【お兄ちゃん】猫とお兄さんと私の日帰りお墓参りツアー
次の日、私はレニャード様入りのバスケットを手に持って、シスル様を訪ねた。
「倒れることなんてめったにないんだよ。だから、気にしなくてもよかったのに」
「でも兄上は、黒いもやもやを追い払ったら少し気分がよくなると言ってただろう? 任せてくれ! 俺は抗魔力値は伝説のモンスタークラスだって先生にもよく褒められるんだ!」
「そうなんだ、それはすごいね」
「そのうち魔法も褒められるようになるはずだ! 今はまだフォームしか褒めてもらえないが! そのうちによくなるはずだ!」
「レニャード様、前向きで素敵です! 伸びしろが大きい!」
シスル様はまだびっくりしている様子だったけど、おだてられて調子に乗ったレニャード様が小さなお鼻をすぴすぴさせてカゴの中でふんぞり返っているのを見て、急にくすくす笑い出した。
「……ああ。まったく、敵わないな、君には」
シスル様は、バスケットに手を伸ばして、レニャード様の頭をそっと撫でてあげた。
「ひとつ、注文があるけど、いいかい?」
レニャード様の目の高さにかがみ込んで、シスル様が言う。
「私はもう、王子じゃないからね。兄上はやめてもらいたい。ただのシスル、と。友達みたいに、呼んでもらえたら嬉しいかな」
そう言って、シスル様は、またくすくす笑ったのだった。
シスル様はその日、お母様のお墓参りで、郊外の墓地に来た。
王家の人たちって、たいていはここと決めた教会に家族みんなで埋葬してもらうものなんだけど、お母様は生前の希望で、お気に入りの場所に埋葬してもらったみたい。
レニャード様は現地につくなりそわそわし始めた。おヒゲがぴんぴんと前に飛び出し、かごのフタから飛び出たしっぽが期待でぶるぶると打ち震える。
「見ろ、見たことないちょうちょが飛んでる!」
「ちょうちょハンターの血がうずきましたか」
私には全部同じに見えるんだけどね。
「あまり遠くに行ってはいけないよ」
「分かってる!」
レニャード様は、さっさと繁みの奥に駆けだした。
あーあ、あんなに力強く走っちゃって。
レニャード様ったら馬みたい。パカラッパカラッて足音が聞こえてきそう。
普通の猫ちゃんってもっと静かにヌルヌル走るものなのに、レニャード様はすぐに全力疾走しちゃうんだよね。元気な子猫ちゃんってほんとかわいい。動画に撮らせてもらえたら、絶対にすごい閲覧数行くと思うんだけどなあ。
レニャード様のことはお付きの人に任せて、シスル様は墓石の掃除を始めた。
私もお手伝いして、コケを取ったり、布で磨いたりした。
この墓石、『RIP』って書いてある。お母さんのお名前、リップさんって言うんだね。ときどき英語が使われてるのって不思議だけど、この世界だと英語やローマ字は失われた古い言葉で、お葬式とか、儀式でたまに使うくらいなんだってさ。
「あんまり汚れてないですね。よく来てるんですか?」
「うん? そうだね……私のすることと言えば、これと、灯明上げくらいのものだからね」
うーん。もしかしてこれ、寂しい生活ですねって突っ込むところ?
