかしてやれることがないからな」
「それくらいって……私、男の人から野原に咲いているお花をもらったのなんてレニャード様が初めてなんですけど。レニャード様のやさしさは唯一無二だと思います。胸を張っていいはずです」
「でも、俺は、兄う……シスルのように、お前の髪に花を飾ってやることはできないんだ」
あ、そっちなの。
シスル様に妬いたのね。
「俺には、できないことばかり多すぎる……」
猫ちゃんだからね。おててが肉球で、人間のときのように動かせないのは、やっぱり辛いこともあるかもしれないね。
「レニャード様、私、髪にお花を挿すのは自分でできますよ。というかですね、だいたいのことは自分でできます」
「お前……嫌味か?」
「違います。レニャード様のおそばにはいつも私がいるんですから、私が自分でできることまでしようと思わなくてもいいじゃないですか」
王子様だから、何にもできないのがもどかしいのも分かるけどね。
別に、無能な王様だって歴史にはいっぱいいたと思うんだよね。
「レニャード様のおててはとってもかわいらしくて素敵ですよ。その手にしかできないことだってたくさんあると思います。というかですね、それ以前に、レニャード様は、何にもできなくたって、別にいいんですよ。世の中には満足に働けない人なんてたくさんいるんです、それでもみんなで助けあっていこう、生物としての多様性を社会で保障していこうと考えるのが人間です」
レニャード様は、じっと黙って私の話を聞いていた。
それは、私にとって祈りのような人生観だった。
かつて私のいた日本で、私は、兄が犯罪者だからという理由で、社会のどこにも受け入れてもらえなかった。地域でも、学校でも、就職でも苦労した。
でも、人間の本質は、悪いものを排除することではないと、私は思っている。
犯罪者と同じ遺伝子を持っているからといって、私が犯罪を犯すとは限らない。遺伝子は、それ自体に優劣なんてない。個人の特性にも、いい、悪いなんて存在しない。どんなに欠陥と思える特性を持った人間であっても、生かし、共存していくことが、文明の繁栄につながったのだと、私は信じている。
そうであったらいいと、どんなに思ったか。
私は最終的に負けてしまって、生きることを諦めたけれど、もう二度と、私と同じような思いで死ぬ人が出なくなればいいと、今でも思っている。
「レニャード様がいるのは人間の文明社会なんですから、何でも自分でやろうだなんて思わないで、頼れることは何でも頼ったらいいんですよ。それで、レニャード様が次に困っている人を見かけたら、助けてあげたらいいだけなんです。レニャード様は、人助けが好きでしょう?」
いい子だなあ、やっぱり正統派の王子様だなあって、私はいつも思ってるんだけどね。
本人には、なかなか分からないものだよね。
「倒れているシスル様を見つけて、真っ先に助けてあげようとしたレニャード様は素敵でした。レニャード様のような人が王様だったら、きっとこの国はもっとよくなると思います。どうか、何もできないと感じたときの悔しさを忘れないでください。レニャード様には見えないところで、たくさんの人がその悔しさと戦っていて、王様の助けを待っているんです」
レニャード様は、私が話を終えても、うんともすんとも言わなかった。
「さ、レニャード様、戻りましょう。シスル様も体調が悪いんですから、おひとりにしていたらまた倒れてしまうかもしれませんよ」
私がそう結ぶと、レニャード様は、とぼとぼとした足取りでお花畑から出てきてくれた。
私はそんなレニャード様をひょいっと抱き上げて、バスケットにイン。回収作業完了です。
「……ルナ」
「はい」
「ありがとう。少し、気が楽になった。お前と話をすると、いつも不思議なことを言うので驚かされる」
「あははー……」
私は経歴がちょっとアレですからね。
「できないことまで無理にやろうとする必要はないのかもしれない。それでも俺は……いつか、お前の髪に花を挿してやれるようになりたい」
「……え?」
そんな必要はないって、今言ったばかりなのに?
軽く混乱している私に、レニャード様は笑って、「何でもない」と言った。
▼お知らせ
2019.11.03 レニャード様のお鼻についてのお詫びを活動報告に掲載いたしました。
重大なミスにより読者の皆様にはご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありません。
 




