【ピアノ】懐かしの童謡弾いてみました!~エミリーといっしょ~
私は自室でふんふんと鼻歌まじりに縫いものをしていた。
レニャード様はつい先ほど、事情があっておなかの毛を丸刈りにされてしまった。
そのままでは恥ずかしいというので、簡単なお洋服を作ってあげることに。
裁縫なら慣れてるから、ちっちゃい猫ちゃんのお洋服なんて、そんなに時間はかからない。
レニャード様に布を当てて、待ち針でぬうところをとめて、ちくちくと直線状に縫ったらおしまい。
「さ、できましたよ、レニャード様」
私はレニャード様のオレンジの身体に合わせて、似たような色の術後服めいたものを着せてあげた。
「どうだ?」
「とってもよくお似合いです! ねえ、エミリー?」
私は手を叩いて言い、入り口で座って何かの繕い物をしていた侍女のエミリーにちらっと目配せをした。
「はい。たいそうお似合いでございます。おつくりになったルナ様の真心がこもった、あたたかみのあるお洋服でございますね」
「レニャード様、とってもおかわいらしいです。ぬいぐるみみたい」
ふたりがかりで口々に褒めそやすと、レニャード様はしっぽをピンと高く上げた。
「見てください! かわいいですよ!」
レニャード様は鏡に映った自分のしっぽを、右にふり、左にふり、鼻先を右に向け、左に向け、斜めの立ちポーズをじっくり見た。
「やはり俺はかわいいな!」
ああー。レニャード様が調子に乗ってるところを見ると幸せになるなー。
自信に満ちあふれた猫ちゃんってなんでこんなにかわいいのかな。
レニャード様は鏡の自分に満足したらしく、私の方にとことこと寄ってきた。
「ルナ。お前の厚意には感謝してもしきれない」
「やー、大げさですよ……」
レニャード様は三歩歩いたらもうコロッと忘れちゃったみたいだけど、もとはといえばおなかの毛がなくなっちゃったの、私の監督不行き届きだったもん。防寒着くらいは作りますよ。
「大事にする。ありがとう」
「う、うん……えへへ」
しまった。緊急用だから縫い目が雑なのに、すごく感謝されちゃってる。こんなに喜んでもらえるなら、もっと丁寧にしとけばよかったなー。
レニャード様は頭を私の手のひらにすりつけて、ごろごろと喉を鳴らしてくれた。
レニャード様のファンサービスだ! ありがとうございます。
私は、レニャード様の頭をたくさんなでなでさせていただいて、ほっぺがゆるみっぱなしだった。
***
「ルナさま、ここは私がいたしますから、ごゆっくりおくつろぎください」
レニャード様が帰ったあと、針や糸くずを片づけていたら、エミリーが代わってくれた。
「ありがとう、エミリー。あとでお父さまにお給料あげてもらえるように言っておくね」
「そんな、もったいのうございます!」
「いいからいいから」
エミリーがいないと私の生活は成り立たないよ。ほんと。
「……でも、本当によろしゅうございました。最近はご主人様達も頻繁にルナ様のお顔をごらんに、こちらまでいらっしゃるようになって……」
一緒に暮らすことも決まって、屋敷の人たちは引越しの準備で忙しいみたい。
半年後には見習い聖女の歓迎パーティをする予定になってるから……
「……そうでした。楽器の練習もしないとだった」
「今、少しおやりになってはいかがでございましょう? 私も、ルナ様のピアノが聞きとう存じます」
「サボってばかりだから、下手になってるかもしれないけど」
ルナさんの身体がそうなのか、ちっちゃいころにまあまあ弾けたピアノが、最近はちょっと劣化してる気がする。
私がサボってたからだよね。ごめんルナさん。せっかく上手だったのにさ。
ポロポロロンと腕鳴らしに童謡を奏でる。
エミリーさんがほんのりくちずさんでくれながら、片づけを続けた。
――妖精の王は眠る、日の光にあふれた里で。
――聖獣の尾は揺れる、エノコログサの里で。
片付け終えて暇になったエミリーさんが、私の弾く鍵盤の手元を見ながら、思い出したようにぽつりと言った。
「ルナ様は近頃、とてもお幸せそうですよね」
「うん……まあ」
わあ、弾いてるときに話しかけられるとあたふたするよ。
生返事の私に、エミリーさんがおっとりと後を続ける。
「レニャード殿下と何かありました?」
「何か……って?」
「最近、殿下のルナ様を見る目つきがとてもお優しいので……きっと何かあったのではないかと」
「そうかな?」
手元があやふやな状態で演奏しながら、私がよく考えずに答えると、エミリーはちょっと驚いたようだった。
「その……初めてレニャード殿下がいらしたころは、もっと、そう……ご興味やご関心がご自分のことでいっぱい、という印象だったのですが……」
「そうかも。そこがかわいいんだけどね」
「そうなのです。レニャード様の……その、なんと申しますか、自由でのびのびとしたご発言を、ルナ様が、のほほんとお優しい調子で受け流しておしまいになるので、レニャード殿下もずいぶんお変わりになったと申しましょうか……」
「猫だから、自由なんだよ、きっと」
あっあっ、もうダメかも。エミリーの話に耳を傾けていたら、指さばきがガタガタしてきた。
「……なるほど、エミリーめには分かりましたよ。きっとルナ様は、とりたてて何かなさったおつもりはないのでしょうね」
「うん……? ねえ、何の話だっけ?」
「いえ、もう済みましたので」
あ、もう終わったんだ。よかった、もうダメかと思ってた。
会話に頭を使わなくてよくなった私は、しばらく、譜面を見るのに集中しながら、弾いた。
エミリーも、私の鍵盤に合わせてまた歌ってくれた。
――稲妻のような金の瞳。
――絹と茨で織ったマント。
――ラララ、エウェク、ザダイモン、美しい荒れ地の守護神。
――ラララ、アンジュ、ザダイモン、穏やかに眠れ。
「……レニャード様は、ルナ様が飾らない方だから、自然とお慕いになったのでしょうね」
エミリーが何か言っていたのは音で聞こえていたけれど、意味が頭に残らずに、すぐに消えた。
あああ、間違えそう。
私はかなり長い時間エミリーにピアノの練習に付き合ってもらって、ちょっとだけ勘を取り戻したのだった。
 