シスル様なら言っても怒らないだろうけど、失礼かもしれないし、黙っておこうかな。
私がお墓に持参した花束を添えていたら、レニャード様がそこらへんでとってきたらしきお花をくわえて戻ってきた。
重たいお花の束を真横にくわえて、危ない足取りで走ってくるレニャード様。
よろよろしているところをばっちり目撃してしまい、私はとっさに両手で顔を隠した。だ、だめ、それはかわいすぎる。
お墓の前で口にくわえた花をぽろりと落とし、満足げにこちらを振り返るレニャード様。
私はもう限界だった。かわいい、今すぐ撫でくりまわしたい。
「あに……シスル、これが何の花だか知ってますか?」
レニャード様が持ってきたのは、キラキラした黄金色の花だった。プラスチックみたいなシースルーの花弁からして、地球には存在しない品種だね。
このお花の名前なら私も知ってるよ。王城のお庭でもよく見る。たぶん、有名なお花なんだね。
「分からないな。きれいなお花だね」
ところがシスル様は、そう言って、金色の瞳をやさしく細めて笑った。
あれ、知らないの? 意外。由来が由来だから、絶対知ってると思ってた。
レニャード様は、教えてあげましょう、とでもいうように、後ろ足だけで立った。
「これはゴールデンラッパ草といって、初代聖クレアの花なんだ! 金色の透き通った花弁が初代王の目の色と同じだから、気に入ってたんだそうだ!」
ドヤ顔で豆知識を披露して、シスル様のズボンの裾につかまるレニャード様。子猫のちっちゃいおててからちっちゃい爪を出して引っかけているのが超かわいい。
シスル様はうんうんと聞いてあげて、頭をなでてあげていた。
「そうなんだ。レニャードは物知りだね」
「シスルの目の色だから、きっと御母堂もお気に召すはずだ!」
「この花、もっと探せるかい?」
「任せてくれ! いっぱい集めてくる!」
意気揚々と、猫にあるまじき走り方でパカラッパカラッと駆けていくオレンジの子猫ちゃんの背を見送って、シスル様はぽつりとつぶやく。
「……うん。母上の好きな花だったんだよ。レニャード」
シスル様はしばらくそうやってレニャード様の方に向かって物思いにふけってたけど、私がじっと見ていることに気づいて、少し決まりが悪そうにした。
「……ゴールデンラッパ草がたくさん咲いている、この教会が、母上はお好きだったんだ。だから、墓所もここがいいとおっしゃって……」
「その通りにしてあげたんですね。ちょっと遠くて、お参りするには不便ですけど」
「それで母上が喜ぶのなら」
静かにほほ笑むシスル様。私はつい、その目に注目してしまった。日に透ける『金の目』は、高貴で侵しがたい雰囲気があって、すごくはかなげで、うっとりするくらい綺麗だった。
「レニャードは優しい子だね。母上もああやって、私の目――『金の目』の色だと言っては、ゴールデンラッパ草をいくつも摘んで、プレゼントしてくださったんだよ。まさか、おんなじことをされるとは思わなかったな。懐かしい……」
分かる。レニャード様、そういうところある。天然生まれ天然育ちの純粋培養なヒーローだから、心がまっすぐなんだよね。
「でも……それで言うのなら、シスル様もお優しいと思いますけど……」
「え?」
「お花。知っているのに、知らないふりをして、聞いてあげてましたよね?」
「ああ。レニャードは、ああして人の世話を焼くのが好きみたいだから」
「優しいお兄ちゃん……」
私がつい、思ったことをそのままぽろっとつぶやくと、彼は困ったようにした。
いけない。お兄さんって呼んだらだめだって、再三注意されてたね。
「えっと、私が言いたかったのは、ふたりともすごく仲良しで……そう! シスル様が遠くに行っちゃったら、きっとレニャード様は寂しがるだろうなって思っただけで、深い意味はなくって……だから決して、政治的にどうこう、というわけでは」
「分かっているよ。大丈夫」
シスル様はほんのりとほほ笑んでくれた。
優しくて、思慮深くて、弟思いの素敵なシスル様。さすが、乙女ゲーのキャラって感じ。
原作の彼にはファンが多かった。特に、シスル様が国王になるルートでは、主人公を思うあまりに陰謀を巡らせて、原作レナード王子を処刑に持ち込むなど、秘めていた腹黒さも出て、より魅力的に……
……あれ?
そういえば、原作のシスル様って、レナード王子とは全然交流がなかったはず。それはそうだよね、いずれ失脚させて処刑する相手だもん、悪いことをするレナードと半端に仲良くなんてしていたら、処刑を見守るプレイヤーの後味が悪くなっちゃう。
少なくとも、私が知ってる範囲では、こんなに弟思いではなかったはず。
あれ、どうなってるんだろう?
R.I.P.
rest in peace 安らかに眠れ。
ルナは英語が苦手です。




