【に゛ゃ゛お゛お゛ん゛】レニャード様のレッスン・自己紹介できるかな?
ワルイー男爵はシンクレアの国務大臣たちのトップ、『国務卿』だ。
私も詳しくは知らないけど、彼は内政部門のトップで、元は庶民だったのに功績を買われて男爵の位をもらった、って聞いた。
私が覚えている範囲で、ゲームに出てくる内政部門の人間はワルイー男爵だけ。
たいていのルートで悪役をするレニャード様だけど、彼のルートに限ってはワルイー男爵が悪役をする。
おそらく設定的には中年男性だと思うけど、乙女ゲーのモブなので、絵は小ぎれいなおじさまだったような気がする。彼の攻略ルートはまだない。
こっちの世界のワルイー男爵はいったいどんな人なのかな?
探りを入れるために、ワルイー男爵にお茶会の招待状を送ると、意外なことにすんなりと受け入れられた。
そして――
ワルイー男爵は部屋に入るなり、ぴかぴかのお洋服を着たレニャード様(おなかのハゲ隠しだよ)を見て、憤慨した。
「まったくレニャード様ときたら! まーた新しい宝石を新調なさいましたな! 見た目ばかりにかまけていてはいかんとあれほど申し上げましたでしょうに!」
レニャード様のお洋服は、貴婦人のドレスに負けず劣らず豪華なものだった。真っ黒な布地にキンキラキンのラメ入り刺繍でリアルなライオンの絵を描き、中央にきれいな猫目効果が入った金褐色の宝石を取り付けて目を再現。もうね、溺愛されてるセレブのペットみたいになってるよ。私インスタでこういう猫見たことある。
レニャード様は小さくぷるる……と鳴いて、不機嫌を示した。
「かわいい俺が、かわいく着飾って、何が悪い!」
「かわいいことと愚鈍であることは違います! なるほど殿下が愛らしく着飾ることも経済効果のうちでしょう、しかしそればかりではいかんと言っておるのです! 少しは勉強でもしてはいかがですかな!?」
せ……正論ー。
「勉強ぐらいちゃんとやっている! お前に言われるまでもなく、教師に言われたことくらいはしているさ!」
「ほほう? では、そろそろ外国語ぐらいは喋れるようになったのでしょうなあ!? 自己紹介してみなさい、ほら!」
え……ええー。無茶ぶりー。
「ア……アイアム、ザ、プリンス! オブシンクレア!」
レニャード様が、よく使われる外国語などでぎこちなく名前を名乗ったり、身分を名乗ったりすると、ワルイー男爵はぶんぶんと頭を振った。
「んんん、全然ダメ! でもかわいい! 総合で合格!!」
合格……でいいの……?
ワルイー男爵はレニャード様の脇の下をがっちりとつかまえ、みょいーんとぶら下げた。
レニャード様は嫌がってじたばたもがいたけれど、ワルイー男爵はお構いなしにレニャード様を抱きしめた。
「ああ! かわいいですねえ! 本当にこの王子は! 小憎らしいことだ」
ワルイー男爵が、ほっぺたにブチュブチュとキスをする。
「やめろ! やめろ! うわあああ!」
レニャード様、本当に嫌がってる……
ワルイー男爵がぐりぐりと頭をレニャード様のおなかにすりつけ始めたので、人の匂いがつくのが嫌いなレニャード様は汚い悲鳴をあげていた。
ぎゃおおおおん。に゛ゃ゛お゛おおおおん。
……なんか、こんな声の猫いたよね。教育テレビの。
「わ、ワルイー男爵、もうそのくらいで勘弁してあげてください……」
私が言うと、ワルイー男爵はようやく正気に返った。
レニャード様をテーブルの上におろして、こほんとひとつ咳払い。
「いいですか、一国の王子であらせられるレニャード様がお名乗りあそばすときには、『I'm His Royal Highness The Prince Leonyard』と、自分の名前にも敬称を付けるのがお約束ですぞ! 国際間の国の優劣、家系の格式の高さなどによって考慮されておるのですから、勝手に省略することは国際間のルールに反することになり、みっともないのです! そのくらい、そろそろ覚えてもらわなければ困りますなあ!」
わあ、お説教が長いー。
さっきまであんなに我を忘れてレニャード様を凌辱していたのにこのお説教。言ってることは正しいのかもしれないけど、正直ウザ絡みに見えるよね。
「しかし殿下はかわいい! 殿下がわざとたどたどしく挨拶することで各国の首脳はあまりの愛らしさに目がくらみ、油断をなさることでしょう! 総合で合格です!」
ええー。いいの。じゃあ今のお説教はなんだったの。いらなかったじゃん。
なんだか私の前世のお客さんを思い出すよ。そのおじさんも、私に『ちゃんと昼の仕事をしろ』ってお説教するくせに、ミケちゃん(私の源氏名だよ)はかわいいかわいいってご機嫌取ってきて、足しげく通ってくるの。あれって何だったんだろうね。私のこと猫か何かだと思ってたのかな。
レニャード様はワルイー男爵のウザ絡みにいよいよ怒ってしまって、うみゃあと大声で鳴いた。
「なんなんだ、お前は!? なんでお前にそこまで言われないとならない!?」
レニャード様の怒りの鳴き声はとまらない。次々とほとばしり出る。
うみゃあー。ぶるにゃあー。あにゃあー。
「いけません、レニャード様。威嚇しているつもりなんでしょうけど、それはあまりにもかわいすぎます」
私が思わずレニャード様をかばうように後ろから抱きかかえると、ワルイー男爵は初めて私のほうを見た。
「ヴァルナツキーのご令嬢! 甘やかしてばかりではレニャード様のためになりませんぞ!」
「褒めて伸ばすタイプなので」
ワルイー男爵がひたいに青筋を浮かべて怒る。
私も負けじとワルイー男爵をまっすぐ睨み返す。