【フラグ回避】ルナさんの両親を攻略します・パート1
人生にやる気なしだった私がとりあえず死んでみたら、乙女ゲーの世界だったときのお話をします。
みなさんこんにちは、ルナです。
婚約者は絶賛猫化バグ発生中のシンクレア王子・レニャード様、そして実況は元日本人の私、ルナ・ヴァルナツキー公爵令嬢でお送りします。
転生してしばらくは、まだまだ居候気分で、いつでもルナさんの身体から出ていくつもりだった私ですが、レニャード王子と付き合ううちに、だんだん心境も変化してきました。
私だって、本当は処刑されたくない。
レニャード様とも、もっともっと遊びたい。
肉球もぷにぷにしたいし、ブラッシングもしてあげたい。
そんなわけで、今後はふたりで力を合わせて処刑を回避していこうと、レニャード様と約束したのでした。
***
レニャード様はティータイムになると、チリンチリンと涼しげな鈴の音をさせながら、私の部屋に入ってきた。
オレンジ色の全身に、小粋な首輪。今日は赤い首輪で、中央に純金製らしき、ぴかぴかの小さな鈴がついている。
ぴょんぴょんとテーブルの上に飛び乗れば、あっという間に私と同じくらいの目の高さになった。
後ろ脚だけで座り、前足を長く伸ばして、レニャード様は私の鼻にちょんと自分の濡れた鼻先をくっつけて、ご挨拶してくれた。
「いらっしゃいませ。今日もとってもかわいいですね」
「ふふん! 俺はいつでもかわいいのだ!」
生意気なことを言ってお口のあたりをひくひくさせるレニャード様は、楽しそうなときの猫ちゃんそのものの顔をしていた。
今日はレニャード様とお茶の日です。今日はっていうか、ほぼ毎日なんだけどね。
レニャード様はお茶も淹れ終わらないうちに、勢い込んで言いました。
「来週には新しい見習い聖女が来るそうだぞ」
「もうそんな時期ですか」
お城の隣に『聖女宮』という大きな建物が建っているんだけど、要するにそこがゲームの舞台となる女子校なんだよね。
建物の外側は古い石造りで、お化けが出そうな怖い雰囲気だけど、中に入ってみると真っ白な石柱や、色とりどりのステンドグラスから降り注ぐ光がきれいな場所なんだよ。
魔法の才能のある少女を集めて、一定期間聖女の養成をすることになってるんだよ。
ちなみに『聖女宮』で修業をした女性は一流の淑女だと思われて、憧れの対象なので、特に光魔法の才能がなくても、資金に余裕のある年頃の貴族令嬢が箔をつけに入学してくることもある。実は、庶民よりもそっちの方が数は多いみたい。
ルナ・ヴァルナツキーも、そのうち、一年くらい『聖女宮』に入ることになっている。
乙女ゲー『ガチ恋王子』の主人公リアも、『聖女宮』に入ってきて、ゲームがスタートするんだよね。
レニャード様はしばらく、とぽとぽと静かに注がれるお茶を目で追っていた。猫ちゃんだから、きらきら光って流れる水が好きなんだよね。よくお庭でお水をまいている庭師さんのそばにいって、じーっと眺めていることがあるよ。
私がお茶を淹れ終わると、レニャード様はハッと我に返って、続きを喋った。
「今年も、リアという娘はいなかったそうだ」
「そうだったんですね。よかったです。私もまだ『聖女宮』に入るようには言われてないので、とりあえず今年一年は安心ですね」
ゲームに登場するキャラたちの年齢ははっきりと書かれてなかったけど、ルナさんはリアと同級生のはずだから、イベント開始時期はまだなのかもね。
「なんとしてもリアという娘が登場するまでに、お前の『死亡ふらぐ』とやらを壊さないとな」
「えへへ……」
レニャード様がはりきっているよ。
ちょっと照れちゃうね。
「それで考えたんだが、今度の『聖女宮』の入学式のイベントには、俺も出ようと思っている。もちろん、お前も一緒に出席してもらいたい」
「私もですか?」
私とレニャード様が王宮の公式行事に出る機会はほとんどない。子どもはすぐに退屈して遊んじゃうからダメで、成人してからなんだってさ。
「いいですけど、なんでまた聖女宮のイベントなんかに?」
「せっかくだから、少しでも顔を売っておくべきだろう。見習い聖女の中には貴族の娘も多い」
「なるほど……お友達を増やして、処刑に備えるんですね」
原作乙女ゲーの中だといろんな人に陥れられて処刑されちゃったわけだけど、仲良しのお友達を増やしていったら、助命嘆願くらいはしてもらえるかもね。
悪いことするような人じゃないって、分かってもらえればいいわけだし。
「ともかく顔と名前を覚えさせて、お前の名義で贈り物をするだけでもだいぶ印象が変わるんじゃないか?」
「そうですね、プレゼント攻撃は効果的かもしれませんね」
聖女宮にいる間は何かと物資が不足しがちみたいで、お菓子の買い食いをする一コマなんかもよく見かけた気がする。
直接交流はないけど、ときどきお菓子をくれる人、とかでもだいぶ印象変わるかも。
「母上には俺から話しておく。お前からも、両親に話してみてくれ」
「いいですけど……うちの親かあ……」
「どうかしたか?」
「私、ほとんど両親とは話したことないんですよね。プレゼント代なんて出してくれるかなあ……」
レニャード様はぽかーんと口を半開きにした。
あ、長い牙が見えてる。かわいいね。
「娘がお願いしているものを用意しない親なんているのか?」
「いやあ、まあ、なんでもほしがったらほしがっただけくれる親の方が珍しいんじゃないでしょうかね」
「信じられん! 母上は、俺がほしいと言った首輪は全部買ってくださるぞ!」
「王太后様、あまーい……」
レニャード様がごろにゃんってしてきたら、買ってしまう王太后様の気持ちは分からなくもないけどね。
「……あ」
そういえば、ルナさんの死因に両親も関係してたっけ。
「どうした?」
「私の死因って、両親が簡単に娘を見捨てたからっていうのもあったなあ、って……」
ルナさんは曲がりなりにも公爵令嬢だから、どんなに悪いことをしたとしても、処刑されずに済む方法ってあったはずなんだよね。
でも、王太后様が命令したら、ふたりとも全然逆らわなかったんだ。ご両親は『愚かな娘をいかようにも処してください』って、ひと言言っただけ。
「なんだそれは……またおとぎ話か?」
「はい……」
「本当に信じられんな。お前の両親は!」
レニャード様がカリカリしている。
「分かった。まずはお前の両親と会おう」
「えっ……どうするんですか?」
「まずはお前たちの親から注意しなきゃならんだろ!」
それはそうですけど。
そんなの、注意したからって直るものなのかなあ。
「さっそく明日にでも呼びつけよう」
「えっ……来るかなあ」
「無理やりにでも呼ぶ! 母上の命令だと言えば絶対に来るだろう」
そんなことしたって、溝が深まるだけじゃないかなあ。
私の不安をよそに、レニャード様はやる気だった。
「お前の両親は、どんな人たちなんだ?」




