【感動】とっても簡単な親の攻略方法教えちゃいます・パート2
私の両親、かあ。どんな人だったかな。
「うーん……よく分からないんですよね。別居してるんで」
ルナさんちはいくつか屋敷を持ってるみたいで、私が住んでるところは一番小さいやつだって話だった。
レニャード様は、そこで少し元気をなくした。しょぼんと耳が後ろに寝そべる。
「そうか……本当に交流がないんだな」
私は両親の顔を思い浮かべた。ろくに会話もしたことがない相手だから、顔もぼんやりしてる。
「交流しないのは、子どもが嫌いだから、ってことも考えられるんですけどね……」
レニャード様はまた驚いた顔になった。
「……子どもが嫌いな親なんているのか?」
「いるんですよね、これがまた……」
レニャード様は寂しそうにしゅんとヒゲを下げた。
「そうか……お前はいいやつなのにな……」
「いやぁ……誰に対してもいい人なんてなかなかいませんよ。私はレニャード様がかわいいのでいい人そうに見えますけど、他の人のことは結構どうでもいいですしね」
レニャード様はしょんぼりしていたのに、急にまたヒゲをぴんと上に伸ばした。
「そうか! なら、お前も両親のことを好きになればいいんだな!」
「……へ?」
「なんかあるだろう、人間いいところのひとつやふたつくらい!」
「うーん……そうですねえ」
ルナさんちのご両親のいいところって、身分が高いところとか? あとは、メイドのエミリーを雇ってくれたのもいいところかな。
「あ……レニャード様と婚約させてくれたことは感謝してますけど」
レニャード様はいてもたってもいられないというように、急に四つ足で立ち上がって、軽くしっぽを持ち上げた。しの字のしっぽと一緒に、鼻先も持ちあがる。
「じゃあ、それを伝えるところからだな。手紙にしたらいい」
「えぇ……そんなの、もらって嬉しいですかね」
「嬉しいんじゃないか? 俺の母上は、俺が初めて書いた手紙で大号泣してらしたぞ」
「王太后様、あまーい……」
いやでも、自分のかわいがっている猫息子(訳が分からない)から、へろへろの字で書かれた感謝状なんてもらった日には、親は1000%泣き崩れるような気もするなあ。ていうか私も泣きますね。私にも感謝状ください、レニャード様。
「とにかく、何か書いてきたらいいだろう」
レニャード様に言いつけられたので、私はその夜、手紙を書くことになった。
何を書いたらいいのかな?
私も(享年)二十六歳。親の気持ちが分かる年齢とまでは言わないけれど、どうウケを狙えば感動させられそうかくらいはそろそろ分かってくる年頃。
少しは考えてみなきゃだめだよね。
「……書きましょうか」
まず、ふたりを尊敬していることから書こう。途中で入れ替わった私はふたりのことを知らないけど、パパはヴァイオリンの、ママはフルートの名手だそうなので、小っちゃいころのルナさんはさすがに演奏を聞かせてもらったことくらいあるはず。
私もふたりみたいに素敵なピアノの奏者になりたいとでも書いておこう。
それから罪悪感を煽るのも忘れないでおこう。なかなか会えなくて寂しいけど、それはふたりがとっても立派なお仕事をしているからだってルナは分かっています。会えなくて寂しいけれど。
王城で出会う人はみんなふたりがとても立派な人たちだと褒めてくれます。私はそれがとても誇らしいです。会えなくて寂しいけれど。これからも素敵なふたりでいてください。会えなくて寂しいけれど。
そんな風にして、全部で十回くらい、会えなくて寂しいことを念押ししておいた。これだけやれば、まともな人ならさすがに悪いと思うはず。
それからそれから――
「レニャード様と婚約させてくれて、ありがとうございます――と」
レニャード様はとてもかわいい。それはもう私の人生が変わるくらいかわいい。大してやる気のなかった私が、レニャード様にご本を読んであげるためだけに一生懸命勉強しているし、剣だって使えるようになった。
レニャード様はとてもお優しくてとてもおかわいらしい。なにかと私のことを気にかけてくださるし、王城の庭で珍しいきれいなちょうちょが取れたときはプレゼントしてくださる。虫はいらないって言ったら、今度はお花にしてくれるようになった。庭師にトゲを取ってもらった季節の薔薇を一本、真横にくわえて、得意げにしっぽを揺らして歩いてくるレニャード様は絵にも描けないかわいらしさだ。レニャード様のいいところは本当に書ききれないくらいいっぱいあって、私は毎日とても幸せに過ごしている。
「それに、ルナさんはもともとレニャード様のことが好きだったんだよね? 訃報を聞いてショックを受けてたっていうくらいだし――なら、そのお礼も書いておこうかな」
私は、以前からレニャード様のことが好きだった。それはもう、死んだといううわさを聞いたときに自殺を考えるほどショックだった。
でも、こうして婚約させてもらえて、本当にうれしい。
国内の情勢はなにかと難しいけれど、レニャード様と婚約させてくれたふたりには感謝してもしきれない。きっとふたりの期待に応えて、立派な婚約者になってみせる。
「……こんなもんかな?」
私は以上の手紙をなるべくお涙頂戴風に、がんばって脚色して書いた。
***
ヴァルナツキー公爵夫妻は泣いていた。
書いた私がびっくりするくらい、私からの手紙で泣いていた。
私と似た、メカメカしい金色の髪をした父は無言でプルプルしながら泣いている。
母は私にそっくりの緑色の瞳からぼろぼろ涙をこぼし、ハンカチが役に立たないほど泣いていた。
え……ええー。
そ……そこまで?
と思ったら、レニャード様も涙ぐんでいた。
「お前……そんなに俺のことを……」
とかなんとかつぶやいていたけど、それはいつものレニャード様のナルシストだからいいとして。
「……ルナちゃん」
と、母親が涙でガラガラの声で言うので、私は飛び上がりそうになった。
「は、はいいっ」
「ごめんなさいね、不出来な私を許してちょうだい……あなたにそんなに寂しい思いをさせてたなんて……」
う、うえええ。
そこからですか。
あ、でも、そもそもシンクレアの貴族って、自分で子育てしないらしいんだよね。
王城に住んでる女性貴族はとくに、宮廷が六歳以下の子どもの出入り禁止だから、産んだらすぐにずっと乳母に預けっぱなしになっちゃうみたい。
その間に死んじゃうことも多いから、逆に自分の子って感覚を持ちすぎると辛いって聞いた。
その後も夜型の社交漬けの生活で、ルナさんとも年に一度ぐらいしか会わないでいたら、存在自体忘れてしまっても仕方ないのかもね。
……って、冷静に思えるのは私が根本的に他人だからだけど、つくづくルナさんって可哀想だなあ。実の親がそんなに冷たかったら、心も病んじゃうよね。
私がそんなことをつらつら考えていると、今度はお父さんが私に泣きながら話しかけてきた。
「これからは一緒に暮らそう。この父と、母とともに」
 




