【ブレーメン】ルナのご両親とレニャード様が得意なあるモノって? ファイナル
ありゃ。公爵夫妻って、本当は両想いカップルだったんだね。
仲良くなれてよかった、よかった。
……って、他人事みたいに思うのも、実際私が他人だからなんだけど。
でも、ヴァルナツキー公爵はなんだか感極まっていた。
「ああ。私たちは家族なんだから、一緒に暮らすべきなんだ」
「今度の週末には一緒に出かけましょう」
他人なんだけどなぁと思いつつ、私は寝ているレニャード様のおててを取って、持ち上げた。
「……レニャード様も一緒でいいなら」
レニャード様が寝ぼけてぐいーんと伸びをする。
夫人はそれに、うふふと笑って目を細めた。
「仲がいいのね、あなたたちって」
「まるで私たちの若いころを思い出すようじゃないかね?」
「あらいやですわ、あなたったら」
いちゃつくご夫婦。私は苦笑い。
仮面夫婦が仲良くなれたなら、いいかな。よかったね、ふたりとも。
そんなこんなで、週末にピクニックに行ったときには、すっかりふたりは打ち解けていた。
レニャード様はしばらく熱心に一面緑の草原をぴょんぴょん飛び回っていたけれど、やがて何かをくわえて私の方に持ってきた。
レニャード様が、緑色の細長いものを地面にそっと横たえる。
「ルナ! 四葉のクローバーを見つけた! お前にやる!」
「わあ、素敵」
私が『レニャード様からいただいたお花入れ』に使っている本にクローバーをぱたんと挟むと、横で見ていた夫人……夫人ていうか、お母さまが不思議そうにした。
「ねえルナちゃん、四つ葉のクローバーってなあに?」
ああ、そうそう。この世界、四つ葉のクローバーの逸話が存在しないみたいなんだよね。
私が教えてあげたら、レニャード様も知らなかったって言ってたし。
私はその昔にレニャード様にしたのと同じ話を、お母様にもした。
「あら、そうなの……幸運のお守りなの」
感心しているお母様。
レニャード様が、てしてしと前足で不満そうに私の膝を叩いた。
「おい、とってきてやった俺にお礼がまだだろ!」
「そうでした。レニャード様、ありがとうございます」
嬉しそうにウィスカーパッドのあたりをふくらませる猫ちゃんの頭を、私はそっとなでなでしてさしあげた。
横で見ていたヴァルナツキー公爵……というか、お父さまが、そばのクローバー畑に歩いていき、しゃがみ込んだ。
「どれ、私もひとつ見つけてみようかね! 取れたら、君にあげよう!」
「あなた……」
熱く見つめ合うふたり。
もう、すっかり再熱って感じだね。
ふたりがとてもいい雰囲気だったので、のちほど聖女宮の入学式の件を切り出したときもすんなり受け入れてもらえた。
「そうね、せっかくだから皆さんをお呼びして、パーティでもしましょうか」
「聖女宮に来るご令嬢たちはみな申し分のない身分の者たちだというし、レニャード様と一緒に顔を売っておくのはいい案かもしれん」
「あっ、じゃあ私、お父様とお母様の演奏が聴きたいです」
「そうだな……何か、練習してみようか」
「久しぶり……ですものね」
ふたりが見つめ合う。よかったなあと思う私、まじめくさった顔でその実何も考えてないときの無表情になるレニャード様。耳が木のてっぺんあたりで鳴いてる小鳥に向けてあるので、多分会話も聞いてない。
「それなら、ルナちゃんに伴奏してもらおうかしら?」
「ええっ、わ、私はいいですよ……おふたりに比べたら全然ですし、混ざってもお耳汚しかと……」
「あら、いいのよルナちゃん、内輪の演奏会に必要なのは気持ちよ、気持ち」
「そういえば、親子で演奏したことはなかったね。いい機会かもしれんな」
「お父さま……」
あー。これは弾かないといけない感じかなあ。
練習しないとなあと思っていたら、レニャード様がハッとした。
「な……なあ、ルナ。俺は遠慮していたほうがいいのか?」
レニャード様がこそこそと私に聞くので、私は目が細くなった。
