【昼ドラ】ヴァルナツキー家のドロドロ事情・パート3
それに驚いた顔をしたのは、私ではなく、ヴァルナツキー夫人だった。
「でも、あなた、結婚した当初から屋敷は別々にしたいとおっしゃっていたのに……」
「それは……そなたが……」
「わたくしがなんだとおっしゃるのです?」
ヴァルナツキー公爵は、少し後ろめたそうに、ぼそりと言う。
「……そなたが、愛人と会うのを邪魔しないようにしようと思ったのだよ」
うわああああ。
私はともかく、純真な猫ちゃんの前でなんて話をするの。
「あっ……! あ、愛人なんていません!」
「しかしそなたには幼馴染の男が……」
「あんな下品な男、知り合いだとも思っていませんわ!」
ヴァルナツキー夫人は怒っているのか、色白の頬がどんどんピンク色に染まっていった。ボロボロ泣きながら、怒る。
「わたくしのことを、そんな風に思っていらしたんですのね! ご自分こそ、女の子が大好きでいらっしゃるくせに!」
「そんな! とんでもない誤解だよ!」
「嘘ですわ! いつも音楽会で若い女の子にキャーキャー言われて喜んでいるくせに!」
いやーやめてー。よそでやってー。
「あの……おふたりとも、レニャード様の御前ですから、そのへんに……」
レニャード様は昼ドラ展開に慣れていないので、とってもオロオロしている。
しかしパパはヒートアップしてしまった。
「君は私のことをそんな風に思っていたのかね?」
「だってあなたが、屋敷は別々にしたいなんておっしゃるから! 結婚したばかりのわたくしがどんな気持ちで受け入れたか、あなたはご存じないのだわ!」
ヴァルナツキー夫人がボロボロ泣きながら怒るものだから、公爵はしょんぼりした。
「それはすまなかった。私は、君が私と結婚してくれただけでも幸せなのだから、自由に過ごさせてあげたいと思っていたのだよ……私のそばに置いておいたら、どうしたって君の幼馴染に嫉妬してしまうし」
「公爵さま……」
ヴァルナツキー夫人がびっくりして、泣きやんだ。
す……すごい空気。いたたまれない。
レニャード様も困ってしまって、耳が完全にぺたんとしている。オレンジ色のイカちゃんみたい。インクを飛ばすやつ。
いったんここを出よう。
ふたりっきりにしてあげたほうがよさげ。
「あ……あの、私たち、お庭に散歩しにいきますね」
私は大急ぎでレニャード様をひょいっと抱え上げて、お部屋を出た。
「な……なあ、いいのか? 出てきてしまって……」
「どうでしょうね……」
レニャード様が、にゃーん、という感じで片方のおててを私に向かって伸ばす。
私はレニャード様を片手で抱っこしたまま、もう片方の手でレニャード様のお手々をつかんで、ぶらぶらさせた。
「大丈夫じゃないでしょうか。夫婦喧嘩はイヌも食わない、って言いますし」
「俺は猫だぞ」
「イヌ『も』、ですから、猫も食べません」
「そうか! なら問題ないな!」
レニャード様の了解も得られたので、私は時間を潰しに、中庭のほうに回った。
さっそくその場にいたきれいな白い羽のちょうちょに気を取られるレニャード様。
花にとまっているちょうちょめがけて、そっと抜き足、差し足、忍び足。しっぽをふりふり、タイミングをはかって、ぴょーんと飛んだ。
ひらりとかわして、大空に飛び立つちょうちょ。
夢中になって追いかけ回すレニャード様を横目に、私は、何時間くらいいようかなあ、なんて考えていた。
***
むかしむかしあるところに、たいそうヴァイオリンが得意な男の子がいました。
彼は小さなころからあちこちの夜会で引っ張りだこ。天才ヴァイオリニストとして人気を集めます。
ある日のガーデンパーティで、彼は小さな女の子を紹介されます。
彼女は小さな公国・ヴァルナツキーの跡取り娘。でも、父親がクーデターによって倒されてしまい、命からがら同盟国のシンクレアに逃げ出してきたそうです。
言葉も通じず、知り合いもいない、ひとりぼっちの女の子ですが、フルートだけは少し得意だということでした。
ヴァイオリンが好きな男の子は、小さな女の子にとても一生懸命、稽古をつけてあげました。
小さな女の子はめきめきと実力を伸ばし、男の子と共演ができるくらいに成長します。
フルート上手な彼女はやがて美しく成長し、あちこちのパーティで引っ張りだこになるまでに、そう時間はかかりませんでした。
男の子もまた素敵な紳士に成長していましたが、まだまだ小さいと思っていた女の子の変わりようにびっくり。周囲からお似合いだと言われても、なかなかアプローチができずにいました。
一方女の子のほうは、小さなころから先生が好きだったのですが、まったく相手にされません。
先生は演奏会のたびに大人気で、このままでは誰かに取られてしまうかもしれないと思いました。
そこで女の子はシンクレアの王様に働きかけて、先生を婿に迎えると、勝手に決定してしまいます。
シンクレア王と公女、両方からの要請ですから、ヴァイオリンの先生には断れません。
こうしてふたりは、お互いに一度も好きだと言わないまま、結婚することになってしまったのでした。
以上がヴァルナツキー公爵夫妻のなれそめだそうで。
……私がレニャード様をエノコログサでじゃらすのにも飽きて、夕方ごろにそっと部屋に戻ってみたら、ふたりはすっかりいい感じの雰囲気になっていた。
娘の私がのろけ話を一方的に聞かされ、うんうん、よかったね、なんて言ってるうちに、レニャード様は眠たくなったらしく、私の膝の上で丸くなって寝てしまった。
レニャード様の寝顔、意味わかんないくらいかわいい。目がきゅっとつりあがりながら細まっているの、笑ってるみたいに見えるし、ほにゃーっとお口が開いているのも抜けててかわいい。
「じゃあ、これからはみんなで仲良く、同じお屋敷に住めるんですね」
私がレニャード様の背中を撫でながらそう言うと、ふたりはなんだか恥ずかしそうにもじもじとしながら、見つめ合った。