「……逆にお尋ねしたいのですが、レニャード様って何か楽器やってらしたんですか?」
レニャード様はとっても偉そうに身体を反り繰り返らせた。
「タンバリンはできるぞ! 尻尾で掴めるからな! 俺はリズム感がいいと先生に褒められたことがある!」
うっそ。なにそれ超聞きたい。
絶対かわいいでしょそんなの。
私は神妙な顔で、父親と母親に向かって申告しようと、手をあげた。
「お父さま、お母さま、レニャード様はタンバリンがおできになるそうです」
ふたりの視線が猫ちゃんに向けられる。戸惑ったような顔をしているお父様の横で、お母様は一気ににこにこ顔になった。
「あら、素敵! じゃあ四人でやりましょう」
「い……いいのかい? 殿下にそんなことさせて……」
「俺は、楽器は好きだぞ! 大きい音は苦手だがな!」
ヴァイオリンとフルートはそんなに大きい音が出る楽器じゃないし、レニャード様との合奏向けかもね。これが大人数のオーケストラとかだったら辛いかもしれないけど。
「それに、歌も歌える! アルトとテノールの歌手は任せろ!」
やだ……超聞きたい。
レニャード様、声はすごくかっこいいからなあ。絶対歌も上手だよ。
夢いっぱいのプランを練って、楽曲の練習期間も多めに見積もり、半年後のガーデンパーティに見習い聖女たちを招いて共演しよう、ということで話がまとまった。
***
そして今年もやってきました、聖女宮の入学式。
入学式に、私はレニャード様と一緒に出席した。
レニャード様が壇上に現れたとき、見習い聖女たちはざわついた。
『猫……』
『え、猫?』
『にゃんこ!』
『猫だ』
『ちょっと皆さん、王子様ですわ、ご存じなくて?』
王子様が猫。慣れてないとびっくりしちゃうよね。
「新入生の皆、入学おめでとう」
でも、レニャード様が終始堂々と胸を張って前を向き、立派な演説をしたので、そのうち騒ぎは収まった。
今年の入学生は例年通り、半分が貴族で、半分が魔法の才能を見込まれた庶民の子って話なんだけど、外見からだと分かりにくいな。同じ制服を着ているからね
シスターとスクールガールの合いの子のようなワンピースに半円の小さなケープを羽織っている姿は、ゲームと同じ。
着ているお嬢さんがたは、希望あふれる十代後半のご令嬢たちということもあり、私にはとても眩しく見えた。ステンドグラスからふりそそぐ光が目に痛いよ。青春だよね。
ところで用意された席に一つだけ空席があるんだけど、あと一人どこいったんだろう?
入学式に遅れてくるなんて、まるで主人公みたいだね。
今年はリアって少女はいないらしいから、たぶん違うんだろうけど。
長い入学式を見ていたら、なんだか私も懐かしくなった。
彼女たちはこの学び舎で、敬虔な見習い聖女として、修業をしたり、はたまたすぐそばの王城で見習い奉公をしている貴族の少年や、魔術学校に通っている生徒、エリート文官たちといちゃついたりして数年過ごす。
乙女ゲー『ガチ恋王子』の主人公も、そうやって王子たちと出会い、素敵な恋をはぐくみ、聖女となる。
新しい見習い聖女たちにも、素敵な思い出ができるといいよね。
私自身の学生生活を懐かしんで、そんな風に思った。
***
入学式が終わって、お部屋に帰るときに、ふいにレニャード様が駆けだした。
「なあ、ルナ! 近道していこう!」
「待ってください、レニャード様」
聖女宮と王城の間には高い塀があって、出入り口は一か所しかない。そこを通るルートだと、迂回しないといけないので、とても時間がかかる。
レニャード様はぴょんぴょーんと軽快に塀をかけ登った。
私もブロックの隙間に足をかけて、ひょいひょいとのぼる。
ちょっとはしたないけど、お城のお庭でよく遊ぶから、塀越えもすっかり慣れちゃった。
レニャード様が塀の向こうにひらりと降りたところで、異変があった。
女の子の悲鳴が響き渡る。
あれ? 今の声って……
聞き覚えがある、かもしれない。
私は急いで、塀のてっぺんまで登った。




